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30.

まずは手近な人たちの輪に混ぜてもらおうと、張り付けなおした笑顔で周辺を見渡していると、メインダイニングの扉が薄く開いて小柄な人影が滑り込んでくるのが目に留まる。

一瞬遅れてきたお客様かと思ったけれど、周囲に気づかれないように静かに入ってきたのは兄だった。

何かあったのかと心配になったけれど、すぐに私に気づいてこちらへ歩いてくる兄の様子はいつもと変わらず、緊急案件で父さん母さんを呼びに来た、というわけではなさそうだ。


「―――大丈夫か?」


私の傍へ来た兄が、そっと声をかけてくれる。

あれ、もしかしなくても私がちゃんとやれてるか心配で来てくれた、ってことなのかしら。

別に私と違って兄は強制自室待機ではなくて、好きな時に好きなように出入りできるんだけれど、多分自分がいることで来客の注意が散漫になったりするのを回避するためにあえて会の最初からは出席しない、という選択をしたのだろう。

うちのお兄ちゃんはとっても気が付く子だからね。

・・・って私が自慢げに言う事ではないわね。


「ええ、今のところ大丈夫よ。なんとかやれているわ」


薄く笑ってみせると、兄から頷きが返ってくる。

まぁここからが大変な部分なんだけど。


「これから個別に接待か。どこから回る?」

「ええと、そうね・・・あそこの二人はどうかしら?もう内輪でお話を始めてるみたいだし、いきなり一人でいる人に話しかけるよりはやりやすそうだから・・・」


私が目線で最初のターゲット・・・もといお客様の一団を指すと、さっとそちらに視線をやった兄が顎を引いて私の意見を肯定してくれる。

私たちの視線の先には二人の男の子たちとその保護者たちがいる。

男の子たちは二人とも体つきががっしりして上背があり、私より2つか3つ年上なだけなのにずいぶんと体格に差がある。

身長はそう変わらないはずなのに体格的に華奢なお兄ちゃんやネルガル公子とはちょっと違った感じがして新鮮だわ。

彼ら二人はおうち同士も仲がいいのか、すぐ後ろで一緒に来ている大人たちも談笑している。


「あれは?どこの家だ?」

「確か・・・熊と虎だわ」

「ベーレン家とティーゲル家か。よし、行くぞ」


まさかお兄ちゃんも招待客リスト丸暗記してるのかしら。

びっくりして思わず兄の顔を凝視すると、兄はなんでもないというような普段通りの表情で、視線だけで私を促す。

心配してわざわざ来てくれたのが嬉しいし、私の事なのにあの長い招待客リストを暗記してくれているのかもしれないのも嬉しいし、その上面倒な社交に付き合ってくれるなんて、なんていいお兄ちゃんなのかしら。

感謝の気持ちと愛情を示すため、今この時こそありがとうお兄ちゃん大好き!って言いながら思いっきり抱き着きたいところだけれど、今はまずいわね。さすがに。

今やらかしたらフェンネル家の令嬢はブラコン、という噂が野火のように広がることになるわ。

・・・異性の兄弟との距離感がまだ掴めないんだけど、これは私が悪いのかしら。


今この時に全く関係のない案件について考えこみかけたところで、兄の手が私の腰に回され、そっと最初の標的の方へ向けてエスコートされる。


「大丈夫だ。難しく考えなくても、笑って一言二言交わせばいいだけだ。フォローするから」


どうやら兄との距離感について悩みかけていたのを挨拶回りに躊躇していると取られたようだけど、これは例の大失敗したネルガル公子お出迎え事案以来の社交であるので、ある意味正しい考察と言えるだろう。

・・・うちの兄が頼りになりすぎる。こんなの絶対アンジェラなんか瞬殺よね。

いや、アンジェラでなくても秒で殺すと思うわ。

好きな子以外にあんまり優しくしちゃダメよ、って言っとくべきかしらね。


まだ見ぬ義姉について想いを馳せつつも、兄のエスコートで最初のターゲット二人に向けて歩き始めた私は、しかしすぐに進路を妨害されて立ち止まることになる。

・・・今日はホント、気合を入れなおして何かしようとするたびに邪魔が入る日ね。


「ミザリー嬢、ちょっとお話しませんか。・・・貴族同士のほうが彼らみたいな民草よりもきっと色々分かり合えて、有意義な話ができると思うよ」


あーーー!もう!さっそく出たわねフーリーさんちのナントカ君!

