夢の時
寝ているときに見る夢があり、
起きているときに見る夢がある。
そして、幸せな時間を人は夢の時間という。
※※※
エスティアに冬が訪れ、二月の雪深い時期が来た。
特務機関に所属する藤の上はフライゴーレムに問う。
「マルタイはまだヤサ付近か?潜ったか?」
「潜りました。」
「では行くか。裏はとっているか?」
「はい、協会にてログを確認の上、鍛冶場でのスキャナデータを照会済みです。」
「よし。桜の上に作戦コード2と伝えろ。」
「はっ!」
※※※
俺達はアイスベアの群れに囲まれている。
アイスベアは群れで行動するモンスターではないため、非常に珍しい場面と言える。
「姫さま、一番奥の大きなアイスベアを狙いましょう。やつがボスでしょう。」
「わかったわ。しかしわかっていても、こう群れられるのは気持ち悪いわね。」
「今のパーティーの連携ならば、造作ないさ。オトは先頭の小型を狙え。」
オトが小型に近づく。俺の予想通り、そいつは子供のようであり、母親のような個体がフォローするように動き出す。そこを予想していた俺はエスカによる炎のエンチャントで強化された一撃で母親らしき個体を撃破する。同時にエスカとサーによる魔法攻撃がボスらしき最も大きな個体を襲う。
「カトのいうとおり炎系のアローは非常に有効みたいね。」
「ああ、鑑定でアイスベアという名前から安易に想像がつくよ。」
「やっぱり鑑定は便利ね。」
「最も情報を活かせることが前提だがな。当初の作戦通り、北の方向に追いやるぞ。」
ボスが掃討され、群れに動揺が走ったためか、逃げる個体、混乱する個体、戦う個体が入り乱れている。窮鼠ではないが、力の逃げる方向を誘導することで、危険を最小としている。
「ワシにいわせれば、この程度は深追いしても、問題はないがな。」
「俺に言わせれば戦略級兵器となりうるこっちの世界の冒険者が異常なだけだ。ただな、継続性を考慮すると、これで良いさ。」
「一理あるな。炎系のスペルでもアローは単発の消費が少ないから、ほとんど消耗していないし、次のお客さんの相手も容易なものよ。」
「サー、上からデビルホークが来るから、弾幕をお願いね。私はカトとオトにフライをかけます。」
「はっ、姫さま。オト、マノン!」
オトは背後から来るアイスベアを右手方向に避けると、手に持ったナイフを左上方向のデビルホークに投擲する。
俺はオトと入れ替わるようにナイフに目を奪われたアイスベアの右側の背面から直刀を振り抜く。
その勢いのまま正面に向き合うと、サーが炎の矢で弾幕を張り、サーの前方のデビルホークは身動きが取れない。
「やはり、この世界の冒険者は異常だな。概念を伝え、訓練したけれど、一人で出来ることじゃないだろう。」
「カトよ、魔力の不安がない現場では、これくらいが出来なくては元金級とは呼べん。」
「さすが、兎系獣人種の英雄様の力ね!私も負けていられないわ。」
エスカは身動きの取れないデビルホークを一匹ずつ炎の槍で打ち抜いていく。生きたまま地上に落ちた個体は俺とオトが素早く仕留める。
こうしてパーティーに対するモンスターのパーティーによる襲撃を深まった連携にて撃退すると、目的地である湖の見える丘にキャンプを張った。
※※※
「エスカ様、お話しがあります。」
「あら、外でエスカなんて珍しいわね。」
「カトが雉子を狩るときくらいしか残された時間はないので。それで兆しは??」
「確信は持てないが、大丈夫と思うわ。思ったよりも良くて、回数をついつい重ねてしまったしね。」
「直言すれば、そのような戯れは。道中も楽しんでおられたし、人前では謹んでください。」
「あら、このそのように育てたのはお母さまなのよ。アタックの時の高揚感が良いものね。お母さまも若いことは」
「しっ。カトが戻ってきました!」
「よし、明日のアタックに備え、花を摘んだら、食事をとろう。そして、ナイトアントを夜哨にして、朝一に行くぞ。」
こうして俺達は運命の日を迎える。
※※※
その日は冬の山らしく少し吹雪いていた。しかし太陽も出ているため、この吹雪もいずれ治まると考えることが出来た。
「せめてもう少し天候予測が体系化されていれば、デバイスからの情報も精度が上がるが、仕方ないだろう。」
「カト曰く、空から見るってことよね。私のフライゴーレムではこれ以上の高度は難しいわ。」
エスカが戻ってきたフライゴーレムを巻物に戻すと、それをポーター見渡す。ストレートゴーレムは巻物を器用に背負ったバックパックに収納する。
「いや、ポーターも含め、運用は十分だ。火力や手数など、全てが足りないが、使役は有益さ。」
