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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第5章

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第144話 時は止まってくれない

 グロックは、現在の住居としているゼスト宅へと帰り着き、螺旋階段を昇り、二階へと辿りつくと、ベティスの部屋の扉をノックする。


「はい。どなたですの?」


「ベティス、わしじゃ。ちと、話がある。お邪魔させて貰えるか」


「お爺様? ええ。どうぞ。鍵は開いておりましてよ」


 ベティスからの許可が出た事で、グロックがベティスの私室へと入り込む。エマール家から、グロック、ベティス、ニッキの三名が越すに当たり、元来使用していた家具を移すのではなく、伯爵家の潤沢な資金を利用して、新たに買い揃える事とした。


 理由としては、別に三人はエマール家と縁を切った訳ではないからである。新たに家具を買い揃える為の資金を出す。それこそ、ヨーク、チェルシー夫妻が、三人に対し、いつでも帰って来なさい。という意思表示に他ならない。


 そして、部屋の中に居るベティスは、新たに購入した三人掛けのソファーに腰を降ろしていた。グロックも入室すると、そのソファーへと座り込む。


「お爺様、先ほどはおじさまのお見送りに同行されてましたが……。もしや、何かありまして!?」


 帰宅したばかりのはずのグロックが、自分の部屋を訪れるなど、他に理由が浮かばないベティス。


「わしも途中までしか立ち会ってないゆえ、断言は出来んが、ゼストさんの方は問題なかろう。話というのはな、ベティス。お主の進学先についてなんじゃ」


「わたくしの進学……先?」


「うむ。ここまで話せば感の良いお主の事じゃ。既に、わしの言わんとしている事に気付いておろう?」


 わざわざ改まって、祖父であるグロックが神妙な面持ちで語り掛ける位である。ベティスも考えた事が無かったとは言わぬが、自身が望む方向の話では無いと気付く。


「つまり、お爺様はわたくしにアルス様とは別の学校へ行け。そうおっしゃりたいって事ですのね!」


「っ……。その、通りじゃ」


「嫌です! 嫌ったら、イヤっっっ!!!」


 予想はしていたとはいえ、ベティスが金切り声を上げ、全身全霊でもって否定に掛かる。


「だが、お主も気付いておったのじゃろう? 他に選択肢が無いという事に……。わしとしても、可能ならば二人には共に同じ学び舎で時を過ごして貰いたいと思う。お主は今や、吸血姫(ヴァンパイア)じゃしな。事情を知っておるアルスが傍におれば、どれだけわしの心も穏やかになることか……」


 グロックの言葉の端々に、自分の気持ちに寄り添うような心遣いを感じたベティスは、そこに(すが)る。


「ならば、良いではありませんかっ! わたくしとアルス様とで同じ学び舎で時を過ごしても!」


「なら、どうしてお主は、そんなに声を荒らげるんじゃ。本当は、お主自身も分かっておるからじゃろう? ベティスや、先に言うておく……。最後の選択肢だけは、決して口にしてはならぬぞ。その言葉を口にしたが最後、お主とアルスとの縁談は泡となって消える事になる」


 先ほどとは打って変わって、ベティスの逃げ場を塞ぎにかかるグロック。どんどんベティスの心が追い詰められていく。


「お爺様……。わたくしは……。わたくしは、アルス様と……」


 そう言ったっきり、大粒の涙を浮かべ、下唇を噛みしめながら、声もなく泣くベティス。


 その姿を瞳に映し、グロックの両腕がベティスを抱擁しにかかるが、その手は宙を彷徨(さまよ)う。ベティスを追い詰めた自分が、ベティスを抱き締めて良いはずがないと、グロック自身も下唇を噛み、涙を(こら)える。そして、行き場を無くした両腕は、力なく静かに下がっていく……。


 ベティスが時々発する嗚咽(おえつ)のみが、この部屋唯一の音となっていた……。




 ベティスとアルスの進学先。それは各々(おのおの)一つしか選択肢は存在しない。


 二人を隔てる壁。それこそが『身分差』であった。


 王都内には二つの初等部が存在するが、自身の身分によって進学先が異なる事になる。その進学先を決める事こそ、貴族と平民である。


 理由は過去からのしがらみが、最早確定事項とも言えてしまうからである。それが、いじめと誘拐になる。


 同じ年度に同時に発生する事こそ滅多にないが、貴族と平民が同じ学び舎で過ごしていた頃は、どちらかが必ずと言って良いほど起こっていた。


 結果として振り返ってみると、その年代でどちらの方が気が弱い生徒が多いかで、その事象は傾く。


 平民に気が弱い生徒が多ければ、貴族は徒党を組み、平民を虐め。貴族に気が弱い生徒が多ければ、平民が貴族を誘拐対象として企てるのである。


 ただし、後者は学生の時分では、未遂である事が多い。実際に起こるのは普段顔を合わせる事が無くなる卒業後であった。


 そんな経緯もあり、貴族、平民とで完全に隔てられる事になった初等部。


 ゆえに、ベティスはその事自体、完全に蓋をした。時々、その事を考えてしまい先行きに不安を感じては、涙を流すことになると判っているからである。


 ゆえに、最後に残された選択肢。


 それこそが、エマール家の名を捨てるという事。その選択肢にベティスが気付いているはずだと、グロックが先封じとばかりに告げたのである。


 エマール家の名を捨てれば、アルスとの婚約自体が破棄される事になると……。





 今、現在、ベティスはアルスと寝食を共にしている。


 半ば強引な手口ではあったが、先日の会合以降、ベティスにとっては念願のアルスと寝起きを共に過ごす毎日。そして、アルスより早く起きては、その寝顔を見つめ、幸せを嚙みしめる。そして、日中も生活を共にする。


 ゆえに、ベティスとしては、このままの生活が続く事を夢見た。


 初等部が終わり、家へと帰宅すれば、アルスと生活を共に出来るという事はわかっているのだが、一日の起きている時間の大半を、アルスとは別に過ごさなければならない。


 しかも、それが六年間も続く。


 むしろ、幸せいっぱいの今だからこそ、ベティスにとっては未来に起こるであろう、その生活が辛く思える。


 ならば、このまま時を過ごしたい。初等部に進学なんてならなければいい。と、思ってしまうのは当然だと言えるかもしれない。


 だが、アルス自身は貴族を目指さなければならないという事もあり、初等部卒業は必須。それは、自分が嫌だと進学しなかったとしても、やはりアルスとは共に居られないという事を意味する。


 それが、判ってしまうからこその、涙であった。


 こんな時ばかりは、自分の頭の回転の速さが、逆に恨めしい……。






 それでも時間は進む。


 今、こうやって泣いている時分でも、時は刻み続ける。そして、それは決して止まってはくれない。


 毎日、アルスと寝起きを共にし、幸せいっぱいの日々を数えるほど、ベティスにとっては残酷な日が近づく。


 今のベティスに出来る事……。それは、自分の心が壊れる前に泣く。ただ、それだけだった……。

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