【1】手記
(あらすじ)
――月日は穏やかに巡る。
諸問題を乗り越え、「強い王妃」として国家の中枢に立つに至ったベルタは、次第に内政にも関与を強めていく日々。
財政難、派閥対立、ニーナの結婚、ルイ立太子の諸問題。
様々な問題が山積する中、南部カシャからは新たな(厄介な)人材が王都に投下され、王宮の勢力図は揺れ動く……?
王妃ベルタの新たな日常がはじまる。
幼少期のルイ王子について。
彼が育った時代のアウスタリア王朝は、当時はまだロートラント由来の、大陸中枢諸国の文化色が色濃く残されていた。
同時代の人々が彼をよくそのように言い表した「黒髪の貴公子」という呼び名は、後世には、単に彼の美貌を示す代名詞のように受け取られる一方、その当時は揶揄の意図も多分に含まれた呼称であったことだろう。
黒髪の容姿、あるいは母譲りの、南部の昏い情熱を湛えたその幼少期からの性情は、彼の評判を容赦なく劣後させた。
国王の第一王子として、ルイは生まれながらにほぼ完全な王位継承権を有していた。にもかかわらず当時のアウスタリア宮廷社会において、幼い彼は異郷の子に過ぎなかった。
従来の被支配層の血が混じった次期君主の誕生の予感に、まだ誰もが(驚いたことに、当のペトラ人でさえ)、漠然とした忌避感を抱いていた頃のことである。
そのせいか、幼い当時の彼に触れた同時代の人々の記録には、往々にして散々なものがある。
『ルイ王子はひどく内向的な御子であらせられる――』
『平凡どころか、あれはいささか愚鈍』
また、ルイへの評価はその生母ベルタや、遅くに生まれた長男に対してかなり慎重であった父王ハロルドの、養育方針への批判にまで転嫁した。
『王子は常に母王妃か乳母のドレスの裾に隠れ、指をしゃぶって大人を睨みつけている。自分一人の足ではじっと立っていることすらままならない』
『陛下や妃殿下は決して王子を叱らずにご機嫌取りばかり。これはまずかろう。王子の好きにさせていては教育に差し障る』
『あれが唯一の王太子候補とは、我が国の前途も危うい』
後には、ルイに心酔するようになる陣営でさえ、当時はその限りではなかったことがよく窺える。
そうした自身に迎合的なばかりではない外的環境と、その中でも常にあった両親との穏やかな愛情関係について、幼い彼はどちらもよく記憶に残しながら育ったようである。
自身の幼少期について、ルイは後年、その時期の多くを過ごした王都ヴァウエラへの印象と共に自ら書き残している。
『――ヴァウエラという、奇妙で平べったい都を幼い私は嫌ったが、母に連れられて仕方なく移り住んだ。
エリウエラル宮は広大で、どちらを向いても人目に晒されるような落ち着かなさを心細く味わうこととなった。私は今でも、古都ダラゴの王城の小ぢんまりとした暮らしの思い出ほうが、本当は不思議と懐かしく慕わしい。
だが、ヴァウエラにも好ましかった思い出はそれなりにある。
――我が麗しの愛犬ミルコとの出会いや、ああ、側近エルナンドと初めて引き合わせられたのもヴァウエラに移ってからのことだった。何よりあの宮殿では、ウーシアやハイメも生まれた。
しかし、それらの出会いの以前、一人だった頃の私を取り巻いた環境についてはよく覚えている。
周囲には私に好意的な大人たちと、悪意ばかりを募らせる嫌な大人たちがまるでモザイク画のように入り混じってさんざめき、……私は、母と過ごす時間以外はまるで気が休まることがなかった』
おかげさまで『王妃ベルタの肖像』第3巻が発売になります。(5/14発売です!)
発売に先駆けて、サイトにも今度の3巻部分の内容を掲載します。
だいたい発売日頃までに連載が終わる予定です。久しぶりに連載&毎日更新予定
また、コミカライズ作品の2巻も5/7に発売になります!




