第43話 捜索を終えて
山から出てきたばかりの月を背に、周りを沢山の吸血蝙蝠に囲まれ、自身も背中から生やした羽で空に浮かぶ、ベティス。
ゼストはアルスを川へ捜索に向かったものの何の手掛かりも見つからず、村長さんに捜索の人手を借りる事を相談しようと下山したのに、全くもってそれどころではない。とんだ大番狂わせだ。
この頃になると村人達も蝙蝠の羽音で何事か? と、家の外に飛び出してくるようになる。徐々に集まりだす村人。空に浮かぶベティスを見つけてはざわめきが大きくなっていく……。
(これはマズいな……)
村人達が集まり出したことにより、ベティスの存在が知られる事を懸念してという訳ではなく、守る対象が多くなってしまう……。と、ゼストは考える。
今は吸血蝙蝠の全てが、ベティスの下に集まっているが、あれがもし一斉に攻撃してきたとしたなら、この場はパニックに陥るであろう……。逃げまどう人達。泣き叫ぶ子供。自分が助かりたい一心で、他人を押しのけ逃げようとする人。押しのけられた事により、転倒してしまう人。そんな光景が容易に想像出来てしまう。
(これは一刻も早く、村長さんと話を付けなくては……。それにしても、吸血蝙蝠か……。ちと厄介だな……)
ゼストは冒険者時代に、吸血蝙蝠と遭遇した経験がある。その時は、ゼスト含むパーティーメンバーのみであったし、ちゃんと前衛を務めてくれるメンバーも居た。守るべき存在も居なかった。今は、前衛をやるといえば、弓使いのゼスト位になってしまう。
(俺とて本来なら当然、後衛の人間だ。前衛など務まる訳もない。吸血蝙蝠は特殊なソナーで、物理攻撃には滅法強かったはず……。それには当然、弓も対象になるが、マーレが居るのが幸いだな。マーレの、あの魔法が役に立つはず。……と、その前に、まずは村人をなんとかしないとな)
ゼストは嘆息気味に息を吐きだして、村長さんを探すべく移動を開始する。
やはり、村長さんも人の子なのだろう……。騒ぎを聞き付け外に出てきていた。
ゼストは可能性がある危険事項説明し、村人にこの場を離れて貰うよう伝える。離れた村人が襲われる可能性もあるが、この場でパニックを起こされてはどう考えても都合が悪かった。
相変わらず、ベティスは宙に浮いたまま。首から上を動かしている。
(何かを探している? もしくは…… 誰か、か?)
そう気付いたゼストに声を掛ける人物が、マーレであった。マーレは、避難を始めている人の波を逆に進むようにして、ゼストの下へ辿り着く。
「ベティスちゃん、あのまま動きませんね。吸血蝙蝠達もベティスちゃんの指示でしか動かないのでしょうか?」
吸血蝙蝠達もベティスの周りを飛び回り、ベティスから離れる気配がない。ベティスと吸血蝙蝠の間で意思の疎通が出来ているのだろうか……。
どちらにせよ、こちらにとっては都合がいい。ベティスが動かない今の内に村人の避難を終了させた。
空に浮かぶベティスはやはり首を動かし何かを探しているように見受けられる。それが見つかるか、若しくは、見つからずに諦めた時が、ベティスが動く時になるのでは? と、ゼストは予想を立てる。
ならば、動かない今の内に情報の確認は済ませておかなければならない。
そう……、アルスについてであった。
「マーレ、アルスについてなんだが……、森でアルスの情報は何か得れたか?」
この場にアルスを連れて来ていない以上、見つかってはいない。と、予想しての発言である。同時に最悪のケースの、遺体として見つかった。という事も考えられない。その場合、マーレの取り乱しようは、尋常ではないだろうと予想されるからである。
今、考えられるケースは二つ。
『アルスの手掛かりさえ掴めていない』 若しくは、『手掛かりは掴めたが、アルスは見つかって居ない』 このどちらかだろうとゼストは予測を立てていた。
「あなた、その事についてなんですけど……」
マーレは予定通りに風魔法を使用して、遠くの音を拾い上げていた際に、ベティスの悲鳴を聞き、アルスの捜索を途中で切り上げた経緯をゼストに説明する。ただ、捜索自体は森のだいぶ奥深くまで行っており、その範囲内では痕跡すら見つからなかった。と、伝える。
ゼストが向かった川での結果も同様である。捜索開始場所からだいぶ下流まで範囲を広げてみたものの、アルスの痕跡すら見つかっていない。
「一体、どうなっている!? アルスが川に向かったのは間違いないのだろう。自分の為ではなく、ベティスちゃんの為だと言っていたんなら、なおさら川へ向かったという事は疑いようがない。ならば、逆に何も痕跡すら見つからないのはどうしてだ!?」
ゼストの疑問はもちろんであった。川までの距離もそんなにあるわけではない。アルスが居なくなってから、捜索開始までの時間は、僅か半刻ほどなのである。大人ではなく、子供のアルスだという事も踏まえると、更に移動範囲は限られるであろう。なのに、見つからない……。
もし、仮に川まで無事に行けたとして、帰り道を逆に進んでしまった場合はどうなんだろう? と、ゼストは考える。
「マーレ、風の魔法で声も拡張出来ると言っていたな。実際、魔法で拡張した時の声はどれ位まで届くものなんだ?」
「どうなんでしょうか……。実際試した事がないので、ハッキリとは言えませんが、少なくとも一キロメル程は届くのではないかと……」
それだと、声が届く範囲外にまで移動している可能性は否定出来ないが、森に何度も足を運んでいるアルスが、そんな間違いを起こすだろうか……。
謎は深まるばかりだった。
「あなた。アルスを探す為に、村の人に協力をお願いして下さるんですよね? すぐにでも捜索再開してくれるんですよね?」
五月とはいえ、日が落ちると日中との寒暖差はかなりのものになる。幼いアルスが寒空の下、一人凍える姿を想像してしまい、唇を震わせながらマーレがゼストに乞う。
「それは……」
難しいかもしれない。と続けたかったゼストであるが、言葉に詰まる。自分も捜索を今すぐにでも再開したい。夜で視界が悪く、効率が悪いとしてもだ。
だが、ベティスが呼んだ吸血蝙蝠が夜空を飛び回る中、とても現実的ではないと思ってしまう。
(アルス、お前はどこに居るんだ!)
ゼストはアルスが居るであろう遠く離れてしまった森に向け想いを馳せるのであった……。
次話からは、アルス視点の話になります。




