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【3】側近会議


 案外、昼間に人前で顔を合わせているのは平気だった。



 ベルタは表での会合においても度々、彼のとなりに席を設けられるようになっていた。


 表の王宮で臣下が集う話し合いに出席するような時、ベルタはやはり、初めてこの王宮に来た日のことを思い出す。

 遥か下座からカシャの娘としてハロルドと対面した、ここに来た当初の関係からすれば、随分と遠くまで来たものだ。


 もっとも、本日のような国王に近しい側近だけを集めたらしい会議の場は、会場は同じ玉座の間ではあってもかなり気楽な趣きがあった。


 ハロルドはベルタの横で、玉座のひじ掛けに頬杖をついて特に人目を気にせず思案に暮れている。それはおそらく、彼の表での日常の顔だろうと思われた。


 議題は今度の遷都に関するものだった。

 都ごと大規模な引っ越しを行う大仕事はまだ、打ち合わせの段階だ。



「私はいいわ。遷都そのものは前王陛下の時代からも何度か出ていた話だし、殊更反対はしません」


 この遷都に関する会議には、ベルタの他にも女性が一人呼ばれていた。


 王宮に長く住まい、王宮の移転にその生活が直接関わる立場の王太后殿下。


 彼女は普段通りの喪服姿で、貴婦人同士の茶会に出席する時と全く同じような微笑みを浮かべたまま気負いなく発言を重ねている。


「どうせ老い先短い身。どこに決まろうと私は構わないけれど、王妃の意見は聞いてやりなさい」


 王太后は最近、ベルタのことを公の場ではただ王妃と呼ぶ。当代の王妃といえばベルタだと通じるだろうとばかりに。


「王妃はこれから長い時間を、その新たな都で過ごすことになるのだもの。王家の女主人としても、南部実力者カシャの娘としても、大きく裁量が認められるべきよ」


「では母上は、今度の遷都案が奏上される宮廷会議の場においてもそのような趣旨の発言をお願いします」


 ハロルドは特に王太后の席に視線も向けずに同意した。


「ええ」


 ベルタはそもそも今日の会合の趣旨からわかっていないので、ずっと黙って話を聞いていた。

 ただ呼ばれたから来た、という程度の認識で会議に出席している彼女は、王妃の席で若干の疎外感を覚えている。


 だが想像していたよりよほど気楽そうな雰囲気を見て、なんとなく察するところはあった。


 ここには保守派閥だとか新興派閥だとかやり合っている貴族たちはいないようだし、そもそもが譜代の、もっと実務寄りの会合なのだろう。


「ベルタの裁量を一部取り入れつつ、基本的には移転に関する視察や宮廷会議には、王妃の出席を要請するという形で進めます」


「形で、ではないわ。実際に王妃の決も採りなさいと言っているのです」


「ええ。それは、もちろん」


 王太后は、ベルタが王宮で孤立していた時と変わらず今もベルタに肩入れしてくれている。

 むしろベルタが王妃として実権らしいものを握るようになってから、彼女の加勢の勢いは上がっているように思える。


 だが、その加勢がベルタの立場から諸手をあげて歓迎できるものであるかと問われれば、それはそれで微妙な問題だった。


「王妃はどう思っているの?」


 ハロルドのいかにも気のない二つ返事に、王太后は少々苛立ったようだ。突然話を振られて、ベルタはギクッとした。できれば話に加わりたくなかった。


 この王宮の人間は誰もが知ることだが、王太后とハロルドは実際に血の繋がった母子ではない。


(お二人の仲が良いというのは、間違いがないけど)


 それでもハロルドは彼女を母上と呼ぶし、実際に礼節を尽くして接している。ぽんぽんと言い合いができるのも気安い関係であればこそのことだろう。


 しかし、母と息子の会話の流れから文脈を読み切れるほどには、ベルタは嫁として場数を踏んでいないし、彼らの関係性を理解し切れていない。


 端的に言って、親子の言い合いに巻き込まれたくはないし、王太后やハロルドがベルタに対してどのような立場を期待しているのかもわからない。


「宮廷会議への出席や、視察へ同行することに異存はありません」


 当たり障りのないことを答えつつ、ベルタは急いで考える。彼らの作る台本に、「王妃」としての自分が組み込まれることになるのなら、そこに求められる役割はなんだろうか。


「ですが、宮廷会議の場で私の発言が求められるということであれば、その発言の内容は私自身の言葉で考えたく存じます。私として、矛盾しない王妃の発言を」


 王太后はベルタの言葉に多少満足げに頷いて、ハロルドよりも先に返答した。


「そうなさい。あなたは今まで王室の祭典の場にこそ出席はしていたけれど、王妃として政に関わるのは今度の宮廷会議が最初になるのだもの。最初が肝心だわ。私は期待していますよ」


