第二話「姉と弟」
「兄者ーーッ! 生きておったのかー!」
生きてるよ。ってか兄者ってなんだよ。お前はイシ○ヴァール人か? それともや○らか戦車か?
「おう、生きとったわ」
ツッコミと言う名の心の叫びをグッと堪えて弟に生返事を返すと、有休をとって家に居たオヤジが俺ら二人の方へとやって来る。
「譲次、やっと帰ってきたか。随分遅えじゃねえか。どこで道草食ってたんだよ」
「いや、いろいろあったんや。職員室で先生と話してたら……」
「職員室だぁ? お前また暴力沙汰でもやらかしたのか? 」
アンタは自分の子どもをなんだと思ってんだ? そもそも一度も暴力沙汰で呼び出されたこともない。どうしてそうなるのか。
「学業に関してってことで色々とあるんだよ」
「ふーん、それならよかった。早く行きてえし、とっとと着替えてこい。母さんは用事あるからあっちで合流するから」
「わかったー」
適当に返事をした後、俺は自分の部屋に帰って着替える。そして、俺らは車で国道沿いの飯屋へと向かった。
「この前の新人戦の地区戦は準優勝やったわ。まあ県の方は二回戦で負けっちゃったけど二年生の部だったしまあしょうがねえのかな」
「志聞は大変そうやねえ」
「でも、楽しそうでいいじゃない。アンタと麻理のおかげで私らも鼻が高いわ」
注文してからの待ち時間、弟の話に付き合うが正直言って辛い。
横に座っている弟、黒川志聞はテニス部で中学の時に地方大会で三位、んで全国大会出場。はっきり言って才能に恵まれた人間だ。俺より後にテニスを始めたはずなのに、どうしてここまで差がついてしまったのか。さっきお袋が言った麻里――――俺の姉も、T工業大って国内でも屈指レベルの名門大の学生で、学業については才能に恵まれたと言っていい。この二人を褒める言葉が、何度俺の中の劣等感を煽ったことか。ただ、二人とも文武両道とは行かず姉は運動音痴、弟は絶望的な学業不振。この点についてはまだ救われたと言えるはずだ。
「それにしても譲次も今頃うまく行ってたら志聞とトーナメントで一緒に当たってたのかもしれんな。もったいねえ。肘を怪我しなきゃな」
「いまさら言ってもどうしようもないよ親父、怪我も実力のうちだし……」
言葉に詰まりながら適当に返事を俺は返す。謙遜と自虐を交えた適当な返事は、俺を小学校高学年くらいになって身につけた、己の身を守る唯一の術だ。
「そうそう、兄貴みたいに大会前日に怪我するような奴は結局大成しないんだよ」
言ってくれるじゃねえか。クソ野郎。
「こら、兄貴に向かってそんなこと言ってはダメよ」
おふくろが志聞を窘めるが、それを無視して俺の方を見てフンッと鼻を鳴らす。
怪我しなければか……。まあいまさら何とも言えねえか。
実を言うと俺も元はテニス部だった。一応強豪の部類に入る地元の中学でずっと一番手だったし、個人戦でも地方大会まであと一歩ぐらいには。
しかし、三年夏の最後の大会の前日に練習で右肘を脱臼した。だから最後の大会は一回戦棄権負け。
「唯一残念だったのは兄貴と直接対決でボコれなかったことだな。一年早く生まれただけで勝ち逃げしちゃってよ」
と、志聞が俺に吐き捨てる。生意気な弟の代わりにかわいい妹が欲しいと強く思ってしまう。
「ところで、学業の方はどうなの? 譲次」
と、母親が俺に聞いてきた。
「まあぼちぼちかな。今日帰ってきた模試の結果もそこまで悪くはないし……」
「ああ、そうなのね」
適当に濁したのマズかったか、無関心を装うようなセリフの裏から猜疑心のにじみ出たような返事が帰って来る。丁度今来たカツ丼と冷やしそば(小)がまるで取り調べ中の飯のようだ……。