【38】え?
そのまま式典の打ち合わせを続けるような雰囲気でもなかったため、その日はお開きとなった。
ベルタは自室のある宮のほうへと引き上げながら、ふと気になって、横を歩いていた官吏の一人に先程のことを聞いた。
「あの僧侶たちはどうなるのかしら」
官吏はこともなさそうに答えた。
「さあ。少なくとも死罪でしょう」
「……え?」
「え?」
聞き間違いかと思ったが、官吏もまたベルタに聞き返されて首を傾げた。
「陛下は昨今、ああいう手合いの僧侶どもには殊に厳しい対応を貫かれておりますし。来年の叙任式のこともありますからね。少なくとも来春までは、不穏分子の一掃を図って教会内を『掃除』なさることでしょう」
なかなかえげつない言いようにベルタが呆気に取られているうちに、官吏は言葉を重ねる。
「いやあ、それにしても先程の妃殿下のお言葉はさすがにございました! 神のため神のためと馬鹿の一つ覚えのような者たちにぴしゃりと言ってやって、胸がすく思いがいたしました。国家を治める陛下のご意向に逆らって、何がいっぱし信仰のつもりか。ああいう僧侶どもはわかっておらんのです」
官吏の言葉が、全く耳に入ってこなかった。
「……妃殿下?」
ベルタは思わず、その場でぴたりと足を止めた。
後ろを歩いていた護衛や侍女たちが、わずかに間を置いてやや慌ただしく静止する。
……今日の出来事については、夜に会った時にでも話せばいいと思っていた。けれどそれでは遅いのかということに気がついたベルタは、突然冷や水を浴びせかけられたような心持ちだった。
「陛下は、この時間はどちらに?」
「へ、……執務室においでかと、思われますが、」
「すぐに行くわ」
どういうわけか、胸騒ぎがして仕方なかった。
先導も待たずに回廊を抜け、足早に表の宮殿へと方向を変えて足を速めたベルタのことを、護衛や女官たちが慌てて追いかける。
「お待ちください、ベルタさま」
「妃殿下、どうか御身の安全を第一に」
先日のことがあって以来張り詰めている護衛たちは、そう悲愴な声でベルタを制止するが、彼らの声をほとんど無視しながらベルタは通い慣れた執務室へと急いだ。
そしてベルタは、己の懸念が全く杞憂ではなかったことを、その後すぐに察することとなる。
――要するに、捨て身の上申にしても、その内容も方法も、あの門前にいた僧侶たちはあまりに悪手を打ったということらしかった。
国王の執務室は、王宮内でももちろん奥まった、特別に警備の厚い場所にある。執務室の直前にたどり着くまでの道々に立つ衛兵たちは、黙っていつも通りベルタに道を空けた。
しかし執務室前の廊下に立っている衛兵はさすがに、黙って扉に手をかけようとしたベルタに対して気色ばんだ。
「……お待ちください、妃殿下!」
彼らは当然、今日この時間にベルタの訪問の予定などはないことを知っている。
「陛下は今側近の方々とお話合いの最中にございます」
「どなたもお邪魔することは敵いません」
とはいえ彼らも、口ではそう言うものの、王妃を前に身を挺して扉を死守するようなつもりはないようだった。
「そこをどきなさい」
衛兵や侍従たちに口だけの制止で追い縋られながら、ベルタは控えの間を抜け、奥の執務室の扉に手をかける。
「! ――……、」
その瞬間、騒がしくしていた者たちも皆一様に口をつぐんだ。もうそこは既にハロルドがいる執務室内だ。
「ベルタ。……君か」
室内で、いつもの執務机に座っているかと思っていたハロルドは、案外扉のすぐ近くに立っていた。
「騒がしいと思えば」
視界の端に室内の様子を捉えれば、中にはセルヒオの姿もあるようだった。セルヒオをはじめとする先程まで正面広場にいた面々の顔色は悪い。
室内は直前まで、深刻な雰囲気に満ち満ちていたようだった。
「先程の、門前での一件のことでしょうか」
「そうだ。だが、話し合いは済んだ」
彼は今しがた部屋の外へ出ようとしていたところのようだった。
室内にいるハロルド以外の人々の表情からは、その話し合いの結論が決して芳しいものではなかったことが察せられる。
彼はベルタの目を見ようとしなかったし、ここまで強硬に押しかけたことが明らかであるベルタに用件すら問わず、彼女の横を通り抜けて外に出ようとさえした。
「お待ち下さい」
ハロルドは制止の言葉を無視する。無視されるとわかっていたから、ベルタはそれがあり得ない無礼であることを承知の上で彼の腕を掴み、真正面から向かい合った。
「――待って!」
国王に向けての一喝に、ただでさえ硬直していた場の空気が凍る。
しかし今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
「あの僧侶たちを、どのように罰するおつもりですか」
わかり切った問いを、ハロルドは一笑に伏した。
「わかっているから、ここまで来たんだろう。そんなに慌てて」
いつも互いに予定のない日は、夕食を共にしているし。最近は忙しかったが、それでも距離が空いたと思うほど会わない日が続くこともなかった。
けれどなぜか、今は彼がとても遠く感じる。
「……今日のことは、死罪に値するような罪とは到底思えません」
「だが、その者らは式典の支度を滞らせ、王都の民の前で醜態を晒し、いたずらに治安を悪化させた。今後このような問題が起きないように厳罰に処す必要がある」
いやいやいや。
ベルタが呆気に取られているうちに、室内から既に何度も繰り返したのであろう言上を、セルヒオが述べ立てた。
「……陛下。式典の支度を滞らせた責は私どもにもございます。このような情勢下、軽々しく連日妃殿下にご臨席を願い出るべきではありませんでした。あの者らを呼び寄せてしまったのはこちらの落ち度でもあります」
セルヒオの部下の官吏は、死罪で当然という顔をしていたが、セルヒオ自身はそういうわけでもないらしい。表の官吏が全員そうだったらどうしようかと思っていたので、その点は少しほっとする。
「門前に民衆を集めて放置していたのも門兵の職務怠慢に他なりません。どうか彼らの上役である私にも、責を負わせて下さいませ」
同じように室内にいてそう頭を下げているのは衛士長だった。
しかしハロルドは、忠心深い部下たちの進言も今回ばかりはまるで取り合う様子を見せない。
「そなたらも、次から対策を徹底するように。しかし既に起きてしまったことは仕方がない。僧侶たちを罰さない限り、無礼な手段を用いた王族への上申が通るという間違った噂が広がりかねない」
「陛下」
ベルタは頭を抱えたい気持ちになりながら、それでもどうにか彼との話し合いに望みをかけて申し出た。
「お人払いを願えますか」
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