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第一話「目覚めた男」

――――もう一度言うぞ、黒川譲次くろかわじょうじ。お前は天才ではないんだ。どうして求めようとする。運命に逆らおうとするのならばその代償を払ってもらおう――――


 俺の右腕に絡みついた蛇がさらに強く締め付けようとする。振り払おうと腕を何度も振り回すが離れようとしない。十数回振るうちに右手からラケットが落ちた。


――――観念したか。ならば命だけは助けてやろう。ただし、二度と私に歯向かえないようにしてやる――――


 蛇は俺の右肘の古傷目がけて噛みつく。

「うわぁあああ! やめてくれぇええええ!」

  激痛に耐えかねて俺は悲鳴を上げた。


 ……どうやら俺は悪夢に魘されていたようだ。しかも授業中に。

 教室にわずかに響く失笑の声。隣の席から聞こえる「黒ちゃん頭おかしくなったんか」という石本の言葉。教壇に立つ数学教師の松山と目が合い、世界が止まったかのような感覚から俺は引き戻された。

「すいません。寝てました……」

「そうか……。黒川、とりあえず落ち着け。あと帰りのホームルームが終わったら追試受ける連中と一緒に来い」

「わかりました」

「じゃあ続きに戻ります。この時Y=a|X+b|は必ず正の値となるため……」

俺は残り十数分になった授業とホームルームの時間を針の筵に座る気持ちで過ごした。


 あぁ……やってしまった、一生の不覚……。と言うほどではないが痛い失敗をしてしまった。

「黒ちゃんよー、ゲームのし過ぎで寝不足なのはいいけど、隣でいきなり奇声あげるなよ。ビビって追試の勉強した範囲全部飛んだわ。どうしてくれるんよ~」

 マジですまん。だけどよ、石本。お前が普通にテストで四十点以上取っていればこんなことにはならなかったはずだ。

「とりあえず、今日乗り切ったら土日だし、部活も出れないから思いっきり遊ぶぜ!」

「石本……。お前月曜も生物の追試あるんじゃないのか」

「まあまあ、そこは日曜に詰め込んで何とかするさ」

 彼は俺の左肩を叩く。

「ってことで助けてください! お願いします! 黒川先生!!!」

「わ、分かった。でもよ、俺は生物そこまで得意じゃないぞ。七割取るのがやっとだ」

「おいおい自慢かよ……。俺と播田と的山と鍬島の点数足しても届かんぞ」

 いや、それはお前らの成績が酷過ぎるんだよ。

「とりあえず土曜に五人で勉強会するから教えて!!!」

 なんで俺も頭数入ってるんだ……。

 そうこう話しているうちに追試の行われる空き教室に到着し、石本が肩を落として中へと消えていく。自分が蒔いた種とはいえ、説教と言う面倒ごとのために職員室へと行くのは気が重い。廊下に差し込む陽光が作る自分の影が、肩が落ちているのがはっきり分かるぐらい自分の身体から力が抜けている。自分の蒔いた種とはだから仕方ねえ、と己に言い聞かせてみても気だるさは変わらない。後ろを歩く生徒たちに追い越されながら、俺はダラダラと職員室へと向かった。


「……ってことで黒川。授業中に寝ることについては度が過ぎなければ僕は構わん。でもよ、他の連中の邪魔になるようなことだけはやめてくれや……」

 と、白髪交じりの頭を掻きながら、めんどくさそうに松山が俺に語りかける。これは長くなるかと一瞬覚悟したが、説教タイムはこれだけで終わった。ああ、これだけで帰れるんなら身構えるだけ無駄だったなと思い、帰ろうとカバンに手を掛ける。

「まあ待てよ、まだ続きがある」

 ヤバい。変に帰る素振りを見せたばかりに怒らせてしまったか。

「ホームルームの時に配られた九月の模試の結果表と解答を出してくれ。解答の方は数学だけでいいから」

「あ、こんな感じです。どうぞ」

 鞄の中を漁り、とりあえず恐る恐るその二つを渡した。

「ムム……。全教科見ると悪くはねえけど二年生だし、もっと伸びしてもええな。解答の方は……」

「俺、どうしても数Bの範囲が苦手で……」

「その辺はまだ何とでもなるさ。とりあえず記述力をもう少し上げていこうか。うまい事やりゃもっといい感じになると思うで」

 彼は立ち上がりテキストのコピーを取って俺に渡した。

「一応これが懲罰代わりの宿題だ。次の授業は火曜だったっけな。週末にやっとけ」

「わかりました」

「答えもセットで渡してあるが丸写ししたらあかんぞ。理解不足に見えたところをピックアップしてみたし。一応ちゃんと解いて理解出来たら、次の模試でもう十点ぐらいは点数上がるんじゃないかな」

「あ、ありがとうございます」

「居眠りばれたのが僕の授業で運がよかったな、お前」

 彼が薄っすらと笑みを浮かべた。

「これが英語の蛯原先生や化学の椎野先生だったらどうなるよ? 多分、英単語とか元素記号を十ページ分ぐらい写経させられたんじゃねえか」

 ……凄く反応に困る。確かにうちの高校の中ではぶっちぎりに面倒くさい……もと、厳しいしそれぐらいのことは平気でさせるだろう。

「いや、まさかそんなことはないでしょう」

「いやいや、わからんぞ。あの二人は厳しいからなぁ」

「ま、まあ。居眠りしてた俺が悪いんですし、そんな先生の悪口言えないですよ」

「そうか……。あとな、黒川」

 なんだろう。この、ねっとりとしたというか粘着感のあるような目つきは。

「お前、やっぱアレか。好きな子に振られる夢でも見たのか?」

 一瞬答えを知っているけど無理矢理そらしたような話し方。俺の核心を突こうとされているような感じがした。

「と、とりあえず今日用事あるんでそろそろ帰らせていただきますね。失礼しました」

「おう、じゃあな」

 冷や汗にまみれながら小走りで校舎を出た。今日は姉弟が久々に実家に帰ってくるから外食にするぞと親父が朝言ってたし、急いで帰らなければ。そうは思うがなかなか気が進まない。その悪夢の原因、というか根本はアレに対するコンプレックスが原因みたいなものだし。

 結局いつも通り十五分程自転車を漕いで俺は家についた。


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