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31.

その場に集った人々の視線を一身に集めた鴉はそれを気にするでもなく、ふわりと羽ばたいて狙い澄ましたかのように私に向かって下降してきたかと思うと、鴉から私を守るように近寄ってきていたノアールとヴァイスを難なく(かわ)す。

そしてそのまま私の方へ―――より正確に言うと私を捕まえて放してくれないフーリー君へ躊躇いもなく飛び掛かかる。


「こいつっ!」


鉤爪が付いた両足でフーリー君の顔に掴みかかった鴉を、とっさに私から離した手を振り回して叩き落とそうとしながら、フーリー君がたまらず後退する。

鴉は少年の腕を意外にも機敏に避け、私との距離が十分に開くまで執拗に攻撃を加えた。

ばさ、ばさ、と鴉が翼を振るたびに風が巻き起こり、最初はあっけにとられていた周りの人々もやっと事態を理解したらしくざわめきが大きくなる。

それを割ってミアーニャが飛んできて、そのすぐ後ろをフーリー子爵が烈火の表情で追ってくる。

さらにその後ろにはちょっとあっけにとられた表情のうちの両親が続く。


・・・あの子ってばヘイト集めるのが趣味なのは分かったけど、まさか動物からも嫌われてるなんてねぇ。

遊び半分に巣でも壊したのかしらね?

だとしたら恨まれたって仕方ないし、鴉は人の顔を見分ける程度のことは楽にやってのけるらしいので、人違いの線も薄いだろう。

正当性のある復讐なら邪魔しちゃかわいそうよね。

討つのよ鴉!目の前の憎き吉良上野介を!

・・・面倒なお坊ちゃんの対応を見知らぬ鴉に押し付けられてラッキー、とかは思っていないわ。ええ、断じて。


鴉からはフーリー君以外に対する害意も悪意も感じなかったので事態を静観しつつのんきなことを考えていると、フーリー君を追い払った鴉がひらりと身を翻し、私の足元へと舞い降りてくる。

その時にはすでにミアーニャとフーリー子爵、それから私の両親もこちらに揃っていて、私の両脇ではお兄ちゃんと猫兄弟がそれぞれ警戒の視線を鴉へと向けている。


鴉は少し離れた場所からこちらを窺うフーリー君に向かってガー、と威嚇するように鳴き、それから改めて私に向きなおると確かな意志が感じられる真っ黒な瞳で私を見上げてきた。


「お嬢さん、あの狐野郎は絶対にやめておいたほうがいい」


突然私に向かって人語をしゃべり始めた鴉に、一瞬面食らう。

声の出所を探してきょろきょろしなかっただけ、我ながら上等だわ。

さすが怪物ランド、ここでは動物も口をきくようだ。


両脇に控えた猫兄弟が一瞬視線を交わし、私に対する害意は感じられないためか、お兄ちゃんの警戒もわずかに緩む。


「ええと、初めまして、でいいかしら?多分私たち初対面よね。―――あなたはあの子に何かされたの?」


距離を取ったままのフーリー君をちらりと見やると、彼は酷く忌々しげに鴉を見ており、私の視線には気づかなかったようだ。


「ああ、えとその、初めまして。失礼を承知でここにいることをまずはお詫びすべきですね。でもどうしてもあの野郎がお嬢さんに取り入るのだけは許せなくて」


鴉がぎこちなく片方の翼を体の前に広げ、片足を引いて軽く屈んで紳士の挨拶をする。

慣れないことをしています、というのが隠し切れないため動きはぎこちないものの、広げた羽根に優雅な所作で鴉がお辞儀するというのは見ていてなかなか面白い。


「じゃあご挨拶も済んだところで、彼を私のファミリアにしない方がいい理由とやらを教えてもらえるかしら?」


「ええ勿論。俺はその、このあたりに住まわせてもらってるんですが、何度かあいつを見かけたんですよ。公爵様の庭をうろついているのを」


そう、と返事をしようとしたら、それよりも早くフーリー子爵の怒声が響く。


「何を馬鹿な!くだらん言いがかりだ!!」


顔を真っ赤にした子爵がミアーニャを押しのけて前に出てきて、私と鴉を見下ろすように立ちはだかる。

隣のお兄ちゃんは冷静だったけれど、逆隣にいる猫兄弟からピリピリとした緊張感が漂ってきたので、万一にも爵位持ちに手を出しちゃまずいから彼らを遮るように半歩鴉の方へ近づいておく。

