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45.

1周年記念投稿です。

これからも末永いお付き合いをお願いいたします。

全て諦めてひっくり返る現実を受け入れた私は、しかし意外にもひっくり返らずに後ろにいた誰かに抱きとめられて二度目の淑女としての大失点を免れ、事なきを得た。

このあり得ないほど絶妙なタイミングは絶対お兄ちゃん!

そう思って確信とともに振り返ると、珍しくその勘は外れ、私の両肩を抑えて倒れるのを防いでくれたのはディートリヒだった。


ありがとう、と声をかけようとして口を開きかけたものの、私ではなく相対した令嬢たちに向けられたディートリヒの表情はこれまで見たこともないほど冷たいもので、一瞬言葉に詰まってしまう。


「あの、ディートリヒ様・・・ありがとうございます」


どうにか驚きを飲み込んでやっとそう言うと、ディートリヒの視線が私へと下がってくる。

その時にはいつもの子犬が戻ってきており、眉根を寄せてひどく心配そうなその表情は私が知っている彼らしいものだった。


「大丈夫?何かあった?」


私が体勢を立て直したのを確認してから、肩に添えた手をそっと外しながら聞いてくれるので、とりあえず笑みを返して安心させておく。


「ええ、皆様と少しお話させていただいておりました。それだけで別になにもございませんよ?」


突き飛ばされたのを見ていたらしい彼がそんな言葉で誤魔化されてくれるか少々気になるところではあるけれど、私の目的はあくまで消火。

ここでいらないことを言うメリットはなにもない。


「・・・そっか。・・・あのね、お水もらって来たから。ちょっと遅くなっちゃってごめんね。美味しそうなものが一杯あって、一緒に食べたいもの選んでたら時間がかかっちゃって。レオもすぐ来るからね」


ディートリヒがそばのテーブルを視線で指すのでつられてそちらを見ると、その上には彼が持ってきてくれたらしい水が入ったグラスが二つと、何か食べ物が乗ったお皿が一つ。

少々慌てて置かれたらしく、それなりの広さがあるテーブルの一か所に固まって置いてある。

そしてその向こうのほうから何かただならぬ形相のお兄ちゃんが足早にこちらに向かってきているのも見える。

・・・うわ。

お兄ちゃんが来る前になんとか解散させとかないと、益々もって私の信用度というやつが下がってしまうわね。


事態の収拾のために慌てて令嬢たちに向きの直ろうとしたけれど、傍らのディートリヒに押しとどめられてしまい、させてもらえなかった。

空気の読めない彼にしては珍しく、場を収めるために私の言い訳を呑み込んでくれたようだ。

そして、彼の中で令嬢たちの存在はもはやないものに等しいらしい。


「あの、ディートリヒ様」


ザ・悪役令嬢ズのセンター、リリアーヌ嬢が少し落ち着きを取り戻せたらしく、先ほど取り乱していた時よりは幾分落ち着いた声でディートリヒへと声をかけてくる。

彼女らが私に絡んできたのだって、結局のところ四大公爵家の子弟のうち実に半数を独占状態だったのが気に入らなかった、というのが主な理由だろう。

事の発端の一人であるディートリヒが目前にいて、あるいは親しくなれるかもしれない今の状況は、何もせずただ辞するには少々惜しかった、という所か。


しかし、なけなしの勇気で話しかけたであろう彼女に対するディートリヒの対応は、素の彼からは考えられないほど冷淡なものだった。


「君のことを正式に紹介された覚えはないんだけど?」


普段はキラキラ光る緑柱石みたいな彼の緑の瞳は今は温度をなくし、いつも楽しそうに弾んでいる声も相手にまるで興味がないように平坦だ。

しかしそんな冷たいあしらいにもめげず、彼の注意を引けたのがただ嬉しかったのかリリアーヌ嬢がぱっと微笑み、その場で淑女の礼。


「あの、わたくしはリビュア伯爵の娘、リリアーヌと申します。あの、ディートリヒ様、よろしければ・・・」


「誰が君に、名前で呼んでいいと許したのかな?」


およそ笑っていることが多い印象のディートリヒが、笑顔の欠片もなく冷たい表情で彼女の自己紹介を切って捨て、ここに来てやっと自分が全く歓迎されていないことを悟ったリリアーヌ嬢が色を失った顔で思わず、という風にこうべを垂れる。

