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第五話「いざ起て戦人よ」

 どれぐらいの時間がたったのだろうか、というより俺は生きているのか。俺はようやく目を開けることができ、周りを見渡す。だが、周りは一面霧に覆われて何も見えない。少しすると視界が開け、少し前にドアがあることが分かった。それと同時に、さっき自転車で転んでアスファルトに打ち付けられたはずなのに、痛みも傷も無いことに気付く。俺は一瞬迷ったが恐る恐る立ち上がってドア開けてみる。

 中は普通の部屋で、中央に机があってイスが二つずつ向かい合うように置いてある。そして、机の上には手紙のようなものが置いてある。このまま外にいては埒が明かないと思った俺は、中に入り手紙を見ようとした。そして、よく見ると向かい側にもドアがあることが分かった。

 手紙開けてもいいだろうか……。しばらく迷っていると外から轟音が聞こえる。どうやら暴風が吹いたようで、扉がバタンと大きな音を立ててしまった。とりあえず手紙の方をどうしようか、と思い俺は手紙を開けた。


  世界は一つ、真実も一つ。ただし道筋は無限。

  少年よ、おのれの信じる道を行け。そして、勝利をつかみ取れ。

  ノース・ヴィジャー 三年戦争 ジョージ・ダグラス ヴァルタール王国


「なんだこれ?」

思わず頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ、と言ってもいいぐらいに意味が分からない。ノース・ヴィジャーとヴァルタール王国ってのは、なんか聞いたことがある。世界史の授業? それとも何かの小説? まあいいか。三年戦争? って単語は知らない。七年戦争ってのは一緒に聞いたことがあると思うが、世界史が受験で使わない科目である以上、知識が殆ど無いせいか分からない。三つ目のジョージ・ダグラスってのに関しては、誰だよアンタと言うしかない。どうしたらいいものか……。

すると向こう側のドアからコンコンコンとノックする音が聞こえた。

「失礼します。黒川さん」

 目の前にスーツを着た女性が現れた。見た感じは明るめの茶髪という点を除けば普通のOLみたいな感じだ。とりあえず何か知ってるだろうと思い、

「これってどういうことなんですか?」

 俺が尋ねるが、メガネに手を当てて上げる動作をして

「『どういうこと』とは? 私は特に何も知らないので」

 と、素っ気ない返事を返す。ふざけんなよと言いそうになったが、グッと堪えて食い下がる。

「とにかく俺は家に帰る途中だったのに急にこんなとこに来なきゃいけないんだよ」

「さあ、私が呼んだわけではないので」

「とにかく俺は帰らせてもらうぞ」

 埒が明かんと思って、後ろを向いて入ってきたドアを開けようとする。

「危ない、下がって!」

 女の声を聞き一瞬止まった俺は外を見て驚愕した。数メートル前には真っ二つ? いやバラバラになったと思われる死体が転がっている。もう少し後ろにも目を向けると枯れた木に人が突き刺さっている。おそらくあれも……。と、考えているうちにバキッと言う乾いた音とともに宙に浮いた死体がそのまま地面へと落ちていった。

 危うく腰を抜かしそうになって壁にもたれかかっていたら、向こうのドアからもう一人入って来た。さっきのジジイだ。

「どういうことだよ? 俺が何をしたっていうんだよ!」

 俺はジジイ目がけて丸めた先程の手紙を投げつける。ジジイに当たった手紙は机の上に落ちて止まった。

「どういうこともこういうことも……。儂はお前の命を救ってやったんじゃ」

 論理がどうなっているのかわからない。何を言えばいいんだ。

「要するにだな、さっき俺が呼び止めなきゃお前は数分後に大通りに出たところでトラックに撥ねられ死んでいた。ってことだ」

「は? 無茶苦茶なことぬかすなよ痴呆ジジイ――――」

 俺は机越しにジジイの胸ぐらをつかもうとするが、隣にいた女に手をはじかれて倒れ込む。

「先生に手出しするのはお止めください。話を続けてください、どうぞ」

 俺はモヤモヤを抱えたまま、椅子に座ってジジイの話を聞くことにした。正直この女かなり馬鹿力だ。背は百五十あるかないかぐらいのくせにすさまじい力だ。うかつに手出しできねえ。

「ちなみにトラックは五菱自動車の四トン車で運転手は大典興業って会社の神本って六十ぐらいの運転手。多分運転中に心臓発作でも起こして運転できなくなったんやろな……」

 なんかやけ詳細まで詰めた話するじゃねえか。もしかしたら本当に死んでたのかもしれんな。と、思いたくなるが、こんなジジイの言葉を信じるのはなあ……。癪に障ると言うか……

「じゃあ聞くぞ。なんでそんなことが分かるんだ? 未来予知でもできるのか?」

 コイツの妄言に付きあうのは嫌だが、そこまでキッチリと言われては気味が悪い。ちょっと気になってしまう。侮蔑半分、興味半分ぐらいで質問をしてみると、再び彼はニヤリとして口を開く。

「ああ、もちろんだとも。儂は未来が分かる。そして過去や未来に人を移動させることもできるし過去に行くことも出来る。誰かが力を求め訴えたらな」

 こいつ頭おかしいんじゃないか?