これで、何かしようにも私が邪魔になってすぐには動けないはずだ。


「俺は確かに見たんだ。あんたの息子は公爵様の庭をうろついてるよ。それに、それだけじゃない。公爵家に取り入るためにそこの次期公爵様の――!?」


鴉の言葉が終わらないうちに、背後からそっと近づいて来ていたフーリー君が鴉に飛び掛かり、鴉は少年の腕から逃れようと人語を忘れてガーガーと鳴きながら大暴れを始める。

フーリー君の頭からは狐色の獣耳が飛び出し、ふさふさの大きな尻尾をぶんぶん振り回して暴れる鴉をけん制する。おお、確かに“狐野郎”ね。

目の前で始まった荒事に、とっさにヴァイスが私の腕を引いて自分の背に庇い、さらにはノアールも私の前に出てしまったので鴉と“狐野郎”の大乱闘を砂被り席で見ることは叶わなかった。

いや、別に見たくないけど。


鴉の必死の抵抗虚しく、体格差と腕の器用さで劣る鳥類に勝利の女神は微笑まなかった。

勝負を制したフーリー君は酷く歪な笑みを浮かべ、鴉の足を掴んで逆さに吊り上げると、まるで舞台俳優のように周りの観客たちを見渡す。

その場の全員の耳目が自分に集まっていることを確認してから、一層酷薄な笑みを浮かべて私と視線を合わせ、彼は手にした獲物をさらにいたぶる。


「ミザリー嬢、まさかこんな素性不明の怪しい鴉の言う事なんて信じないでしょう?・・・大方、今日ここに招待されなかったことを僻んだんでしょうね。―――おや?この鴉、おかしいなぁ」


わざと最後の部分を大きな声で言って、みんなの注意を改めて引いてから、フーリー君が獲物を吊り下げているのと反対の手を鴉へと伸ばす。

何をされるか正確に理解した鴉がまた羽根をめちゃくちゃにバタつかせて魔手から逃れようとするが、しっかりと握られた少年の手が離れることはなかった。

もしもフーリー君が伸ばした手を鴉の細い首にでもかけようものなら何が何でも制止しようと、ヴァイスとノアールの間に頭を突っ込んで状況把握に努めると、どうやらフーリー君が狙っているのは鴉の二本の足の間のようだった。

指が近づくにつれて鴉の狂乱が激しくなり、ガーガーという鳴き声が悲鳴に近いものになる。


「ちょ、っと!やめてあげて!」


黒檀のような羽を散らしつつ必死に抵抗する鳥類が哀れになって声をかけた時には、フーリー君の手が鴉の意外とボリュームのあるらしい腹部の羽毛に沈んでいた。

羽毛の間に何かを見つけたらしい彼の指が、ゆっくりと引き戻される。

彼の指につままれていたのは、本来なら絶対にありえないもう一本の足。


しん、と場から音が消える。

誰もが鴉の三本目の足を注視しているのが分かる沈黙の中で、唯一騒がしく音を立てていた鴉が、不意にぐったりと動かなくなる。


異形、と誰かが言ったのが聞こえて、静かだった場にその言葉がさざ波のように広がっていく。

恐れとは違う。

嫌悪に近いけれど、できれば視界に入れたくない、存在をないものにしたい、と言うような感情が濃いか。

(いと)わしいもの』とでも言うのだろうか。

そういう空気が矢のように鴉に注がれて、フーリー君が薄く笑う。


「異形のお前の言う事なんて、誰が信用する?どうせ仲間に入れてもらえない腹いせだったんだろ?おぞましい異形の分際で、自分の嫉妬心で僕の信用を落としてくれて、一体どうするつもりだ?」


