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【13】真意


 セルヒオはある種の感動を覚えていた。

(いや、とんでもなく楽だな……)


 陛下の「新しい」王妃殿下についてのことだ。




 滞在日程の二日目以降、セルヒオは王妃ベルタの供としてヴァウエラ視察の日程をこなしていた。


 視察先への滞在期間は短いため、陛下と妃殿下は大概別行動を組んである。


 今日も陛下は、貴族連中をさばきながら広大な離宮内の散策へ。

 一方の妃殿下は、王都商会の有力者たちを引き連れ離宮を出て、閑散とした市街の視察へ。


「――まるで荒涼とした、どこもかしこも見渡す限り農民しかおらぬ貧村ではございませんか」


「これで首都候補とは。いやはや驚きの集落ですな」


 王都の大商人は、爵位は持たず正式な発言権はない。

 それでも都市に居ついた富裕層の存在は、無視できない影響力を有していた。そのため今回の視察にも、非公式という形を取りつつ彼らを同行させている。


 この商人どもがとにかく、やいのやいのとうるさかった。彼らの身分では離宮内への立ち入りを許されておらず、門の外で野営を強いられているというせいもあるだろう。


「そもそもヴァウエラは古い時代の要塞群、当代では王室のご霊廟の建つ神聖な地ではありませんか。王都機能の移転先として華やかな繁栄を迎える地に相応しいものでしょうか」


「ここならばもう一つの候補地メサーロのほうがよっぽど! あちらは既に都市として栄えておりますからな」


 セルヒオはこれまで、奴らを押さえ付けておくためにどれほどの労力を払ったか知れない。彼の出自は一応貴族ではあるものの、下級貴族出身の実務官は富裕層に侮られがちだ。


 しかし今回は違う。こちらには妃殿下という強い手札があった。


 彼女は、複数の護衛騎士に囲まれた馬上から、ゆったりと辺りを見渡して、なんの気なしといった様子で口を開いた。


「ここなら一から好きに街を作れるわね」


 妃殿下の声は、特に大きいというわけではないのに不思議と集団の中でよく通った。


「既存勢力のない、全くの更地というのもそれはそれで利点があるわ」


 役人たちが言葉を尽くして奔走するよりも、王妃がたった一度出てくれたほうが円滑に進む事象は多々あった。特に権威に弱い富裕層には効果は抜群だ。


 商人たちは国王陛下に公式に謁見できる身分ではない。彼らにとって妃殿下は、ぎりぎり直接会って話ができる距離の王族だった。

 無論、王妃の立場が軽すぎるというわけではないが。


「……確かにもう一つの候補メサーロは、既に商業都市としての発展が長うございますゆえ。我らの他にも南部寄りの商家などが根を張っております」


「彼奴らにわざわざ、国王陛下のお膝元という名誉と利点を与えてやる必要もありませんな」


「しかしこの地に新たな屋敷や活動拠点を一から建設するとなると。やはり遷都は金がかかっていけません」


 国家元首よりも身軽な王族という存在は、あらゆる摩擦の解消に役立った。言葉を選ばずに表現するのならば、かなり便利な存在だ。


 本来、こうした役割を担う存在としては王の妃とは別に、国王の兄弟や傍流王族がいるはずだった。

 しかし我が国の王族の少なさは今更言うに及ばない。傍流も年老いていたり実務能力の期待できない女性王族だったりと、人材の絶望的なまでの枯渇が続いていた。


 そこに彗星のように現れた、こちらが望むような振る舞いの期待できる王妃殿下。外朝の実務レベルの官吏たちには、彼女は大層な熱意をもって歓迎されている。


「遷都はもともとどこに移動しようと、相応に金と手間がかかる。そなたらにも苦労をかけるわね」


「あいや。恐れ多くも妃殿下のご心労となってはいけません」


「我らは、我らの商いを庇護してくださる国王陛下のお膝元であればどこなりと、なんなりと仰せのままにございます」


 ――こいつら。

 へつらう彼らの、なんと簡単なこと。仮に、対応に当たっているのがセルヒオだった場合、商人らは力の限りの語彙を尽くして慇懃無礼嫌みを言い、黙らせるまでに膨大な時間を要したことだろう。


