第二十六話「最期の戦い」
元帥が持って来てくれた飯を食べ、俺たち三人は将軍の戦いに立ち会うためにヴェルメッタ市街を発った。
「ダグラス、ローランド。二人とも体調とかは大丈夫か? これがワシの最後の戦いになるかもしれん。万が一のことがあったら頼むぞ」
「「そんな弱気なこと言わないでください」」
意図せず俺とローランドがハモってしまった。なんか嫌だな。
「そういえばダグラスよ。ワシになんか言っておかなければならないことがあるだろう?」
将軍が俺の方をじっと見て言う。セイコラさんの言う通り、俺の正体に気付いているようなのか……。ローランドもいるから、話しにくいが……。
「そうですね。実は俺の中身は黒川譲次っていう千▲百年後から来た十六歳の高校生なんです」
数秒沈黙した後、ニヤリとして将軍が口を開く。
「まあそれは薄々わかっていたが……。十六歳ってことはローランドと同い年かだな。それでよくそれで偉そうに指揮取ってたなぁお前」
ただ流されるまま無難な行動しただけだったけどな。あと、偉そうな態度はとっていないぞ。と、ツッコミを入れるが、そんなことはもうどうでもいい。今の俺はただの一般人。もう、俺のやりたいようにやるしか道はない。
「えーっと、高校生っていうのは……? 自分やダグラス隊長が軍人になる前に居た養成所に居た、みたいな感じですか??」
「まあそんなかんじだね。」
と、ローランドの質問に答える。
「俺でももう卒業して軍人になっているというのに……。千▲年後の世界では落ちこぼれってことですか?」
「……」
答えに窮するが、断じて俺は落ちこぼれと言う訳じゃなくて、教育システムの違いなんだと言い訳しようと思ったがグッと堪える。確かに姉や弟に比べれば劣等生と言えるし。
「ダグラス。変な話になるかもしれんが、ワシはお前が来たころから、その格好と持ち物でなんとなく勘付いていたがな。ワシも実は、お前と同じような人間を見たことがあるんだ」
と将軍が話を続ける。見たことがある? どういうことだ?
「どういうことですか?俺以外にも未来から来た人間がいると?」
俺が食い気味に話しかけると、将軍が首を振る。
「来たんじゃなくて、ワシが行ったんだよ。今から何十年も前の話になるんだが……」
と話を続ける将軍。まさかこんなところに俺と逆の現象とは言え、同じ境遇を味わった人間がいるとは……。
「ワシが十歳になる前の頃だが、遊んでいた時に川で溺れたんだ。沈み切って死んだと思ったら、ワシは見たこともないところに居った。鋼鉄の大蛇……、電車っていうのかな? が走り、今の時代のこの国では考えられないような高さの建物がたくさんあった。んで近くを通る人間はダグラスのような格好をしていた」
この話を聞くに、「俺」と同じ時代のあたりに居たということで間違いないだろう。具体的には何とも言い難いが。
「人間はみんな小さい鉄板みたいなものを持ち歩いていたな……。私の母と思しき人間も持っておったな。まあその辺は全く分からないのだが……。あとは馬の力なしで馬車が動いておった覚えがある。母曰く、雷と油で動くとのことだったんだが」
小さい板? んで雷は電気、油は石油でハイブリッドカー。多分自分の居た時代のことだろう。
「将軍! そうです。俺はその時代から来たんです。何があったのかわからねえけど、自転車で帰る途中に変なジジイに……痛てててて、何するんだ!」
変なジジイと言う単語を発したと同時に、俺の体に強烈な電流のようなものが走る。要するに、ここへ来たきっかけみたいなのは禁則事項ってことなのか。
「大丈夫かダグラス……。ワシの話はいったん中断だ、もうすぐ着くぞ」
歩くこと数十分。俺たちはついに最終決戦の場についた。
「さあ、始めましょうか」
「スウェードバリ殿、逃げなかったことは褒めてやるぞ。あとは……、以前殺しそこなったガキも来てるのか」
目の前には二人の男がすでに居た。俺の弟のサイモン……もとい黒川志聞と、カール・ヴァルゴーダの二人に違いないだろう。
「ヘヘッ、二人だけか。てっきり百人ぐらい味方を連れて来たと思ったぜ」
「……。いいから早く来いよ」
俺が鼻を擦りながら言った挑発の言葉に、静かに言い返す弟。もう、お前の思うようにはさせねえぞ!
