第145話 オリーブからの報告
外に、教会への未登録者の捜索を行っていたビネガーが、裏手の関係者専用の出入り口から教会へと戻る。
今日も数多くの人に声を掛けたビネガー。突然、話しかけてくる人間が法衣を纏っている為、胡散臭い目では見られないものの、やはり瞳に映す印象は良いものだとは言い難い。
しかも、話の内容は要約すると、当人を疑っているからこそ、話しかけてきているのである。これで、印象が良くなるはずもない。修道女であるオリーブからは、指輪の件を採用するようになってから、貴族からは歓迎の意を表す言葉が相次いでいると聞いている。それと比例するが如く、精霊師ですらない貴族が指輪を求め、教会を訪れる者が後を絶たないのだとも……。
教会が新たに指輪を採用する件は、王都中に広まりつつある。
なんせ今までより更に多くの登録料を寄越せと、触れ回っているのである。市民の印象が良いはずがない。
今後、指輪の噂が更に広まっていけば、更に高額の登録料を支払う事から逃れようと、逃げ回る者が出てくる事だろう。
(ふむ。そうなると……。法衣を常に着用している事は都合が悪いか……)
とはいえ、法衣こそが教会関係者たる証であった。
(これは、普段から法衣を纏って出歩くのではなく、隠し持っておける教会関係者たるシンボルを、新たに用いる必要があるやもしれん)
教会関係者たるシンボル。それは、キリスト教における十字架だと思えば分かり易いかもしれない。キリスト教徒における十字架は、信者も普段から身に付けている事が多い為、それの表す所としては、自分自身がキリスト教徒であるという証となっているが、この世界におけるアルミラ教においては、未だかつてシンボル的な物を用いた事がない。
ゆえに、それと判るシンボルを用いれば、教会関係者たる説得力になり得ると考えるビネガー。
(問題としては、何を用いて教会のシンボルとするかだが……。パッと思いつくのは、まあ教像といった所か……)
教像、すなわち教会内に設置されているアルミラ像の事である。それをかなり小型化し、首から下げる事でシンボルとする事を考え付くビネガー。
ただ、実際に用いる為には、それと判る為の精巧な技術が必要になろう。それに、実行に移すにしても、王都内だけで勝手に行動を起こす訳にもいかない。
(まあ、実際に運用へと漕ぎつける為には、本部の承認が必要であろうな……)
ただ、現実問題として、今は王都を離れるべきではない。今はまだ指輪の一件を採用したばかりだ。そんな状況の中、王都内に於ける最高責任者たる自分が離れる訳にはいかないと、シンボルの一件は保留とするビネガー。
ちょうどそんな決断を下した時、自身が執務室としている部屋の前へと辿り着く。
(ふぅ……。これでやっと今日の職務からも解放されるな……)
いつも見慣れた扉を視界に映す事で、安堵により疲労感をより感じ取るビネガー。これで今日も終わると、執務室の扉を開き、入室する。
だが、入室した先、そこには思いがけず、来客用のソファーへと腰を降ろすオリーブの姿を確認する。視界の先のオリーブは、ビネガーの姿を視認するや、立ち上がり声を掛けてきた。
「ビネガー枢機卿、お疲れ様です」
「うむ……。それは、確かに我にとっても嬉しい心遣いではあるが、よもや我を労う為だけに待っていただけではあるまい? 何があった?」
これは、何か厄介ごとが起きているようだ。今日はまだ職務を終わらせて貰えないらしい。
(本当に厄介ごとというものは、つくづく来て欲しくない時に訪れるものだな)
と、ため息を吐くビネガー。
「その事なんですが、ちょっとこちらを見て頂けますか」
執務席へと場所を移したビネガーに、祭壇から持ち出した記帳本を見せる。
「……。ふむ。名前から察するに、女性と男性、もしやこれは親子か? ただ、一見するに特に問題は無さげであるが?」
記載されている名前に、セカンドネームが無い事から、平民である事を察するビネガー。しかも、女性の方には住所が記載されているが、男性の方には住所の記載が無かった事で、親子なのだろうと判断した。記載されている内容をみるに、母親の方は水と風の二属性。息子だと思われる男性の方は、火のみの一属性であるらしい。
(ふむ……。二属性持ち。優秀であるな。問題にするならば、この二属性持ちの女性の方か?)
「ええ。その通りです。この二人は親子だと思われます。そして、男性の方はまだ幼き少年のもの。これだけを見るならば、判らぬのも当然と言えますが、私が問題としているのは、この幼き少年の方です」
「は? 一属性の少年の方が問題であると?」
ただ、何度記帳本へと視線を移した所で、そこからは問題点を読み解く事は出来ない。
「はい。その通りです。その少年が触れた水晶玉は、今まで見た事もない色を発しました。しかも、魔力総量も母を大幅に上回るようです」
ガタっ!
オリーブからの報告に、座っていたビネガーが文字通り飛び跳ねる。
「見た事も無い色だと!? それは、何色なのだ!?」
「……分かりません。少なくとも、私は知らない色でした。浅慮で申し訳ありません」
「この際、そなたの知識を責めても今更の事であろう。ただ、何かしらの表現の仕方があるだろう? 何かないのか?」
「そうですね……」
オリーブはそう言うと、数日前に起こった出来事へと記憶を辿る。教会に訪れた親子は母親の方が事前に教会に二属性の精霊師として登録済みと言っていた。実際に、教会内に居る司教に確認して貰い、その裏付けが取れた為、本日になってオリーブはビネガーの元に報告に訪れたのである。
そういえば……。と、伝えられるであろう内容を思い出す。
「確かに、色としては何色だと表現出来ることはないのですが、水晶玉から発するその色は、光り輝いておりました」
「光り輝いていた? それで、お主はその少年にどう対処したのだ?」
「それは、そちらに記載されている通りです。私が見知らぬ色であった事は確かですが、その少年が『火の玉』を発現して見せたため、火の指輪を渡しております」
「そうか……」
その報告を聞くや、ビネガーは座り込む。とはいえ、自身は座った事すら意識しておるまい。どちらかというと、考えに集中するが為、身体が勝手に座る行動を取ったと言える。
(今のオリーブからの報告を纏めると……。未知の色ではあるが、その色は一色。それゆえ、一属性の精霊師だと位置付けた。そして、実際に目の前で見せられた魔法。だからこそ、火の精霊師である赤い指輪を渡したか……。まずは、実際にその色を見てみない事には何とも判断が付かぬな……)
「報告ご苦労であった。とりあえず、我もその少年が水晶玉に触れたという色を確認してみようと思う。再度、教会へと足を運ぶ事を願うのだ。面倒ではあるが、我自らが明日にでもその記載されている住所へと出向くとしよう」
「承知致しました。お手数を煩わせる事となりますが、宜しくお願い致します」
「いや、そんな事はない。今回の件は、見てみない事には何とも言えぬが、まずは報告を我へと挙げたそなたの行為こそ褒めるべきであろう。大儀であった。これからも宜しく頼む」
ビネガーの労いの言葉に、オリーブが深々と頭を下げる。
こうして、ビネガーは明日、アルスの下を訪れる事に決める。
とはいえ、平民の教会への印象は極端に悪い。素直に従ってくれぬ可能性もある為、教会のみが保有する『魔封石』の持ち出しをも決めたのであった。




