第276話 隠された秘密
「セシリア様、申し訳ありません。あの者達にも事情があるようでありまして、私だけではどうにも納得して貰えそうにありません。王女殿下付きの専属近衛騎士として恥じ入るばかりです……。セシリア様、ご足労お掛けする事となってしまいますが、セシリア様も会話に参加しては頂けぬでしょうか? 侍従としての役目を果たせぬこの身をどうかお許し下さい」
皆が入村する為の許可を取り付けられなかった事で、王女であるセシリアへと頭を下げるマクレガー。そんなマクレガーの行動を即座にセシリアが労う。
「マクレガー、ご苦労様。それで、貴方は村の方々に何か事情がお有りだと言いますけれど、詳しい内容は聞いているのでしょうか?」
ただ、その質問は再びマクレガーに頭を下げさせる行為へと繋がる事になる。
「申し訳ありません、セシリア様。それが何度聞いてもその理由を説明さえしてくれませんでした。泊められぬ事情はあるようなのですが、その詳細を一切語ってはくれぬのです」
「それは困りましたね……」
頬に手を当てたセシリアが、どうしたものかと困り顔を浮かべる。
「ちょっと、口を挟ませて頂いても宜しいでしょうか? 王女殿下」
と、セシリアにとっては意外と言っても過言ではない人物の発言だった。
「ええ。構いません。ベティスさん、何か気付いた事でもお有りですか?」
セシリアへと声を掛けたのは他ならぬベティスであった。この旅が始まって以降、セシリアとの接触を避けていた感もあるベティス。ゆえに、驚きの表情を浮かべてしまいそうにもなるが、ここで驚いてしまってはベティスとセシリア、二人の冷めきった関係をセシリア自身も認めてしまうようなものである。ゆえに、表情には出ぬようポーカーフェースを決め込む。
「ええ。問題は、あの木の杭ではないかと思いますの」
「木の杭……ですか?」
「ええ。あんな木の杭を用いる理由があるとしたら、わたくしには一つしか理由は思いつきません。それは、外部からの侵入を防ぐというもの。そうではありませんか? 近衛騎士のマクレガーさん」
「まあ、このお嬢ちゃんの言う通りではあるだろうな。あの木の杭は外部からの侵入を防ぐ目的で使用しているのだろう。現に私達でさえ、こうして中へと入らせて貰えない状況となっているからな」
そんな事は分かっているとでも言いたげな視線をベティスへと向けるマクレガー。
「ならば、マクレガーさんは村の人が想定されている侵入者というのは何だとお考えですか?」
「ふっ……。分かり切った事を。村の人々が恐れるのは大方盗賊対策といった所だろう」
「盗賊……ですか?」
「えと、その盗賊って一体何の事なのかな?」
本当に相手が盗賊なのかと疑問を口にしたセシリア。そもそも盗賊が何であるかが分からないアルス。そんなアルスに、疑問を口にしたセシリアが説明を加える。
「アルスさん。盗賊と言いますのは、盗みや略奪などを行い、身に付けている装飾品を手に入れ、それを売る事で利益を得たり、そもそもの金銭を手に入れる事が目的の集団であると聞いた事があります」
「ええ。その通りです、セシリア様。更に私から補足させて頂くとしたならば、目的は金銭や装飾品だけには留まらぬでしょう。場合によっては、そこに人も関わっている可能性があります」
「む? それはつまり、貴殿は盗賊たちが人身売買にまで手を染めているのではないかと言いたい訳じゃな?」
「ええ。その通りです、エマール卿。敵は集団で襲ってくるのでしょう。だからこそ、堅牢な木の杭を用いた。そして、襲撃されても簡単には中に入れぬようにする目的もあると思います。嬢ちゃんが言いたかったのもこれで合っているか?」
「ええ。その通りですわ。マクレガーさんは王女殿下の名をお出しになられたのですわよね? その王女殿下のご威光をお出しになって断られるなど滅多な事ではありません。つまり、入村させて王女殿下の身に危害が及ぶ事を恐れているとも取れますわ」
やっと、話の流れを理解したアルスが、改めて村の外周へと視線を巡らす。そして、いくつかの違和感を抱く。
(襲われるとは言うけれど……。その割には、木の杭が綺麗な気もするけど……)
アルスが抱いた疑問というのは、集団で襲ってくるのを防ぐ目的と云う事であるならば、木の杭を挟んでの戦いが繰り広げられると思われる。
