47.
「――――大筋はそんな感じ。大体理解してもらえたかしら」
一通りの説明を終えてがーちゃんを見ると、小さな頭を一度上下させて私の話をきちんと聞いていた事を示す。
「つまり、これからご主人は王子様か他の3つの公爵家のご子息と婚約して、隣国から来るアンジェラとかいう女に横車を押された上、元婚約者になるそのうちの誰かに殺される可能性が高い、と」
「理解力の高い使い魔で誇らしいわ」
「その“物語の主人公遊び”、楽しいのかどうかはさておいて、内容は割とク・・・すみません、お嬢さんに対して使う言葉じゃなかった」
何か言いかけてやめたがーちゃんの言葉を引き取って、私か続ける。
「そうね、割とクソね。アンジェラも私の婚約者を経て元婚約者になる誰かも、割とクソだわ。それは私も思ってた。でも、娯楽として楽しむためのその物語の中では、私自身もかなりダメな人間・・・人間じゃないけど、とにかくダメな人として描かれてたのよ。性格が悪いって言うか、悪女って言うか、人間の屑、的な」
「・・・ご主人が?」
「そう。要するに、“主人公”になる娯楽の消費者が罪悪感を抱かずに略奪できるように、そういう屑な性格にしたんだろうと思うの。・・・なんて言うのかな、不幸な婚約を諦めつつ受け入れながらも、内心誰かもっときちんと尊重しあって愛せる相手を探している男性を、愛して救ってあげるみたいな。その過程を楽しむゲームだったのよ。誰かのものを奪う暗い喜びと、奪われて当然の屑な女と、そんな女には勿体ない優良物件な婚約者の男。ミザリーはただの舞台装置なのよ。略奪のカタルシスを得つつ、罪悪感をあまり抱かずに済む、便利な舞台装置」
「でもその舞台装置は、あくまで娯楽として楽しむ物語の中のご主人の話、でしょう。今ここにいるご主人とは違うはずだ」
「そうね。確かにあの物語と今の私とでは別人だわ。別人格が動かしてるって言っても過言じゃない。・・・ただ、それだけを頼りに何もしないのは不安過ぎる。16や17で死にたくないもの。・・・うわ、前より短いじゃない。却下だわ。絶対死なない」
ミザリーが死ぬ可能性が高い年齢が、前より10歳も若いという事に今更ながら若干の戦慄を覚える。
十代で他殺されるとか、親不孝甚だしいわね。
・・・楽しいこと、ほとんど知らないうちに死ぬって事じゃない。
人生において楽しい時期、というのはもちろん人によって様々だろう。
私の場合、社会に出て働き始め、実家を出て賃貸ながら我が城を持ち、慎ましくも好きなように生活できていた死ぬ前の数年が最高に楽しかった。
学生時代のような周囲の変な同調圧力もなかったし、友達は気心の知れた本物の友達しか残ってなかったから微妙なラインの“友達”から誘われる行きたくもない飲み会などにも行かなくてよかったし、一人暮らしなので生活は質素なものの誰に気を遣う事もなかった。
自分で工夫して倹約し、貯めたお金で好きな本を買ったり、ちょっとだけいいお茶やお菓子を買ったり。
月に一度、思い切り贅沢する日を作って、そういうちょっといいお茶の封を切り、ちょっといいお菓子をお茶請けにして、好きな音楽をBGMにゆっくりと積読を消化する。
日のあるうちから贅沢に時間を使って入るお風呂には普段使わないバスソルトのいいやつを入れて、フローティングキャンドルなんか灯して浮かせてみたりして。
お金がある人には鼻で笑われそうだけど、私にできる精一杯の贅沢。
そんな些細な事を楽しみに仕事をしていた。
あとは、大事に貯めたお金で一人旅。
基本インドア派な私でも、たまには本の世界ではなく現実世界を冒険したくなる事もある。
十代で死ぬって事は、そういう金銭面で自立した時の自由さ楽しさを知らずに死ぬ、という事だ。
女が普通に働ける世界なのかどうか疑問が残るところではあるけれど、できればこの世界でも、一人でしっかり生きていけるようになりたい、と考えている。
そのためにはまず、死線をくぐり抜けて10代をどうにか生き延びないといけないのだけれど。
「・・・ご主人には、死んでもらっちゃ困りますよ。・・・俺、また帰る家がなくなっちまう」
私が前世を振り返っていた間、がーちゃんも黙して何事か真剣に考えていたようだ。
