表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/52

29.

三人の秘蔵っ子たちが退場すると、まだフーリー子爵に捉まっている様子の両親に代わり、立ち位置を私の半歩後ろに変えたミアーニャが不穏な空気を一瞬で収納してピカピカの笑顔を作り、後続を促す。


「さぁ皆様ぁ、どうぞご遠慮なくぅ!」


私も頑張って笑顔を張り付けて、怖くないよ、と無言の主張をすると、おずおずとした動きで人々が列を作り始め、やっと本格的に顔合わせが始まった。

事前にもらった招待客リストを頭の中で広げ、名前に紐付して覚えておいたいくつかの情報を交えて挨拶を交わすと、最初は緊張していた招待客たちも食事を促す頃には少し胸襟を開いてくれたような表情に変わる。

今はまだせいぜいが”あの辺にお住まいですよね、あのあたりは某かが名物と伺っています、時期が来るとさぞ見事なんでしょうね、いつか見てみたいわ”程度のちょっとした情報で、あくまでお客様の気持ちをほぐすためだけの会話で、政治的要素も絡まないから気が楽だけど、これが公爵令嬢として夜会や何かに出席することになれば覚える情報量も気を遣う要素も半端なく増えるでしょうね。

今から未来が憂鬱だわ。・・・まぁ、ここにいる人たちのような方々が額に汗して働いた労働の成果によって生かされているのが貴族である以上、私は私の仕事を拒否することはできないのだけれど。



魔女の使いというのはどうも伝統的に獣人の仕事らしく、もらったリストを埋めていたのはいずれも様々な種類の獣人だった。

もう少し違う怪物が来るかな、と思っていたのでリストをもらった時は少々拍子抜けしたし、今まさにそれらの人々と直接言葉を交わしたわけだけれど、獣人というのはパッと見ただけでは人間にしか見えない。

お兄ちゃんや父さんと何も変わらない、一見するとただのヒトだ。

書類上では犬とか猫とかイタチとか蛇とか、なんか色々な獣人の方たちだということになっていたけれど、どなたもコレ冗談で書いただけじゃない・・・?と疑いたくなるほど普通だった。


・・・あ、ミアーニャ推薦のネズミちゃん、5歳だったかな、まだうまく獣化をコントロールできないらしくて、あの子だけはネズミの耳としっぽがついてたわね。ええ、例のハロウィン仮装の人状態よ。

一人だけ獣耳が出ちゃってるのが恥ずかしいらしくて、真っ赤な顔して両手で一生懸命シルバーグレイの髪からぴょこっと出た耳を押さえてた姿が何とも愛らしくて、言いそうになったわね、禁断のセリフ――君に決めた――を。

しっぽも一生懸命ワンピースのスカートの中に隠そうとしてる姿がもういじらしくて、脳内母さんがまずは挨拶だけよ!って何度も繰り返してなかったら危ないところだったわ。


ミアーニャは皮肉にも自分自身で秘蔵っ子たちの最大の敵を招き入れたことになるわね。




お客様が途切れたわずかな間にそっと押し殺してため息をつき、次のお客様を迎えるべく笑顔を張り付けなおす。

次に順番を待っていたのは双子のように背格好と顔立ちが似た男女で、その保護者らしき男性が後ろに一人ついている。

しょっぱなの猫一族を除けば大体は私と同じ年頃の子が一人と、保護者が一人二人というところなので、二人のこどもに興味を引かれる。

―――あ、でも押し売りは怖いわね。


二人は私と同じか一つ二つ年上くらいの男女で、男の子のほうはびっくりするほど真っ白な髪に金地に黒真珠のような虹彩の瞳、女の子のほうは白をベースに薄茶で斑点が入った不思議な色の髪に同じく金地に黒真珠の瞳で、髪の色以外はとてもよく似ている。

