033 されど女神は不敵に笑み続ける
「うおらああぁぁ!!!」
ドゴォ!! って効果音聞こえてきそうなゴリラパンチが、かれこれ20回以上はこの部屋に響き渡る。
「誰がゴリラだ!!」
何で声に出してねぇのに聞こえてんだよあのゴリラ!?
「ぬるい」
お雹さんのハンパない掌底がゴリラエルフのみぞおちに直撃し、俺の左側をスレスレで吹き飛んでくる。
本当にもう少し横にズレてたら巻き込まれてたところだった……怖ぇ……。
「ああもう! サトルも何かしら仕掛けなさいよ!」
「無理無理無理無理、俺ゴリラじゃないもん」
右手をうちわを仰ぐように振って俺は突撃を断固拒否する。
「やっぱりゴリラだと思ってんじゃん!! というかホントにゴリラって何なのよ!?」
「お前の親父みたいなデカブツを俺はゴリラと呼んでいる」
「だったら私はゴリラじゃないじゃない!!」
要するに20回以上殴ってるという事は同じ数だけ吹っ飛ばされて壁にぶつかって、俺ならその数だけ死んでるはずなのに……。
ほぼ無傷って……マジで化け物だよな……。
ミラ級の魔力(俺基準で世界最強)、フィルの戦闘能力(俺基準じゃなくても十中八九世界最強)、頭脳は知らん、その他あらゆる能力が最高レベルを誇る(適当)。
だけど、それらのほぼ全てをフイにするほどに超絶運が悪い、前世の俺みたいに。
だからまあ……遠距離攻撃は当たらないし、物理攻撃も怪しい、そして今のところかわして無いのにお雹さんには全部当たっていない。
おかげで祭壇みたいな盛り上がりは崩壊し、平地となったこの部屋でこの美しきゴリラエルフは立ち上がる。
「ああもう! あのすんごい剣技くらいならやりなさいよ! 私じゃトドメは無理そうだから!」
「……おう……」
まるで雪の上を歩いたみたいに足型をつけて硬い地面を蹴り上げ、髪がなびくほどの風圧でまたお雹さんに飛び込んでいく。
けど今の俺には〝勇者の信念〟は出せない、絶対。
あれは揺るがない絶対的な信念を持って、なおかつ相手がほぼ動かないと出せない、当たらない……俺にはフィルみたいな雷速は出せない。
「……樂ちゃん……」
ミラとフィルがあんなになって、とんでもないくらいに怒り狂っていたのに……樂ちゃんにあっという間に体を乗っ取って、それで……。
樂ちゃんを傷付けたくない……最後の最後で、俺は偽善という名の弱さを露呈した。
「くそ……」
樂ちゃんは弱まったお雹さんの次の依り代のためだけに生きてた……そう考えるだけで胸が痛くなる。
しかもあんなにいとも簡単に……まるでこの世界が、お雹さんの思い通りになる世界なんだとしたら……いや、それは間違いないだろう。
だとすればここはどこだ? 別世界って言われても、宇宙のどこかに存在する星なのか、それともそんなのより遙かに次元を超越した場所なのだとしたら。
なおさら謎だ……お雹さんは一体何故俺やパトリシアのためだけに、それだけの力を行使出来てしまうのか──
「はああっ!!!」
こちらも謎だ、お雹さんは微動だにしていないのにパトリシアの強烈パンチは1ミリも擦りすらしない。
「哀れだな柚希」
「誰よそれっ!!」
大方今のお雹さんが素の姿なんだろう、何となく親しみやすい……いや、なんていうか……全然知らないのに──遙か昔から、知り合いだったみたいな感覚だ。
ずっとそばにいたような、とても大切な存在だったかのような……何なんだ、何なんだよこれ!
「何なのよ……当たりなさいよ……今くらい当たりなさいよ!!!」
「無駄だよ、そういう風に創ったから」
ずっと見下したような笑顔で、闘ってるのはパトリシアなのに視線は俺から離さない。
見てて腹立つ表情だけど、それすらもどことなく懐かしさを感じる……気味が悪いな……。
「何言ってんのか分からないわね!!」
「構わないさ、柚希は永遠に知らなくていい」
(さっきから何なのよこいつ! ユズキって誰のことよ! ……もう全然当たらないし!!)
するとどこからどうやって移動したのか、突如パトリシアの背後に移動したお雹さんは、手刀で後頭部を激しくチョップした。
「がはっ……」
そしてパトリシアが完全に倒れ込む直前に、右手の平をパトリシアに向けるとそこから大きな光が集まり出す。
子供の頃朝にテレビで見たアニメみたいなビームが、本気の本気のビームが放たれた。
ズドーン!! という言葉が似合う衝撃がこの洞窟最深層の部屋を半壊させ、地震が来たみたいに激しく揺れた。
「ゲホッゲホッ……パトリシア……生きてるか……」
「え、ええ……まあ何とか……」
完全に遊んでいる……お雹さんは狙って俺のそばにパトリシアをぶっ飛ばしてる……。
いくら頑丈なゴリラエルフでも、さすがに今のは効いたらしく、起き上がるのがやっとだった。
「……壮観だよ」
見てくれは目が死に、腹の立つ微笑みを浮かべる樂ちゃんだ。
けど中身はお雹さん……俺が、俺たちが倒さなければならない最後の敵だ。
あんなビームを放った後でも汗水1つ垂らさずにこちらに歩いて近付いてきたお雹さんは、睨み付ける俺とパトリシアの目を見て歯を見せる。
「何故、か……今からその答えを言おう……」
「……答え……」
「──全部、破壊するためだよ……理、柚希」




