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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第6章

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第152話 不安な夜

「一体、どういう事なんだ!?」


 アルスが教会に連れ去られた数時間後、日中に弓兵の職務をこなしたゼストが、帰宅後、皆に問いかける。


 アルスが教会に連れ去られる事になった一件。家の中では、ベティス一人だけが蚊帳の外であったが、ゼストはこの場に居る事すらなかった。


 帰宅した際、庭の惨状を目にし、何かが起こった事は既に明白。家の中に足を踏み入れれば、アルスは居らず、マーレは後ろ手に手錠を掛けられている始末。


 ゼストは、この家の家長であるからして、家の状況を把握する必要もあるし、そうでなかったとしても、状況に疑問に思わないはずがなかった。


 ただ、起きた状況に関して疑問に思っているのは、ベティスも同様である。


 グロックの指示の下、ニッキに私室へと閉じ込められたベティスではあるが、窓の外から聞こえる騒音の正体が、アルスに関わる物であると分かっていたら、ベティスは有無を言わさず部屋を飛び出していた事だろう。


 だが、ベティスは蚊帳の外だった。一人何も聞かされず、平穏無事になるまで待たされていた。その結果、アルスは教会へと連れ去られる事になったのである。


 ベティスには、簡単な状況説明は行ったものの、詳しい話はゼストさんが帰って来てからと先送りにされていたのだった。




「あなた、ベティスちゃん、ごめんなさい……。悪いのは私なの……」


 状況説明を求めるゼストに対し、マーレが後ろ手に手錠を掛けられた状態のままであるものの、俯き加減で口を開く。


「マーレ、どういう事なんだ?」


「今回、こちらを訪れたのは、教会内における最高位責任者である枢機卿様がいらしゃったみたいです。枢機卿様自ら訪れたのは、それだけ重要な案件だと思ったか、もしくは教会としての誠意を見せた形ではないかと、今になって思います。ここの場所を特定したのは、アルスの精霊師登録の際に記載した住所を元に訪れたんじゃないかと思うわ。私が騒ぎを聞きつけ、玄関口まで顔を出した時には、枢機卿様は既に激昂なさってた……。明らかに目当ての人物が居る事は明白だったの。グロック先生とニッキさんは、そんな激昂なさっている枢機卿様を必死に取り押さえるべく奮闘してくれてた。でも、そんな中見えてしまったの……」


「何が見えたんだ?」


「激昂なさっているその人が、アルミラ教の法衣を着ているという事が……。そこで初めて私は、この相手が教会関係者なのだと気付いたわ。それに、この人物が探し求める人物がアルスなのだという事も……。その瞬間、私の心のスイッチが切り替わったのを自覚した。こいつはアルスの敵だ! アルスが狙われている! と……。もうその後は私自身歯止めが効かなくなっていた。魔法で相手を吹っ飛ばし、猛然と襲い掛かったの。兎に角、こいつを仕留めないとアルスが危ない! 私の頭の中にはそれしか……、それしかなかった。冷静さを欠いて周りが見えていなかった事は認めます。なので、簡単に相手の罠に引っかかってしまったの……」


 そう口にするマーレの俯きさ加減が更に増す。自分が仕掛けてしまったバトルではあるものの、そこまでの展開はマーレが事を優位に運んでいた。あそこで気付いていれば! 気付いていれば! という思いも込み上げているのかもしれない。


「罠……ですの?」


 罠という単語に、ベティスが口を挟む。


「ええ。単純な目暗ましよ。かなり初歩的な……。我を忘れて暴れまわっていた私は、ものの見事にそんな単純な目暗ましに引っかかってしまった。自分の背後に回り込まれ、後ろ手に手錠を掛けられる。そして、首元を掴まれてしまったの……。もう、その時の私は単なる人質として成り下がっていた……。戦っている最中に、何度も制止の声を荒らげる先生の声にも気付いてた。でも、私は耳を貸さなかった。今やめてもアルスは助からない。アルスを救えない。でも……、その結果がこの(ざま)よ。私は、水の魔法の中に閉じ込められた。その魔法の中では息が出来なかったの。そのままの状態であったならば、私の命は無かった事でしょう。人質と成り下がった私の代わりに、あいつはアルス自身を要求したわ。私が、人質になんてなっていなければ、アルスが連れて行かれる事も無かった。私が、あいつに挑み掛からなければアルスが連れて行かれる事も無かった。私が……。私が、全て悪いの……」


 全てを話終えたマーレの目元から溢れた涙が、テーブルの上へと落ちる。後ろ手に手錠をされている今、その涙を拭う事も出来ない。溢れた涙は頬をつたい、次々とテーブルの上に、その証を刻んでいった。


 マーレの懺悔じみた話を聞きとったベティスが、まず最初に感じた事。それは……。『これは、わたくしだ。おば様は、わたくしだ』という事だった。


 もし、その場に居たのがマーレではなく、ベティスだった場合、ベティス自身も同様の行動を取っていたであろう自信がある。その場合、ベティスは迷わず吸血姫(ヴァンパイア)の力を解放していただろう。


 たまたまそこに居合わせたのが、自分ではなくマーレだったというだけ……。


 なので、共感出来る。マーレが今抱いている気持ちが、痛い程分かった。


 ベティスは、食卓の椅子から降りると、マーレの席へと歩を進める。そして、その隣に居並ぶと、マーレの太ももへと、そっと手を添えた。そして、優しく太ももを(さす)る。更に、ポケットからハンカチを取り出すと、頬を伝う涙を拭っていった。






