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【35】代案はない



 マルグリット廃妃の知らせは、ベルタにももちろんすぐに届いた。


 その知らせはそれなりの衝撃を彼女に与えたが、とはいえその情報によって、ベルタが何か新たな動きを求められるということはなかった。


 彼女の周囲はその冬、ルイの洗礼式や、王太子への叙任式の支度でとにかく忙しなかったからだ。


 ――単に政治的な観点で考えれば、ここでマルグリットの完全退場は痛い。


 マルグリットのことを、こちらが「譲歩」して王妃の座に置き続ける、という建前はこれまで、それなりの効力をもって外交に作用していた。


 ロートラント出身の、敬虔なプロスペロ教徒の王妃という緩衝材を失ったことにより、かの国やプロスペロ教皇と直接的に事を構える構図が決定的になってしまう懸念もあった。


 しかし、だからと言ってアウスタリア側から、マルグリットを風除けのために返してくれと主張するわけにもいかない。


 今回のことがあってもなくても、ベルタがすべきことは変わりなかった。


 ルイの立太子という国策に代案はない。


 ベルタの周囲の女たちは多少不安げな様子も見せたが。


「……新たに、プロスペロ教国の姫君と、陛下との縁談攻勢が始まるやもしれないとの噂も」


「さすがに陛下がその話を受けるわけはないでしょう」


 そういう、来るか来ないかも知れないお姫さまの存在に、悠長に危機感を募らせているような暇はベルタにはなかった。


 ベルタ自身はその時は知る由もなかったが、その一刀両断の見解は、奇しくも彼女を敵対視している保守派陣営の貴族たちとも一致していた。


 ……それに、ハロルドはむしろ、今回のことではマルグリット本人への対応のほうに頭を悩ませているはずだとベルタは察していた。


「今はとにかく、来春のルイの叙任式についての、現実的なことを考えましょう」


 ともかく諸国からの余計な横槍が入らないうちに、一刻も早くルイの王太子としての権威を国内で確立していく必要がある。


 妙な噂に流されて、王宮の奥向きで分断を煽られている場合でもないし、今回の件に関してベルタは、王妃としてどっしり構えて放っておく以上の解決策を見い出していなかった。



 単に、幼い王子の立太子の儀式という異例の展開自体が、片手間で悩むにはかなりの難題だということもある。


「……難しいわ。幼い王子の叙任式とあって、あまりの前例もないものね」


 叙任に伴う式典自体は、別に王太子になるのに必須のものというわけでもない。


 第一位王位継承権を持つ王子に「王太子」の公的称号を授け、名乗らせることそのものは、別に書面による承認で足りる。


 慣習に従えばむしろ、幼い王子の叙任は書面による承認の例のほうが一般的だ。

 ハロルド自身もかなり幼い時期にそうして承認を取り交わし、王太子の称号を授けられて名乗って育ったようだった。


「……ルイの幼さが、あまり悪目立ちしないような演出に持ち込まないと」


 そのため、叙任式云々に関しては、むしろ本当に式典の執り行うことが必要なのかという論点からまずは議論が起こっている。


 しかしこの点に関してハロルドの意思は固かった。


 彼は式典によって、ルイの王太子としての地位を広く国内外に知らしめる心づもりのようだった。


 そういう趣旨であるならば、ある程度はルイを盛り立てていく機運を掴むものにしなければならないし、ベルタはハロルドとも、表の家臣たちともよくよく協議を重ねていた。


「ルイがじっとしていられる練習もしないといけないし」


「…………確かにそれはそれで結構な難題ですけれど」


 ベルタの懸念に、深く同意したように女官の一人がぐったりと相槌を打った。


「ルイの立太子なんて、まだ十年以上も先のことだと思っていたわ」


 当初はおそらくハロルドも、外朝のルイに好意的な諸派閥もそのつもりだったのだ。


 しかし、そういう政策の潮目が一気に変わってしまったのもまた、先のシエナ修道会への粛正に伴う、プロスペロ教会との関係性の変化によるものだ。


 もう既に、ルイが唯一の王位継承者であることはほとんど確定的な流れであるにもかかわらず、彼は依然として立場の弱い「黒髪の王子」に過ぎない。


 そういう現在の王宮の浮ついた雰囲気を払拭するためには、幼いうちからルイの立場を安定させ、次期王権がどこにあるのかという、純然たる事実を知らしめる必要がある。


 ……いかに苦し紛れの、あからさまな権威づけの喧伝であろうと、というところだが。


「しかし幼いルイ王子ご本人に、王太子としての責務や所感を語らせることもできませんしねえ」


 元気よく「がんばります」くらいは言えるかもしれない。


「となるとやはり、ベルタさまが王子の代弁として立たれることになるでしょうね」


「陛下はどうしてもこの手の式典では、役割として、ルイ王子に王太子位を授ける側の壇上に立たれるわけですから。実際、ルイ王子を抱えて位を拝命なさるのは、ベルタさまではないでしょうか?」


 母親の王妃が、幼い王子の後見に立つ。


「……それはもう、ベルタさまが主役の式典では?」


 侍女たちや女官たちがうっすらとわくわくしている気配が伝わってくるが、ベルタ自身はどちらかと言えばあまり乗り気ではなかった。


 今回の式典が、幼い王子を利用した、その生母の権威付けと半々くらいの意味合いであることはベルタ本人もとうに察している。


 もともとベルタとルイは政治的には一蓮托生で、だからこそベルタが「強い王妃」として立つことは、ルイのためにもなるとわかってはいるものの。


(せめて、あまり悪趣味に見えないようにしないと……)


 早々に世継ぎ論争に幕引きを図ってしまうことの重要性は、ベルタ自身ももちろん理解していた。









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