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【10】身内からの反発


 ところで、ベルタの古参の侍女たちは、本人を実際に見かけても相変わらずレアンドロには辛辣だった。


「よくものうのうと姫さまの前に顔を出せたものですね!」



 あらゆるカシャの敵対陣営の熱量と比べても、身内からの点の辛さのほうが明らかに勝っていると思うほどだ。


「のうのうとというか、私が呼んだのよ」


「姫さまも姫さまです!」


 彼女たちの怒りの矛先は、このような役にレアンドロを名指しで指名した主人本人にすら向いている。


「レアンドロさまをお許しになり、あまつさえカシャの幹部にも返り咲かせるような地位までお与えになるなどと」


 侍女たちの怒りに燃料を投下すると面倒なので、ベルタは曖昧に笑って受け流そうとするが、それはそれで逆効果のようだった。


「あなたたちが言うこともわかるけど、……まあ、あの時だって、結果的には何もなかったのだし」


 普段は無駄を嫌う侍女たちが、ここまでこの件に関してしつこい理由について、残念ながらベルタにも心当たりがあった。


「……『何も』なかったからといって全てが許されるわけではありません、レアンドロさまのかつての行為は、カシャ本家への立派な背信です」


「姫さま! よろしいですか、姫さまがそうしてレアンドロさまに甘い対応を貫かれるほど、周囲は余計に疑うのですよ。既に王妃となられた御身のお立場の重さをお考えになって下さい。……っそれがわからない姫さまではないでしょうに」


「――とにかくレアンドロさまには、姫さまへの単独での接見は金輪際遠慮していただきます!」


 もはや憤慨しているというより青くなっているような顔色でそうたたみ掛けられてしまえば多少は気圧される。


 もともと、ベルタとレアンドロは同年に産まれた姉弟だったことから、色々と比べられることも多かった。

 幼少期から何かと言えば張り合わされてきたので、互いの使用人たちの折り合いが悪いのは、ある程度は当然のことでもある。



「……そうは言ってもねえ」


 しかし、彼女たちがレアンドロを蛇蝎の如く嫌うようになったのは、今からだいたい十年ほど前にレアンドロが起こした、とある事件に端を発している。









 それも別に、大した話ではない。


 ベルタが父の嫡子として育った一方、レアンドロは、どちらかと言えば庶子としても低い生まれだった。


 彼の母親は、レアンドロの後にも何人か男の子を産んでようやく当主の妻の末席に数えられるくらいの出自だった。


 そういう末席の妾が、正妻を差し置いて真っ先に男の子を産んでしまったものだから、周囲は殊更、嫡出の姉と庶子の弟に格差をつけて扱った。


 ベルタが父の第一子、という扱いが一族の中では支配的であるものの、それもそもそも事実関係は怪しいとベルタは思っている。


 レアンドロとベルタがだいたい同じ時期に産まれているのは間違いがないとして、もし正妻よりも妾の出産のほうが数日から数ヶ月程度早かったとしても、そこは気を遣った家人たちが正妻のほうを立てるだろう。

 慣習から言っても、嫡出のベルタが目上の姉とされた。


 そういう、実際には兄だか弟だかもよくわからないような「異母弟」だ。


 ベルタが彼に多少同情的なのも、そういう育ちに由来している。

 ベルタ自身も、男に生まれなかったことを惜しまれながら、それなりに苦労して育ったが、庶出の長男というレアンドロの立場ほど浮ついたものはなかっただろう。


 嫡男クレトの誕生によって決着がつくまでの間、カシャの家中には常に跡目争いの火種が燻っていた。レアンドロを必要以上に持ち上げて担ぎ出そうとする一族内の動きは、時折熱病のように広がっては消え、ぶり返すのを繰り返していた。


 ――だいたい、考えれば考えるほど、悪いのは父ただ一人という気がする。


 そもそもレアンドロが嫡女であるベルタと同い年、兄弟内でもかなり年長の立場で生まれていること自体が問題の一端なのだ。

 ……であるならば、正妻の懐妊前後の時期にうっかり身分の低い愛人にも手を出していた父が、普通に悪いのでは? 


 そしてそのことに少しでも自責の念があるのなら、せめてレアンドロを粗雑に扱わず、もう少し丁寧なやり方で跡目争いから守ってやれば良かったものだ。


 父はレアンドロをあえて冷たく突き放すことで、彼を跡取りにと目論む派閥の機運を挫き、跡取りは嫡出の長男の誕生を待つという態度を強硬に貫いた。


 まあ、レアンドロは、死んでもベルタには同情されたくなかっただろうが。


 幼い頃から今ひとつ彼を嫌い切れなかったのも、父に対する些細な反抗心の表れだったということを、ベルタ自身も今では自覚している。



 とはいえレアンドロはそれなりに面倒な弟だった。彼はいつも何かとベルタに対抗して張り合いたがり、捻くれた生意気な性情を前面に押し出したまま突っかかってきた。


 突っかかってこられるたび、ベルタはなんだかんだいつも相手をしてやっていた。


 レアンドロがどういう手段で挑んできても、最終的には大抵の場合、意地でもベルタが勝ち星を上げていた。勉強も乗馬もチェスも、大概のことはベルタのほうが得意だった。


 身体能力が男女で異なる時期になるまでは、腕っぷしでも。


 レアンドロが、はっきり剣術でベルタに勝った日、彼が全然嬉しそうではなかったことをベルタはなぜかよく覚えている。


 練習場で組み合いになってベルタが力で押し負け、地面に引き倒された時、周囲で見ていた者たちは大人げないとレアンドロを諫めた。そして大人たちはベルタには、怪我をするといけないから、もう男の子と剣術をするのはやめるようにと言い含めた。


 単に男女の成長の別だけで、勝って当然の分野でベルタの優位に立ったという事実は、却って彼の繊細な自尊心を傷つけたようだった。


 ベルタの思い違いでなければ、レアンドロは口先では色々と悪態をつきつつも、ベルタのことをちょうど良い好敵手として捉えていた。


 あるいは目の上の瘤の存在を、いつか実力で打ち負かしてやりたいと考えていたとしても。彼は単に自分が男であるというだけの身体的な理由をもって、ベルタをやり込めたいわけではなかったように思う。


 ――そのレアンドロが引き起こした騒動にしては、例の事件はよりにもよって、と思わないでもないが。


 十代半ばの頃、レアンドロは急進的な分家の一派閥に押し出されるような形で、彼自身のカシャの跡取りとしての正統性の確保のため、異母姉ベルタとの結婚を父に対して申し出た。




『――異母兄弟での結婚?』



 当然ながら南部でも、それだけ近い近親婚は嫌悪の対象だ。いくらカシャが閉鎖的で身内意識の強い一族だとはいえ。……とはいえ一瞬、それも一族を守る手段としてはあながちなくもないのでは、と考えた者が一族内にそれなりにいたことは否めない。


 その申し出は、即座にあり得ないことと一蹴されたというよりは、困惑の中で批判基調に物議を醸した、という雰囲気だった。


 ……しかし、普通に考えれば父がそれを許すはずもなかった。当時、既に待望の嫡男クレトが誕生していたからだ。


 レアンドロを熱心に担ぎ上げようとした派閥にしてみれば、クレトの誕生によってそれまでの苦労と根回しが水の泡となり、自棄っぱちにすらなっていたのだろう。


 自分たちが次代の一族内でのし上がれるかどうかの瀬戸際で、彼らはその申し出とほとんど同時に、かなり強硬な手段に打って出た。







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