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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第5章

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第146話 枢機卿の訪問

「ここか?」


 枢機卿の法衣を身に纏ったビネガーがとある洋館の前へと辿り着く。だが、その佇まいに違和感を抱く。


(記載されている住所としては、本当にここで合っているのか? ここは端とはいえ、貴族街であろう? 記帳本に書かれていた名前から察するに、親子は平民であるはず……)


 だが、ビネガーの視界に映る洋館は、どう考えても平民が何の考えも無しに手に入れるようなものとは思えない。


(これは、もしや虚実の記載をされたか?)


 記帳本に記載されたマーレという名の女性が教会へと嘘の申告をした可能性は捨てきれないが、他に情報先の手立てもない。仕方ないとばかりに、洋館内に住む人物へと声を掛けるしか選択肢が浮かばないゆえ、敷地内へと歩を進めていった。


「朝早くに済まぬ。ちと、道を尋ねたいのだが、どなたかご在宅であろうか?」


 と、ビネガーは建物の外から声を掛ける。すると、こちらに駆けてくるスリッパの音と共に、玄関口の大きな扉が開け放たれる。


「おはようございます。道をお尋ねとか。私に分かる事なら良いのですが……」


 ビネガーの声に出て来てくれたのは、黒い服を纏い、白いカチューシャ、白いエプロンを身に纏った女性であった。しかも、ビネガーからは魔力持ちの人物である事も判明する。ただし、腕をすっぽりと覆うような白い手袋をしているがゆえ、指輪の有無は判断が付かない。


(この服装から察するに、この者はメイドか? やはり、ここは貴族の屋敷らしい。どうやら、教会が(はば)られたというのが、益々濃厚になってきたな……)


「朝早くから済まぬ。実は、この住所に行きたいのだが、そちには覚えがあるだろうか?」


 と言って、メモとして控えてきた住所を、メイドへと見せる。


「拝見致します。このメモに書かれている住所は当家に間違いございません……が……?」


 と、如実にメイドの視線が険しい物へと変わる。ビネガーが法衣を着ている事からも、教会関係者である事は判っているはずだ。


 修道女(シスター)オリーブからの報告では、指輪の一件以降、貴族からは歓迎ムードだと聞き及んでいたが、全ての貴族がそうではないという事なのだろう。


「ここで合っている? そうか……。やはり、我は(たぶら)かされたらしい。探しているのは、平民の家なのだ」


 平民という言葉を口にした途端、メイドの視線が更に険しい物へと変わる。


(何だ……。この射抜くような視線の意味は……。どういう事だ?)


 貴族に雇われているはずのメイドが、まるで平民を(かば)うような態度を取る事に困惑するビネガー。そんなやり取りをしている最中、この館の主人と思しきご老人が、戻らないメイドに違和感を覚えたのであろう。玄関口へと出て来た。


「朝から一体何事なのじゃ?」


(む? このご老人も魔力持ちか?)


 指先へと視線を移すと、その貴族のご老人が橙と紫、二色の指輪をしている事が確認出来た。


「お騒がせして申し訳ない。貴方様は、こちらのお屋敷のご当主だろうか? 実は、マーレもしくはアルスという名の少年を探しているのだが、何か知ってる事はあるだろうか?」


 ビネガーからの問い掛けに、一瞬にしてご老人の視線も険しい物へと変わる。


「お引き取り願おう!」


「は? 何を言っ……」

「じゃから、お引き取り願おう! 何も話すことはない! ニッキよ。この者はお帰りになるそうじゃ」


「ま、待ってくれ! いや、待ってください! 一体どういう事です!?」


「司教様、大旦那様はお引き取り頂きたいと仰せです。お帰りはあちらです」


 と、メイドが敷地外へと手を差し向けてくる。


「司教? 司教だと!? 我は、枢機卿だ!!! 司教どもなどと一緒にされては敵わぬ! 非礼を詫びよ!」


 今まで下手に出ていたビネガーであったが、自身より格下である司教と間違えられた事に腹を立てる。ここに来て、ビネガーの出世欲の高さが(あだ)となる。


 今まで苦渋を飲まされた過去を思い出し、更に激高していくビネガー。


「ふむ。お主が枢機卿じゃと? そういえば、一年ほど前から若い枢機卿が教会に就任したとは聞いておったが……。そうか、お主が……。まあ、枢機卿であろうが、司教であろうが関係ない。お引き取り願おうか」


「関係ないだと!? メイドがメイドなら、主人も主人だ! 我を侮辱するとは、不届き千万! 両名とも枢機卿たる我に非礼を詫びよ!」


 益々ヒートアップするビネガーの怒声が響き渡る。そして、この事が更なる結果へと繋がる。






「先生? 朝から如何(いかが)したんですか?」


 振り返らずとも、声の主がマーレであることを察するグロック。ここにきて、ビネガーを怒らせてしまった事が裏目に出る。


「出て来てはいかん!!! 中に入っておれっっっ!!!!」


 振り返らぬまま、グロックがマーレに向け叫ぶ。


 そして、グロックの声に釣られるように、ビネガーが遂にマーレへと視線を向ける……。


(!!!! 魔力持ち! しかも、とんでもない美貌……。そうだ! 指輪! 指輪は!? ジジイ! 邪魔だ! 指輪が見えぬ!)


 と、ビネガーが腕を伸ばし、マーレを守るように立つグロックを強引に引き剥しに掛かる。


「大旦那様! 貴方! 人様の屋敷で何をするんです!!!」


「先生!!!!」


 マーレがアッとばかりに、咄嗟の動作で口元を両手で覆う。


 ビネガーは、グロック、ニッキと揉み合いながらも、視界に左手に填められた指輪を視界へと収める。


 そして、見た! 確認出来た! 左手に、青と緑の指輪が煌めくのを。




「やはり、この場所で合っていたのだな! お前が……。 お前が、マーレだなっ!?」



 揉み合いながらも、マーレへと指を突き付けるビネガーの怒鳴り声が響き渡るのであった。

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