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41.

「やぁ、ベルナルド、ファーガルも元気そうだね」


私の救国の天使は、本当に天使だった。

私の背後に立っていたのは、すらりと背の高い、とても美しい男性。

月光を弾き、シャンデリアの明かりで暖かく染められたプラチナブロンド。

うっとりするような、澄んだ水を思わせるアクアマリンの瞳。

それを縁取る長いまつ毛も白金色だ。

白磁の肌。

男性とは思えないほど整った形の唇は、今は半月を描いて笑んでいる。

10代後半のような線の細さに、父さんたちと同年代の落ち着きを備えた年齢不詳の男性は、母さんとディートリヒ母を見た後、私にも視線を向けてまた微笑む。


「ディアドラ、ロザリア夫人、相変わらず美しいね。君たち二人を前にしたら、今宵の月は霞んで庭園の花たちも恥ずかしさのあまり散ってしまいそうだ。―――こちらの小さな貴婦人は噂のミザリー嬢かな?まるでプリンセスローズみたいに可憐だ」


天使が私の手を取ろうとし、例の挨拶をする気配を見せたので、私は大急ぎで・・・でも決して急いでいるのを悟られないように、動作のすべてに神経を張り巡らせて私にできる限り優雅に膝を折る。

どこのどなたか知らないけれど、父さんやネルガル公を名前で呼んでいるということは相応の爵位の持ち主、という事だ。

とにかく挨拶は先手必勝一撃必殺って先生もおっしゃっていたからね!・・・まぁなんか、もうちょっと違う表現だった気もするけれど。


「お初にお目にかかります。フェンネル公爵家のミザリーと申します。どうぞ、お見知りおきください」


優雅に礼を取り顔を上げると、相対した男性も貴族式の礼を返してくれる。


「これはこれは。こちらこそ、どうぞよろしく。私は始祖ネフィヤール様より南の地を賜った一族の末、クライヴ・ラ・メール。それから、妻のイセベルと息子のアルベールです」


にこりと笑って自己紹介した後、自分の後ろに控える二人を紹介してくれる。

すぐ後ろで私たちを微笑みとともに見守っていた美女、イセベル夫人は淡い金髪と海のような青い瞳の恐ろしいほどの美女で、存在そのものが輝いて見える。

幻覚・・・きっと幻覚なんでしょうけど、なんかホントにキラキラしてる。

波打つ金の髪はどことなく海の泡を思わせる儚さで、美しく結い上げられて数粒の真珠で飾られているだけなのに王冠でも頂いて見える。

透き通るような肌。

透明度の高い海色の瞳。

よく熟れたりんごのような唇。

体に沿うような、マーメイドラインで思い切り裾が広がったデザインのドレスは、流行とは違うけれど彼女にはこれしかない、と言うほど似合っていた。

そんな彼女の横に一人の少年。

アルベール、ってアレだ。妹の本命のアレだ。

・・・アンジェラを囲む会会員。

私に笑みを向けてくる少年には、確かに画面の向こうで散々見た顔の面影がある。

父親譲りのプラチナブロンド。

母親そっくりな蠱惑的な唇。

父と母とを足して割ったような、アクアマリンの瞳。

えーとなんだ、マジトウトイアルベールウツクシスギルスキホントムリシヌ、だったかしら。

・・・ふっかつのじゅもんじゃないわよ?うちの妹さんがなんかそんな事言ってたのよ。

なにか知らないけど、画面に大きい絵がどーんって出るたびに言ってたわ。

スチールって言うんだっけ?ステンレスだスチールだ、ホントに金属好きよね。


ハイ出た!アンジェラを囲む会の構成員!という内心の声を全く表情には反映させず、礼儀正しい笑みを張り付けて夫人と少年へもう一度貴族式お辞儀。

あら、と笑った夫人から優雅な礼が、傍らの少年からも笑みとともの返礼がくる。

挨拶は先手必勝一撃必殺。そうですよね、先生・・・!


