030 人形の中の異物
「グランブ、次の生贄はお前の娘だ」
「分かりました」
この世にお雹さんの傀儡として生まれた存在──エルフ族。
特に族長たるグランブ・セルフォーズは、エルフ族最強の力を持つと同時に、最もお雹さんに忠実なエルフ族だ。
実の娘が生贄だと言われても、動じず淡々と答える。
だけどその事に疑問を抱くエルフはいない、それが当たり前だったから、誰ひとりとして不服を抱く事など無い。
そんな人形達の中に、それを受け入れない異物が現れた。
お雹さんがエルフ族を従順に創造した理由は、その異物が現れた時に見逃す事無く見つけ出すためだった。
その異物が、パトリシア。
生贄になることを拒み、家出をして村を出て、人間の社会にやってきて……そこで俺と運命的な出会いをしたって訳だ。
お雹さんが何のためにこんな手の込んだ真似をしたのか、俺がその理由を知るのは、この2人の闘いのすぐ後のことだ────
※ ※ ※ ※ ※
「おおっ!!」
「ぐっ! はあっ!!」
一進一退とはこの事だ、と俺は分析してみたりする。
聖騎士フィルシアス・グリーズマンと、エルフ族長グランブ・セルフォーズの一騎打ち。
もしかしたらこの世界だと夢のビッグカードなんじゃないか? 今この場所はボクシングで言えばラスベガス、ラグビーで言えばトッテナム、相撲で言えば両国国技館みたいな感じなのか? いや両国国技館って聖地だったっけ?
とにかく人間最強とエルフ最強の一騎打ちは、間違いなくすごい闘いであることは、ド素人の俺でも見て分かる。
めちゃくちゃ鳥肌が立つ、全くの五分の攻防がとにかく手に汗握る。
「そこだ! ああ惜しい!! 行った!?」
樂ちゃんも普通に楽しんじゃってるし、でも2人は正真正銘の殺し合いをしているんだよな……。
「……負けんなよ……」
※ ※ ※ ※ ※
フィルの剣閃は凄まじく速く、俺には全く見えないが……あのエルフのおっさんには見えているどころか見切られてる風に思える……。
「おおおおっ!!!」
もう振る音がきめ細やか過ぎる、とんでもなく小さな音で、最速の剣を叩き込んでいるフィルを見なくても狙ってくる。
基本の土台がしっかりしてるんだろうな……とにかくスキが無い、フィル相手に弱点を探すのは困難を極めるに違いない。
対してエルフの方はどうやらパワー任せなような大鉈の振るい方……けどめちゃくちゃ強い。
空振りが地面に当たったりすると普通に地面が割れるし、風圧もすごい、こっちまで衝撃が伝わってくる。
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
「ふぅ……強いな、人間フィルシアス」
(マズいな、このままでは負ける……)
もう何十分もパフォーマンスを落とさずに斬り合うフィルとグランブ。
だがやはりスタミナも含め、身体能力はグランブの圧勝だ。
ガギィン!! とぶつかり合う剣と大鉈、もう幾つの火花が散ったのやら。
それから俺には、詳しく説明しろとなるとすんごい難しいけど……フィルに対して、何らかの違和感を覚えた。
すると──
「があっ!!」
大きく吹き飛ばされたフィルは宙を舞い、俺の元で頭を強く打つ。
気を失った訳じゃないけど、今のフィルがあいつに勝てそうなイメージが……湧いてこない。
「……なあフィル……何で手ぇ抜いてんだよ……」
違和感の正体は、多分これだ。
「礼儀を交わしたんなら、そりゃ失礼なんだろ?」
素人の目からはそんな風に思う事は無いのだが、どうやら俺の言葉が図星だったらしく、視線がこちらに向かった。
「……分かっている……はぁ……はぁ……」
すごい汗びっしょり、呼吸も乱れたまま整わないし、何だかフラフラしている。
「……はぁ」
そんなフィルの情けない姿に落胆したみたいなため息をついたグランブは、大鉈を体の前で地面に立て、両手で柄を押さえる。
「何を……」
「──貴様、どこぞ患っているのだろう」
「えっ……」
フィルは何も言わない、言うことを拒むみたいに乱れた呼吸だけが響き渡る。
「……そんな……」
樂ちゃんもさっきまでの笑顔は消え、呆然と立ち尽くす。
「──」
フィルは何も言わない……こちらを振り向く事も、立ち上がる事も、何も無い。
フィルの命のタイムリミットは、すぐそこまで迫っていた事も、言わない。




