【20】打診
「メセタ太守ヴァレリオがちゃく男、クレトにございます。国王へいかにおはつにお目にかかります」
溌剌とした可愛らしい少年は、ハロルドの前で少し緊張している様子だった。
微笑ましさを誘われつつ、ハロルドは少年クレトを見つめるカシャ当主の優しい父親としての顔が気にかかる。
「クレト。陛下はおまえにとっては姉上の夫、つまり義兄上に当たる。あにうえと呼ばせていただいてもよろしいかお聞きしてごらんなさい」
クレトは素直に父の言葉を復唱した。
「はい。国王へいか、あにうえと呼ばせていただいても、よろしいでしょうか」
年齢にしてまだ七、八歳というところだろうか。ハロルドはこのくらいの年齢の子供とほとんど関わったことはないし、自身がこの年齢だった頃の記憶は遠のいて久しい。
「ああ。良いぞ。小さな義弟君」
「ありがとう存じます。あにうえ」
今はまだようやくよちよち歩きができるようになった程度の幼いルイも、きっとすぐにこのくらいの少年に育つのだろう。
「クレト。ご挨拶が済んだから遊びに行って良いぞ」
「はい!しつれいします、父上、あにうえ」
彼は小さな体で、重たそうな執務室の両扉を丁寧に閉めてから駆けて行った。しつけの行き届いた素直な少年だ。
「お手間を取らせて申し訳ありません。当家の嫡男を是非陛下のお目にかけようと思いまして」
「構わぬ。カシャの跡取りはすくすくと育っているのだな」
「歳がいってからの子なので、少々甘やかして育ててしまってお恥ずかしい限りです」
まだまだ若々しい当主がそう言うのは違和感があったが、妙齢の長女以下大きな子供がたくさんいる立場からすればそうした感覚なのかもしれない。
「第二妃殿下などをお育て申し上げていた頃は、私も妻もまだ未熟で必死なものでしたが」
そのベルタは、一足先に既にメセタに姿がない。
なんでも次に視察に行く予定の港街に、最近異母妹が嫁いで行ったばかりらしく、異母妹にせがまれてゆっくり過ごすために泊まりで出立した。
メセタの周囲の都市は放射状に点在しているので、基本的にはメセタに滞在しつつ、視察の日程は短く周囲を見て回るものとなっている。
「ベルタは弟妹にとても好かれているのだな」
当主は、娘とどことなく似た雰囲気の笑みを浮かべた。
「弟妹だけではありません。私の妻たちも妃殿下を頼みとしておりますし、一族の者は皆、妃殿下のご帰還をお待ちしておりました」
そして、それは市民もだ。とハロルドは思った。
特に南部に入ってからのベルタの姿は、王宮にあってほとんど宮から出ずに過ごしている彼女からは見えてこないものばかりだった。どちらが真実の姿であるかは考えるまでもない。
彼女は、周囲の人間に対して強く求心力を発揮する。その理由がなんであるのか、ハロルドは今まで積極的に知ろうとして来なかった。彼女に興味を持つこと自体を避けていたのかも知れない。
ハロルドは今まで、人間関係で悩んだことがなかった。
彼が産まれた段階から、少なくとも周囲は彼を王位継承者と目していた。人というのは地位の上下によって立場が決まるもの、決まった立場でハロルドに接するものだった。そこに関係性に迷うという要素はなかった。
だが、王室として前例のない第二妃という存在は、その接し方をハロルドに迷わせた。
彼が選択した道は、彼に従来の考えを変えることを強いている。
「して、国王陛下。私にお話とは、どのような用件でございましょう」
南部大都市メセタは、今回の視察最大の目的地だった。
そして視察に伴うハロルドの目論見のうち、最重要のものの一つ。決して中央には出てこない、この南部の実力者に会うことだった。
「――単刀直入に言う。我が王家はカシャを、公爵の爵位をもって叙したいと考えている」
当主は目を見開いて黙り込んだが、その動作はやや大仰で、彼の真意は読めそうにない。
「ほう。従来、南部太守の中で伯爵以上の位を叙爵された家はありません」
「無論承知の上だ。だがカシャ一族の地力は他の南部太守を大きく引き離している。貴殿を国の政治機構の一員として迎えるのならばそれ相応の地位をもってしかるべきだ」
今まで、王家がいくら様子見の打診してみてもカシャが色良い返事を見せたことはなかった。
けれど王子ルイが誕生し、健康に育ちつつある現在において、南部の助力はますます欠かせないものとなっている。
「幼い王子には後ろ盾が必要だ。そして、王子を守り育てるベルタにも」
妃の地位を外戚によって加重し、ベルタが王宮で立ち回りやすいように周囲を整える。形式上も高位貴族の娘となれば、王宮内で彼女も動きやすくなるだろう。
「カシャどの。どうか南部の指導者として、私の治世、そしてその後のルイの治世を共に支えてくれないだろうか。この国の内部からの瓦解を防ぐには貴殿の助力が必要だ」
当主は、しばし物思いをするように目を伏せて閉じ、腕を組んだ。
「なるほど」