当然彼女の取り巻きたちは助けてはくれず、彼女よりも少し後ろのほうで一団になって事の推移を見守るだけだった。

センターが伯爵令嬢であれば、その取り巻きが子爵以下なのは想像に難くない。

フーリーさん家へのお兄ちゃんの冷淡な態度からなんとなく想像はしていたけれど、貴族といえど下位であれば上位の家へむやみに馴れ馴れしくするのは許されないらしく、ある意味状況を遠巻きにしているリリアーヌ嬢の取り巻きたちは賢明なのだろう。

・・・そもそものところ、こんな公の場で私に正面切って喧嘩売るっていうのが賢い人のすることじゃないけど。

前は一応身分差というものがなかった私には全然ピンとこない部分だけれど、これが身分差。貴族社会、というものなのね。

そして、ディートリヒのことをちょっといいとこのお坊ちゃん、くらいにしか思っていなかったのを修正しておく。

彼も間違いなく生まれながらのお貴族様だったのだ。


「何があった?」


気が付けばとうとう兄がそばへ来てしまっており、少々乱暴に持っていた食器を傍らのテーブルに置くと、即座に私の横へやって来て、いきなりそれはどうなの、と言いたくなるような氷の瞳を令嬢たちに向ける。

あー、これでトラブルなんて何もなかったってフリができなくなった。失点回復失敗しちゃったわね。


「何も?ただちょっと待ってる間にあのお姉さま方がお話を聞かせてくださっただけよ」


ニコッと笑って何もなかったを再主張してみるけれど、兄にせよディートリヒにせよもうある程度社交界を渡ってきているのだから、こういう令嬢たちの諍いの一つや二つ見たことがないわけがない。

ここまで具体的に誰かが絡まれてるところを見ることはなくても、少なくともオブラートで包んだ言葉の暴力くらいは目にしているだろう。

これ以上は面倒ごとになりそうだし、とりあえず私の言い訳で納得するふりしてくれたらいいけど。

・・・今更だけど、できれば穏便にいきたいものよね。


「そうか。一人にして悪かったな。次はないから安心しろ」


ちょっと心配したけれどとりあえずお兄ちゃんも面倒ごとは避ける方針だったらしく、リリアーヌ様とその一党をいないものとしてしまう。

次はない、って・・・どうやら完全にお目付け役に就任されちゃったわ。

ディートリヒも令嬢たちから視線を外し、「ミザリーちゃん何が好きか分からなかったから色々持ってきたんだ。俺のおすすめはねぇ、これかな」などと突然食べ物の話をし始めて私のほうが追い付けない。

すっかり当初予定した通りテーブルを囲んで燃料補給の態勢に入ってしまった。

ちょっと気になって振り返ろうとするも、今度は兄がそれを許してくれず、あっさりと存在ごと消されたリリアーヌ嬢とそのお仲間達が立ち去ったのかまだいるのかすらよく分からなかった。



だいぶ悄然としてたし、今また話しかけてきたら今度こそ問題になりかねないのできっと退散しただろう、と思えるほど時間がたった後で、ディートリヒがやれやれとばかりにため息をついた。


