第四話「謎の老人」
その後六時半ぐらいまで勉強と息抜きのゲームを続け、俺は石本の家を出た。
十月中旬ともなると外もまあまあ暗い。俺は早く帰ろうと人通りの少ない川沿いの道を自転車で進む。すると横から老人に呼び止められた。
「兄ちゃん。駅はどっちの方にあるかわかるか? 儂ここの人間じゃないからいまいちわからんくてのう」
と、ニコニコした表情と優しい声で俺に尋ねる老人。駅かあ、道はわかるけどあんまり歩いていくことが無いから、感覚的にこのくらいだろうと考えて、
「駅ならここまっすぐ行って左曲がって十五分ぐらい道なりに行ったらありますよ」
「歩いたら二十分ぐらいかな?」
「そんなもんでしょうね。まあまあ距離あるししんどいかもしれませんが。手持ちありそうですし、タクシー使った方がいいかもしれませんよ」
一応教えると同時に気を使ってアドバイスもしておいた。すると、老人はニヤリとして
「いや、それぐらいなら歩くよ。こう見えて儂は体力に自信があるからな」
「そ、そうですか」
俺は急いで帰ろうとするが
「まあ待て、坊主。ちょっと話したいことがある」
なんだろう。いきなり話したいことがあるって、なんだこの爺さん……。
「いいけど、手短にお願いします。俺急いでるんで」
「はは、出来る限りそうするよ。あ、あとこれでも飲んでや」
爺さんは俺に缶コーヒーを手渡す。俺ブラックあんまり好きじゃないんだよなぁ……。タダなんだし贅沢は言えないか。そう思ってプルタブを引いたところで、老人が神妙な表情になる。
「実を言うとな坊主。お前を迎えに儂は来たんだ」
「はい?」
出だしから意味が分からない。何言ってるんだこのジジイは。
「要するにだな。お前に天才になるチャンスをくれてやるってこった。姉や弟にも負けないような……」
「はぁ!? 何言ってんだジジイ。俺は特になんも困ってねえよ!」
「おいおい。年長者に向かってそんな口の利き方はいかんよ。黒川譲次君」
初対面のジジイにコンプレックスを指摘されて、キレないやつがこの世にいるのだろうか。あと、なんで俺の名前を知ってるんだ。
俺はこいつから離れようと曳いていた自転車に乗り急いで立ち去ろうとする。だが腕をつかまれ引きずり降ろされそうになる。
「退どけやクソジジイ! ぶち殺すぞ!」
怒声と同時に着地した直後、右足がジジイの脇腹目がけて飛んでいく。マズい、こんなことしたら怪我させてしまう。湯気の吹き出そうなほどに血が上った頭で必死に制御しようとするが俺の足は止まらない。正面を見ると、ジジイは俺から腕を離したが、すぐに体勢を立て直した後、俺を目がけて回し蹴りをする。だが身長が俺より15センチほどは低いせいか足は届かず体勢を崩した。
とりあえずこの隙に逃げるぞ。そう思って俺は、倒れていた自転車を急いで起こして自転車を漕ぐ。自分の影が追跡者に見えるぐらいに狼狽していることが自分でもよく分かる。噴き出す冷や汗を吹き飛ばさんと、俺は自転車を漕ぐ足を速めた。
――――――逃げられると思うな。凡人よ――――――
奴の声がしたがそれを無視しさらに速度を上げる。が、一向に俺の背後に付きまとう影と焦燥感は消えず、むしろその存在感が増していく。
――――エロイム、エッサイム。我は求め、訴えたり。この国を救う新たなる戦士たちを――――
そんなこと知らねえ。とにかく、何としても逃げねば、そう思ってさらにペダルを踏み込んだ直後、進行方向に落ちていた鞄のようなものを前輪で踏んだ感触がハンドル越しの俺の手に伝わる。
「ヤバい! 死ぬ。ウワッ!」
自分が本能的に上げたマヌケな悲鳴、そして頭上に写るアスファルト。俺はここまでした覚えていない――――――