「やぁ、クライヴ。君も元気そうだね。うちの娘は可愛いだろう?」


私の後ろから出てきたのは父さんではなくネルガル公で、両手を私の肩に置いてにこにこと嬉しそうにラ・メール公に話しかける。


「おぐッ!?」


直後に変な声がして、私の肩に乗せられていたネルガル公の手が外れ、なんだか大きな質量のナニカが横の方へ吹っ飛ばされていった気がする。

―――見えないわ。私には、何も、見えない。

鋭い踏み込みでネルガル公に肘を叩き込んだらしい父さんが、何事もなかったかのように私の肩を抱くけれど、エエ、ワタシハナニモワカラナイ。

ねぇ、誰なの?誰が私の初めての夜会の難易度を修羅にしたの?

初心者なのよ?イージーでいいじゃない。なぜ修羅に・・・修羅にしたの・・・


「あいつはちょっと血迷ってるんだ。気にせんでやってくれ、クライヴ」


ネルガル公よりも大分血迷ってる感じの父さんの言葉に、吹っ飛んで行ったネルガル公と思しき質量の方を見ていたラ・メール公の視線が苦笑いとともに戻ってきて、なんとなく状況を察したのか賢明にも直接的なコメントは差し控えられたようだ。


「ずいぶんと久しぶりな気がするよ。二人とも相変わらず忙しいようだね。・・・あいにくと体調を崩してしまって今日は連れて来ていないけれど、下の娘がちょうどミザリー嬢と同じ年なんだ。良ければそのうち娘とも会ってやって欲しいな」


優しげな父親の顔で笑むラ・メール公に、そばに控えたラ・メール夫人も同じ温かな笑みを浮かべる。

傾城級美男美女カップルほんと眼福だわ。

息子が例の組織の構成員でさえなければ、喜んでお付き合いさせていただくのに。


「・・・そうだな。この所しばらく客人はないんだが、それでも急な来客があるかもしれないから、なかなか領地を空けるのは難しいなぁ」


「うちもそうだよ。ちゃんとこっちの都合も確認してから来てくれればいいんだけど、どうにも勝手なお客でねぇ」


横からネルガル公が戻ってきて、頭に手をやりながら苦笑いして父さんの言葉に続ける。

・・・頭、とれたのかしらね。この人も確かデュラハン・・・


「そうか。礼儀のなっていない来客には困惑させられるね。うちも庭を荒らす、とまではいかないけれど、この所厄介な通行人が増えていて少々困っているんだ。ベルナルド、相談に乗って欲しいことがあるんだが―――」


おじ様二人と父さんが何やら話し込み始め、ラ・メール夫人とネルガル夫人が母さんの方へ近寄ってこちらはこちらで社交と言う名の情報交換を開始する気配だ。


「ミザリー、王族のご一家がいらっしゃるまでしばらくの間、お兄様のおっしゃる事をきちんと聞いて、できるだけ傍に居させてもらいなさい。お兄様もお友達がいらっしゃるから、お邪魔になるようならこっちへ戻ってきたらいいからね」


ラ・メール夫人とネルガル夫人と何やらアイコンタクトした母さんが私の手を引き寄せ、少し屈んで小さな声でしばらくこども同士で暇を潰すよう言って、その後ですぐ横のお兄ちゃんに向き直ってよろしくお願いしますね、と声をかけている。