私たちの進路をわざと遮るように前に立ったのは、例の子爵家のお坊ちゃん。

赤茶の髪に金茶の瞳の油断ならない笑みを浮かべた少年だった。

確かに笑っているのに、それはまるで獲物の油断を誘うような笑み。

メンドクサイの極致がいきなり来たわね。

隣の兄の眉根が、それと分かるように不機嫌に寄る。

多分初対面であろう兄にも一瞬でフーリー君の性根が読めたようだ。

さっと振り返って後方を確認すると、親父の方はうちの両親相手にまだ長広舌をふるっている。


「ミザリー嬢?」


いきなり後方を振り返って自分を無視する形になった私に、息子さんが改めて自分の方へ注意を向けさせようと声をかけてくる。


「あら、失礼いたしました。確かお父様と一緒にいらっしゃったわね、と思って」


にこ、と目だけ死んだ状態で笑みを返すと、私の濁りきった目に気づかなかったらしい少年は改めて自分が獲物の注意を引けたことに満足したように笑った。

相手が日本人なら一瞬で自分が歓迎されていないことを察する程度には酷い表情だったって自覚があるけど、異世界(ここ)に読める空気がないのか、単純にフーリーさんちが全体的に図太いのか、まったくもって引き下がってくれる気配はない。


「ええ。でも父がぜひあなたとお話ししてくるように、と。ほら、ミザリー様もあの平民連中よりは僕の方が同じ貴族として話しやすいでしょう?・・・そちらは兄君かな?僕はフェリクス・フーリー、どうぞお見知りおきを」


抜け目のない笑みを浮かべた子爵令息が兄にも自分を印象付けるように、ちょっと気取って大げさなほど貴族らしい礼を取ると、フーリー君のあいさつを受けた兄は面白くもなさそうにああ、と短く返事をして終了。

