001 運の無い男
俺はつくづく運から見放された男だ。
生まれた瞬間から両親の限りない愛情を受け続け、兄弟姉妹はいなくても毎日幸せだった。
しかしあるときから俺の人生は一変する。
小学生になった辺りから2日に一度は必ず鳥のフンが頭上に落ち、いつもどこからか何らかの液体を頭から被り、大切なモノは基本的に無くなる。
学芸会の主役を勝ち取れば本番で風邪を引き辞退、運動会でリレーの選手に選ばれれば捻挫で辞退、修学旅行先では爆破テロ事件が起きて中止……散々な小学生生活を送った。
中学からは何とかなるだろうと思っていた俺の期待を裏切り、テストでは90点のテストが採点ミスで9点になり、ミスを証明するテスト用紙は例によって紛失。
相変わらず鳥のフンは落ちてきており、普通に授業を受けていても椅子が壊れたりシャーペンが壊れるのは日常茶飯事で、最も酷かったのは修学旅行先で爆破テロ事件が起きて中止になった事だ。
勉強は出来たので名門私立高校に入ろうと不運な中でも真面目に勉強に励み、受験当日の電車内で痴漢に間違われ警察に連れて行かれ、大幅に時間オーバー。
痴漢の冤罪は証明され、念のために速い時間に出たのが幸いして開始ギリギリには間に合ったが、受験票を紛失、結局近所の公立高校に進学した。
高校デビューしても鳥のフンは落ちてくる、俺の不運は幼なじみの奴らには当然知れ渡っており、誰も寄りつかなくなり友達はいなかった。
平らな所でよく転けるし、バスケ部に入れば突き指まみれ、バレンタインの日に靴箱に入ってた奇跡のチョコを食べれば食中毒となり、情報の授業で使うPCは全て壊れる。
思い出したくも無い思い出としてはやはり修学旅行、どこで爆破テロ事件が起きても動じないと心構えしていた俺の前に待っていたのは、移動中のバスの近くでの隕石落下。
怪我人(主に俺)も出てやはり中止となり、修学旅行とは何かしらの衝撃が発生する行事なのだと理解した。
国立大学を受ける俺が受験票を無くさず何事も無く受け見事合格となったが、大学側でのミスが発覚し俺はその渦中に巻き込まれて見事落ち、滑り止めの私立大学行きが決まった。
孤独に耐え抜いた高校3年間最後の日に、卒業式を終えて帰宅しようとした俺は階段を踏み外し、頭を強く打って意識不明となる。
※ ※ ※ ※ ※
「本当に大変な人生じゃったのう……」
気が付くと俺は茶の間のような小さな和室の畳の上であぐらをかいており、目の前では茶を点てる綺麗な和服姿の幼女がいた。
「あの……これは……」
「お主は死んだ、だからここにおるんじゃ……にしても死に方まで不憫じゃのうお主は」
くりくりおめめと八重歯がチャームポイントの幼女は点てた茶を俺に差し出し、俺は1口飲む。
「美味っ」
「そうか、それはよかった」
「ここどこ?あんた誰?」
「むぅ……女神に向かって口の利き方がなっておらんのう……」
自称女神の幼女は俺の態度に納得いかないのか頬を膨らませて怒った表情を浮かべながらも質問に答えてくれる。
「ここは死後の世界……お主は選ぶ権利を持ってここに来たのじゃ」
「死後の……世界?……」
「なんじゃ、近頃お主のいた世界ではこのような形で物語が始まる本が多いのじゃろ?」
この子が何を言っているか分からないが、死後の世界から始まる物語?……意味が分からない、俺の漫画の知識は見た目は子供頭脳は大人の名探偵で止まっているから分からない。
そしてアニメを漫画と呼ぶほどにその類には疎い。
「まあ良い……それより、お主は人生をやり直したいと思うた事はあるか?」
「おおそれはもう何億回と望んだ」
ものすごく自然にあぐらをかいた俺の足の上にちょこんと座った幼女は見上げて俺に問う。