どうやら、オブラートに包んでもこどもにはあまり聞かせたくない話のようだ。

さっきの父さんたちも、多分隣国の国境侵犯について話していたのだと思われる。

しかし正式な夜会はこれが初陣な私はこの後の段取りも分からないし、どのタイミングで何をするのか、してはいけないのかも知識としてしか知らない。

夜会の作法マニュアルは一通り教わって頭に入れてきたけれど、それだけでは現場のイレギュラーなトラブルにまで完璧に対処できるはずもない。

そこでお兄ちゃんという最強のサポーターを付けてくれた、というわけだろう。

空気は読めるから心配しないでほしいわ。

もしもお兄ちゃんが“お友達”の女の子たちに囲まれて、まんざらでもなさそうなら邪魔者は消える。

例のスズメバチの集団に囲まれたら、すかさず嫌な小姑を演じる。

・・・アナフィラキシーショックで死ぬかもしれないけれど、例の組織の構成員に嫁ごうとして色々死ぬ気で頑張って結局死ぬよりは、よほど有意義な死に様だわ。




「ミザリー嬢、今回が初めての夜会だって聞いたけど、困ったことや分からないことがあったら何でも聞いてね」


それぞれの母親に同じように言い含められたのか、いつの間にか横に来て私の手を取ったレインリット公子がにっこり笑う。

―――どっちだ。

あれ嫁にするから、ちょっと優しくして懐柔して来いって言われたのか。

それとも、初めての夜会で緊張している令嬢を優しく気遣う、これが彼の素なのか。


「な!?兄さん!!ミザリーちゃんがびっくりしてるだろ!離してやりなよ!」


慌てて私と自分の兄の間に入るようにやって来たディートリヒが、いつの間にかちゃん付けで私を呼びながら兄に抗議をする。

ホントに一体どっちなのよ。ネルガル公爵夫人の策略・・・としても、ディートリヒだともっと顔に出るはず。

彼ら兄弟の母親が今この瞬間どんな顔をしているのかものすごく確認したかったけれど、精神力を総動員して振り返るのをこらえる。


「ディート、お前の方こそ、許可も得ずに親しげに呼びすぎだぞ。まだ2回しか会ってないんだろう?・・・ミザリー嬢、俺の事はレインって呼んでください。レオンハルトとはもう友達だけど、妹姫にはなかなか会わせてもらえなくって、会えるのを楽しみにしてたんだ」


「兄からレインリット様のお話を聞いて、私もお会いできるのを楽しみにしておりました」


ディートリヒ兄ににっこり笑い返して、先生仕込みの定型句で返す。

愛称呼びはお断りした形になったので、レインリットがちょっとだけ残念そうに笑うも、すぐに切り替えたようだった。

弟の方は不満げにそんな兄を見ている。


「今まで絶対に外に出てこなかったフェンネル家のお姫様の事は、僕もずいぶん前から気になっていたよ。今日は噂の深窓の姫君に会えたし、来てよかった。噂よりももっと綺麗で、星が落ちてきたのかと思ったけどね。―――僕の事はレオンハルトから何か聞いてるかな?」


妹のアレ、アルベールが前から歩み寄ってきて、歯がふわっふわするようなことを顔色一つ変えずに言いつつ、レインリットにとられていない左手を取って私の手の甲にその完璧な造作の唇をつける。

思わずぎえッ!と公爵令嬢らしからぬ悲鳴が漏れそうになるも、唇を噛んで耐える。


―――思い出した。

私この人が一番苦手だったのよねぇ。

大体いつでも歯が浮いてるし、スチールの大半が距離近くて、例の呪文を唱える妹の横でいきなりこの距離に来られたらとりあえず自衛のためにぶん殴るわよね、なんて考えていたものだ。

それが。

そのそれが、今目の前位に居て、やっぱり距離が近い。

彼の存在が。

存在そのものが無理だわ。

毎度出てくるたびに美辞麗句を並べ立てたお世辞をくれる人なんだけど、そもそもあなたの方が美人である。って言いたい。言ってやりたい。

ちなみに、アンジェラもかわいい子ではあるけれど彼の前では霞む。その様はまるで、大輪の薔薇とぺんぺん草。

絵を描くスタッフに彼の事を特別気に入っている人がいたのか、文字通り彼と並ぶスチール上のアンジェラは明度も彩度も落ちていた。いいのかしら、それで。

でもこれと並べられたら明度も彩度も落ちるわよね。解像度が落ちないのがせめてもの救い。

そう、落ちたのは星でなくて明度と彩度よ。今すぐ離れて私の明度と彩度を返しなさい。


私は自然に見えるように彼の手から自分の手を引っこ抜き、考えるように頬に沿える。

手袋していてよかったわ。直接的な接触にならずに済んだ。


「アルベール様のお話は・・・残念ながら兄から聞いたことはございませんわ。けれど、私も本日お目にかかれて大変光栄です。このような場に不慣れな不作法者ですが、兄ともどもどうぞ仲良くしてくださいね」