「はぁ・・・。俺、女の子のああいう所ちょっと苦手なんだよね。みんな仲良くできないものなのかなぁ?」


「何を言われた?どこの家だか聞いたか?」


逆隣りから今度はお兄ちゃんが私の顔を覗き込んできて、二口くらいで食べられるサイズに作られたサンドイッチにかぶり付いていた私は思わずむせそうになる。

尋問・・・されるのね。


「大した事じゃないわ。気にしないで」


「リビュア伯爵家だって、あの赤いドレス着てた子。他は知らないや」


ディートリヒが私のと中身が違うサンドイッチを摘まみながらいらない情報を口走り、それにふうん、と答えるお兄ちゃんの声が普段よりだいぶ低い。

・・・怖くてお兄ちゃんを見られない。


「リビュア伯爵領とはやり取りはないな。しばらくは会うこともないだろうが・・・次にどこかの夜会で会った時のために、何を言われたか覚えているだけ教えてくれ」


相変わらず普段よりトーンの低い声で、何か冷たい空気をまき散らしながら兄の視線がこちらに向くのを、目を合わせないようにしつつとりあえず曖昧に笑っておく。

問題になりそうな予感しかしないわ。

私も彼女らの背中を押して、大人の階段を無理やり一段のぼらせたから喧嘩両成敗ってことで罪状が対消滅しないものかしらね・・・


「無理強いしちゃダメだよレオ。嫌なこと言われたのをわざわざ思い出すことないって。美味しいもの食べてさっさと忘れちゃえばいいから」


自分の皿から私のために取って来てくれたという女子が好きそうな可愛らしい焼き菓子を私の前の皿に移してくれながら、ディートリヒが兄の尋問も遮ってくれる。


「・・・ああ。そうだな」


一応兄も同意はしてくれ、追及の手は止まるようだったけれど、何か冷気がさらに冷たいものになった気がしてちらりと隣を盗み見ると、どうやら明確に質問に答えない私に代わって適当に脳内補完したらしいのが見て取れ、たぶん私が実際言われたことよりだいぶ酷いことを言われた設定で落ち着いたらしい。

うわ、大したこと言われてないし、これなら実際言われたことを報告しといたほうが後々あの子たちのためかもしれないわね。


「ホントに大したことじゃないのよ?私の背が小さいとか、お友達が少ないとか。全部事実だし気にしてないわ」


苦笑いを添えて言うと、いくらか冷気が弱まる。

ホントにお兄ちゃん、先祖さかのぼったら何代か前に雪女の親族がいそうよね。


「友達なんてすぐできるよ!今日だけで俺の兄さんとアルベールが友達になったでしょ?俺もいるし、殿下だってもう友達だって思ってくれてるかも知れないよ。なら4人だからそんなにすごく少ないわけじゃないよ!」


ディートリヒが励ましてくれるけど、私の“お友達”ほとんど全部将来的に私の死に関与する可能性の宝庫なんだけど・・・

逆にそっちのほうが凹むわね。

普通の女の子の友達って、どうやって作るのかしらね・・・?

まず初めにすべきことは、周囲の死亡フラグを全部取り除くこと、よね。

でないと女子からもらえる感情が敵意に固定されてしまう。

敵意始まりだと選択肢が『戦いの後に生まれる友情』しかない。

そんな血なまぐさい友情いらない。


「それに、さ。身長だって気にしなくていいよ。だってほら、俺と踊るなら今ぐらいがちょうどいいでしょ?」


身長ということにしておいた“小さい”に対するフォローに、ちょっと驚いてディートリヒをまじまじと見てしまう。

すると彼は自分で言っておいて一気に気恥ずかしくなったのか、ぶわっと頬を染めて手元の皿に視線を落とし、決してこっちを見ようとはしない。

そうよね、ここがアルベールと違うところよね。

あのキラキラ男子だったら、余裕で私の視線を正面から受け止めた挙句、笑顔まで寄越すくらい造作もなくやってのける。


「しばらくは他所の奴とは踊らなくていい。ただ家格が合うからそうしているだけでも、それが理解できないああいう手合いに絡まれるからな。もう少し慣れてからだ」


照れるディートリヒをまじまじ見てさらに照れさせていると(悪いお姉さんなのでね)、お兄ちゃんからにべもない言葉をもらってしまう。

せっかく素敵なダンスのお誘いを受けたというのに、しばらく他所の男性とはダンス禁止らしい。


「そう?お兄ちゃんが言うならそうするけど、ちょっと残念ね」


さっきの誘い方が素敵だったので、次いつになるか知らないけれどディートリヒと夜会で会う機会があれば、その時は一曲踊ってみようかと思ったけれど、お目付け役が言うなら仕方がないと苦笑いする。


「えー・・・ねぇレオ、俺ならよくない?踊った後もちゃんと一緒にいて、ああいう子たちが近寄ってこないように見張ってるからさ」


「それは俺の仕事だし、ミザリーはこれからどんどんこういう場へ出てくることになる。きちんと自衛できるようになってからだ」


監視員付きの夜会か。

いや、警備員って言うほうがいいかしらね?

