ぺロとおもちゃ屋さん
ある日、お母さんネコの友達のおもちゃ屋さんの店主が困り果てた顔でやって来ました。
「実は・・・」
店主が言うには、子供たちのなかで流行っているネコネコシリーズの眠りネコのぬいぐるみが完売した日に買えなかったお客さんの悲しむ顔を見てショーウィンドーに飾ってあった見本を店員が売ってしまったのだという。
「まあ大変!」
お母さんネコは口に手を当て店主と同じように困り顔になっています。
「そこでペロ君の存在を思い出してアルバイトに来てほしいとお願いに来たのです。どうか私を助けて下さいませんか?」
店主の申し出にお母さんネコは二つ返事で引き受けました。
「あの子ったら私が言わないと一日中怠けているんですもの。何日でも働かせてやって下さいな。」
そんなことも知らずに自室のベッドタワーの天井で二度寝を楽しもうとしていたペロは部屋に入ってきたお母さんネコの満面の笑みを見てすぐに何か言われる気配を察知しました。
「おもちゃ屋さんが困ってるんですって。店主さんがあなたをアルバイトに来てほしいと言ってるの。」
やっぱりだ。こういう笑顔は仕事の話を持ってくるときの顔だもの。
「今とても眠いんだ。それにおもちゃ屋さんはあんなに大きい商店で僕みたいな子供が行っても役に立てるとは思えない。」
これはお母さんネコには逆らえないペロなりの断り文句です。ところがお母さんネコにそんな言葉は通用しません。
「まあ、そんな謙虚な気持ちでいるなんて。明日来るマロンおばさんもあなたの成長ぶりに感心なさるわね!さあ、あなたなら大丈夫よ。できるわ!あなたはお母さんとお父さんの自慢の子なんだもの。それに店主さんはとっても良い方だからいろいろ教えてもらえるわよ?」
ペロはそれ以上何も言えませんでした。意図が全然伝わらないのです。だからといってお母さんネコの悲しむ顔は見たくないので強く断ることもペロにはできないのです。
励まされてしまったペロは二度寝を諦めて仕事に行くことにしました。
ペロはおもちゃ屋さんに行くまでの間に仕事の内容を店主から聞きました。主な仕事はショーウィンドーで眠りネコのぬいぐるみと同じ格好でじっとしていることで閉店三時間前からはショーウィンドーから離れて握手希望のお客さんと握手をすることである。
ペロは店に着くと渡された赤色のセーターと紺色のズボンをはいて言われたとおりにショーウィンドーで眠りネコのマネをしました。
朝は服を着ていても少し寒かったのですが昼前になるとお日様がポカポカと暖かく、気持ち良くなってきました。
大きなあくびを一つ。ペロは知らず知らずのうちに本当に眠ってしまいました。
「ペロ君、握手希望のお客様がいらっしゃったから、こちらにきてくれ。」
ペロは夢の中で店主の言葉を聞き、はっと目を覚ましました。
「はい。」
ずっと起きていたかのように返事をしてペロは立ち上がりました。するとお母さん犬は嬉しそうに子犬に「お人形さんが動いたわよ。」と言いました。
「僕を買ってくれてありがとう。大切にしてね。」
ペロは出せる限りの可愛い声を出し、子犬と握手しました。子犬は目を輝かせて感激しています。
犬の親子が街で自慢をしたのだろう。彼らが店を出た後にはこれまで以上にお客が来ました。
ペロはあくびを堪えながら「ありがとう。」と言い続けました。
が、三十分も経つと眠気をこらえきれず、大きなあくびをしてしまいました。
店長に怒られるかもしれない、と一瞬緊張したものの睡魔に勝てそうもありません。
ペロは商品台に上って体を丸めて目を閉じました。
すると意外なことに握手を求めて来ていたお客はさらに喜びました。
「眠りネコだもんね!可愛い!」
「ほら、動くぬいぐるみさんはもう眠るみたいよ。」
「今日から私も眠りネコと一緒に眠るんだ。」
店長はその声にペロが眠り始めたことに気づきましたが、お客があまりに嬉しそうにしているのでペロを責めることはありませんでした。