通常であればきっちり慇懃に対応するお兄ちゃんのこの態度も、急に進路妨害したうえベラベラと一方的にしゃべりかけてくる下位貴族相手には妥当、と言ったところだろうか。


しかしまぁ、男にもいるのね、こういう社会的地位を笠に着たマウンティング野郎。

別にフーリー君が偉いわけでなく、フーリー君のご先祖様が子爵位を賜っただけなのに、まるで自分が選ばれし者みたいな物言いだわ。

うちのほうが客観的に見て身分が高いらしいから、5倍くらいにしてマウンティング返ししてやれそうだけど、それをするとこれまでコツコツ積んだ徳が消滅しそうなのよね。

もう少し違う方法で追っ払うしかないか。


「あら、あなたはどうか存じ上げないけれど、私は今日ここへ来ていただいた方のどなたも平等だと思っているわ。私のお友達候補としてね」


「おや、これはずいぶん寛大なんですねぇミザリー嬢は」


半歩横にずれて彼を躱すと、歩き始めた私たちに慌てて彼もついてくる。

これは完全に張り付いて離れない気ね。


「私のためにこんな辺境までおいでくださった方々よ。どなたも大切なお客様だわ」


私の心からの言葉に、勝手に隣を歩く少年はふふんと鼻で笑っただけで答えない。

私も彼の存在はそれきり消すことにして、改めてご挨拶のために死んだ目を補正。

最初のターゲットと決めた熊と虎・・・ベーレン家とティーゲル家の男の子たちの方へ兄が正確に導いてくれており、そろそろ彼らが射程距離に入る。

そっと近づくと、男の子たち二人は仲がいいらしく楽しげに会話していた。

確かクラース・ベーレン君とウォルター・ティーゲル君だっけね。


「まさかフェンネルのお嬢さんに呼んでもらえるとはな」

「おう、しかも結構かわいい」


濃い金色の髪に、生え際だけ黒いいわゆるプリン頭の少年が口火を切って、茶色のごわっとした髪の少年が応じる。

プリンが虎のウォルター君、茶色が熊のクラース君ね。


「かわいい、って言うか綺麗系だな。でもどうせ主人にするなら美人がいいだろ」

「一生を捧げるんだからそりゃ美人がいいな。そのあたり文句はないけど・・・ちょっと胸が残念な感じ」

「はは、確かに。もうちょいボリュームが欲しいとこだよな」


漏れ聞こえてくる会話は割とませている。

中学一年生・・・くらいの年齢なら、こんなものなのかしら。

と言うか今日の私はアルマとシェリーの頑張りで断崖絶壁にしては盛れてる方だと思うんだけど、彼ら透視能力でもあるの?・・・いや、私は外の世界を知らない井の中の蛙。

もしかしてこれだけ盛れていてすら、この世界の9歳女児基準でまだ発育不良判定なのかしら。


不意に横にいる兄の方から冷気のようなものを感じてちらりと兄を盗み見ると、何かとんでもなく冷たい目をして前方の二人を見ていたので音速で視線を戻す。

上手い例えか分からないけど、気持ち悪い虫が卵でも産んでいるのを見つけて、うわ、こいつら今すぐ絶滅しないかなぁ、とか思ってるみたいな目だったわ。

見ちゃいけないものだったかもしれない。

反対側のフーリー君の方からは胸のあたりに視線を感じるので、こっちもそれなりにませているようだ。

男子って、と思わないでもなかったけれど、ともあれお仕事はしなくてはなので、一瞬引きつった笑顔をどうにか修正して、私は作り直した笑顔で二人の会話に割り込んでいく。


「あら、楽しそうね、何のお話かしら?」


声をかけると男の子たち二人がぎょっとしたようにこちらを向く。

どうやら二人して周りへの警戒を怠っていたようだ。

リラックスして楽しんでくれている、と取るわね。ええ、好意的に。


「えぇ!?み、ミザリー嬢!?・・・いやその、な、なぁ?」


熊のクラース君が突然現れた私に慌てふためき、しどろもどろ相棒のウォルター君の方を見る。

そりゃまぁ私の残念な胸部について語っていました、なんて言えるわけもないものね。


「ミザリー嬢は美人だな、って言ってたんですよこいつと」


ウォルター君がにっと笑って答えて、動揺しまくりのクラース君もそれに乗っかってぶんぶんと頭を振って肯定する。

ウォルター君のほうが世渡りは上手そうだけど、嘘のつけないクラース君も好感は持てるわね。


「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。―――私の将来性については、現時点では母様を参考になさって、としか言えないけれど」


にっこり笑って言葉を返すと、さすがのウォルター君の笑顔も引きつる。

対してクラース君の方は私の言葉の裏が読めなかったようで、のんきに母さんのいる方へ視線をやっている。

隣のフーリー君も、こっちはちゃんと意味を理解したうえで母さん(の、主に胸部)を見ているようだ。

お兄ちゃんの方からまだ冷気が来るので、彼ら3人が種として絶滅する前に私はここを離れたほうがよさそうね。


女子の胸部に対して忌憚のない意見を言ったことについて十分気まずい思いをさせてやったし、そろそろ退散しますか、と思ったところで、急にフーリー君が何か悪態をついたのが聞こえて、ほぼ同時に何か柔らかくて暖かいものが私の右腕に巻き付いてくる。

なななに!?と思って慌てて右側を見ると、フーリー君を押しのけて私の腕をとっていたのは梟の女の子、アシュリーちゃんだった。

びっくりした。心臓に悪いわ、この子。

完全に無音だったけど、梟だからってそんなとこ忠実に再現しなくていいわよ。


「男子って最低」


大きい主語で人類のおよそ半分を否定し、アシュリーちゃんが不思議な色の瞳一杯に軽蔑を湛えて熊と虎を睨む。

相変わらず表情は乏しいけれど、ちゃんと“私はお前を軽蔑している”、と分かりやすい雰囲気を醸している。

どうやらフェンネル家の赤壁(おあつらえ向きに今日の衣装は赤だ)についての会話を、彼女も漏れ聞いていたようだ。


突然現れた梟女子の援護射撃で、熊と虎男子が明らかにひるむ。

言われた私本人が全然気にしていないので、あんまりいじめちゃかわいそうだけど、胸元が奥ゆかしい世の女性たちのためにはちょっとくらい気まずい思いもさせておいたほうがいいかしら、とも思ってしまう。

・・・まぁ、胸筋しかない彼らにはどんなに頑張っても一生涯分からない事なんだし、ほどほどで許してあげましょうか。


不意にきゅ、っとスカートが引かれるような感覚を覚え、お兄ちゃん越しに振り返るとそこには上目使いに私を見上げているシャハトゥール家の秘蔵っ子、ミケーラの姿があった。

その後ろにはどことなく冷たい表情をした兄二人も控えている。


「あ、ああの、ミザリー様はお綺麗ですっ!その、か、完璧ですからっ」


真っ赤になりつつも、ミケーラが一生懸命に私を慰めようとしてくれる。

どうやら猫一族も私を捕捉して近づいて来ていたところだったらしく、ファミリア候補の男の子二人の軽率な会話はしっかり聞かれていたようだ。

頑張って声をかけてくれたミケーラに、ありがとう、お世辞でも嬉しいわ、と返そうとして、一瞬言葉に詰まる。

私を見上げてくる彼女の目には一片の嘘もない。―――つまり、割と心から私を綺麗だと思ってくれているようだ。

どうしよう、既に愛が重い初期症状のようなものが出ている気がする。


「ありがとうね、ミケーラちゃん。・・・そうだわ、皆様に兄を紹介させてください」


どんどん援軍が集まり、形勢が悪くなっていく状況に冷や汗をかき始めた私の大切なお客様約2名のために、私はあえて話題を変えて梟女子とミケーラをくっつけたまま隣に立つ兄を紹介する。