そして、ポツリとそう呟く。
どうやら不安にさせてしまったらしい。
「大丈夫よ。もしも万が一巡り合わせが悪くてゲームみたいに死んだとしても、あなたはちゃんとうちで最後まで面倒見てもらえるよう、母さんとミアーニャによくお願いしておくから」
背を撫でようとすると、膝の上で鴉がぴょんと跳ね、私へ向き直って下からまっすぐに見上げてくる。
光沢のある真っ黒な瞳は、小さい星が一杯散っている星空のようでやっぱりとても綺麗だった。
「ご主人は俺の事せいぜいペットか何かくらいに考えてらっしゃるんでしょうけど。・・・それについては何の不満もないんですけど――――俺は、ご主人のことをただの食べ物をくれる人、くらいにしか思ってないわけじゃない、ですからね」
「そう?奇遇ね。私もあなたの事はもう割と家族だって思ってたのよ。もう一月足らずで試用期間が終わるし、もしその時にフラれたらしばらく何も手につかないわ」
私の返しが意外だったのか、一瞬ぐっと言葉に詰まる気配を見せたがーちゃんだけど、すぐに冷静さを取り戻す。
「・・・いや、俺がお嬢さんから離れる、ってちょっとでも考えてたなら、今日こんな話はなかったはず、ですよね」
「うん・・・冷静に考えたら、試用期間後に当たり前に本契約を結んでもらえる、と思ってた。そういえばフラれる可能性もあった、って今自分の言葉で自覚したところよ」
「・・・ご主人、意外に迂闊では」
うっかりだけど迂闊じゃない、と自ら言ったことを翻し、がーちゃんの中で私の評価が書き変わるのを感じつつ、苦笑することしかできない。
「とにかく、諸事情あってちょっとフォローの大変な魔女だけど、これからもよろしくね、私の使い魔さん」
手を差し出すと、膝の上で立ち上がったがーちゃんが器用に片足をそれに添えるので優しく握って上下させる。
手と足でする握手って、なんか変な感じね。
「了解しました。ご主人の婚約が決まる前に、海鵜の知り合いを作って、ドラゴンに嫌がらせする方法考えておきますね」
「海鵜・・・は、ラ・メール家用?―――できたらあそことは婚約したくないんだけど・・・いいわね、その婚約破棄前提の対処準備。ますますあなたが気に入ったわ。でも、婚約者を略奪された女の手下役なんて演じなくてもいいんだからね」
ゲームのミザリーには、彼女のために元婚約者とアンジェラに復讐してくれる存在など皆無だった。
だから、自分でやろうと考えたのだ。
・・・確かバッドエンドでもアンジェラは死んでいなかったはずだ。
ミザリーに危害を加えられ、それを見て頭に血が上った男の子が色んな方法で仇討ちするわけだけど、ミザリーが殺されてるその横でアンジェラ自体はしぶとく生きているのだ。
さすが主人公様よね。
そもそも悪女だなんだ言ってもミザリーもしょせん貴族のお嬢ちゃん。
人の一人も殺したことなんてあるわけがないし、華奢な彼女の手に合う凶器というと果物ナイフくらいが精々。
的確に急所を狙ったり滅多刺しにでもすれば別だけど、おなかを一か所刺して殺したと思い込むわけだ。
刃渡りの短い刃物で一か所だけとは言え、そのまましばらく放置されてたら死ぬかもしれないけど、ミザリーを始末した後、男の子がすぐにアンジェラの生存に気付いて即座に手当てされたのち、ある程度回復してからその怪我を負った経緯が原因で自分の国に帰る、っていうエンディングなんだもの。
当然攻略対象と結ばれずに終わるからアンジェラ的にはバッドエンドなんでしょうけど、復讐は完遂されず愛した男に殺されるミザリーは完全に死に損だし、どうせやるならちゃんとやりなさい、って思ったものねぇ。
実際、客観的に見たらアンジェラは刺されても仕方ないような事してるわけだし。
うんうん、さすがバッドエンドは自分で全部見ただけあるわね。しかも複数回。
今までほとんど忘れてたけど、改めて考えてみると意外と思い出せるものね。
何かよそ事を考えながら―――明日のお弁当のおかず何にしよう、とか―――適当にボタン押してたらいつの間にかバッドエンド、みたいな事もあったけど、この調子でバッドエンド以外も思い出すわよ。
なぜってバッドエンド以外でも死ぬからね、ミザリーは!