木の壁と化した杭をよじ登ろうとする盗賊。それを阻止しようと村人が弓や、場合によっては石による投擲といったものも想定されるかもしれない。
だが、そういった争いの痕跡が見受けられないという事であった。
「実際の所、どうして村人達が私共を遠ざけようとしているのかの理由は分かりません。ただ、ここにおわすのが王女殿下ご自身である事を信じて貰えぬという事であれば、お手数ですが御身自らご足労頂けないかと戻って来た次第なのです」
「それでしたら、盗賊が!」
「ベティスや。それはお主の推測に過ぎぬであろう? 実際の所の理由は確認してみねば分からぬという事じゃ。お主は一つの推測を皆に示した。王女殿下が出向いても理由を口にせぬようであれば、その時にお主の推察が生きる事となるじゃろう。お主の説明も無駄では無いという事じゃ」
「ですが、お爺様!」
「ベティスちゃん、ここは結果を待ちましょう? ね?」
そう言って、マーレがベティスの言動を諫める。
そんなベティスの言動を横目に見たセシリアが、改めてマクレガーへと向き直る。
「では、村民の方々に何か事情がお有りという事であれば、私の名も少しは役に立つかもしれません。マクレガーに私も付いて行く事とします」
「セシリア様、恐れ入ります。では、私の後に付いて来て頂けますでしょうか?」
そう言って、マクレガーが再び村の入口へと歩を進める。幸いな事に、そこにはまだ村長も未だ佇んでいた。
「村長、こちらが先ほど話に挙げさせて頂いたセシリア・シュヴァイン第一王女殿下で在らせられる」
マクレガーからの紹介に、背後へと控えていたセシリアが足を踏み出し、マクレガーの横へと居並ぶと自身でも自己紹介を行う。
「こちらの近衛騎士であるマクレガー・ヒュンコックが紹介しましたが、アルフレッド・シュヴァインの娘である、セシリアと申します。以後、お見知りおきを」
そう言うと、セシリアがスカートの両端を摘まんで軽くお辞儀を行う。
他人がこの者は王女殿下だ。と言う事と、自分自身で私は王女殿下ですと名乗るのではその意味が丸っきり変わって来る。どちらも偽りであったならば刑罰の対象となる事に変わりはないが、自分自身で名乗っており、それが偽りと判明した際には明確な国家反逆罪に該当する為、その重みが変わってくるのである。
そして、目の前にいる少女は自身の事を自らの口で王女殿下その人であると肯定した。村長は王都へと出向いた事がない。なので、目の前に居る御仁が本当にセシリア王女殿下その人であるという保証はない。
だが、王都で聖女と謳われるお方だ。そんな方の話が王都内に留まる筈も無い。
ある情報では、王女は未だ幼い少女であるという事。別の情報では、その少女は人目を引く淡い金色の髪をお持ちであるという事。また別の情報では、その方は三属性を扱える精霊師でも在らせられる。といった真しやかな情報がこの村にも届いてはいた。
容姿という点では得ていた情報と完全に一致する目の前の少女。村長は分かり易過ぎる程にゴクリと喉を鳴らすと意を決して言葉を紡ぐ。
「これはこれは王女殿下、こんな小さな村へとよくぞお越しくださいました。宜しければなのですが、王女殿下は三属性を扱える精霊師であるともお聞きします。出来ましたらそちらを拝見させて頂けますでしょうか? 冥土の土産にしたいのです」
と、そこまで年寄りという訳でもない村長がそんな言葉を口にする。
「貴様! 王女殿下に願い事を口にするなど、何たる所業! 最早、この世との別れは済ましておるのであろうな!?」
と、心からセシリアを心酔しているマクレガーが激昂する。そんなマクレガーの言葉をセシリアが窘める。
「マクレガー、言葉が過ぎます。言ったはずですよ、穏便に事を進めるようにと……。それにこんな事は願いというには大袈裟すぎます。指輪などただ単に見せれば済むだけの事です。……これで宜しいですか?」
セシリアはそう言うと、右手に青色と橙色の指輪。左手に黄色の指輪を填めている様を見せた。
(この者が王女殿下その人であるという確証はない……。だが、この教会が渡している指輪は、証明を確認された上で渡していると聞く。つまり、この者が三属性を扱えるという事は紛れもない事実……。そして、王女殿下という方は実際に三属性を扱える……。まさか! まさか……!)
