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【6】ニーナという女官


 ベルタの後宮での平和な日常に、思わぬ方向からの闖入者があった。


「ご機嫌麗しゅうございます。妃殿下」


 彼女はベルタに正式な方法で面会を申し込み、その席にとても気合いの入った服装で現れた。


 昼の茶会のための衣装としてはあまりにきらきらしい。大きく開いた胸元の、彼女の白い胸がやたらと目に付いた。


「本日は妃殿下にお願いがあって参りました」


 ベルタはその女官を一応知っていた。


 ハロルドの側室候補として以前からいる女官だった。今までぼんやりベルタの背後に形成されていた、ペトラ人派閥の中にいたうちの一人だ。


「――わたくしを陛下の寝室に上げてくださいませ」


 ただ、彼女は南部出身のベルタと違い、北部の新興貴族の娘だった。


 その少女――ニーナはまるで、自身の主張に一片の誤りもないといった様子で礼儀正しく頭を下げた。


 ニーナの申し出があまりに予想外だったので、ベルタはもちろん、ベルタの宮の女たちもすぐには反応できなかった。


「この後宮の女主人となられた妃殿下にお願い申します。先の正妃さまのように、陛下のお手付きの女たちを統率なされるのが、後宮を取りまとめる妃殿下のお役目かと存じます」


 ニーナは、自らの行動に陶酔しているような、それでいて奇妙な危機感に突き動かされているような顔をしていた。


(お帰り願いますか?)


 侍女の一人が視線だけで確認を取ってくるが、ベルタはひとまず首を振って否定する。

 今はただ目の前の少女が気になっていた。


「……ニーナ」


 ベルタが名を呼ぶと、彼女は弱い獣が怯えているような動作で、恐る恐る顔を上げた。


 この少女のことをよく知っているというわけでもなかった。

 対マルグリット派閥としてまとまっていたペトラ人女官たちの中でも、彼女はあまり目立つほうではなかった。


 後宮内にいるペトラ人女官の多くはベルタに懐いている。彼女たちのだいたいは掌握していると思っていたし、事実今も後宮内で表立っての問題は起きていない。


「ニーナ。残念だけれど、それは私の権限ではないわ」


 とはいえ今は外朝が微妙な状況だし、後宮内も凪ぎ続けるわけではないだろうとベルタ自身も感じてはいた。

 マルグリット派閥に押さえ付けられていた時と違い、彼女たちがあわよくばと考えていることや、陛下に近づく機会を狙っている雰囲気はあった。


 ……しかしまさか、問題を起こしてくるのが彼女だとは。


 大人しい娘だと思っていた。彼女は今まで良い方にも悪い方にも何ら行動を起こすことはなかったと思うし、積極的にベルタに認識されようと会いに来ることもなかった。

 

 きっと彼女は元々、こういう大胆な行動に出るような娘ではないのだろう。突然まさか陛下本人でもなく妃に直談判しに来る思考回路は理解できないが。


「なぜですか? 恐れながら妃殿下は、我々がなんのためにこの後宮で若さを浪費し、無為に日々を過ごしてきたかご存じのはずにございます」


 彼女の性格からすれば、きっと無理をしてベルタの前に出てきている。何がニーナにそこまでさせているのだろうか。


(ニーナ……どんな子だったっけ)


「あなたはヒメノ伯爵のお嬢さんだったわね。私がここに来た時にはもういたかと思うけれど」


ベルタは探りを入れるように、もう少し彼女の相手を続ける。


「五年前から出仕しておりますわ」


「そう。五年前あなたは何歳だったのかしら」


「じ、十五歳です」


 十五歳でこの閉鎖的な環境に身を置かれて五年間、ろくに親元で躾けられてもいないのならこの幼さも頷ける。


 薄いまぶたと唇が、彼女の容貌に少し冷たい印象を添える。けれど小動物のように潤んだ目や、ほっそりとした顔の輪郭が、完成し切らない可愛らしさを表出していた。


 ニーナはとても可愛らしい娘だった。新興貴族とはいえ伯爵家の娘ともなれば、後宮にさえ入らなければきっともっと色々な可能性があっただろう。


「あなたがこのような行動に出たことを、あなたの父であるヒメノ伯爵は承知しているの?」


 ベルタの率直な感想としては、彼女たちのような女に同情する余地はあった。

 とはいえ、今王妃という立場から、ベルタが彼女にどう対応するかは個人的な感情とは別の問題だ。


「……いいえ、父は何も関係ございません」


「ならば、あなたの独断で動いたということでいいのね」


 大胆な行動に出た割には、ベルタが言外にかけた圧力にわりとすぐに怖気づいたようなニーナは目を反らす。


 なんだか虐めているような気分になりながら、ベルタは彼女からの反応を待った。


「父は悪くありませんわ。……わた、わたくしはただ、陛下をお慕い申し上げております」


 彼のために若さを失いながら、いびつな幼さを抱えたままのニーナは、実際のところ何を思うのだろう。


 彼女の瞳に宿る刹那的な感情は、少なくともベルタに実感として理解できるものではなかった。



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