相手は例の会の所属だし必要以上に仲良くとか絶対嫌だけど、そしていつか必要に駆られてひっぱたくかもしれないけど、とりあえず挨拶は大事なので、心の一部を殺しながら微笑む。

ついでにレインリットからも右手を取り戻して正面二人とディートリヒに向かって、改めてお辞儀をしておく。

そうよ、お辞儀のために右手も必要だったのよ、という体裁だ。

上手く笑えているかは未知数だし、多分目は死んでるでしょうけど、アルマ、お嬢様はポンコツなりに精いっぱい修羅モードの夜会攻略を頑張ってるわよ・・・!



しばらくお兄ちゃんの背中に隠れて、やたらとこちらを構おうとしてくる死亡フラグたちをやり過ごしながら周囲を観察していると、やがて前方の舞台で動きがあった。

ひときわ声の通る侍従が袖から歩み出てきて、国王陛下の御成り、と声を張り上げる。

すると人々のざわめきが低くなり、みんな一斉に簡易の王座へ向き直ると、丁寧にこうべを垂れて王を迎える。

突然の御成りに大名行列に行き会った平民よろしく一瞬平伏しかけたけれど、土下座の前に思いとどまって周囲に合わせてスカートを摘み深く敬礼。

合図で姿勢を戻すと、王と王妃、それから今日の主役にしてアンジェラを囲む会の一員である、王子様が姿を現していた。


王様と思しき、黒の礼服姿の男性が会場に集った貴族たちに型どおり出席への感謝と、今日の舞踏会の主賓―――王子の紹介を行う。

王様は少し生気に乏しい薄い色の金の髪と、青白い肌、氷のような綺麗で冷たい青の目をした父さんたちと同じくらいのお歳の方で、色合いだけ見ているとなんだかちょっと冷たい感じがするのだけれど、私たちへ向けた挨拶の内容と声色はとても温かだった。

なんだか、家族へでも語りかけているような口調で、薄く笑ったその表情はやっぱり少々酷薄に見えたけれど、口調や物腰から判断するに中身の方は至って温厚そうだった。

幽鬼じみた不健康な美貌は、まさしく様々な映画で描かれてきた吸血鬼をそのまま体現している。

傍に侍る王妃様も青白い肌に淡い月光のような金髪、うっかり秋に新芽を伸ばしてしまった弱々しい花の茎に似た薄い翠の瞳。

美女なんだけど、燦々と注ぐ太陽の下は絶対に似合わないタイプだ。

逆に今日みたいな月光の下だと、背筋がぞくぞくするほど綺麗に見える。

まるで、美しい死体のような。

彼女が微笑むさまは清廉なのに妖艶で、どことなくこの世のものではないように見える。


そして肝心の王子様

確か、ゲームのパッケージではキラキラ王子様オーラ全開で、これが、吸血鬼。ブラム・ストーカーが見たら失笑ものよねぇ・・・って思ったほど“乙女ゲームにありがちなペラッとした美男子”そのものだった。

ええそうよ。怪物王子が初めてじゃないのよ、私も。

実家にいた時に、居間でよくゲームしてたのよね、あの子。

そしてゲームの音に読書を邪魔された私が自分の部屋に戻ろうとすると引き留めてきて、逐一感想を求められたっけ。

ことごとく興味がなかったから、ホントに覚えてもないんだけど。


で、今目にした王子様は、どちらかと言うとお父様お母様路線に乗ってしまっている。

雪のように白い肌。

生気のない青い目。

月光のような儚げな金の髪。

唇も色をなくしており、ここからどうやってあのパッケージの健康優良王子が完成するのか、私にはちょっと分からない。


王子様はゲームの通りお兄ちゃんと同い年、11歳になられるそうだ。

まぁ正直な話、王族となると家格の同じ貴族家の坊っちゃんほど接点もないし、父さんが急いで3日かかる距離も相まって気軽に行き来もできないでしょうから回避は楽勝よね。


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