011 宴
正直にかっこいいと思った。
目の前にいる誰かをこんなにも心の底からかっこいいと思った事なんて前の人生でも無かった。
不運故に自分の事以外に目を向ける余裕などとは無縁の人生だったが、多分そんな前世であってもこれは本当にかっこいいと思うだろう。
───フィルシア・スグリーズマン……俺は今偽りなき尊敬の念を彼に向けている。
「よっと、ほえぇ……真っ二つって……」
だがそんな男も多分見る目は無い、あんな化け物鳥を真っ二つにしてさらに上空の雲も裂いていく技を繰り出すようなポテンシャルをこの獣臭い返り血を浴びまくったエルフにあるとは俺は到底思えない。
パトリシアもまた降りてきて見上げてその力に感嘆しているのだから。
「……ねぇ、私が殺した雑魚達は近くの森に落としたけど……あれどこに落ちてくるの?」
「……あ」
そうだよ、体長約200メートルもある怪鳥が落ちてきたら逃げ場無いよ、どうすんのよ。
先に降りてきたのは聖騎士さんの方だ。
「……ちゃんと見てたか?」
「え?あ、ああ……もちろん……あれ降ってきたらどうすんのよ」
「え?ああ落ちてこないよ、俺の魔法であの高さから動かなくした、横移動は出来るけど上下の移動は出来なくしたよ」
つまり平面的な動きは可能だが立体的な動きは出来ないということだろうか……。
「何それ……五属性のどれにも当てはまらないじゃない……」
「俺は五属性のどれも使えない……多分、サトルどのもそうだろうな」
真っ二つの200メートルの怪鳥を操る魔法はやはり規格外なのか……俺がこんなのと同じ感じの魔法使えるってどういうことじゃ。
「あ、屋根は弁償します……それからそれとは別に、あなたたちの出会いにも感謝して報酬は俺の財産から金貨50万個を納める」
「え!?ホント!!?ホントにホントにホント!!?」
「え……あ……えっと……そ……はい……あ……」
金の話になってパトリシアがあと数センチでキスしそうなくらいに顔を近付けるものだからまたコミュ障炸裂する聖騎士さん。
「ちょ、ちょっと待っててね!契約書持ってくるから!!!」
その前にシャワー浴びろ、返り血で臭いがすごいから。
パトリシアが家の中にものっそい勢いで入っていき、呼吸を忘れていた聖騎士さんは深呼吸をする。
「……けどそんなにいいのか?金貨50万って凄そうだけど……」
「親交の証だ、絆を金で買う訳では無いが……その……友達が1人もいなくて……その感謝で……」
この人恋人に貢ぎそうな性格してる……あといつの間にか友達みたいになってるけど……まあいいや、聖騎士なんて称号の人との人脈はこの世界じゃ大きな武器になりそうだ。
それに俺自身もここへ来てこのアホエルフとだけじゃ心許ないし、仕事など関係ない友達は欲しいと思っていた。
「……まあ資金難なのは事実だからありがたく受け取るけど……」
「そ、そうか!ありがとう!」
そして俺の右手を両手で優しく握りしめて握手しぶんぶん縦に振り回す、距離感一気に詰めすぎだろ。
「そうだ、俺のことはフィルと呼んでくれ!そっちの方が友達っぽい!」
「あ、うん……」
いやだから距離感!いつまで手握ってんだよ!
「これからもよろしくな!サトル!」
「……ああ……こちらこそ……フィル」
「持ってきたわよ!!早く!早く書いて!!」
せっかくいい感じだったのにぶち壊す1枚の紙と羽ペンとインクを持つパトリシア、引き気味な感じ醸し出す俺だが本心ではちゃんと嬉しいのだ。
「こ、これからも……よろしく頼む!パトリシアどの!」
「へ?……ああ!ええこちらこそ!」
多分パトリシアは友達じゃなくて金づるという意味だと勘違いしている。
「これからはフィルと呼んでくれ!」
「ええ!私もパティでいいわよ!」
純粋な友情と器の大きな金づるを見つけたと思う、両者の意向が噛み合わないのに噛み合っている歪な握手が交わされた。
「そういえば、何であの化け物鳥来たの?」
「それは……俺にも分からない……」
「あ、昨日私が使った香水が故郷じゃゴーベロスおびき寄せるためにも使われるのよ」
「やっぱりお前じゃねぇか!!!!」
※ ※ ※ ※ ※
その後ゴーベロスが人間の領域に侵入したという情報は、聖騎士フィルシアス・グリーズマンが即座に倒したという情報と共に瞬く間に全世界に知れ渡った。
王都へと逃げていったヒブキの街の皆は日が暮れる前には全員が戻ってきて、聖騎士さん……改め、フィルの行動を街を挙げて讃えた。
パトリシアが倒した10メートル近くのゴーベロス達は王都オルネシアの獣山界生物研究所に送られるそうだ。
デカいゴーベロスはフィルとヒブキの街の全員が未曾有の危機が去った祝いの宴のために調理される。
〝獣山界〟の肉は人間の領域で捕らえられる獣の肉とは比べられないほどに美味いらしい。
その日の内に50万の金貨は我ら何でも屋に届けられたが、全人間に一時的にも絶望的な恐怖を与えた要因であるパトリシアを畳の上に正座で座らせ、1時間くらい説教した。
おびき寄せる効果は知ってた上で問題ないと軽率な判断を下した結果招いたことを、半泣き状態になり、むせび泣き初めても説教は続けた。
こいつの不運には確かに俺としては同情の余地はあるのだが、これだけ大勢の人達に迷惑をかけたのなら直接的や故意で無くても反省すべきだ。
最終的にはしっかり反省し、目の前でその香水をトイレに流したので説教は終わった。
危機に見舞われたための怒りでは無い、学ばせるために叱ったのだ……怒る事と叱る事は全く意味が違う。
パトリシアは体は大人だが心は少し幼さを垣間見せる……若干扱いに困る。
ともあれ何事も無かった事は本当によかった、俺はパトリシアとフィルと3人で夜の宴に参加した。
「美味えええええええええええええ!!!!!」
「絶品だな……いや……美味すぎる……」
ただ焼いただけの味付けもしていないこの骨付きトリ肉がこんなにもジューシーで濃厚で噛んだ瞬間溢れ出す肉汁が……最っっっっ高ぉ……。
「ていうか、真っ二つに斬ったのに血が一滴も流れなかったのは何故?」
「それが〝勇者の信念〟だ、斬った傷から血などの内部のあらゆるものが流出しない、というユニークスキルだ」
「ユニークスキルってこっちじゃ当たり前なの?」
「ユニークスキルなどという名称は存在しない、剣技として認識されている」
「やっぱお雹さんの知恵か」
パトリシアは宴の中心で肉食い酒飲み踊り狂って中心となって盛り上げている。
するとベロンベロンに泥酔したおばちゃんがフィルを連れてパトリシアと共に踊り出した……フィルはコミュ障炸裂して体が固まりぎこちない(笑)。
俺は肉を持って家の玄関前に立ち、手すりにもたれかかって宴の様子を眺めていた。
「楽しそうだな」
俺が宴のテンションに浸っていたその時、パトリシアと同じくらいの身長の、こっちでは見かけない俺の前世の世界でのTシャツに短パン姿で、オレンジの短髪が特徴的な女が現れた。
「……え……今どこから」
「それは秘密だ、今日はお忍びだからな」
「……誰ですか……」
「知らないのか……私はエリー・オルネシア
───エイスレアード王国の王妃だ」
……え?……