かわいい弟みたいな子たちが一生懸命警備してくれるのであれば、それを見てるだけで憂鬱な魔界(やかい)も楽しめそうね。


「楽しそうだね、何の話かな?」


「ディート、お前も誰か一人くらいと踊っておけよ?レオンハルトは仕方がないにしても、お前はミザリー嬢のエスコート役じゃないんだから」


片や微笑みとともに自然な感じで私たちの会話の輪への侵入を試みつつ、片や苦い表情で弟に苦言を呈しながら、二人ともそれが当たり前だという顔をしてそれぞれグラスやお皿を持って、アルベールとレインリットが乱入してくる。

うわぁ・・・これまた死亡フラグのおよそ八割が揃ったし、またなんか令嬢たちの視線が集中してきてるわ。

居心地悪ぅ・・・


「いいだろ別に。今日は踊りたい気分じゃないの!」


隣に来た兄をやや鬱陶しそうに見つつもディートリヒが言うと、レインリットがため息で答える。


「ミザリー嬢、初めての夜会はどうかな?」


ディートリヒがくれた焼き菓子を齧ろうとしたタイミングでアルベールが話しかけてきて、仕方なく手にしたお菓子をそのままに彼に笑みを向ける。


「ええ、最初はすごく緊張していましたけれど、兄様とディートリヒ様のおかげでどうにかやれておりますわ」


無難に返事をしたところ、視界の隅でディートリヒが自分の兄に向けてなにやらドヤ顔をしており、レインリットはそんな弟を半眼で見ている。


「そっか、それは何より。うちの妹も来られたらよかったんだけどね」


そう言って残念そうに笑うアルベールに、あるかもしれない彼の妹についての記憶を探る。

・・・わからない。

妹っていうくらいだから勿論女の子だし、アンジェラが追っかけて回ってたのはこの子たちのお尻だから、ゲームには出てきていなかったのかもしれない。


「残念ですわ。女の子のお友達が欲しかったの。どうか十分ご自愛ください、とお伝えくださいね」


無難に返すと、アルベールも無難に「ありがとう」と返事を寄越す。

そうして適当に食べ物を摘まんで小腹を満たしていると、賑やかな人々のざわめきと音楽で満たされていたホールが、一度大きくざわり、と波立つ。

何事か、と振り返ると、人々の群れをまるで海を割るモーセのように割って、大小の人影が王家への挨拶列最後尾に向けて歩いて行っているところだった。

周囲の誰もがその二人に注目しており、私も何となく渦中の人物を観察する。


先を歩いているのは13か14歳くらいのこどもで、お兄ちゃんたちよりは年上に見えたけれど、私の周囲に今現在乱立しているレベルの高い死亡フラグたちと比べて特別目を引く、というわけでもない。

どことなく金属質な光沢のある黒髪に、赤の瞳が印象的だ。

かわいい顔立ちではあるけれど、全体的にアルベールのほうが明度も彩度も輝度も高いし、愛嬌だけならディートリヒのほうがある。

そしてお兄ちゃんのほうが綺麗だ。

後ろを歩く少年の連れのほうは20代の初め頃に見える青年で、少年と対照的な白い髪を背中の半ばまで伸ばし、緩い三つ編みにしている。

彼の髪にも不思議な金属の光沢があり、瞳のほうは空のような青だ。

なんとなくむすっとした少年の表情と対照的に、青年のほうはほのかに唇に微笑みを乗せており、全く正反対の二人に見える。

少年はまっすぐ前だけ見ており、王家への挨拶列すら無視して一番前に割り込みそうな勢いでただ前進して行き、その後ろを長い脚で優雅について行く青年のほうは舞踏会の雰囲気を心から楽しむように、周りに視線をやって、時々目が合った誰かに会釈などしている。

