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【17】切り崩し



「弟扱いするなって言われてもね」


 弟だし。


 鈍い反応を見て、レアンドロはなおのこと苛立ったように、癖の強い長髪をかき上げてため息をつく。


「――だいたいな。わざわざ呼び出しておいて俺に言うのが、そんなどうでもいいことか? 俺は陛下に呼び出されて結構強めに当たられてんだ。……あんたに、カシャの情報全部を流し過ぎるな、みたいな趣旨のことを」


 彼は、ベルタに対して薄ら寒い敬語を使い続ける努力を、この時点で既に早々に放棄したようだった。


「ああ、そうね。陛下とそういう話をしたわ」


 ベルタが軽く応じると、レアンドロはうんざりした顔で深々とため息をついた。


「私が南部とある程度距離を置いたほうが、王宮の風通しが良くなるから。別に全部の情報を隠せと言っているわけでもないけれど、でも、これから先はカシャだけを贔屓した政策を提言し続けるわけにもいかないし。知ったら身動きができなくなるほどの機密は、王妃の手元には集まらないほうがいい。陛下がおっしゃったのも、たぶんそういうことでしょう」



「………………そういうことは先に言っておくものだろ、普通」


 彼はハロルドとの面会で、ハロルドの真意が読めずに相当気苦労してきたようだった。それは確かに若干申し訳なかった。


「言ったじゃないの。王都には、カシャとの連絡役になるために来てほしいって。――『王妃』とカシャのね」


 せっかくだから、財務長官オヴァンドの下で実務的にも色々働いて暇を潰してもらおうと思っているが、ベルタがレアンドロを――最も信頼できる、同世代のカシャの人材の一人である彼を――わざわざ王都に呼び寄せたのは、本来的にはそのためだ。


「私はもう王家の人間なの」


「違う。あんたはカシャの総領娘だ」


 とっさの切り返しにしては存外に強い言葉が返ってきて、ベルタは苦笑する。


「そういう二つの立場の、どっちが重いか考えるのに、もう疲れたのよ」


 ――飽きたとも言うが。

 ベルタは本来、あまり長く一つのことをうじうじと悩み続ける性格でもなかった。


「だから悩みどころはよそに任せることにしたの。私はただ王妃として働いて、……その働きがもし、カシャを損なうようなことがあると思ったら、レアンドロ。あなたが私から、カシャを守ってちょうだい」


「……どういうつもりで俺を王都に呼び出した? あんたは俺を、どう使うつもりなんだ」


 ベルタに「使われる」ことを当然のように想定して動いている彼は、なんだかんだ一族に従順だ。


 一族の連帯の中ではそうした序列は絶対で、彼は嫡出の姉であるベルタに、はっきりと従う立場にあった。


 ただそれは、彼にとってベルタが、信に足る人間であり続ければの話。

 ベルタは、向けられるだけの忠心には報いる責任がある。


「私はあなたを使うし、あなたは私を上手く使えばいい。父と叔父たちがずっとそうしてきたように。兄弟は助け合うものよ。とりわけ、家を守るためには」


「王家に片足突っ込んでカシャを裏切りかけるおまえに、一生寄り添って仕え続けろと?」


「お父さまがそれを許容する限りはね」


 父はベルタの要望に沿って、レアンドロを王都に遣わした。


 父がどういうつもりかはわからない。

 もしかしたら、ベルタが実際にどういう態度を取るのか、レアンドロに監視させるために送り込んだのかもしれない。


「レアンドロ。勘当されていた時期は、あなたは海外を放浪していたと聞いたわ。でも結局、あなたはこうやってカシャに戻ってきた。私たちは一族への愛着から離れられないし、でも、その中で自分の能力を活かしたいと思ってる。退屈な役目ばかりじゃ、やりがいもないでしょう」


 とはいえ、ベルタは言葉巧みに異母弟を勧誘し、息をするように堂々と一族内の切り崩しを図る。


「王都にいれば、あなたはカシャの先鋒として重用される。必要な場で必要な役割を果たせば、行くところまで行けるわ。あなた自身の実力でね」


 同い年の異母弟にとって、父の意に添ってこのまま南部に居続け、小領主程度の緩慢な役割をこなしていく人生と、ベルタに付いて視野を国政にまで広げていく道の、どちらが魅力的か。


「一族の女が一国の女主人に昇り詰める姿を、そしてゆくゆくは、自分の甥が玉座に座る姿を、見てみたくはない? 一族の誰より近くで、この国の重臣として」


 ベルタには、レアンドロは自分に付くだろうという確信があった。


「王都にいればきっと一生、退屈しないわよ」


「……退屈しないっていうか、馬車馬みたいに働かされて休む間もない数年後しか見えないけどな」


「そこは死なない程度に死ぬ気で頑張って」

「あーあ! まったくあんたら父娘は」


 レアンドロは本気で嫌そうにそう吐き捨てた後、そういうつれない態度を取り続けるのも限界が来たというように、わずかに口元だけで笑みを漏らした。


「――久しぶりに会って、すっかりあの陛下に絆されて変わってんのかと思ったら」


 変わるわけがない。ベルタがベルタであることの。


 ああでも、そういう意味では少しは変わったのかもしれない。南部にいた頃のベルタは思ってもみなかった。まさか自分が王都で愛されるとも、こんな風に安らかに暮らせるとも。


「陛下が信に足るお方だと、そのうちあなたにもわかるわ」


 南部の者たちは、たぶんあの理性的で柔軟な君主としてのハロルドの姿を、最初は物足りないとすら感じるだろうし。


 そういう意図で言った言葉だったが、レアンドロは鼻白んで一気にげんなりした顔をした。



「……っていうか、あんたの夫の国王陛下は、知った上で許可を出してるのか? ……俺がその、」


 彼が言いかけた瞬間、背後に控えていたエマが明らかに意図的に、床を踏んで大きな足音を立てた。


 レアンドロは素直にびくりと身を縮ませて口を閉じた。

 薄く笑みを浮かべたエマの表情を見るに、この王都でそういうことを軽々しく口に出すなということらしい。あの例の、十代の頃の珍騒動については。


「え、別に言ってないけど」


 侍女たちも微妙な顔をしていたが、わざわざ言うほどのことだろうか。だいたいハロルドがそんな結婚前の細かいことをいちいち気にするとも思えない。


「…………これは断言するが、絶対後々一回はそのことで揉めるぞ」


 レアンドロはうんざりした表情を顔に張り付けたまま、やたらと真に迫った声で、やり手の占い師のようなことを言った。








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