お兄ちゃんは断罪の手が緩むことに一瞬だけほんのわずかに顔をしかめてから、すぐに不機嫌を消して私の思惑通りにその場のみんなに挨拶をし、空気を変えてくれた。


「ミザリーの兄のレオンハルトだ。妹の使い魔は家族も同然。よろしく頼む」


目礼をする兄に、私の使い魔候補たちも次々に挨拶を返し、とりあえず場の空気はリセットされた。

やれやれね。


「それで、ミザリー嬢は使い魔にはどんなことを望むんだ?・・・ですか?強いやつがいいなら、断然俺かウォルターだな!・・・ですね!」


熊のクラース君が今のうちにと別の話題を振ってくる。

しかし転換した話題がこの場の他のファミリア候補たちの地雷を確実に踏み抜いてきたようで、一気に私を囲む輪の空気が変わる。

それはもう、肌で感じてわかるほどに。


「おいおい熊野郎、自分たちだけが一等強いなんて思ってるなら慢心もいいとこだぜ」


それまでは私の後ろで大人しくしていたノアールが一番に売り言葉を買って、お兄ちゃんとミケーラの間から前に出てくる。

私の位置からではノアールの横顔しか見えないが、熊や虎を前にしても不敵な笑み。

・・・大丈夫なのかしら。ミアーニャは不安に思ってたみたいだけど、猫で勝てるのかしら。


「お前、確かシャハトゥールだったよな?なら猫じゃないか」

「ああ、猫って言うと(トラ)の下位互換か」


クラース君とウォルター君に口々に煽られて、もしもノアールがフシャー!!とやりはじめたらこれ止めるの私なのかしら、と思っていると、三兄弟の長兄がすかさず出てくる。

私の手は煩わせないってことね。こっちのお兄ちゃんも良くできてるわね。


「ノアール、ミザリー様の前で無用な騒ぎを起こしちゃいけないよ」

「でも兄貴!こいつら無礼にもほどがあるだろ。ミザリーを貧乳だなんだ言いやがって」


あ、蒸し返した。

しかも直球で蒸し返したから、もしも私が一向に成長の気配が見えない垂直の壁を気にしてたとしたら結構なダメージだわよこれは。


「ありがとう、ノアール。庇ってくれて嬉しいわ。―――私が最初のお友達に望むのは、そうね、腕っぷしよりも周りが見えていて私をちゃんとフォローしてくれる事かしら」


変な緊張感が高まっていた場をなんとかするためにファミリア候補について望むことを口にすると、またがらりと空気が変わる。


「フォロー・・・任せて!」


ぎゅっと右腕に絡められたアシュリーちゃんの腕の力が強くなり、彼女を見ると目をキラキラさせて力強く頷きを寄越してくる。

ああ、お祈りが決定してるのに・・・これはなかなか辛い仕事ね。

かと思えばまたスカートが引かれ、相変わらずよく熟れたトマトのようなほっぺのミケーラが一生懸命言い募る。


「が、がんばりますっ!ミザリー様のためなら、いっぱいいっぱいがんばりますっ!」


あ、やっぱり初期症状出てるわね、コレ。

治療薬とかないのかしら。


「お前がそう言うなら・・・補佐に徹してやるけど、別に俺は熊や虎にも負けねぇからな。そういう意味でも遠慮なく頼れよな」


「微力ながらお役に立てるよう努めます。弟妹ともども、ロザリア様と叔母のような関係になれるように」


こちらに向き直ったノアールとヴァイスも口々に言って、直後にノアールは照れてそっぽを向き、ヴァイスを見ると満点の王子様スマイルが返ってくる。

さすがに長兄だけあって、売り込みにソツがないわね。

母さんとミアーニャを見てると、なんかこういう友達っていいわね、って思わされるし、それを引き合いに出されると具体的に想像してしまう。

私の場合なんだか猫が3匹もいるので、母さんとミアーニャよりだいぶ賑やかになりそうだけど。


「おっ!俺だってほら、そういうのあんま得意じゃないけど、でもやれば多分できると思う・・・いますし!フォローとかやった事ねぇけど、でも今からだって・・・!」


完璧なる猫の包囲網を打ち破り、クラース君が相変わらず不器用ながら意思表示すると、負けじと隣のウォルター君も前に出てくる。


「いやぁ、俺は割とそういうの得意ですから。フォローならお任せあれ、ってね。猫より頼りになりますよ?なんせほら、虎だし俺」


即座にノアールが剣呑な目でウォルター君を見るも、にやっとこちらに人懐っこい笑顔を向けた彼は黒猫の殺気立った視線などどこ吹く風の様相だ。

私が多分前世と今生通して人生最大のモテ期の最中にいると、ふふん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてフーリー君も参戦してくる。

