第八話「奇策?」
「相手が一万人前後と仮定した場合、地の利もないし正面から攻めるのは不利かと思われます。なので少数で夜襲を行った後、仮国境を少し超える程度までおびき出して、こちらの領土で迎え撃つのが理想だと俺は思います」
これしかない。不利な兵力で戦う方法と言えば、待ち伏せするか一点集中で敵の大将を狙うか。流石に突撃は無理っぽいのなら、相手がこちらの方まで攻め込むのを待つしかないだろう。たしか中学校の図書館に置いてあった横山光輝の史記か三国志だったかで読んだ気がするし……。とにかく、言ってしまった以上、他の人の反応はどうだろう。
そう思いながら辺りを見渡すと、フリーデンさんが軽く頷いた後、口を開く。
「僕もダグラス殿の意見に賛成です。事前の偵察は可能ですし、ここで正面から戦って徒に消耗するのはよろしくないかと……」
と、俺に同調してくれた。よし、これで一応最低限の仕事――――猛将だった血染めのダグラスのすべき仕事をできた。そう思うと拳に力が入ってしまう。
「オレも同感です。もしくは夜襲で敵の戦意を削いでから、中央からの援軍を待って敵の領土のノース・ヴィジャー南部の市街地、もしくは平地で会戦に持ち込むという形がいいかもしれません」
と、続いてセイコラさんが俺の意見を補足しつつ後押しをする。この流れに押されたのか、
「そうだな……。ダグラス、お前の案を採用させてもらおう」
呆気なく将軍も賛成しようとする。これでいいのか、ヴァルタール国軍……、と一瞬不安になってしまう。
これで何とか思ってほっとした直後、ヨハンソンさんが沸騰しそうなくらいに顔を赤くして話し始めようとするのが見えた。
「なりませぬ! 我々はいやしくもヴァルタール王国の国軍。夜襲のような卑怯な手を使うことは許されません!」
と、机を叩いて俺に反論する。おい待てよ、アンタ軍人じゃないからよく分からんとか言ってたじゃねーか。
「ヨハンソンのいうことも一理あるけどよ、だったら対案を出してくれ」
将軍が俺をフォローしてなのか、それとも彼に不満だったのかは分からないが、険しい表情で迫る。それを見て他の二人は若干怖気づいていたようだったが、ヨハンソンさんは堂々とした様子で、
「トースとヴェルメッタで徴兵をして会戦に臨む、これしか考えられません!」
と、将軍に対し返答する。だが、それを聞いた彼は呆れたような顔になって、
「確かにそれで兵力は整うだろう。だがもうこれ以上素人を集めてどうするのだ。今の第三大隊には三分の一ぐらいしか正規兵は居ない。お前のところに入れたら会戦では弱点にしかならん。もし他の部隊と混ぜて再編成すると足手まといになる。徴兵と言う手段はもうこれ以上使えない」
「でしたら、今の人数で会戦を!」
「それでは勝てる見込みが薄い。地の利もなく数でも負けていれば、どうなるかは明らかだろう」
「神のご加護があれば必ず……」
ヨハンソンの意見を一周しようとするが彼は引く気配が無い。首からかけているロザリオとのようなものを手で握り、将軍の髭面をまじまじと見つめる。何が神だよ、神が居るんだったら俺をここから早く帰してくれ。
「ヨハンソン殿、僕は一応神を信じておりますが他の人間はどうでしょう。敵は僕たちと信仰するものが違いますし、味方の中にも別の宗教を信じる者はたくさんいますよ。セイコラさんとか」
「まあそうだな、オレを含めこの世には神を信じねえ人間は少なからず居るんだ。こんなごった煮の軍隊に、アンタのいう神のご加護ってのはちょっと期待できそうにないな」
と、二人がさらにヨハンソンを説得しようとする。これで何とか俺の案が通ってくれたか。最後の方は無責任かもしれんが、これで一応自分の仕事はまずまず果たしたはずだ。
この後、十数分にわたるセイコラさんとフリーデンさんの説得の結果、かろうじて俺の言う奇襲作戦という方針が通った。そして、捕虜の取り扱いや部隊内での衛生的な環境の保持といった他の議題を消化し、二時間ほどかかった軍議がようやく終わった。
「よし、これで今日の師団会議は終了する。おっといけない、例のアレを忘れていた」
将軍が小間使いの兵士を呼びアレを一式取って来いといった。なんだろう。
「最後に新任のダグラスに渡すものがある。大隊長クラス用の防具と武器だ」
「ありがとうございます」
将軍から直々に鎖帷子、太刀、短刀の三つを渡され、一礼してそれを受け取る。とりあえずどうやって装備しよう。しばらく迷った後、周りの話も聞いて鎖帷子はマウンテンパーカーの下に、太刀は背中に斜め掛け、短刀はベルトで鞘をはさむ形でうまく固定しておいた。鏡で見るとかなり違和感のある格好に違いないがまあいいだろう。
「では、今日はここで解散だ。夕方再び合流して進軍準備を続ける。各自大隊内での連絡を忘れぬよう!」
「「「「はい!」」」」
これで最初の関門は潜り抜けた。だが問題はまだ続くぞ……。




