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マザコン娘と奇跡の日

作者: 菅原 潤

私の娘はいわゆる「マザコン」だ。

もう20過ぎのいい歳なのに、私がどこかに行く度に一緒についてくるし、会社の飲み会に参加した時は「11時迄に帰ってきて」など連絡がくる。

ようやく、一人暮らしをしてくれたと思ったら毎日2時間以上通話を求めてくる。

あの子は私の恋人なんじゃないかと錯覚してしまうことがしばしばだ。




「お母さん!今日の夕飯何にするの?」


今日も当たり前のように夕飯の買い物についてきた娘が問いかけてくる。


「えっ!あぁ〜」


正直、今晩の献立を決めていなかったので返答に困る。


「あんたは何が食べたいの?」


いつもついてくる娘にはうんざりしていたがこういう場面では、ついてきてくれて良かったと感じる。


「お母さんの料理だったらなんでもいいよ!」


屈託のない笑顔で彼女は答えた。

恋人に言われたら飛び跳ねるほど嬉しいことを言われたが、私には逆効果であることを彼女は気づいていない。


「じゃあ、焼き魚にしようか。」


たまたま、魚屋の前を通ったので思いついた。


「やったぁあ!お母さんの焼き魚大好きなんだ!」


などと彼女は言うが、焼き魚なんて焼くだけなんだから味に個人差なんてそんなに出ないだろうとツッコミを入れたくなるが軽く受け流すことにした。


「秋刀魚一つ下さい。」

「あいよー。サービスして沢山入れてあげるね」


ここの店主は、娘が小さい頃からよく来てるのでサービスして沢山くれる。昔はとてもありがたかったが、今はそうじゃない。


「いいです。いいです。そんな食べれませんよ」

「いやいや!沢山食べて元気つけないと!」

「あ〜。ありがとうございます。」


その気遣いが心に刺さりいつも沢山貰ってしまう。


「大丈夫!食べれない分は私が食べるよ!」


などと娘は言うが、そんなにこの子は大食いではないからその言葉には信憑性がないことを誰よりも知っている。


「あんた、いつも一尾でお腹いっぱいになるでしょ。」

「今日は、朝から何も食べてないから沢山食べれるよ!」

なんて言うけど食べれた試しがない。


夕飯の食材を買い、その他日用品も買っていくと既に夕日が落ちる時間になってしまった。


「トイレットペーパー買ったし洗剤買ったし大丈夫かな」


歳をとるにつれて、買い忘れが激しくなってきているのを感じるが、メモを持って買い物するのはなんかおばさん臭くて抵抗感がある。


「お母さん!ロウソク忘れてるよ!」


こういう時に娘がついてきてくれることのありがたみというのを感じる。

「そうだったね。ありがとう」


もうメモ持って買い物しないとダメかなと思いながら帰路につく。

家に着き、夕飯を作り終えると一段落つく。


「お母さんの焼き魚おぃしぃ!」


何を食べてもこの反応だと嬉しいという感情も薄れてくる。でも、言われないよりかはいいか。

夫は娘が一人暮らしを始めた同時期に離婚した。

元々、娘が私たち夫婦の間に入って喋っていたのでそんな娘がいなくなるとたちまち会話がなくなり気付けば、離婚してしてしまった。

そう考えると、娘は大切な役割を果たしていたのだなと感じる。


「ごちそうさまでした!美味しかったよ!」

「そうかい。ありがとう。」


そう言うと彼女は満面の笑みをこちらに向ける昔からこの笑顔はとても大好きだ。


「お母さん!一緒にテレビ見よ!」

「はいはい」


いい歳した親子が一緒にテレビを見るのも違和感を感じなくもないが、私はこの時間がとても好きだ。


「お母さん!この芸人さんめっちゃ面白いね」

「そうだねぇ。」


娘とは、とても息が合う方だと感じる。

笑いもツボも一緒だし、好きなタレントも同じなので話していて苦ではなくずっと話していられるように感じる。

それなのになんで、私から離れてしまったのだろう。




娘は、私が30歳の時に生まれた。

晩産ということもあってとても嬉しかったのを覚えている。

娘は、私と違いとても明るく元気に育っていき、学生時代は、生徒会などの役職に就いていた。その時私は、とても鼻が高かった。

それでも、彼氏は作らずいつも私にくっついていた。正直、鬱陶しいと感じていたが同時に嬉しくもあった。

大学を卒業して地方に就職が決まり一人暮らしを始めなければならないと分かったときはとても大変だったのを覚えている。

「離れたくない!」と一人暮らしを始める直前まで駄々をこね、私から離れそうとしなかった。あの時は流石にウザかったかな。

それでも、初任給が出た時焼肉をご馳走してくれたことはとっても嬉しかったな。

振り返ってみるとあの子のいい所は沢山ある。

明るくところ、元気なところ、行動的なところ、優しいところ、素直なところ、ご飯を毎回美味しいと言ってくれるところ、毎年母の日に花束を送ってくれるところ、離婚した時お金が無いくせに頻繁に帰ってきてくれたところ。

そしてお母さん思いなところ。

なのに、なんで私から離れてしまったのだろう。





「お母さん!お母さん!」


娘の呼びかけに目が覚める。どうやら寝てしまっていたらしい。


「ごめんね。寝ちゃってたね。」


今何時だろうと、時計を探す。


「お母さん。私もう行くね。」

「もうそんな時間?」

「うん。」


時計を見ると深夜2時前を指していた。


「行きたくないなぁ……」


娘の目に涙が浮かぶ。

「でも、行かないとダメなんでしょ?」

「うん…」


震えた娘の声が胸に刺さる。


「でも…だって…だって…」

「だっては言わないって約束でしょ」


ここは、母として突き放さなければならない。


「だって…別れちゃうだよ…一生会えないんだよ。」

「それでもさ…」

涙が出そうになるが我慢しなくてはならない。


「あのね。お別れするの初めてじゃないでしょ?一人暮らしを始めた時だってお別れしたしそれこそあなたが死んじゃった時だってお別れしたでしょ?だから初めてじゃない。」

「うん…」

「お別れしても、また会えたでしょ。だからまたすぐ会えるよ。そしたら、またあなたが好きな魚料理作ってあげるからね。」

「うん…」

「分かった?」

「分かった…。」

「じゃあね。ばいばい。また会おうね。」

「うん…ばいばい…」

そう言うと、娘はスっと消えてしまった。


1人取り残された部屋で私は涙を流す。

「寂しいなぁ……。」





私の母はいわゆる「ムスコンだ」

もう60過ぎのいい歳に娘と別れるだけで大泣きするし、食事だって私と別れてから全然食べていない。

ようやく、食べるようになったと思ったら毎日私の仏壇の前で一日中ぼぉーっとしている。

母は行き別れた恋人かなんかなのかと錯覚することがしばしばだ。

でも、そんな母を誰よりも愛しているのはこの私だ。

[完]






読んで頂きありがとうございます!


初投稿です。



誤字脱字やその他諸々の何かがあるかもしれませんがご指摘等頂いて次の作品に活かしていきたいなと思いますので何卒よろしくお願い致します

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