フーリー君に罵倒されても、鴉は答えない。

人語を解する鴉に、この状況は辛すぎるだろう。

私は猫兄弟の間から苦労して抜け出すと、足早に彼ら二人に近寄った。


「ねぇ、その子をこちらへ渡してもらえないかしら」


両手を差し出すと、フーリー君はくしゃりと顔をゆがめて鴉を私の手の届かない高さへと吊り上げ、さもおぞましいものであるように首をふる。


「駄目だよミザリー嬢。あなたがこんなものに触る必要はないんだ。こういう奴らとのやりとりは、僕に任せてくれればいいから」


周りの人たちもどちらかと言うとフーリー君の意見に賛成のようで、誰も哀れな鳥を解放してやろうと動くつもりはないようだ。


「聞こえなかったかしら?ならもう一度言うわ。その子をこっちに渡しなさい」


『お願い』をやめて命令口調に切り替えると、それでもフーリー君は首を横に振って鴉を吊り下げたまま、まるで汚物を私から遠ざけてやっているとでも言うように半歩下がる。

聞き分けのない困った令嬢を相手にするようなその笑みに、鼻っ柱をへし折ってやりたくなったけれど、こどもに手を出したら事案なので我慢よ私、我慢するのよ。


絶対に、あの鴉は何かを知っている。

しかも次期公爵と言っていたから、お兄ちゃんも関係することだ。

デマだかガセだかホントだか知らないけれど、とにかく話は聞いておきたい。

問題は、どうやって自分の弱みを握っている鴉をフーリー君に手放させるか、だ。

・・・あれ、かしら。

いよいよあれをやる時が来たのかしら。

・・・ちょっと、早い気がするわ。まだ『学園』に入学してすらいないのに。

人生って波乱の連続よね。

ため息をひとつ。

―――さあ、やるわよ。


「そう、分かったわ。じゃあもうあなたは要らない。帰ってくださって結構よ?」


肩にかかった髪をばさりと後ろへ跳ね除けて、顎をつんとあげる。

今の私にできる限りの冷たい目をして、表情を消す。

胸を反らして下からフーリー君を見くだし、くるり、と反転する。

スカートがふわりと広がって、髪もそれに合わせて流れ、あくまで優雅に見えるように。


「な!?み、ミザリー嬢!こんな異形、あなたが構ってやる必要はないって言っただけですよ!!」


突然豹変した私の態度に背後でフーリー君が恐ろしく慌てる気配がして、両親とお兄ちゃんの元へ戻ろうと歩き始めた私の前に大急ぎで回り込んでくる。


「それはあなたが決める事かしら?私がどうしたいかは、私が決める事だわ。・・・ねぇ、何度も言わせないでくださるかしら?あなたはもう要らないの。今すぐ私の目の前から消えて」


回り込んできたフーリー君を、腰に手を当てて迎撃する。

胸は反らして、顔をわずかに傾け、退屈でたまらないという視線で相手の心を殺す。

・・・ええ、鏡の前でちょっとだけ練習したわ。

モード・悪役令嬢ってやつよ。

練習の時は鏡に映った少女があまりに様になりすぎており、あまりの“そういう星の下に生まれた感”にちょっと凹んだけれど、実際公衆の面前でやるとこう、なんかこう、こみ上げてくるものがあるわね。