俺ら三人が丘の上に上がったところで、突然強風が吹く。さっきから空も薄暗く、時折雷の音が聞こえている。キム・スウェードバリ因縁の決着をするのに、うってつけの舞台のようだ。
「ジョージ殿、あとその少年。二人は手前側の木の下に居てくれ」
弟が俺に告げる。他人行儀に“ジョージ殿”だなんて……。
「サイモン、気を使わなくていい。この二人は俺の正体を知っている」
さっき俺が自分の正体や事情を説明したことを知ると、弟は呆れ果てたような様子になった。
「そうか兄貴……」
と言って背を向けて、奥にあるもう一本の大木の下へ向かった。
決戦の地となったキューポンの丘は俺らがのぼって来た西南の方がなだらかな斜面になっているが、弟の居る木のある北側とレトリル川に面した東側は断崖絶壁と言っていいような地形になっている。あそこから落ちたら、生きて帰って来れないだろう。
「覚悟はできたか、スウェードバリ殿よ。決着を付けましょう」
「よかろう。ワシに勝負を挑むとは良い度胸だ。それだけは褒めてやろう」
一方で、将軍とヴァルゴーダは今にも決闘を始めようとしている。だが、将軍は普段愛用しているはずの太刀を持って来ていない。どういうつもりだ?
「スウェードバリ殿。アンタのいつもの大剣は持って来てないのですか? 先王から下賜されたご自慢の武器をお忘れとは……。随分耄碌されたようで……」
「いや、アイツは置いてきた。ワシにはとっておきのものがあるんだ。」
と言って自分の荷物のところへ向かう。アンタ、あんな戦う気満々だったのに丸腰だったのかよ。
「母方のアルムクヴィスト家に代々伝わる剣術があってだな。元々そっちの方がワシは得意なんだ。見ておけよ、お前ら」
俺の方を向いてニヤリとする将軍。取り出したのは、短剣が二本。そして今まで気づかなかったが、右腕に筒のようなものを付けている。
「アレはもしかして……、あのレヒコイネン流剣術ですか」
「正解だローランド」
詳細はわかんねえけど、なんか希少な武術に精通してるってことか?
「確かレヒコイネン流は継承者がこの国どころか、隣国を合わせても数十人しか居ない伝説の剣術のはず……。まさか、こんなところで見ることができるとは……」
「実は叔父貴が継承者でな。ガキの頃に仕込まれたんだ。なんせ、ワシは庶子だから、親父と一緒に王都に住んでいたわけじゃなくて、ずっと母方の田舎で暮らしとった。だから剣術と馬ぐらいしかすることがなかったからよ。『運命の戦い』に丁度いいと思ってこれで行くことにした。ワシも色々と思うことがあってな」
ローランドに褒められた気になったか、急に饒舌になる。分かりやすいというか、なんというか……、ガキっぽいな。
「最後の言葉はそれでいいですか? 早く始めましょうよスウェードバリ殿」
「ああいいぜ。後悔すんなよヴァルゴーダ!」
その言葉と同時に、将軍が左手に持った短剣でヴァルゴーダを突く。しかし、少し距離があったせいか届かない。
「甘いっすよ、スウェードバリ殿」
ヴァルゴーダの太刀が将軍の真上から振り下ろされる。突いて体勢が崩れた将軍に直撃すると思われたが、間一髪右横に転がってかわした。そこから素早く体勢を立て直してもう一度、今度は右の短剣でヴァルゴーダの左脇腹を狙ってみるがわずかにかすった程度のようだった。
「まあまあできるようじゃねえか、ヴァルゴーダ」
「スウェードバリ殿も俺には劣るけど、いい感じじゃないですか。まあ、勝つのは俺ですけどね」
『行くぞ』とヴァルゴーダが行ったのと同時に剣を抜いて斬りかかる。上段に振りかぶってがら空きとなった胸元を右の短刀で一突きしようとした瞬間、奴が軽く振り下ろすと同時にフェイントを入れてわずかに右側へ避ける。そして、将軍の懐に上手く入り込んだ。
「もらったわ!」
一度振り下ろした太刀を切り返して将軍の左脇腹を狙うヴァルゴーダ。しかし、体勢的に右側へ深く倒れこんだ格好となった彼は、空いている将軍の左手に持った短剣の餌食となった。
「――――!! しまった……」
間一髪急所は避けたが、左肩にかなりのダメージを受けたに違いない。彼の着ていた白い服に鮮血がじわりと広がる。
「これが……レヒコイネン流の力だ。ワシはそれをここで証明してみせる!」
「くっ……、まだまだだ!」
もう一度振りかぶって斬りかかるヴァルゴーダ、何度も鍔迫り合いをしていると今度は将軍の方が押され気味だ。リーチ的には不利だし、短剣では剣で防御しようにも苦しいものがあるからだろう。