でもこれから私がゲーム通りの運命を辿ったとして、アンジェラとその相手になる誰かには若干憐憫の情を覚えずにはいられない。
彼女が我が婚約者殿を誘惑し、彼がそれに靡いた時点で、彼らの人生は若干マイルドながら『鳥』不可避なのだから。
できたら生きて見物したいものだわ。マイルド・ヒッチコック。
「うううわご主人!何!?何っ!なんですかっ!!」
膝に上にいたがーちゃんを持ち上げて、羽を傷めないよう気を付けてぎゅっとする。
一瞬びっくりして羽をばたばたさせかけた鴉は、私が慎重に手加減をしているのを悟って動きを止め、妙な姿勢で羽を固めたまま一応は腕の中にいてくれることにしたようだ。
「あなたは逃げていいから。逃げていいから、最後まで私の味方でいて頂戴ね」
半ば祈るように、ささやき声でお願いする。
がーちゃんが何か返事をくれかけた時、今度は人の手によるものと分かる柔らかいノックの音が響き、がーちゃんの開きかけたくちばしを閉じさせる。
その返事が是だったのか否だったのか分からないまま、ノックの音に返事をすると、開いたドアの向こうにいたのはアルマだった。
彼女の姿が見えた瞬間、がーちゃんが腕の中から飛び出して、向かい側のソファへ飛び移ってしまう。
ああ・・・私の羽毛が。
「お嬢様、昼食はいかがいたしましょうか」
部屋に入ると私のそばまで来たアルマは、手際よくお茶の片づけをしながらそう問いかけてきて、何もしないうちに午前中が終わってしまったらしい。
「大丈夫よ、家族と一緒に食べるわ。・・・ええと、迷いそうだから連れて行ってもらえる?」
昨夜は帰ってきてすぐ休んだし、今朝はここまで朝食を運んでもらったので正直公邸の内部構造は全く把握できていない。
私の返事に、テーブルを片付け終えたアルマはにこりと笑みをくれた。
「それがよろしいでしょうね。エルメラが屋敷内をご案内したい、と申してました。お嬢様さえよろしければ、午後は邸内とお庭を散策されてはいかがです?」
「そうね。少なくとも私が知ってなきゃいけない場所は覚えないとね。・・・とりあえずここから玄関までと、応接と、あと食堂かしら」
「ええ。お客様をお招きする予定は、今回の滞在ではありませんけど、これから先お嬢様が本格的に社交界へ出られたらお茶会の一つも催すことになりますから、今からこちらのお屋敷に慣れておくのも大事なことです。それに、学園へ通われるようになれば短期のお休みはこちらの公邸で過ごされることになるでしょうから」
「うぇ!?・・・あ、そうね・・・そうなのね・・・」
アルマの口から突如出た学園という単語に一瞬動揺してしまう。
学園、って王都にあったっけ。・・・どうしよう、知らないわ。
何か説明的文章をゲーム内で読んだような気もしないでもないけど。
正面のソファの背もたれに止まったがーちゃんは、先ほど未来にまつわる諸々の事情を知ったばかりなので私の動揺に驚いた様子はない。
けれど、事情を知らないアルマはお盆を持ち上げかけた手を止め、ちょっと不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「どうかされました?・・・あ、お茶会、が不安ですか?・・・ふふ、ご心配には及びませんよ。それまでに私とシェリーさんとバーラウル先生できちんと作法はお教えしますから」