この子に関しては下心の割合が高すぎてモテても嬉しくないわね。


「貴族の生活がどんなものかも知らない君たちがいったいどうやってミザリー嬢をうまくフォローするんだろうねぇ?逆にミザリー嬢の仕事が増えるだけじゃないか?・・・その点僕は生まれながらに貴族だから、どんな場に出てもきちんとエスコートできる自信はあるけどね」


他の候補たちを見下すように言い切って、フーリー君がふん、とまた鼻を鳴らす。

この時ばかりはお互いなんとなくけん制し合っていた私のファミリア候補たちの視線が棘を含んで一斉に彼に向く。

この子、他人のヘイト集めるのが趣味なのかしら。

・・・ちょっとコレクション見せてほしい気もするわ。

でも隣に置いとくと絶対私までとばっちりでヘイト集める事になるから、放っておいても憎悪収束装置な悪役令嬢とはある意味相性最高よね。

悪役にはならない予定の私からしたら邪魔でしかないけど。



みんなフォローをしてくれるそうだけど、私が本当に望むそれについて具体的に説明するわけにはいかないので、努力してするというより自然にできる、というのが一番望ましい。

ここの知識は今吸収中だけど、私の判断基準は前世ベースなので世間一般の感覚から5センチくらい浮いている恐れがある。

・・・5センチだったら誤差の範囲ね。もっと浮いてるかもしれないわ。

そして、どうせ誰かを傍に置かなければならないのなら、そんな浮世離れた私がやらかした時、もしくはやらかす前に止めてくれるような存在が欲しいのよ。

こういうよく分からない場に引っ張り出されたときにそっと隣に居て、次に行くべき指針を押し付けがましくなく示してくれるような、なにかトラブった時軌道修正してくれるような・・・あれ、私いつからお兄ちゃんの話してたっけ?


そっと兄のほうを伺うと、なんだか娘の友達が揃いも揃ってろくでもないのに気付いた父親みたいな顔をしている。

・・・どれだけ条件が理想に近くてもお兄ちゃんはさすがに、使い魔にはできないものねぇ。


理想の使い魔・・・私のやらかしを未然に防ぎ、世間との乖離を埋めて“変わった子”認定されないようにしてくれるさりげないフォロー力について考えていると、唐突にぐいと腕を引かれる。

アシュリーちゃんが小さく悲鳴を上げたのが聞こえ、来た時と同じくらい突然離れていく。

いや、引きはがされて、と言った方が正しいか。

突然両手を掴まれて引かれ、半歩ほどたたらを踏んだ拍子にミケーラの手もスカートから離れてしまったようだ。

どうやら無理に私の手を引っ張ったせいで、右腕に引っ付いていたアシュリーちゃんが手を離さざるを得なくなったようで、さらには前に引っ張ることでミケーラの切り離しにも成功した形だ。

何事、と思って私の手を引っ張った張本人、正面に立つフーリー君を見ると、彼はまた獲物を追い詰める狡猾な狩人の笑みを浮かべている。


「さぁ、ミザリー嬢。選択肢なんてないでしょう。あなたにふさわしいファミリアは目の前の僕だけだ」


彼に集まる各種ヘイト―――お兄ちゃんからの冬の朝の水みたいな二度と触りたくないほど冷たい視線含む―――をものともせずに、彼は私をダンスのパートナーにでもするかのように引き寄せる。

腰に手でも回そうものなら至近距離から顎を狙ってやろうと思っていると、不意に緊張感に満ちた私たちの上に黒い影が落ちた。


ばさり、と羽音が響く。

驚いて見上げると、影より黒い鳥が一羽、優雅に天井付近を舞っていた。


突然の闖入者にそれまである程度のざわめきで満たされていた広間は一瞬ざわりと大きくざわめき、私の周りの使い魔候補たちを含めて誰もが突然入ってきた鴉を見上げ、その動きを追う。

そういえば換気のためかバルコニーに続く窓を開けてあったので、そこから入ってきたのだろう。


評価・ブックマークありがとうございます。次回、いよいよ君に決めます。

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