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【3】新婚生活


「カシャが当主の娘、ベルタにございます。国王陛下にはお初にお目にかかります」



 夫となった国王と、最初にどんな会話を交わしたかろくに思い出せない。

 きっと大して内容のある会話はしていない。国益のために第二妃として迎え入れられた。それ以上でもそれ以下でもない妻だ。


 わかってはいたが、ベルタを素通りする国王の視線には少し辟易とさせられた。


 支度は首尾よく整えられ、ベルタが結婚を承諾した日から季節がふたつも変わらないうちに、彼女は王都の後宮に居を移していた。



 後宮では新たに設けられた正妃の位に次ぐ席次を与えられ、宮も豪勢なしつらえのものであった。


 田舎者の成金の娘と女官たちに揶揄されることもあったが、真っ当な家臣や女官たちからは、案外与えられた地位通りの下にも置かぬ扱いを受けた。


 交易で得た潤沢な資金をもとに、金に糸目を付けず設えられた住まいの宮。


 手間のかかった芸術品に囲まれる、肝心の妃たるベルタそのものはどうしてもごまかしきれない地味さがあったが、妃の容姿そのものはこの結婚の意味にあまり大きく害を成さない。



 今回の婚姻は確かに予想外のことではあったが、ベルタは元より、あらゆる将来の可能性を見越して教育されてきた。


 百花咲き誇る王都では、自分はきっと国王に愛されることはない。

 だが、それでも構わないと思っていた。ベルタがカシャ一族の娘としてここにいることが何よりも重要だ。


 第二妃に値する地位に据えられたからには、王家だってベルタやカシャの家をそう軽んじた行いはしないだろう。



 予想はだいたい当たった。


 国王は、ベルタが宮に入った日から数えて三夜、閨に足を運んだ。それは古式に則った結婚のやり方で、つまりは正妻を妻に迎えたのと同じ手順を持ってカシャの娘を後宮に入れるのだと、その行動で世間に知らしめたのだ。

 

 そのことはカシャの父を大いに満足させたし、結婚の意味そのものを加重する行動だった。


 だが、もう一つ予想通りだったことに、国王の行動には政治的な意図以外のものは何もなかった。明らかに気乗りしない様子で初夜から三日続けて通われ続け、ベルタは気疲れしてしまった。


 最初の三夜以降、国王からの接触はパタリと止んだ。

 生家から連れてきた侍女たちは残念がったようだが、ベルタ本人はもう色々とすり減っていたのでせいせいした。

 これから先、国王が渡ってくることはもうないだろうと思い、周りの付き人たちに寝所をそれ専用に整えることを止めさせた。


 それから、後宮内でたまに遠くから見かける国王は、周囲には誰かしら美女を侍らせているようだった。


 それは正妃であることが多かったが、そばに置かれる女たちはいずれも現地の民の血の混じらない貴族の娘たちで、誰もが美しかった。ベルタにはあまり関係のない世界だと感じる。


 表の宮廷ではさておき、カシャの妃のもとに国王が通わなくなったことは後宮内では知られていたが、別にそれが原因で遠巻きにされることもなかった。


 後宮内には、手を付けられていないペトラ人の娘たちがたくさんいたからだ。


 彼女たちの多くは、家の都合で出仕させられたまま、特に国王と会うこともなく過ごしている。ベルタは実家の権威が大きすぎる事情で仕方なく正式な結婚の形を取られたが、まあ立場は似たようなものだ。


