【19】似ているところ
「そなたは母親似だな」
通されたカシャの屋敷で、ハロルドはようやく一息つくことができた。
市民の強烈な歌声が、熱量そのまま耳に焼き付いて離れない。どこか祭りの後のような高揚感があった。
その後、一行は饗応を受けるためにカシャの屋敷に移動したが、市民たちにはそのまま広場や市街で酒が振る舞われ、文字通りお祭り騒ぎになるという。
こうした祝い事の日は料理の屋台も出て、カシャが都市の組合に資金を流している分格安で提供されると、道中ベルタが教えてくれた。
「よく言われます。母は、父に似ればよいと思っていたようですが」
カシャの当主は、事前の想像とは似ても似つかない。
知らなければベルタとあの男が親子だとは誰も思わないだろう。
容姿の違いはさておき、華やかさで市民の心を掴むような指導者然としたあの男を動とするのなら、娘ベルタは完全なる静の姿だ。
彼女は自分からは決して目立とうとしない。けれど彼女に関わる誰もから認められ、この土地の人々に頼られている。
ハロルドの周囲の、王の腹心を担うような人材はたいてい有能なほど実力を誇示したがるものだ。
その意味でもベルタは今までハロルドの周りには居なかったタイプの人間だった。
控えめで、けれど過不足のない動きをしてくれる存在のありがたさ。
それにしても、あの父親に育てられた総領姫がどうしてこのような仕上がりになるのか。
娘だから一歩下がっているように、と教育されたとは思えない。前王朝時代は伝統的に女王も立ってきたこの国で、彼女のあり方はむしろ女性為政者のそれのように見える。
そもそもからしてベルタがだいぶ南部の一般像から逸脱しているのだとハロルドはそろそろ気がつき始めている。
南部ペトラ人は、照り付ける濃い太陽の下で息づく陽気な民族だ。その本来的な土地柄を考えれば、熱狂的な市民の大合唱も度肝を抜かれるほどではなかったはずだ。
ハロルドや側近たちは、仮にも一番身近に接していたペトラ人がやたらと物静かな女だったために、土地柄を失念していたらしい。
いや、物静かだからと言って情熱的でないとは限らない。少なくとも彼女が息子ルイに、我が身を盾とするほどの愛情を傾けていることをハロルドは知っているではないか。
「……幾つだ、カシャどのは」
そしてもう一つ、ハロルドに強烈な違和感を与えたのは、カシャの当主のあまりの若々しさだった。
「四十の手前かと。私は父が十五の時の子ですから、そう考えると父と陛下はさほどお年が離れていませんね」
なんとも言えない微妙な気持ちになる。ベルタよりもその父親とのほうが歳が近いとは。
そして、近い世代のカシャ当主の子たちが、ベルタを筆頭に既にこれほど成長しているということに思い当たってしまう。
ハロルドがマルグリットとの間に流産や死産を繰り返している間、この地ではきっと健康な子が山ほど産まれている。
「ルイは俺に似ているか?」
ベルタはちょうど、先にこの屋敷に到着していた乳母の手からルイを受け取り、自身の膝に抱いているところだった。
「唇の形や髪の色や、ルイがそなたに似ている部分以外の特徴は、俺のものかと思っていたが。だがこうして会ってみるとそれもカシャからの形質かもしれないな」
思いつくままに言うと彼女は少し変な顔をした。
「陛下は本日は口数が多うございますね」
「そうか?疲れているのかもしれないな」
ベルタは少し間を置いて、ルイの顔をハロルドの方に向けた。
「私から見れば目元などは陛下によく似ていますが、ご本人では意識しづらいかもしれませんね。わかりました、特別に教えて差し上げます。実はルイは、陛下と額の形がそっくりなんです」
彼女はルイの柔らかそうな前髪をかき上げた。
ブルネットの髪の生え際はきれいな山形になっていたが、ルイ本人はきょとんとしている。
ハロルドは納得すると同時に、首を傾げた。
「なぜ俺の額の形を知っているんだ?」
ベルタは呆れた顔をいつもの笑顔で隠したようだ。
「私は陛下の寝姿を拝見したことがございますから」
「それもそうか」




