004 勇者の信念
どういう幸運か分からないが、崩れた瓦礫は俺達には一切当たらず、それどころか座れるほどの空間が作られていた
まさか出会って5分ほどしか経っていないのに速くも彼女から2回目の激突を食らう。
今回顔に激突したのは胸では無くお尻だ。
「いやあああ!!」
例によって顔が潰れるんじゃないかと思うほどかなり痛い平手打ちを、今度は逆の頬に食らう……吹っ飛ばなかっただけマシだろう。
「ていうか何であんたがここにいんのよ!」
ごもっともな意見だ、未だに不運がまとわりつく俺がわざわざ不運が待ち構えている場所へ何のために……。
「……誰か巻き込まれてたら……助けないと……と思って」
「はあ!?騎士でもなく丸腰のあんたに何が出来るっていうの!?そういうのは勇気じゃなくて蛮行よ蛮行!!」
「……はは……そんでもって偽善だ……たとえば助けを求める誰かがいても、求めるのは力のあるだれかであって、少なくとも無力な俺では無いな……」
薄暗くて狭いからか、よく舌が回る。
わざわざ俺の不運に巻き込まれてしまった彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「偽善じゃないわよ」
「……え?」
思いもよらない否定的な考えの否定に思わず彼女へ視線を移す俺。
「確かに蛮行だけど、それでも何とかしたいとは思ってここに来たんでしょ?自己満足か何かは知らないけど、あんたはちゃんと善の心を持ってここに来たんでしょ?
───あんたはちゃんとすごいわよ、少なくとも人任せで逃げ回るあの人間達なんかよりは強くて私は敬意を払うわ」
きっと元いた世界ではこんなことは起きないだろう。
中々に美貌の持ち主であるエルフから敬意を表される事もそうだが、この行動で敬意表される事そのものが起きないという事だ。
その道のプロに任せて逃げるのが当たり前、力も知識も持たずに向かっていくのは蛮行、そしてより被害を被ればバッシングの嵐、空回りでは済まない事態に進展するに違いない。
しかし彼女はそんなバカな俺の心を見てくれた、全否定せずに俺をすごいと言ってくれた。
何という器の大きな人なんだ……さも当然に言うのだからきっと本心からの言葉なんだろう……だからこそ申し訳ない……俺の不運のせいで……。
「そういえばまた私の魔法当たらなかったわね……ホント、生まれてこの方何なのかしら……」
……え?
「私ってホントにツイてないのよ昔から、魔法は当たらないし肝心な所で銃は不発だし、こけて男に変なところ触らさせてしまうし、遠出をすればどこかが爆発するのよ」
……え?
「にしてもそんな私にもいい事あるわね、こんな見事に瓦礫に空間なんて、ラッキーラッキー」
「え……あの、さ……もしかして……昔から不運なの?」
「ええそうなのよ、だから私の不運で誰かを苦しめるのは嫌だから強くなったの」
───つまりこれらの不運はもしかしたら、俺じゃなくて全部彼女の不運ってこと?
いやいや待て待て、確かにお雹さんには運が良くなるようには願ったし、そうしてくれるって言ってたけど……まさか……本当に……いやダメだ、確証が無い。
しかしこの不自然な瓦礫の埋もれ方……誰かが操作している訳でも無いならば、幸運でも無ければ成せない結果だろう。
ん、ちょっと待て。
「おい、俺の顔面に胸とかケツが乗ってきたのはお前のせいって事か?」
「ギクッ」
こいつ今口でギクッて言ったぞ、心当たりあるんじゃねぇか隠せよちょっとくらい。
「もしかして俺が殴られたのは理不尽って事か?」
「うっ……」
おいこっちに目を合わせろ、胸の件は知らんけどケツの件はどう考えてもお前の方から乗ってきたじゃねぇか。
俺が言うのもあれだけどアレコレ全部が運のせいじゃないと信じたいが、カマかけて図星っぽく振る舞われたらもう確定じゃねぇか。
俺じゃねぇかって言葉好きだな、めちゃくちゃ多用するじゃねぇか。
「あ、あの……初対面の人にそういう口の聞き方はどうかと思いましてよ?……」
「俺お前から最初に聞いた言葉「わざと飛び込んできたんじゃないの」なんだけどさぁ……心当たりあんのに俺のせいにしたって事だよなぁ?」
「そ……その件については……その……記憶がございませんっていうか……」
政治家か!!痛いとこ突かれて逃げ場のなくなった政治家の苦し紛れの一言か!!
