第39話 信念
ベティスに薬を飲ませ、様子を伺うマーレ。
薬が効いてくるまで半刻ほど掛かると思われる。それまでに、異物の血を飲ませた事による拒絶反応が出てこないかどうかが焦点になる。
(血も飲めた。薬も作って貰えた。あとはこのまま無事に朝を迎えて頂戴!)
マーレはベティスをハミル宅の座敷に横たえてから、ずっとベティスの手を握っていた。あと、半刻過ぎて余っている異物の血を飲ませれば……と、更に祈りを深くする。
「マーレ、どうだい? その娘の様子は?」
店の方で、薬の調合と片付けが終わったハミルが座敷に顔を出す。
「あ、ハミルさん。お薬ありがとうございました。まだ、分かりません。今のところ落ち着いてますけど、やっぱり血色は良くなりませんし、今はまだ何とも……」
マーレの言葉にハミルもベティスの顔色を伺う。確かに、店に訪れた時と変わってないように見える……。
ただ、これはあくまでも、表面的な事であろう。今、ベティスの体内では異物の血を受け入れるかどうかの戦いが行われている。ただ、ベティス自身の身体は血を欲しているはずだ。素直に異物の物とはいえ、血を受け入れてくれれば良いのだが……。
だが、現実は甘くはないのか、次第にベティスの額に玉のような汗が浮かぶようになる。
「ベティスちゃん、頑張って!!!」
マーレもその事にすぐ気が付き、ベティスに声を掛ける。
(こんな時こそ、アルスがそばに居てくれれば、何よりの助けになったでしょうに……。あなた! 早く、アルスを連れて来て!)
マーレはここには居ない自身の息子であり、ベティスの想い人の事を思い浮かべる。
「マーレ、ちょっと濡れタオルを用意してくるさね。ついでに、その娘に何か飲ませる物を用意するかい?」
ハミルの問いかけに、ベティスを見つめていたマーレがハミルに視線を移す。
「ハミルさん、ありがとうございます。わたし、どうやら気が動転しているようですね。そこまで気が回りませんでした……。ただ、飲み物はやめた方が良いかもしれません。折角入れた血が薄まってしまうかもしれませんので」
「でも、その娘はかなり苦しそうじゃないか。それって、血を受け入れられてないって事だろう? こんな小さな娘に、そんな苦労させる事はないよ。あたしゃ、もう見ていられない。なあ、マーレ。本当にこのままで大丈夫なのかい?」
「……」
大丈夫なのかと聞かれて答えられるはずがない。マーレ自身は神でも何でもないのだ。先の事が分かっているのなら、アルスが行方不明になる事も、ベティスがこうやって苦しむ必要もなかったであろう。
だが、もう事は動き出してしまったのだ。今更後戻りは出来ない。マーレが幾度となく後悔した先の答えが今、示される。
「わたしは、今日だけで何度も何度も、後悔を繰り返しました。行方が知れぬアルス。生死の境を彷徨っているベティスちゃん。大けがをしているベティスちゃんの祖父グロックさん。全てわたしが招いたと言っても過言ではありません」
(アルスが行方不明!?)
ハミルはマーレの言葉に目を見開く。ただ、話を遮ってはいけないと黙っていた。
「でも、過去には戻れない。後悔をいくらしてもアルスが見つかるとは限らない……。ならば、前を向こうと。前だけを見よう、と決めたのです。わたしは、わたしに今出来る事を全力でこなすだけです。ベティスちゃんの対応も他に方法は思い浮かばなかった……。ただ、これが最善とは限りません。でも、既に賽は投げられた。ならば、わたしが信じないで誰が信じるんです? わたしが信じていない事に結果が伴うとも思えません! だから、わたしは私自身を信じるんです。例え、また後悔する事になったとしても……」
マーレの言葉に、ハミルは一瞬言葉を失う。
「……マーレ、あんた強くなったね。前にここに来た時とは別人のようじゃないか。そうだね、あたしが言葉だけであんたの想いを踏みにじっちゃいけない。そんな軽いもんじゃないだろうさ。あたしが、間違ってたよ。まさか、この歳になって誰かに教えて貰う日が来ようとは……。分かった! あたしは改めてあんたの考えを応援する! とりあえず、濡れタオルを急いで用意しなきゃね」
そう言って、ハミルは座敷を後にする。そんなハミルに対し、マーレは姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた……。
マーレは改めて、ベティスに向き直る。
「ベティスちゃん、お願い! 頑張って! アルスも必ず戻って来るから、頑張って!」
ベティスの顔色は悪いまま、玉のような汗だけが増える。ベティスの身体の中で何が起こっているのか。傍から見ているだけでは分からない。
まだ、薬は効かないのか!? それとも、薬が効き始めたから苦しんでいるのか……。
ここで、マーレは再度の賭けに出る!
ベティスの口に、残りの血を流し込んでいくのだった……。




