006 幸運と不運
パトリシアがなんやかんやで銃と剣を取り戻し、ヒブキの街にとんぼ返りしてきたのは俺が風呂を上がった頃だった。
宿の明かりと月明かりだけが照らされる噴水の囲いに座るパトリシアは、銃を抱きしめて寂しげに過ごす。
多分何も食べてないのだろう。
俺も気持ちはよく分かる、中2の林間学校の時俺は幾度となく不運に見舞われ、結局何も食べる事無く帰宅したのだ。
あの時の絶望感と今のパトリシアを窓から覗いて重ね合わせた俺は、やはり放っておけずにさっきもらったバナナみたいな何らかの果実を持って噴水のところまで足を運ぶ。
「……何よ……」
「腹減ってるだろ?」
「……いらない……」
何で拗ねてんだよこいつ面倒くさい……。
「落としたサイフは見つかんなかったのか?」
とりあえずパトリシアの太ももの上に置いて隣に座る。
「……どこ探しても見つからなかった……どうせ盗まれてるわ」
「かもな~、まあ落とした奴も悪いんだけど」
「うっさい……」
「……ありがとな、パトリシア」
「……何が……」
「いやさ、死んで転生して別世界に来て、右も左も分かんねぇ俺にぶつかってくれたのは、不幸中の幸いだ……じゃなきゃ今どうなってる事やら」
「……私……感謝されてるの?……ずっと迷惑だって思われて思ってきた事を?……」
「不運な事なんて生きてたら幾らでもある、それを身に染みて分かってる……けど一番不運なのは、ひとりぼっちになることだ」
「……ひとり……ぼっち……」
「多少不運な事があっても、こうやって出会えた幸運は何にも代え難いだろ?」
別に小っ恥ずかしくは無い。
ただ本心を述べているだけだからだ。
確かに自分だけが運が良くなったところで、その分きっとどこかでそれだけの不運を抱えるんだ……それが今までたまたま俺だっただけ。
俺は生まれ変われたけど、パトリシアは俺みたく都合の良いようにはならないかもしれない……だからせめて気持ちが分かる俺が分かってるって言えば、気持ちは楽になるだろう。
だから俺は笑顔で小っ恥ずかしい事を話す。
不運の中にも必ず幸運は隠れてると教える。
「……バッカじゃないの、そんな小っ恥ずかしい事……お腹すいた!」
そう言って俺が置いといたバナナみたいな何らかの果実の皮を思い切りよく剥き、バクバクと食べ始める。
「……か……勘違いしないでよね!……私はあんたみたいにひとりぼっちなんかじゃないわ!……ちょっとワケありで今は1人だけど……だけど……」
忙しい奴だなぁ、食べるのか文句言うのか泣くのかどれかにしろよ。
「1人じゃねぇよ、俺がいんじゃん」
「っ……気持ち悪い!……そんなこと言われても……嬉しくも……何とも……」
こいつも色々あったんだろうな……事情は知らねぇし聞かねぇけど、とりあえず果実はちゃんと食えよ。
「やっぱり人間だろうがエルフだろうが、飯食ってあったかい布団で寝たらそれだけで幸せだって思えるよな」
「……てことは」
「じゃ、俺眠いから戻るわ、明日の朝も来るわ」
「……は?」
「え?何?」
「いや……今完全に、私をあんたの部屋に上げてくれる流れだったじゃん」
「は?無理だろ、あのおばちゃん説得とか無理無理」
「ちょっと!!ひとりぼっちの私を慰めなさいよ!!」
「そんだけ迷惑になるくらい大声出せんなら野宿問題なーし、おやすみー」
「ちょっと待ちなさいよおおお!!!」
叶うならば上げてやりたいけど、おばちゃんが強いから無理!
「何でこうなるのよ~~~~!!!!!?」
※ ※ ※ ※ ※
「おはようさん!」
「殴る」
「待て待て!!落ち着けって!!」
素晴らしいお布団の中で快眠した俺は、朝食を食べた後晴れやかな表情で噴水の方に向かう。
朝っぱらからものすごい勢いで若干汚れているエルフに殴られそうになるが、続く幸運に笑顔が解けない。
「さっきお茶入れてもらったら茶柱立ってたんだよ、7本、ラッキーセブン!」
驚いた事に王都は西洋風だったのに、この街はどちらかというと明治時代みたいな和洋折衷の街並みっぽく、泊まった部屋も和室で料理も限りなく和食に近かった。
大満足の俺はとにかく地に足を着けるために働かなければならないと考え、パトリシアに相談する。
「さっきおばちゃんがさ、この街のホステスバーの上の階が空き家だって言ってたから、そこで住もうと思ってる」
「殴る」
「まだ根に持ってんのかよ!?」
「住むって、借家に?私が?」
「いやお前はどっちでもいいけど」
「いいや私はあんたと住むわ!別に寂しいとか好意があるわけじゃないけど、あんたと付いてったら自分が惨めじゃないって自覚出来るし」
「俺関係あるそれ!?十分惨めだと思いますけど!?」
「で、そこ一月幾らなの?」
「銀貨8枚だって」
「ホントに安いわね……私の故郷じゃお父さんの一月の給料金貨20枚だったのに……物価も何もかも安い……さすがベッドタウン」
多分ベッドタウンが理由では無いと思うが、王都への道が繋がるため毎日たくさんの人々が行き交い、さらに街と言ってもかなり大きい。
交通の便も良いし物もここで大抵揃うようになっている……人も1万人は住んでそうだし、ここで商売をすればとりあえず生活は何とかなりそうだ。
そして金銀銅貨の価値ってどんぐらいなの?教えてくれない?
「で、どこの上の階って?」
「いや聞けよ……ホステスバーだよ」
と言っても見た感じだとコンパクトなキャバクラって感じだったな……内装は完全にバーだけど。
「大丈夫なのそれ?安い理由って夜うるさいからじゃないの?しかも上の階って狭いんじゃ……」
「見てきたけど2LDKはあったな……あのおばちゃんこの街の長らしいから信頼出来る」
「あのババ……おばちゃん長なの!?いきなりものすごいコネクション持ったわね……運良すぎないかしら……」
「元々バーのオーナーが住んでたらしいけど、つい3日前に一軒家持ちになったから空いたんだと、夜の音は問題無いらしい」
「ぐっ……好条件ね……そこにしましょう」
「そう言ってくれると思ったぞ!手続きはあらかた済んだから後はお前の名前を書類に書くだけだ!」
「仕事速いわねあんた!?」
「んで!一番の問題が仕事だ……ここは既に人手は足りてるからどこも人手の募集をかけてない……だから若者は皆王都に行っちゃうらしいけど」
「それは私が昨日のさび……暇な時間を使って考えたわ!」
今さび……って言ったな、やっぱ寂しいんじゃん、面倒くさい。
「へぇ~、で、何すんの?」
「そりゃもちろん!───何でも屋よ!!」
「……は?」