 案外お友だちはすぐにできた。カシャの娘で、第二妃でもあるベルタに庇護を期待する女たちも多かった。


 そうして当たり障りなく振る舞っているうちに、周囲がベルタを中心に置いた派閥をつくり出し、立場は盤石になっていった。


 生家に義理返しするくらいには役に立ちつつ、あとは陛下が後宮を整理して下賜されるまでの間、気楽に過ごすことができそうだ。


 後宮を出た後の身の振り方はベルタ本人が決めて良いと、父とは輿入れの前に話がついている。


 ベルタは生家に戻り、適当に分家の次男あたりを見繕って再婚した後、相続する土地で領国経営に勤しむつもりだった。


 その頃には、今はまだ幼い弟も成人しているだろう。可愛い弟や妹たちの成長を近くで見ることができなくなったことは残念だが、あちらにはベルタが居なくとも優秀な家庭教師や、世話をする親族がたくさんあった。

 ベルタの生母であるカシャの第一夫人を始め、父の側室たちもたくさんいることだし。



 ベルタ自身は、辺境のペトラ人の文化に馴染んで育ったために、一夫多妻制に特に違和感を覚えてはいなかった。

 地位と権力のある男性が複数の妻を持つのは普通のことで、妻同士は協力して家を守るべきだ。その婚姻形式のあり方をこの王宮で誰よりも理解していた。


 だからこそ、国王や王宮の貴族たちが、第二妃という存在の意味を全く理解しようとしないままベルタを迎えたであろうことが彼女の目からは浮き彫りになってしまう。


 彼ら王侯貴族は長く、その王統が始まった時からずっと、一人の夫には一人の妻だけを認めてきた。形式的にその国教に背いたとはいえ、人の考えはそう簡単に変わるものではない。


 つまり、国王にとってベルタは妻の一人ではなく、当たらず障らず王宮に置いておくだけの家来の娘に過ぎないのだ。

 まして正妃にとってはなおさらで、ベルタは彼女の夫との間に割り込む災厄のようなものでしかないのだろう。


「カシャの派閥調整のために嫁いだとはいえ、多少は王家のために働く気持ちもあった。陛下が私を使うのなら、妃としての役割を全うして王家に義理立てするつもりもあったのに。これではだめね」


 立場上、絶対に正妃には好意的に受け入れられないだろうとわかってはいたが、ベルタの側からは正妃に対し年長の姉にするように敬意を払い、必要とあらば彼女に額づいて体よく"扱われて”見せる覚悟もあった。


 だが、蓋を開けてみればそもそも正妃はベルタとの正式な面会を拒み続けている。なぜ側女が堂々と正妃の前に出ようとするのか、というのがあちらの女官が憎々しげに言いおいた言葉で、関係構築が絶望的なことは明らかだった。


「陛下は名君だと噂に聞いていたから、やっぱり心のどこかではちょっと期待していたみたい。でも、あちらの王家や大貴族たちにとって名君であることと、私たちから見て名君であることは、必ずしも同じではない」


 宮の中にはカシャの息のかかった侍女しか置いていない。ベルタは一歩外に出れば針のむしろの後宮の一角で、実家のようにくつろぎながら親しい侍女たちに毒づいていた。


「左様でございますね。姫さまが気に病まれる必要はありませんわ」


「姫さまを大切になさらない陛下のためにお心を砕かれる義理はございません。先方が妃としてのお仕事を求めておられないのですから、姫さまは下手にやる気を出さず、こちらでご隠居生活を楽しまれるのがよろしいかと存じます」


 主人と同じく侍女たちの物言いも身も蓋もなかった。


「はあ。早く後宮から出たいなあ」


「今しばらくのご辛抱ですわ。そうですね、あと五年から十年ほど」


「そうしたら私は悠々自適に自分の領地で生活するの。父上から相続の言質も取った。あなたたちかあなたたちの夫にも、私の城のそばに屋敷を建てて要職をあげる」


 侍女はくすくすと笑った。


「あらあら、領主さまの地位を私物化するとは暗君ですこと」


「そのくらいいいじゃない、この魔窟で私のために働いてくれた忠誠心には報いないとね」

 

 異常な後宮生活に早くも馴染み始めた主従は、これから始まる窮屈で有閑な日々に思いを馳せて、退屈な思いを味わっていた。






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