目が覚めると店仕舞いでシャッターを下ろしている店主の姿が見えました。伸びをしてから眠りネコの服を脱ぎました。
着てきた服を着ていると事務所から戻ってきた店主の手には巾着と眠りネコのぬいぐるみが握られていました。
「お疲れ様、ペロ君。とても助かったよ。突然の依頼だったのに来てくれてありがとう。これは今日のお給料と心ばかりのお礼だよ」
店主は巾着とぬいぐるみをペロに渡しました。
ペロが受け取りながらお礼を言うと明日も来てほしいと頼まれました。
計画を立てるのは嫌いなんだよな。
ペロは断ろうと思い、口を開いた瞬間、明日は口うるさい親戚が集まる日だと思い出しました。ペロは迷いませんでした。
「こんな僕でもお手伝い出来るなら喜んで!」
意外と楽な仕事と親戚からのお説教のどちらが良いかなんて考えるまでもありません。
店主は喜び、「また明日。」と言ってペロが帰っていくのを見送りました。
帰り道の途中、ペロはぼやきました。
「あー、ぬいぐるみよりお菓子が良かったな。こんなぬいぐるみ、どうでも良いやい。」
お金の入った巾着を振り回しながら歩いているとマタタビカフェが目に止まりました。そこはいつも行くマタタカフェより少し上のクラスのカフェです。そしてとてもかわいい看板ネコがいることで有名でした。
「今日一日頑張ったご褒美にマタタビでもひっかけてから帰るか。」
扉を開けるとカララン、とカウベルが客の来店を知らせます。
「いらっしゃいませ。」
看板ネコのマーベルがニッコリ笑顔で迎えました。マーベルと会うのは三回目ですがいつ見ても可愛い笑顔と素敵な毛並みです。
「いらっしゃいましたニャ。」
マーベルの前ではペロは恰好をつけて話します。そして左手に持っていたぬいぐるみを差し出しました。
「この愛らしい姿が君のようだったニャ。贈り物ニャ。」
マーベルの顔はぬいぐるみを見て驚きました。ペロは知りませんが、ネコネコシリーズは本当に大人気でかつ、ぬいぐるみの中では高価なことからなかなか手に入れられないものだったからです。
「まあ!わたしのために?嬉しいわ。」
マーベルがぬいぐるみを手に頬を赤らめて微笑むとペロはメロメロになりました。
「大したものではないニャ。」
「いいえ、ありがとう。」
マーベルはペロの手を握ってお礼を言いました。ペロは大好きなマーベルと手をつないだことで気持ちが舞い上がりました。
そしてぼうっとしたままカフェを出て行ってしまいました。マタタビをひっかけるまでもなく浮かれた気持ちで家に帰りました。
次の日、おもちゃ屋さんに仕事に行く前にポストを見るとペロ宛に手紙とクッキーの小包が入っていました。
手紙を歩きながら開き読み上げました。
「素敵なペロ君へ。今度の日曜日に一緒に映画を見に行きませんか?お返事お待ちしております。マーベルより」
ペロは「デートの誘いニャ!行くに決まってるニャ!」と叫び、店主がプレゼントしてくれた眠りネコのぬいぐるみはお菓子より良いものだった、と思い直しました。
マーベルに貰ったハート型のクッキーを大事に持っておもちゃ屋に行くと開店前の店の前には長蛇の列ができていました。
その騒がしさに抵抗を感じながら店に入ると店長が興奮しながらペロに言いました。
「ペロ君が昨日握手してくれたことが好評だったんだ。隣町にある私の近所のおばさんまでもが握手会のことを知っていたよ。それから昨日、あのマーベルちゃんが眠りネコのぬいぐるみを持っていたんだって!これで眠りネコの再入荷分は今日全て売れきれることだろう。」
その日は他のネコネコシリーズのぬいぐるみも飛ぶように売れて店は大繁盛でした。
店主はペロのおかげだと言って特別にボーナスを渡しました。
ペロは二日でマーベルとのデートの約束とクッキー、それから破格の給料を得たのでした。