「ええ・・・そうね、ありがとう。その前に私に必要なのはお招きするお友達だと思うけれど」
いい風に誤解をしてくれたのでそのままにしておくことにして、もう一つの苦い現実のほうはもう笑うしかない。
「あれ・・・昨日の夜会は空振りでしたか」
お盆を持ち上げて立ち上がりながら、アルマがむう、と眉根を寄せる。
これはもしや一人くらい友達を作ってくると思われていたのかしら。
うわぁ・・・申し訳ないわね、期待を下回ることに定評がありすぎるお嬢様で。
「昨日の夜会は・・・散々だったわ。私の周りから公爵家の跡取りたちが離れないものだから、女子から貰ったのは極上の敵意だけよ。あの状況で友達を作れるとしたら、とんでもない傑物かどこかおかしいかのどっちかだわ」
そう言ってから、ずいぶん言い訳めいてしまったかなと思ったけれど、何があったのか大体察してくれたらしいアルマは同情的な笑みをくれた。
「それは災難でしたねぇ。・・・ほとぼりが冷めるまでお友達は難しいかもしれませんけど、いずれできますから!」
「ほとぼり・・・?次以降の夜会かお茶会で公爵家の子弟から距離を置いてればできるものじゃないの、お友達って」
周りに邪魔者がいない状態なら適当に女子の輪に混ぜてもらって、お話してるうちに一人二人お友達になれるものだと思ってたんだけど。
しかし、それに対するアルマの答えは情けも容赦もないものだった。
彼女のこちらを見る目が気の毒な子を見るそれで、悪いのは私ではなさそうだが実際問題友達を作るのは難しいらしい。
「お嬢様・・・昨日の夜会で他の公爵家の方々と親しくされていたのなら、次に寄ってくる他家のお嬢様方の目的なんて決まってますよ?お嬢様を通じて、お兄様を含めた公爵家の方々と親しくなりたい、という下心がないわけないじゃないですか」
「うわぁ・・・将を射んと欲すれば先ず馬を、ってやつね。私は便利な踏み台ってわけじゃないんだけどね」
そういえばあったわねぇ。
他部署の、ちょっとモテる感じの男性と仕事上何度か打ち合わせした時は、同期から後輩からやたらとその彼のいるところで私と仲がいいアピールをして、私をとっかかりにしてあわよくば、なんて感じだったこと。
こちとら業務上必要で会議なりしてただけで特に仲がいいわけでもないのに、向こうも意味不明の割り込み食らって苦笑いしてたわよ。
「至極、迷惑極まりない」
重いため息とともに吐き出した言葉に少々実感がこもりすぎていたらしく、アルマが同情のこもった笑みを向けてくれる。
「領地にお戻りになられたらしばらくは出席必須な夜会もないでしょうし、であればほとぼりなんてすぐ冷めますよ」
しばらく元のように隠遁生活してればみんな忘れてくれる、という事らしい。
慰めてくれるアルマに力のない笑みを返し、私たちは連れ立って部屋を後にして昼食のため食堂へと移動を開始したのだった。
評価、ブックマークありがとうございます!
今週からしばらく週一厳守(できたらいいなぁ!)の曜日不定更新をしてみようかと思います。
とりあえず来週は火曜更新予定です。
またのお越しをお待ちしております。