十数回目のヴァルゴーダの斬撃で、将軍が左手に持っていた短剣が折れてしまった。気を取られた隙に、今度は将軍の右半身に奴の一撃が叩き込まれ、川沿いの崖の方へ吹っ飛ばされた。
「うがっっ! 油断した……」
ヴァルゴーダはもう一度剣を振り上げることなく、少し後ろに下がって
「なんだ、こんなもんか。スウェードバリ殿よ」
先程喰らった傷のせいか、少し顔を歪めて言い放つ。
「蠅が止まったか? 痛くねえぞ」
「ならば、痛くしてやろうか。立てねえだろ?」
とどめを刺さんとヴァルゴーダがゆっくりと近寄った瞬間、素早く起き上がってヴァルゴーダの懐へと入り、右の短剣で顔目がけて打突する。
「そんなもん読めとるわ雑魚が!」
右半身に攻撃を受けていたせいか勢いが足りず、奴の左手で軽く振り払われる。万事休すと思ったが
「本命はこっちだバーカ」
そう言って左足でヴァルゴーダの右足を払う。体勢が崩れた後、将軍の右膝蹴りが奴の腹部に直撃する。ガシャンという音と同時に、ヴァルゴーダが将軍の方へ倒れこむ。その足元には一枚の鉄板のようなものが落ちていた。
「これで終わりだ、地獄でゆっくりしろよ」
と将軍がつぶやき、ヴァルゴーダを突き飛ばす。その先は断崖絶壁。アンタ、マジで容赦ないなと思った瞬間
「くっ……!」
落ちたと思ったヴァルゴーダが将軍の左足を掴む。バランスを崩して彼もいっしょに崖の方へと引きずり込まれた。
「将軍! 大丈夫ですか!」
ローランドと俺が同時に駆け寄る。そこでは、将軍が右手だけで崖を掴みヴァルゴーダが将軍の両足を掴んでいるという状態になっていた。真下は増水で激流となった川。武具を一式付けた彼らが落ちたら、溺死する以外のシナリオはないだろう。
「もはや、これまでか……。俺は落ちるからアンタだけ帰れよ」
「馬鹿野郎! お前も戻ってワシにとどめを刺されろ!」
ローランドが急いで荷物の中からロープを持ってくると言って戻った間に、将軍が俺に伝えたいことがあると言って呼び止めた。
「いいかダグラス。お前のことは俺にもわかるさ。とっとと未来に帰って、自分の人生を生きてくれ。ワシやこの国のことはもういいからよ」
セイコラにも言われた『自分の人生を生きろ』と言う言葉が痛く突き刺さる。だけど、俺にはしなければいけないことがあるんだ。
「将軍……。ダメです。俺の使命はこの国や仲間を守ることですから」
「そうか……。死んで後悔するなよ」
その言葉を聞いて一瞬戸惑った後、ローランドが木にロープの一端を縛ってから、もう一方の端を持って戻って来た。
「将軍! これを掴んでください!」
「ヴァルゴーダ、先に行け」
そう言われてヴァルゴーダがロープを掴もうとする。が、肩の怪我のせいか全体重を支え切れず、移ったところでバランスを崩して転落してしまった。
絶叫のあと、水面から大きな水しぶきが上がる。そして落ちたところから、川が紅に染まるのが少し見えた。恐らく彼は絶命しただろう。
「将軍だけでも戻ってください!」
「おう」
ローランドの声に答えてロープを掴む。左手は剣が折れたときに怪我をしたのか血まみれになっていた。そのせいで若干滑り落ちたが、何とか堪えきったようだ。
「もう少しだ……」
将軍が足で崖を蹴り一歩一歩戻ってきてもう少しで登り切れると思った瞬間、木の方から轟音が上がる。すると、ロープの縛っていた部分がこちらへと飛んでくるのと同時に木が折れるのが見えた。まずい!
「将軍! 危ない!」
ローランドと俺が手を伸ばしたが時すでに遅く、将軍が体勢を崩す。その力で支えを失ったロープが、川へ吸い込まれそうになるのを間一髪俺が掴んで止めた。
だが判断ミスのようだった。将軍はローランドに左腕を預けようとし、ロープを右手で持って軽くいるのが俺の目にかすかに映る。マズいこのままでは俺一人で二人分の体重を支えることに……。
「ローランド! 将軍の手を離してロープを支えろ! 将軍! アンタは両手でロープを持てくれ!」
必死の叫びが届いたか、ロープを二人で持って将軍が両腕で掴まるという状況が出来上がった。何とかなったか……。かなり崖を降りたようだが、何とか将軍はロープを掴んでいるようだった。もう一度引き上げたらいけるはず。
「将軍、そのまま掴まってください。ローランド! 死ぬ気で引き上げろ!」
ロープを持ち、重力に負けじと二人で崖と逆側へ歩いて引き上げようとする。武具の分があるのかかなり重く、なかなか進まない。必死に引いた結果、ようやく彼の両手が崖の淵から見えた。あと少しだ!