 ハロルドは王太后にちらりと視線を向けた。


「母上はすっかり『王妃』の後ろ盾ですね」


「あら。いけないかしら。私だってもういい歳ですからね。いつまでもあなたに小言を言っていられるわけではないのよ。私が退いた後もあなたの尻を叩く後継者が必要よ」


 彼らのやり取りが多分に私的なものに寄ると、官吏たちは礼儀正しく黙して気配を消した。


「母上がベルタを気に入っていることは重々承知していますよ」


 彼はため息交じりに言う。

 それは、どちらかと言うと王太后の現在の態度を、彼自身としてさほど歓迎していないという顔だった。


「けれどかつての母上とベルタでは、同じ王妃とはいえ立場がそれなりに異なる。母上は元より隣国の王女として完全な後ろ盾を持っていた。一方でベルタはいまだ中央との関係が難しい南部の、地盤の脆い出自です」


 ベルタの足元の脆さを、他ならない彼本人が把握しているという事実に、ベルタは密かに薄ら寒さを覚える。


 ハロルドはベルタとの関係において、今までそれに言及してきたことはなかったが、現状としてベルタの地位を裏打ちするものは彼からの「寵愛」による重用でしかない。


 もっとも、その事実すら王太后にとってはそれほど重要なことではないらしかった。


「出自など『王妃』の地位の前には些末な問題だわ。彼女に後ろ盾がないというのなら、あなた自身が補填してやれば良いのです。資質ある妃を遊ばせておけるほど、現在の王室に余裕はないでしょう」


 やめてほしい。そういうことで喧嘩しないでほしい。


 いたたまれなさを味わいつつベルタは、けれど自分がここで口を挟んでも少しも鎮火できる気がしなかった。官吏たちと同じようにひたすら空気になるに努める。



「第一、王妃の出自がそれほど重要だというのなら、血筋としては完璧に正しかったマルグリットにあなたが何も求めなかったことと矛盾していますよ」


 王太后は更にぐさぐさと無遠慮な踏み込み方をした。


「今まではマルグリットが政治の場に出てこないか、出たとしてもお飾りの採決で『はい』と言わせれば済んでいたからと言って」


 彼女の、嫌味の意図など一切ないような朗らかな声だけが玉座の間に響く。


 ――約半年前の政変で失脚した、かつての正妃マルグリット。


 彼女のことはいまだ、ベルタとハロルドの間でも、そしてそれ以外の大半の人間にとってもほとんど禁句に近い状態だった。


「……わかっていますよ。彼女とベルタは違う」


 きっとマルグリットのことを思い出しているであろう彼の、その表情に一片落ちる苦々しさの影に気がつく。けれど気がついたところで、それがどういった感情であるのかベルタに理解できるはずもない。


「そう。わかっていただけているのなら良いのよ」


 王太后に主導された会話の流れはもはや変えようもなく、結局ハロルドは曖昧に同意を示してその場を受け流した。









 それ以来、遷都に関する会議は何度かあって、ベルタは基本的には出席を求められた。


 実際の候補地の話や視察の日程の話になると、王太后はあまり会合に呼ばれなくなったので、当然ながら女性の出席者はベルタのみとなった。


 仮にハロルドに姉妹や、直系に近しい地位の王族の女がいればまた別だったかもしれないが、実務面を支える官吏や貴族たちはもちろん男ばかりだ。

 この時代、女が爵位を継ぐ家もまったくないわけではなかったが、やはり限定的な機会に限られる。


 もっとも、そうした周囲の環境にベルタは結構慣れていた。


 南部にいる頃から、よほどのことがなければ家の家長は男だったし、ベルタがカシャの嫡女として動く時も、使役していた大半は男だった。


 この時代に女が実務の場に出ることは、実際はとても珍しいということを、ベルタはもちろん把握している。


 一方で、ベルタは人生のたいがいの場において、その珍しい立場に立っていた。


 生家で総領姫として過ごしていた頃もそうであったし、結局嫁いだ先でもほとんど正妻格に収まって、数少ない王族の一員としての振る舞いを求められている。


 ……今のところ、王室がどこまで王妃ベルタに実際的な権限を与えるつもりなのか測りかねているが。


 少なくともハロルドは、自身の妻が政治に介入するという展開に消極的なようだった。

 というよりも、ハロルドには単にまだそういう発想がないのかもしれない。


 彼の以前までの妻マルグリットは、そうしたことに興味関心を示さず過ごしていたし、ハロルドはそうした「王妃」の態度に慣れていて、庇護する存在として扱うことを是としているようだ。


(陛下のそんなご対応に、なぜか私よりも王太后さまがご立腹の様子よね)


 とはいえベルタも一緒になって、ハロルドの一挙一動に目くじらを立てる気にもなれない。ああいう切り込み方は長年の母子だからできる芸当だという気がする。


 第一、権限を寄越せと正面切って言えるほど、ベルタはまだ婚家の内情を把握していなかった。






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