「しかし。……メサーロは南部との交易の要衝でもあります。妃殿下にご懇意の者たちもあちらにはおりましょう」


「妃殿下におかれましては、今回の遷都では対案のほうを推されているのではないですか?」


 不躾な言及に対しても、妃殿下は表情に薄く張り付けた笑みを崩さない。

 彼女は商人たちのあしらい方を、セルヒオなどよりよほど心得ている。


「もしメサーロならそなたらの出番はないわね」


「これはこれは手厳しい!」

「我ら妃殿下の御為ならば、遥か海の向こう黄金の国までも馳せ参じる覚悟にございますのに」


「そう。頼もしいこと」


 彼女の余白のある態度は、既に王族としての貫禄を充分に兼ね備えたものだった。




     *




 妃殿下はこちらが言えば意図を理解して動いてくれるし、たいていの場合、彼女からの素直な指摘は的を射ている。


 思慮や理解がまだ浅い部分は散見されるが、二十代半ば程度の若さにしては優れていると言えた。


 ところが、彼女に最近一方的に共感を強め始めた自身の側近に対し、ハロルドは渋い顔をした。


「セルヒオ。おまえは少し安易すぎる」


 彼は自身の妻に対して、ここのところセルヒオよりよほど、少なくとも政治的には突き放した見方をしているようだ。


「あまりベルタに気を許しすぎるな。特に新都に関することは」


 陛下が何を警戒しているのかは、もちろんセルヒオにもわかっている。


 王妃ベルタ。ベルタ・カシャ。彼女の背後には常に、依然として閉鎖的な土地柄である南部の影が見えた。


 彼女が名実ともに王妃として認められるようになってからも、南部は未だ目立った動きを見せてこなかった。そして遷都案が現実的になってくるのと時期を同じくして、王妃自身が生家と密に連絡を取り合う様子を見せ始めた。


 ハロルドは、遷都に関して南部からの口出しが入ることを真っ先に警戒した。


「ただでさえ、南部が出て来ずとも、地理的にもメサーロ案を推す派閥が多い」


 商業都市メサーロは、現在の王都やヴァウエラに比べて更に南下した位置にある。かの都市は南部との交易の要衝であると同時に、国土のほぼ中央にある。


「だが、新都はここヴァウエラだ。ここは何としても押し勝ちたい」


 ――諸般の事情を考慮した結果、ハロルドは既に、新王都をヴァウエラに裁可する意思を固めていた。


 セルヒオの個人的な意見としては、視察の全日程に王妃を同行させる予定でありながら、計画の全容を知らせないでおくのはどうかと思っている。


 今後に控えているメサーロ視察は、言ってみれば様々な派閥の不満を逸らすためのブラフだ。


 ただでさえ微妙な振る舞いを求められることが多いというのに、王家側の真意も知らされず、妃殿下は対外的に難しい対応を迫られることになる。


「……承知しております。私は引き続き妃殿下に随伴し、ご公務をお助けしながら南部との接触に注意を払います」


 だが、臣下が陛下の決定に口を出す筋ではなかった。セルヒオは陛下の友人でも、ましてや伴侶でもない。

 ただ、その命令が気に入っていないことを表すために軽口くらいは叩いた。


「しかしご夫婦の間に隠し事が過ぎるのもよくありません。ヒメノ嬢に関することは、早く妃殿下にご相談なさった方がよろしいのではありませんか?」


 セルヒオの差し出口を、陛下は黙殺した。


 新都案をこちらの思うような形で固めるまで、棚上げしておきたい問題が彼には様々あって、それらの中にニーナのことや南部のことがあった。


(これ、後々絶対揉めるぞ)


 セルヒオは思ったがもう口にはしなかった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 仕方ない部分もあるかもしれないけど、もちっと知らせてやれよハロルド
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