「ありがとうダグラス、ローランド。最後の一歩ぐらい自力で上がるわ」
そう言って両手で崖の淵をつかみ、右足を掛ける。彼の顔が見えたと瞬間、足を引っ掛けた岩とその周りが崩れて川へと吸い込まれていった。崩れた直後に、目の前には将軍が脇に差していた短刀が落ちていた。
「「将軍! 大丈夫ですか!」」
俺とローランドが二人で崖をのぞき込んで声を掛けるが、大丈夫なわけがないだろう。一緒に落ちた岩の餌食になった以外の答えは無い、仮にあったとしても『死』に直結する言葉しかないだろう。
「将軍……。ああ、なんでセイコラに続いてアンタも死なねえといけないんだ」
心の中の憤りがつい口に出る。同時に、決闘の末に死んだあの人が可哀想ということよりも、自分の周りで起きた不運を呪うだなんて、俺は随分自分勝手な人間になったということに対する自分自身への怒りも湧いてくる。
「兄貴、アイツらの勝負は引き分けだな。俺は自分の仕事が終わったし、帰らせてもらうよ」
弟が木の枝の上から、俺たち二人に告げる。この野郎、俺らが人助けをしているのを傍観していただけなのか。本当に嫌な奴だな……。
「おい待てよ。お前、人が死にそうだってのに、よくのうのうと見てられたな」
「兄貴、それは俺の仕事じゃねえ。ヴァルゴーダは一切手出しするなって言ってたし、スウェードバリを助ける義理は俺には無いからな」
と、自己弁護の言葉を平然と放つ。さすがに、将軍を助けろとは言わねえけどさ、ヴァルゴーダを助けなかったことについては、お前の辞書には義理とか仁義と言う言葉が無いのかと小一時間問い詰めたい。
「じゃあ、帰らせてもらうぜ。兄貴みたいな下っ端と違って、俺はこの国の副総統としての使命があるんだ」
自分の出世を鼻にかけるような志聞の言葉に、俺の怒りのゲージが振り切れる。
「なめんなよ、志聞。次は俺と勝負だ!」
俺が剣を抜いて志聞の方へ向ける。すると飛び降りて
「勝負だぁ? 兄貴に直接手を下す必要はない」
と、いって首にかけてあったペンダントを空へかざす。すると、地鳴りのような轟音が俺の頭の中で響く。
――――黒川譲次、やはり貴様にこの試練を乗り越えることは不可能だったか。残念だが、ここから帰って元の凡人になれ――――
以前聞いたことのあるような無いような声が聞こえる。それと同時に、足元に落ちていたロープが、大蛇へと姿を変えた。間違いない。あの日の午後、俺が居眠りしていた時の悪夢の焼き直しだ……。
「ダグラス隊長! ビビらないでください! 斬ればいいんです!」
俺が怯んだ様子を見て、ローランドが叫ぶ。その声を聞いて俺は剣を抜いて大蛇の頭を両断する。二つに裂けた大蛇の頭から大量の鮮血が噴き出し、俺とローランドの顔や服を赤く染める。
「悪いな、以前の俺とは違うんだ」
あの夢の中で魘されていた時と違う。ここで手にした栄冠、喜び、感動、なんてものはないけれど、俺には何より信頼できる仲間たちがここにいるんだ!
――――これで終わりだと思うなよ、小僧!――――
もう一度あの声が聞こえる。それと同時に二つに分かれた大蛇の頭が引き裂けて、何本にも分かれていく。そしてそれぞれからもう一度頭が生えて来た。
――――ダグラス殿! なぜ私を殺したのですか?――――
八つに別れた頭から声が出る。ヨハンソンの声だ……! そしてその頭は瞬く間にヨハンソンの胸像のような形になった。
――――黒川。なんで三年間頑張った俺じゃなくて、二年のお前がレギュラーなんだよ。納得いかねえ……―――――
ヨハンソンの隣の頭からは、中学時代の部活の先輩だった小黒の姿が現れる。どうやら、俺に恨みを持つ人間たちが次々と出てくるのかもしれない……。俺は恐怖と絶望に支配されて動くことができなかった……。




