【6】打診
遷都にまつわる事業の他にも、ベルタが主導的に進めている政策がもう一つあった。
『――レアンドロ・デ・ライラ・カシャはいかがでしょうか』
南部の盟主カシャと、北部ペトラ人派閥の筆頭家であるヒメノ伯爵家との婚姻。
廷臣たちが居並ぶ御前会議の場で、ベルタがその人選を最初に提案したのは昨冬のことだった。まだ、彼らが古都ダラゴの王城にいた頃のことだ。
『レアンドロは、私と同い年の異母弟です。彼は庶子ではありますが、南部では妾腹でも必ずしも扱いに差があるわけではありません。むしろ長じたのちは当人の資質そのものによって、一族内での扱いは大きく異なることとなります』
ベルタはその人選に、当初から一貫して自身の異母弟を推していた。
『カシャは現状、嫡出の男子クレトを当主の跡取りと目しておりますが、クレトが成人するまでにはいささか時間を要します。一族がクレトの代になるまでの中継ぎの時代を支える一人となるのが、このレアンドロかと存じます』
居並ぶ廷臣たちにとって、当然ながら閉鎖的なカシャ一族の内情は、ベルタの口から説明されることによって初めて聞くような内容ばかりだった。
北部の新興派閥はこの縁談に、筆頭家であるヒメノ伯爵家の一人娘を出すことが決まっている。
その令嬢との縁組ともなれば、当然ながら政略的な釣り合いを取るためにも、カシャ側からも相応の立場の男が選ばれる必要があった。
『妃殿下の異母弟君ならばひとまず、人選として不足はないのではないでしょうか』
『とはいえ庶子というのはやはり。ヒメノ伯爵家は一人娘を出すわけですからね』
文化圏によって婚外子の扱いは様々だ。しかしその扱いをどうするかという点については、多分に政治的な建前と言い訳が介在する。
なぜなら、中央の文化圏において婚外子は強く忌避されるものにもかかわらず、当代においては国王ハロルド本人が、前王と愛人との間の子という矛盾を抱えて立っている。
『王妃』
議論の中、ハロルドが口を開いた。
『そなたが、その異母弟を押す一番の理由はなんだ?』
『最大の理由は、レアンドロの堅実さですわ』
彼女の回答は簡潔で明確だった。
『彼は冷静で、現実感覚が正しい弟です。レアンドロならば、ヒメノ伯爵家との婚姻の趣旨もよく理解し、更には中央からの官位を受けて、期待される役割を果たすようになるでしょう』
『ヒメノ伯爵。そなたの意見はどうだ』
『はっ。私からは特段の異存はございません。妃殿下の御意のままに』
ヒメノ伯爵がその件を了承すれば、北と南、両派閥の間にかけられた縁談はここに成立した。
実際のところ、これは御前会議の議題という名目を借りた、ただの縁談の報告と周知であった。
カシャはただでさえ閉鎖的な一族で、外部からは一族内の構造もわからない。ベルタの人選に代案を出せる人間はもともとこの場には誰もいなかった。
とはいえ、この縁談がまとめられたという事実は、会議に出席していた面々にとっては報告を受ける価値があるだけの情報だった。
政略結婚というある種の同盟を結ぶことで、いがみ合って危うく対立軸に立ちかけていた南部と北部のペトラ人派閥は、頭から押さえつけられた格好になる。
また、ヒメノ家の娘ニーナが、つい先年までは後宮に侍る女官であったということも、この件に余計な注目を集めるのに一役買っていた。
後宮という場所に下世話な好奇心を持つ一部の貴族たちは、王妃であるベルタ本人がこうしてニーナの縁談を世話することによって、後宮での邪魔な「競争相手」を一人引きずり下ろした、という露悪的な見方すらしているようだ。
けれどまあ、実際のところ、ニーナが本当に国王陛下の寵を賜っていたと信じている者はあまりいない。
彼らの大半は単にベルタを当て擦りたいだけか、それとも単に下世話な噂話に花を咲かせたいだけというところだ。
……とはいえベルタは、彼女のことを悪役の王妃に仕立て上げたい連中に、結果的にこの件をもって格好の餌を与えてしまうこととなるのだが。
次の議題に移ろうと、進行役の官吏が話題を変えて議事を読み上げる直前、ベルタはそれを遮るように再び口を開いた。
『陛下。…………一つだけ、本質的な問題ではないのですが、この縁談に際して、お伝えしておくべきかと思うことがございます』
ベルタがこのことを、婚姻自体の了承を得た流れの後に話題に出しているのも、もちろんわざとだったし、言いづらそうに言葉を濁すのもその演出だった。
『申せ』
このあたりの事情を、ベルタはどうにかごまかしたかった。
『……レアンドロには既に、南部に複数の妻がおります』
南部は一人の夫が、複数の妻を持つことが許容されている文化圏だ。
そうした慣習の地域から人材を引き抜いてこようとする時に、多少眉を潜める部分があったとしても、それだけで即座に破談というわけにもならないだろう。
ヒメノ伯爵も、これにはにこやかに応じた。
『お気遣いいただきありがとうございます。当家といたしましては、我が娘ニーナを異母弟君の第一夫人に置いていただけるということであれば、特段の不都合はございません』
『それはもちろん、そのように』
伯爵家の快諾は大変ありがたいが、ベルタが気にしているのは、この縁談がまとまることによって想定外の悪趣味な形が成立してしまうことについてだった。
『しかし、ご承知おきいただきたいことが。先だって私自身、この縁談をカシャの父に打診した後になって知ったことですが。……レアンドロは先般、南部へ領地替えとなった旧保守派の娘の一人を、妻に迎えてしまっておりました』
それは、カシャとヒメノ伯爵家との縁談が成れば、その保守派の娘が自動的にニーナの下、第二夫人以下に収まるということを意味していた。
『そ、れは。どちらの、家のご令嬢で?』
『旧オットー子爵家の娘です』
ベルタのこの発言には、さすがに居並んだ家臣の一部が騒然とした。
オットー家は、先の政変で失脚して凋落した家ではあるが、それ以前は旧保守派閥の中心格にあった家柄だった。
つまり――別に、ベルタは当初そこまでのことを意図していたわけではなかったが――結果的にこの南部と北部のペトラ人同士の主要家の婚姻は、その裏で、凋落した旧保守派の娘の格を貶めての格好となってしまった。
見世物としてはかなり悪趣味な部類に入るだろう。
それはまるで、この上もなく世相を反映した、出来過ぎた権力構造の縮図だった。