主に羞恥心とか。

・・・私にはまだ早かったようね。もうちょっと練習と、あと折れない心が必要だわ。


「き、君がこんなものに触る必要はないんだ!怪我なんてさせてないし、外に放してやればすぐに消えるさ。さぁ、窓から外へ放して・・・」


この期に及んでまだ鴉を手放そうとしないフーリー少年は、とにかく私の目の前から自分の弱みを消すことに注力することに決めたらしく、目顔で開け放たれたテラスを指す。

しかし、私がとっておきの冷たい目で一瞥すると、言葉を詰まらせて足を止める。

・・・知ってるわ、すごい怖いわよね、この目。

まるで相手の全人格を否定するみたいな冷たい目なのよ。ゴミでも見るような。

悪役令嬢練習中に鏡で見て使用は必要最低限にしよう、って思ったものね、我ながら。

ミザリーちゃんてば普通に可愛い子なのに、にっこり笑うより冷笑のほうがはるかに似合うし、悪役としてのスペックにステータス全振りしたとしか思えないわ。

キャラクターメイクからのやり直しを要求したい所よね。


少年に冷たい一瞥を投げつけ、ついと視線を外してそれきり彼の存在を消す。

固唾を飲んで私たちのやり取りを見る観客の輪に戻ろうと歩き始めると、ちょうど横にいたフーリー子爵が素早く息子に近寄って何事かささやいた。


おっと、これはそろそろ観念して鴉を手放すかしら?


「分かった!分かったよ!!さぁ!こんな無礼な、おぞましい異形にまで情けをかけてやるなんて、君は本当に慈悲深い人だね!」


父親に何か言い含められ、鴉を諦めたらしいフーリー君がまた私の前に回り込んできて、その手に提げた鴉を差し出してくる。

語気が荒いので、私の事を慈悲深いなんてこれっぽっちも思っていないのが丸出しだ。

まだまだ青いわね、フーリー君。

とりあえずこれで鴉奪取の目的達成だけど、恥ずかしいついでにモード・悪役令嬢のまま狐野郎にはご退場願おうかしらね。

有体に言うとなんかもう面倒臭いし。


とりあえず彼の気が変わらないうちに、絞めた鶏みたいにぶら下げられている鴉を受け取る。

天地が逆になっていたので脳に血が上っちゃってないか心配だったけれど、そっと天地を元に戻して胸に抱くと、小さな声でお嬢さん、ありがとう、と鴉がつぶやく。

怪我をしていないか簡単に確認すると、特段どこかを痛めている様子はない。

あれだけ暴れたり振り回されたりしていたのに、翼も足も痛めたり折れたりせず無事のようだ。

目立つ怪我はなし。まぁせいぜい心が折れてるくらいね。

―――あらやだ、それって重症じゃないかしら。



「せっかくのお誕生日なのに、ずいぶんとケチがついてしまいましたなぁ。・・・そうだミザリー嬢。お詫びと言うわけではないですが、私からドレスを贈らせてもらいましょう」


息子がしくじったと見て、フーリー子爵が人の好さげな笑みを顔に張り付け、私の傍へ寄ってくる。

どうにか失点を挽回したいようだけど、目が笑っていないので望みが薄いことは彼も分かっているのだろう。

それでも公爵家との縁を諦めきれない、という所だろうか。


「あら、お誕生日の贈り物は辞退する、と招待状でお知らせしたはずだわ。おいでいただくだけで十分なお祝いですもの」


必要以上に経済的負担を強いずに済むように、招待状には贈り物辞退を明言してあったはずだ。

大半が平民だから、ここまで来てもらうだけでもそれなりの負担を強いてしまっている。

そこに贈り物なんて用意させてたら気の毒で仕方ないわ。

逆に父さんと母さんから来ていただいたお礼、ということで今日はお持ち帰りいただけるちょっとした手土産を用意しているくらいなのだ。


「いやいや、さすがにそのお言葉には甘えきれませんよ。その異形、失礼、その鴉の僻みが原因だとしても、本来ならパートナーを選ぶ大切なパーティを台無しにされてしまったのだからね。ちょうど折よく王太子殿下の誕生日を祝う祝宴がもうすぐ王都で開かれることだし、ぜひその夜会に着ていくドレスを贈らせてください。いや、ドレスだけとは言いませんよ、装飾品に靴も一式すべて揃えましょう。なぁに、我が家は子爵ですが、領地は豊かで税収も潤沢だ。我が領民たちもお嬢様を飾れるとなれば、誇らしいことでしょうな。」