「今回の事に限っては、誰の落ち度という事もあるまい。もちろん、マーレさん一人のせいでもない。アルスが水晶玉へと触れた時の色。それが、全てじゃったのじゃろうな。その色に疑問を持たれてしまった事で、枢機卿がこの場を訪れる事になったんじゃろうからの……。例え、今回話し合いのみで枢機卿を追い返せていたとしても、明日以降も何度も足を運ばれる事となったじゃろう。それは、アルスが水晶玉へと再び触れるまで行われたはずじゃ。じゃが、アルスが水晶玉へと触れた時の色の事は、おいそれと判明する事もないじゃろう。マーレさんが以前言っておったが、未知の色とはいえ、単色である事は確かじゃしな。もしかしたら、帰り際に枢機卿が言っておったように、明日アルスの引き渡しをして貰えるかもしれぬ。今はそこに望みを託すしかあるまい」


 マーレの独白を聞き、グロックがフォローするかのような発言を行う。


「アルスが明日帰って来るかもしれないというのは、確実な話ですか?」


「いや。確実という訳ではないんじゃ……。枢機卿は言っておった。本日、自分を教会へと追いかけて来るような事をすれば、マーレさんの手錠は、そのままじゃとな。じゃが、アルスの精霊師としての登録に問題がなければ、明日アルスの引き渡しも行ってくれるそうじゃ。その際には、マーレさんの手錠も外してくれるともな。ゼストさん、申し訳ない。留守を預かる身でありながら、この不始末。お恥ずかしい限りじゃ」


 グロックが深々とゼストに頭を下げる。


 ゼストは、マーレとグロックの話を聞き、その場に居なかったとはいえ、脳内で状況の整理をする。


 話を聞いた限りでは、グロックが言った事が全てだろう。アルスの精霊師としての再検査が行えるまで、教会はこの場に何度も足を運ぶ事になったに違いない。今回、強引にアルスを連れ去られてしまったという事が気になる事は事実だが、本日教会へと詰問する為に訪れたとしても、マーレの手錠を外せなくなる可能性が生じてしまう為、それは得策ではない。


 まだ幼いアルスが、教会で一夜を過ごすという事に、親として看過出来ない気持ちが溢れるが、聞けば枢機卿へと最初に手を上げたのは、マーレからだったらしい。こちらの不手際が多分に含まれるため、強く出る事も叶わない。


 やはり、明日アルスの身柄を返却して貰える事に臨むを託すしか、現状では手が無かった。


「グロックさん、頭を上げて下さい。状況は判りました。そういう事であれば、明日に望みを掛けるしか道はないでしょう」


「ゼストさん、本当に申し訳ない。それと、マーレさん。後ろ手に手錠をされたままでは何も出来まい。ニッキよ、手錠が外れるまでの間、マーレさんの身の回りの世話を頼む。今のままでは食事もする事も、入浴を済ます事も叶わんじゃろうからの」


「承知致しました。大旦那様」


「ニッキさん、すみません」


「いえいえ。マーレさん、お気になさらないで下さい。こういう時の為に、私はここに居るのですから」


 ニッキの言葉に、深くお辞儀を返すマーレ。


「兎にも角にも、明日じゃな……」


 グロックのその呟きを最後に、この話はここまでとなった。


 各自、今夜は不安な夜を過ごす事になるだろうが、兎に角、明日にならねば話は進まないのであった。







 夜になり、夕食と入浴を済ませたベティスが螺旋階段を昇る。


 視界に映る二階の風景はいつもとなんら変わらないのに、物悲しい雰囲気を醸し出していた。


 それは、ベティスの心がそういう風に見せているだけだと言えるのだが、二階に上がったベティスは、自分の私室ではなく、アルスの私室へと足を運ぶ。


 そして、開け放ったドアの先に見えるのは、暗闇のみであった。


 いつもなら、この時間、この部屋にはアルスかベティスの、どちらかが滞在している。その為、必ず(とも)っていた部屋の光。


 それが、今日は点いていない……。


 ベティスは手探りでスイッチを探り出し、点灯させる。


 一瞬にして、部屋の中が見渡せるようになるが、そこにアルスが居ることもない……。


 ベティスは、一目散にベッドへと駆け出すと、毛布を(めく)り、その中へと潜り込む。


 今日だけ! 今日だけだから! と、ベティスは自分自身に言い聞かす。そうでもしないと、心が張り裂けそうであった。







 どれ位そうしていたのだろうか……。


 少しだけ、ベティスの気持ちが落ち着く。丸めていた自身の身体を(いた)わる様に、徐々に体を伸ばしていくベティス。


 身体を動かした事で、ベティスの身体と毛布との間で衣擦(きぬず)れが生じる。


(あ……。これって、アルス様の匂い……)


 ベティスは、匂いからアルスの存在を身近に感じ取るものの、愛しいその人が、隣で寝息を立てている事はないのであった……。

作中の衣擦れですが、本来の使い方で考えると間違った使い方になるかと思います。

衣擦れではなく、摩擦にしようかとも思いましたが、こちらの方が雰囲気に合う気がしたので、そのままにしてあります。

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