「本当に、王女殿下で在らせられるのか!?」
「貴様~! まだ信じていなかったのか! 先ほどからそうだと申しているであろうが! そうと分かったなら殿下の御前であるのだぞ? その横柄な態度は何だ!」
と、再び激昂するマクレガー。そんな激昂する近衛騎士の言葉に慌てて村長が地面へと手を付け低頭する。
「申し訳ありません、王女殿下。まさか、王女殿下がこんな場所においでになるとは露ほども思わず、無礼を働いてしまった事、平にご容赦下さい」
と、益々低頭する村長。
「後ろに居る二人の態度は変わらぬように見受けられるが?」
と、マクレガーが冷え切った目で脅しを掛ける。そんなマクレガーの態度に、心臓が縮み上がる程に全く生きた心地を抱けない村長。慌てて背後に居る青年二人へと怒声を発する。
「お前達も、さっさと頭を下げんか!」
村長からの怒声により、見よう見まねで慌てて門兵を担っている青年二人も手を地面へと付き低頭する。
「申し訳ありません、殿下。この者らは二人とも私の息子なのですが、後でよく言い聞かせておきますゆえ、ご容赦頂けませんでしょうか」
「ふっ……。貴様の息子か。なるほど、それで合点がいったわ。親が親なら子も子であるという事だな」
と、嘲笑を浮かべるマクレガー。そんな言葉を発するマクレガーをセシリアが手で制す。
「マクレガー、貴方の言動は行き過ぎな点が目立ちます。よって、今からこの者らの前で言葉を発する事を禁止します。後ろに控えていなさい」
そんなセシリアの叱責にゆっくりと頭を下げると、数歩後ろへと下がり、背後に控えるマクレガー。そして、言葉を発さずともこの場に居る三人の村民を黙ったまま睨みつける。
だが、未だ地面へと視線を向けている村長がマクレガーの射抜くような視線に気付く事はない。そんなマクレガーの視線とは打って変わって、未だ地面へと手を付け続けている村長へとセシリアが一歩近づくと、彼女自身も膝を付く。そして、両手でもって優しく村長の手を包み込む。
「村長。私自身はまだこの国の王の娘であるという立場でしかありません。そこまで私に礼を尽くさずとも良いのです。さ、顔を上げて下さい」
そんなセシリアの優しい言葉に、村長が恐る恐る顔を上げる。そして、彼女自身も片膝を付いており、その為にスカートの裾が汚れてしまっている様を目にする。
「王女殿下! 高価なお召し物が……」
「良いのです、村長。服が汚れるからという理由で私が貴方の手を取れないというのであれば、私に服など必要ありません。確かに、私が着る事になる服は、王宮に勤める侍女達が私の為に選んでくれている物です。特に、本日着ているこの服は、唯一の専属侍女が旅の間は他の侍女が居ないからと、一人で悩み選んでくれた物です。そんな彼女の想いが詰まったこの服は、私をより一層綺麗に着飾ってくれるのでしょうね。それでも、服は服に過ぎぬのです。それ以上でも、それ以下でもありません。例えば、私が独りでに転んだとしても服は汚れるでしょう? それならば、貴方の手を取る為に私は服を汚したいのです」
「王女殿下……」
感極まった村長が瞳を伏せる。というより、そうせざるを得なかった。直視するには、この幼い少女はあまりに眩しすぎた。
「村長、私共はとある辺境地に向けて馬車を走らせています。そこに辿り着くまでは何日もの日数を要するとも聞き及んでいます。馬車に揺られて移動するだけではありますが、皆が皆疲れているのです。宜しければ、今夜の寝床の提供を願いたいのですが可能ですか?」
そんなセシリアの言葉が再び村長の頭を下げさせる行為へと繋がる。
「王女殿下! すみません! それだけは……。村の中に入る事だけは、ご容赦頂けませんでしょうか!」
「泊まる云々の前に、村に立ち入らないでくれと貴方は私に願うのですね?」
「……」
顔を伏したまま、言葉を発しない村長。
「分かりました。では、この場から立ち去る事と致します。マクレガー、皆に説明も必要になります。行きますよ」
そう言って、馬車へと引き返すセシリア。
(この村には何かがある……。でも、それは一体何なのでしょうか……?)
後ろ髪を大いに引かれるものの、自身の性格もあり強く出れないセシリア。だが、聞く事を止めたセシリアに、村の実情を知る術は無かったのであった。