子爵と視線を合わせると、“女の子なんだからドレス一式を贈ると言えば絶対喜んで食いつくはず”という揺るがない確信が見えた。

残念ね、あなたの目の前に居るのはおしゃれワードに一切反応しない枯れた女子なのよ。


「ミザリー嬢は赤がよくお似合いだ。上等な赤い生地で最新流行の型のドレスを作って、そうだなぁ、宝飾品は妻の使っている宝石商に用意させましょう。金の髪飾りに、ミザリー嬢の目の色と同じ宝石を用意して・・・おお!そうだ!殿下の祝賀会へいらっしゃるときは息子をエスコートにつけますよ」


フーリー子爵はひとり楽しそうにしゃべり続ける。

彼のすぐ目の前の私の表情を確かめもせず。

彼を見つめる私の目には、興味や興奮など一切ないはずだ。

彼の言葉が紡がれるたび、私の心は冷めていくだけなのだから。


腕の中で鴉が弱々しくかー、と鳴いて、私は知らず腕に込めていた力を慌てて抜く。

いけないわ。うっかり動物虐待するところだった。


「私にドレスをくださるの?それだけでなく、宝飾品までつけて?」


問い返すと、釣り針に魚がかかったと勘違いしたフーリー子爵は笑みを大きくする。

多分鯛でも釣りあげたつもりでしょうけど、あなたの竿にかかってるのは得体のしれない海洋ゴミよ。

ちょっと前まで立派な鯛(公爵令嬢)だったけれど、今じゃすっかりクトゥルフ的な何かなのよ。

ラヴクラフトも青ざめる悪夢の尻尾を、それと知らず掴んだ己の不運を嘆く事ね。


「ええ、ええそうですよ!公爵令嬢にふさわしい、絢爛豪華なものにしましょう。王都の仕立て屋を呼びつけて、あなたのために仕立てるのです。誰もがあなたを見るでしょうなぁ。我が領であなたを飾れるのは本当に名誉なことだ」


「そう。ねぇ子爵、それは領地からの税収で豪華なドレスを買ってくださる、って事なのよね?」


「ええ勿論。子爵領が、と思われるでしょうが、心配ご無用。王都一の仕立て屋に上等な絹、最新流行の型、公爵令嬢たるあなたにふさわしい品をお贈りしましょう」


鴉がかなり遠慮がちに、かー、と弱く鳴く。

おっと、また腕の力がアレだったようね。


「ねぇ子爵。そのドレスを(あがな)うためのお金は、領民たちの税金から捻出されるのよね?・・・ねぇ子爵、税金、ってなんだかわかってる?」


私の問いに、子爵はそれまでの愉快そうな表情を消して一転、怪訝そうに眉をひそめる。

どうやら、この会話の終着点が読めないようだ。


「税金、と言うと税金ですな。民たちが収める、我ら貴族のための金でしょう」


「その税金は、よその家の娘のために軽々しく使っていいものかしら?」


「それは勿論!我ら貴族が領地を治める事に対する礼として、民たちが収めるものなのですから、領主の意向で使うことに何の問題が?」


「・・・ふざけんじゃないわ。ねぇ、あなたは知らないでしょうけど、納めたくて税金払ってる人なんていないわよ。でも、給料天引かれるのよ!分かる!?一生懸命働いて、少しばかりの収入を得たと思ったら、そこから問答無用で引かれるのが税金なの!!!

どうして働いて稼いだお金を全部自分のために使えないの!?どうして国が―――領主が決めた額を勝手に徴収なんてできると思ってるの!?それはみんなのために使うからでしょ!!?個人じゃできないことを、行政単位でやるための資金としてでしょ!!!

そんな大切なみんなのためのお金を!くっだらない夢見てよその娘に高いもの買い与えるのに使うなんて許されると思ってる!?」


鴉を腕に抱いたまま一歩フーリー子爵へ近づくと、彼は気圧されたように二歩下がる。

すぐそばの息子も同様に、何か得体のしれないものを見る目で私を見てくるが無視。

ええ、そうですとも。

前世で伊達に各種税金天引き生活してたわけじゃないわ。

籠ってるでしょうねぇ、実感が。

納税者舐めんじゃねぇわ。


「ドレスに宝飾品まで一式揃えるお金があれば、学校でも建てやがれってのよ!!それとも病院!図書館!!農業用水路の整備か、河川の治水、道路の整備でもいいわ。ちゃんと民に還元するのが領主の仕事でしょうがッ!分かったら狐野郎は今すぐ帰って税金の使い道一から見直せ!!」


久しぶりに怒鳴ったので、ふうふうと肩で息をする。

最後に怒鳴ったのっていつだっけ?