「ま、まさかあんた……私が言いがかりつけたからってそれをダシに私にハレンチな事をしようと」
「しねぇよ、やだよお前の体なんか」
そもそも黒髪一択でしかも耳長いという違和感もあるし、理性的な方だと自負する俺的にはいくらスタイル抜群でもその他の見た目と性格がなぁ……。
「ちょっと!!私の体が魅力的じゃないって言いたい訳!!?」
「面倒くさっ!」
「何が面倒くさいのよ!それ以上私を罵倒したらぶん殴るわよ!!」
「理不尽の極み!!ざけんなゴリラ女!!」
「はあ誰がゴリラよ!!?そもそもゴリラって何よ!!分かんないけど悪口だってのは分かるわ!!殴る!!」
「分かった分かった、我慢するからその胸揉んでやるよ、そうされたいんだろ?」
「そういう事を言ってるんじゃないのよ!!童貞が格好つけて揉んでやるよとかぬかしてんじゃないわよ殴る!!!」
「どう転んでも殴られんのな俺!!」
体は華奢なのに力のこもった右拳の握力が多分100を超えてるのは直感だが分かる。
そして割と本気で命の危険を感じた瞬間───
「まだ生きてやがったのかお前らぁ」
多分大声で怒鳴りあったのが災いしたのだろう、瓦礫を蹴り飛ばしてニタリと笑う男が彼女に向かって思い切り大鉈を振り下ろす。
「っ!!……早く逃げなさい!!」
両腕をクロスして大鉈を受け止めた彼女は少し体勢が悪く今にも押し負けそうだった。
俺はすぐに立ち上がり逃げようと足を動かそうとしたが、踏みとどまる。
かっこ悪すぎる……結局全部彼女に丸投げして、しかも彼女は丸腰だ……せめてどちらかに剣があれば……剣……そうだ!!
「え、ちょっと!!……っ……」
俺は同じ蛮行を繰り返している、確かに彼女ならばこの現状をどうにか出来るだろう、たとえ不運であと一歩届かなくとも増援が駆けつけたりするだろう。
今俺がやろうとしている事は最善の策でも無ければ褒められた英断でもない。
それでも!今まで自分の不運が移ったらどうしようと勇気が出なかった俺には今お雹さんのご加護がついている……だからやってやる!
「何のつもりだ人間」
(───お主に今度こそ、幸運があらんことを)
もし俺に幸運が使えるなら、今この瞬間のために使う!!彼女を助けるために!情けない自分をぶっ飛ばすために!!
「借りるぜ、お前の剣」
またも幸運な事に剣は地面に置かれたままだった……俺はその内のさっき彼女が抜いた方とは違う剣を抜き、不器用に構える。
「バカめが」
「甘いわね」
男が剣を構えた俺に意識が向いた瞬間、自身への攻撃がなくなった彼女は大鉈を持つ男の右手首を殴打する。
「ぐっ……てめぇ……」
その衝撃で大鉈を落とし体勢が良くない瞬間に俺は斬りかかる。
「ぬあああああ!!!!」
その瞬間───俺は自分で何をどうすればいいのかを理解し、すぐに全身がその通りに動く準備に入った。
火事場の馬鹿力というには的確すぎたこの感覚は、後にお雹さんが俺に与えてくれた、運の良さとは別の力だと分かった。
俺が拒んだ2つ目のご加護───〝勇者の信念〟
何でも、自らが絶対な信念を貫く瞬間にその時欲する力が俺の体に流れてくるというモノらしい。
無我夢中だった俺はそんなことは一切考えず、ただただ流れてくる通りに体を動かした。
「ぐああああっ!!!」
滑らかすぎて一瞬分からなかったが、俺は致命傷にならない程度に大ダメージを男に斬りつけたそうだ。
叫び声を上げて仰向けに倒れる男の胸には、熟練の凄腕剣士が最高のコンディションで最高のタイミングで最高の力が込められたような綺麗な一筋の傷跡が残り、血が流れていた。
「……すごい剣筋……」
そして俺は剣に付着した血を振り払い、鞘に収めようする動作をしたが鞘が無い。
そこでプツンと流れてくる力は途切れた。
「……あ、あんた……何者?……」
立ち尽くして開いた口が塞がらない彼女の元に俺は剣を返した。
「俺は……サトルだ」
苗字も名乗ろうとしたが、おそらくこの別世界では意味を成さないだろうし、そもそも名乗りたくない。
「お前の名前は?」
「───パトリシア……パトリシア・セルフォーズよ」