「姫さまのような魔力持ちでないと普通は出来ないことであるが、長期の作戦を遂行できるバックアップ体制は、心強いことじゃ。」
「カトの鑑定もデバイスも有益だけど、エスティアでは火力が重視される。つくづく思い知らされるわ。」
「そうだな。情報は活用しなければ意味がない。よし、そろそろワナを張るぞ。筒に魔方陣を仕込んである。一度、ベースに戻り、日が暮れたらいよいよだ。」
「このような筒をワナにし、日中に戦うとはセオリーを知らぬ愚か者と呼ばれるだろうが、情報は有益じゃな。セオリーは曇りの日暮れに湖を爆撃で濁らせて、出てきた個体の物理弱体化の膜を如何に削るかがポイントであるが、ボス種ではパーティーは有用じゃな。」
「その代わりに鋼蟹がたくさん出てくるだろう。威力偵察では鋼蟹の姿を確認したが、怒れるウナギを仕留めるこの世界の冒険者はおかしいさ。」
「深層のスライムもそうですが、金級への試験にも使用されるボス級ですからね。相性はありますが、これくらいは出来ないと金級にはほど遠い。しかし、神に愛された主天使の好物ということですが、難儀なものを所望されるものです。」
俺達はワナを仕掛けると、一度ベースに戻り、ストレートゴーレムも歩哨としていたナイトアントも巻物に戻し、決戦の準備を整えた。
※※※
そのホワイトウナギフィッシュは獰猛であり、遥か昔から存在するヌシの子供の一匹であり、これまでたくさんの勇者の命を飲み込む個体である。主天使からジャックと呼ばれた個体は久しぶりに見る筒に無造作に突っ込み、夢を見ていた。神よりも神々しい主天使と美しい女達に抱かれた優しい夢を見ているときに、それは起こった。
衝撃が体を襲う。物理を弱体化する膜を剥がされる痛みよりも夢を妨げられた怒りに体を震わす。衝撃は藤の上も同じであった。記憶に残るジャックの姿とワナに動揺が走る。
「出てきたぞ。まずエスカとサーは鋼蟹を剥がせ。オトはウナギを攪乱せよ。俺も光筍や黒竹の投げ槍でウナギを翻弄する。」
ジャックは怒り狂っていた。一般的なホワイトウナギフィッシュであれば、覚醒直後のため、動きも鈍る。しかし、ジャックはその長い尾を器用に威嚇に使用すると、目の前のウサギに対し、口から魔力の塊を放つ。
「オト、着地の瞬間を狙われているぞ。タイプBに変更だ。くそっ、ワナは効いているはずなのに、想像よりも活きが良い。エスカ、そっちの状況は??」
「鋼蟹の数はそこまで多くないが、ハサミを振るうスピードが速くて、なかなか打ち込めないわ。サーが近接に切り替えているから、まだ殲滅スピードを維持しているけど、厳しい状況ね。」
「いきなりカードを切る必要があると言うことか。」
俺はその場でオトに再度の合図を出すと、バックパックより竿とエサを取り出す。そして、手早くホワイトウナギフィッシュの目の前に投げる。
「掛かったな。しかし引きが強すぎる。バフをどれだけかけたと思っているんだ。くそっ。」
俺は懐より水薬を取り出し、一気にあおる。一瞬の酩酊感を感じるが、同時に丸薬をあおると、腕に力を込める。
「明日の朝が怖いが、仕方がない。オト、エスカチームに合流し、遠中近で一気に鋼蟹を削れ!」
サーをミドルレンジに下げ、オトを突っ込ませる。エスカはデバフをより広範囲に広げ、一気に殲滅にかかる。
エサに込めた毒の効果で一時的にホワイトウナギフィッシュの動きが鈍る。それでも広範囲に放たれる魔力弾を避けることが出来ず、何度も被弾し、その度にポーションを飲みながら、時間を稼ぐ。
「オトっ!」
エスカの悲痛な声が聞こえ、オトの背中に鋭利なハサミが近づく。オトの左肩から先がなくなり、口から血が出ている。
俺は決断した。
「やはりトカゲ作戦しかない。サーは一度下がり、極技の準備を。エスカはオトへ今出来る可能な限りの支援を行い、優先対象に近近遠でアタックをかける!」
「カトは急いでいないのよね?ちょっと無謀に思えるけど!」
「ホワイトウナギフィッシュも鋼蟹も予想以上だ。ここはリスクを保有するしかないと踏んだ。」
「ワシもそう思います。このままジリジリと行くのであれば、撤退しかなくなると思います。」
トカゲ作戦は尻尾切りとして、オトに血の香のエキスをかけ、鋼蟹達の囮にすることだ。使役しているから可能な作戦であるが、褒められた作戦ではない。
こうして戦力をホワイトウナギフィッシュに集中すると、一気に勝負を決めに行く。まずは特別製の爆薬を仕込んだ黒竹の投げ槍でホワイトウナギフィッシュをノックバックすると、サーの極技を放つ。
「これで決める!!」