“私”になってからこっち、それまでのお嬢様ワンマン運転時代よりは穏やかに生きて来たので、本気で怒ったのは初めてかもしれない。

しかしヤッチマッタわね。

フーリー子爵があまりに公金横領に対して抵抗がなさ過ぎて思わずブチ切れたけど、場の空気が冷えっ冷えだわ。

・・・まぁ公爵令嬢が突然怒鳴り散らした結果としては正当すぎるかも、だけれど。


言うこと言ってスッキリしたら冷静になるもので、みんなにドン引きされたかなぁ、まぁ仕方ないなぁ、こういう暴発事前に止めてくれる優秀なファミリアどっかに落ちてないかしら(現実逃避)、と思って、ちょっと気まずいけれどちらり、と周りを見ると、みんな私を見ていて大層落ち着かない気分になった。


凍りついた空気の中、最初に動いたのは猫兄弟で、頷きあった彼らは私の後ろへと集まってくる。

まるで、自分たちが私の後ろ盾である、とでも言うかのように。

そこからは早かった。

ウォルター君にクラース君、アシュリーちゃんが次々集まってきて、意外にもアシュレイ君の姿もアシュリーちゃんの傍に見える。

他のファミリア候補たちも保護者を含めてすべてが私の後ろへと集い、それはまるで立ち位置で自らの意見を表明するかのようだった。

フーリー子爵家対我がフェンネル家は、圧倒的多数の支持を得てフェンネル家の優勢だ。

もし私が旗でも持ってたら、これはあれね、ドラクロワ作、『民衆を導く自由の女神』的な構図だわ。

残念ながら今は鴉しか持ってないし、既に十分虐待された鴉を旗みたいに掲げるのは可哀そうだし。あと、私にははみ出す乳房が圧倒的に足りてない。


集った人々すべての視線を真正面から受け、さすがの厚顔無恥なフーリー親子も形勢の悪さに顔色を変える。


「―――フーリー殿、娘が失礼をした」


“民衆”の中から父さんが歩みだしてきて、私の横に立つとそっと私の肩を抱く。

大きくて温かいその手に、ふと、頼っていい存在を思い出したかのように体の力が抜ける。

こんなところでブチ切れてごめんなさいね、父さん。

これはうちの評判的なものに盛大に泥を塗ったかもしれないし、あとでアルメイダ氏に絞られるかもしれないわ。なんて日だ、ってとこかしら。


父さんに突然声をかけられて、フーリー子爵がびく、とわずかに体を震わせる。


「しかしまぁ、この子の言う事も一理あるんじゃないかと俺は思うよ。―――せっかくのお申し出だが、贈り物は辞退させてもらおう。この子の言うとおり、よその娘にドレスを作る金があれば、それで領地のために何かするのが俺たちの仕事だ。・・・どうやら当家とそちらとは考え方があまりに違う。―――残念ながら、ご縁がなかったようだ。お引き取り願おう」


父さんの声は淡々として、そこには怒りも何も感じられなかった。

けれども交渉の余地がないのは明白だった。

私と父さんと、それから後ろに並んだ招待客たちの視線に射すくめられ、フーリー子爵が顔を憤怒の赤に染める。

けれどもさすがにその怒りをまき散らさない程度には理性の制御がきいているらしく、傍らの息子の腕を乱暴にとるとモノも言わずに足音荒く歩み去る。

使用人の誰かが気を利かせて扉の開閉をやってくれたらしく、場違いなほど穏やかな音を立てて扉が閉まるとまるでそれが一つの区切りだったかのように、場の空気が和らいだ。


やれやれ、ね。


はい。今回決まる予定だったのに、決まりませんでした。

税金の話をしていたら長くなったので一旦区切ります。

税金不正使用ダメ、絶対。

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