正直心当たりしか無いために、もし生き返らせてくれるなら運に恵まれた人生を送りたい。
「うむうむ、にしてもお主のその極端な不幸は何が理由なのじゃろうな……」
その確証は無いが、それについても心当たりはある……。
「俺の名前、疫病 理だったんだよ……疫病って何だよ!!何て苗字付けやがんだよ先祖!!!何でそんな男と結婚したんだよマイマザー!!!」
「おどろおどろしい名じゃのう」
「だろ~?だからさ、女神なら俺の人生やり直させてくれよ」
「だからこれからお主に選択させるのじゃ!」
ぴょこんと立ち上がった幼女は俺の方を振り向きにこやかな表情を浮かべる。
「お主には人生やり直しという道がある……本来ならそのままあの世行きなのじゃが、不憫に思うたわらわがもう1つの道を用意したのじゃ!」
「マジかよ熱い熱っつああ!!!!」
朗報が嬉しいのは確かだが、前かがみになったために腕に点てた茶とは別の茶碗が当たり、左手に熱々のお茶がこぼれる。
「何故こんなところにこの茶碗が……ああ、しまうの忘れておった……にしてもお主、死してなお続くか疫病の呪い」
俺の不運さを目の当たりにして驚きながら幼女は俺の左手を持ちフーフーと息を吹き掛けて覚まそうとする。
「……それで……やり直しってのは?」
「ああそうじゃ、ごほん……お主には、別世界で生きていくという道が残されておる」
「……別世界って……引き出し引けば青いタヌキが」
「そうじゃのうて丸っきり違う世界じゃ、そこは魔法が使えるぞ~?」
「どんな魔法?」
「それはわらわにも分からん」
「ポンコツか」
「ポンコツっていうな!うぉっほん……お主にはそこで生きていってもらう権利があるのじゃが……さすがに18で何も無いのはあれじゃから、どれ、ここはひとつ女神の力でお主に力を2つ与えよう」
「俺まだ行くって言ってないよね」
「1つはステータス、攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、スピード、魔力、運のいずれかのステータスをかなり強くする事が」
「運、運!運だ絶対!!!」
運が底上げされるという情報に興奮した俺は、頭の中で無意識的に行くか行かないかの迷いを瞬時に断ち切らせる。
───それほどまでに俺は、運に飢えていたのだ。
「お、おう……お主ならそう答えると思うたぞ……もう1つは特典じゃ……魔法、武器、ユニークスキル、欲しい何かを1つだけ進展しよう……太っ腹じゃろ?」
「オススメは?」
「お、オススメって……お主の好きなのを選べば良いじゃろう!」
「いや分かんねぇもん、そもそもユニークスキルって何?魔法とどう違うの?」
「そ、そんなもん自分で考えんか!」
「お前も知らねぇじゃん」
「う、うるさいのう!好きなのを持ってけば良いのじゃ!」
「いらねぇよ」
「……ほえ?……今……いらんと申したのか?」
「おう、運あるならまあ何とかなるだろ……あと、欲しいモンは自分の手で手にしねぇと喜びが薄くなるだろ?」
「……お主……」
「あと子供からあげるって言われても胡散臭くて信用出来ない」
「一言余計じゃ!!」
「はは……まあ、本当にもらえるんなら……運だけでいいよ……運を2個分」
「……分かった……道は険しいぞ?」
「苦労なら慣れてるから問題ねぇよ」
幼女は両手の平を俺の前に出し、その手の平から光を発生させる。
「そういやお前は名前なんなんだ?」
「わらわは雹、お雹さんと呼んでおくれ」
「子供なのにお雹さんってか」
やがて光は部屋中を包み込み、その温もりに俺は眠くなってきた。
「───お主に今度こそ、幸運があらんことを」
運に見放されすぎた俺は、ついに不運の末に死に、そして別世界で人生やり直しを実行する。