そんな青年がふと私たちのほうを向いて、一瞬目が合った気がした。

すると向こうはなぜかとても親し気な笑みを浮かべ、その何となく既視感のある笑みに心がざわつく。

きっと私ではなく周囲の誰かに向けられた笑みなのだろうけど、どこかで会った気がして仕方がないのだ。

・・・どこか、なんて言っても、どこにも出かけないミザリーにあんな年上の知り合いがいるはずもなく、であれば既視感の元は例のゲームで間違いないでしょうけど。


「ドラゴラント公だ」


兄がそっとそう言って、その言葉の意味を理解した瞬間、私は自分の死に際を見た。

と言っても、前世の最後に見たやつのリバイバル上映ではない。

ミザリーがこれから見て、体験するであろうそれが、先行上映された、と言うのが正しいだろう。


学園、と思しき教室らしき場所。

そこに、ミザリーとアンジェラとそれからあの少年。

アンジェラは床に倒れ伏している。

血まみれの刃物を手にしたミザリー。

動かないアンジェラ。

刃物の先端から赤い雫が滴り、床の赤い水たまりにわずかな波紋を描いて合流する。

それを見て、理性を失う真紅の瞳。


そこからは西日に照らされて床に伸びた影だけの描写になる。

激しい身振り手振りで何か言い募るミザリー。

動かない少年の影。

やがて、ミザリーの手から刃物の影が離れて消える。

少年の影が形を変えて、大きな異形のそれになる。

大きすぎて頭だけがミザリーの影と並び、突然の少年の変化に思わずのけぞるミザリーの影。

そして、怪物の巨大なあぎとが開かれて、陽炎(かげろう)のような揺らめきがミザリーに注ぐ。

自分をかばうためか、あるいは歪んでいても確かに抱いていた愛情を最後まで捨てられず、執着に似たその愛情を抱いた相手に救いを求めるためにか、伸ばされたミザリーの手。

揺らめく陽炎(かげろう)が全てを飲み込んで、残るのは大きな異形の影だけ。


愛した女性を傷つけられた竜は、元婚約者をその息吹で灰も残さず焼いて捨て、ゲームはバッドエンドで終わる。


あの少年が最後の攻略対象らしい、と気づいた瞬間、脳内を駆け抜けた映像の衝撃に思わず体が大きく震える。

両手で自分を抱きしめるようにして、ほんの少年のように見える竜から視線を外す。

あまりにも明確にゲームの画面を思い出せたのは、竜の姿がゲームの中の姿とそう変わらなかったからだろう。


「・・・どうした?」


私の異変にいち早く気付いた兄が気遣うように肩を抱き、心配そうに私の顔を覗き込む。

・・・私は、いずれこの人に殺されるのだ。

心臓を抉り取られ、無残に八つ裂きにされて。


「ミザリーちゃん、気分悪くなっちゃった?大丈夫?」


逆隣りのディートリヒが、緑の瞳を曇らせてひどく心配げな表情をする。

あるいは―――――彼に殺されるのだ。

無慈悲な刃の一閃で、あっさりと斬首されて。


「顔色が酷い。すぐに帰って、暖かくして休んだほうがいいかもしれないね。無理はしちゃいけない」


テーブルを挟んだ反対側から表情を曇らせたアルベールが気遣いの言葉をくれる。

彼は最後まで優しかった。あるいは、優しいふりをしていた。

私を海の中へ引きこんで、暗くて冷たい、深い水の中に沈めて置き去りにするその時まで。


いずれ来る彼らとの未来の中に、一つとして希望などない事を思い出してしまった。

一度経験した事のはずなのに、竜によって喚起された“死”は酷く恐ろしいもので、体の震えが止まらなくなる。

気丈なふりもできなくなった私の横を、さっとレインリットが抜けていく。


やがて彼に呼ばれて駆けつけてきた両親によって会場から連れ出され、私の初めての夜会は幕を閉じた。


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