「じゃあよ。そんな余計なこと俺に言うなよ。殴られたくなかったら、あんなこと言わなきゃよかったのに」

「アレはな。お前を試したんじゃ。だが残念なことにお前はとことん何か持って無い男でな。あそこで怒らなければ命は助かったのに結局死ぬ運命のようだな」

 何を言うかこのジジイ、人をキレさせる天才じゃないかと思うぐらいにクソな奴だ。

「は? じゃあ俺は死んだのかよ」

「いや、厳密にいうと死んでは居らんぞ。ただ道端で意識不明なだけだ。まあすぐに死ぬかもしれん。持ちこたえて三時間ってぐらいだな」

 結局この二人は俺を助ける気はないようだな。

「で、最終的に俺はもうすぐ死ぬんだな。じゃあとっととここから出させてくれ」

 死ぬにしてもここに長居するのはさすがにごめんだ。もはや帰ることができないならば、せめて安らかな気持ちで死にたいもんだ。

「いや、お前は“まだ”死なない。こっちにも事情があるんでな」

 こいつら、何考えているんだ……。もはや突っ込む気も起きねえや。

「まあまあ、さっきの手紙もう見たんだろ。じゃあ事情はなんとなく分かるだろ」

「あんな意味不明な文章見せられたって、こっちは困るんだよ」

 あれを説明と言うのか……。しばらくすると女の方が口を開いた。

「簡単に説明すると、要するに貴方はジョージ・ダグラスとしてしばらく生きてもらうということです」

「ジョージ・ダグラス? 誰だよそいつ。もしかして俺の戸籍売り飛ばして、他人にしようって算段じゃ……」

 しゃべりかけのところで女の方が俺の顔を目がけて拳を振るう。手で払おうとしたがかなり強くわずかに俺の頬をかすめた。忘れてた、こいつかなり強いってことを……。

「まあまあ純子さん」

 そう怒りなさるな、とジジイが女を諫める。急に常識人ぶりやがって。

「坊主、今のお前は意識だけの状態。だから当たっても傷が増える心配はいらんぞ」

 そうはいっても心理的に嫌だ。あと万が一傷出来たら、ただでさえ悪い人相とブサイクな面がさらにひどいことになっちまう。

「失礼しました。要するに貴方はこれからジョージ・ダグラスと言う人間となって生きてもらいます。場所は書いてある通りです」

「なんの話だよ。ってかヴァルタールってどこだよ」

「簡単に言えば過去に行ってもらうんです。先生の力で」

 もはや突っ込む気力すら起きない。最初の私は知らないという言葉も含めて。

「まあ期限は長くても三か月以内です。史実通りに進めば三か月以内に戦死するもしくは戦争に負けて処刑されるでしょう」

「どういうことだよ。じゃあどうしたら死なないんだよ」

「それは簡単です。期間内に答えにたどり着くこと。もしくは勝利すること。その二つつができなければ、あなたは三時間後に現実世界で死にます」

「要するに戦争に勝てばいいんだな」

「まあそうなりますね。ただし、あなたには弟さんがいらっしゃるでしょう? 」

 何だよ、どいつもこいつも弟の話しやがって。

「このダグラスにも弟がいて、敵軍に所属しています。もしあなたが勝てばどうなるかなんとなくお判りでしょうか?」

 ……大体わかる。戦死か処刑かって話か。

 今度はジジイの方が話を始めようとした。 

「実を言うと君の弟君も今病院に担ぎ込まれたよ。なんかエスカレーターから転げ落ちたとかで」

「じゃあ志聞も同じように戦うのか?」

俺はジジイに聞いてみたが、首を横に振ってさあなと言うだけだった。

「もう事情は分かった。ここにいたくないし早くそのダグラスってやつのとこへ行ってやるわ」

「黒川さん、随分勇敢ですね。普通の人は泣きながら助けてくれとか、どうしたらいいんだとか言うはずなんですけど」

「だってよ。ここに居ても時間の無駄だからな。早く行かせろ」

 俺は立ち上がってドアノブに手をかけたが、老人がそれを制止する。

「坊主、最後になんか質問はあるか?」

 正直もう口もききたくねえけど聞いておくか。

「なんのためにアンタらはこんなことしてるんだ?」

 一応聞いてみたが、尋ねてみても渋い表情をするだけで一向に答えようとしない。

「……未来を変えるためだ」

「私も同じく」

 やっとのことで帰ってきた答えだが、結局聞くだけ無駄だったと言う感じしかしない。

「そうか」

 俺は適当な返事を返した後、机を蹴り飛ばし向かいの扉を開けた。向こうは延々と続く階段の登り、一段飛ばしで全力で駆け上がった。


――――坊主、お前の足掻く姿を楽しみにしておくぞ――――


「うるせえ! 俺は運命に打ち勝つんだ! 見とけクソヤロー!」

 例の声がする方へ向かって俺は全力で叫んだ。が、俺の叫びはこだますることも無く、闇の中へと消えていった。


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