体格もほとんど同じで、神様が気まぐれに同じパーツを二つに分けて男女を形作ったような姿だ。

彼らの後ろに立つ保護者と思しき男性―――年の頃なら私の精神年齢よりもちょっと上、父さんと同じくらいの30代前半だろうか。

その彼の髪も真っ白で、不思議な目の色もそっくりだ。

前に立つ二人と間違いない血縁を感じさせる。

彼は私が彼らを観察しているのに気付くと、ふと笑って挨拶のできる距離まで近づいて来て口を開く。


「グラウクス家より、ミザリー様にお祝いを申し上げます。私はノックス・グラウクス。どうぞお見知りおきを。それから、これは甥のアシュレイ、こっちが姪のアシュリー。二人とも、ミザリー様にお会いできるのを心より楽しみにしておりました」


グラウクスと名乗った男性が不思議な色の目を細めて柔らかく笑み、前に立つ二人のこどもの肩に手をやる。


「グラウクス家、と言うと確か、王都の・・・」


招待客リストの一番最後に、母さんのものと思しき字で後から追加したみたいに書かれていた名前が、確かグラウクスだったような気がする。

丸暗記したリストの名前に紐付された情報を引っ張り出してきて、無難な挨拶をしようとした私の言葉を、ふと目が合った女の子のほう、アシュリーが突然遮る。


「この子がいい!私、この子がいいわ!!」


ぎょっとして改めてアシュリーを見ると、雪のような真っ白なほっぺに無表情なままなのに、なんとなく楽しそうで少し興奮した様子の彼女と目が合う。


「ねぇ、この子がいいわ!可愛いもの。ねぇ、アッシュもそう思うでしょ?」


少女は隣に立つ自らによく似た少年に同意を求めるように話しかけるも、少年のほうは変わらず無表情で、こちらは幾分冷静なのか感情が漏れていない。


「アーシェ、それは僕らが決めることじゃない。この子が決めることだよ」


少年に諭すように言われ、少女がわずかに不服そうな表情になる。


「でもこの子がいいんだもの。あっちの家はまた男の子でしょ?アッシュだってかわいい女の子のほうがいいに決まってるんだから!」


「だから、誰をファミリアにするか決めるのは僕らじゃない。この子だよ」


女の子が言い募っても、男の子のほうは柳に風の風情だ。

一向に同意してくれない少年に、女の子がほんのわずか眉間にしわを寄せ、頬をほんのり膨らませる。

よ、よし。ほっといたら無限ループしそうだから無難に挨拶して退場して頂きましょうか。

後もまだあることだし。


「ええと、グラウクス家は王都にご在住ですよね。遠いところ私のために」

「グラウクスぅ~!?ローヴィルの御用達がぁ、どのツラ下げてここに居るんですかぁ!?」


意を決したのにまたぶった切られる私のあいさつ。

今度割り込んできたのは後ろに居て、それまでは母さんの方へ意識をやっていたらしいミアーニャだ。

彼女は言葉で割り込むだけに飽き足らず、私の横に並ぶと手を突き出して私を庇うようにする。

ローヴィルってアレよね。宰相閣下の家よね。

魔術師もファミリア持つのね。


「ああ、これはこれはシャハトゥールの。うちは別にローヴィル家の御用達というわけではないですよ。確かに、重用してはいただいているがね」


こっちの保護者が出たということで、向こうも保護者が出てくる。

ミアーニャがすでにフーーー!(訳:それ以上近づくと血を見ることになる)と警告音を鳴らす臨戦状態の猫だとすると、向こうはまだ幾分余裕がある感じだ。


「まさか知らないとは言わせませんよぅ!今の宰相閣下がぁ、ロザリア様にしたことぉ。その宰相閣下に仕えるファミリアの身内をぉ、わざわざお嬢様のファミリアにするなんてリスクしかありませんよねぇ?ローヴィルにぃ、頼まれたんじゃないんですかぁ?」


フシャー!という副音声が付くような、おっとりしゃべる彼女にしては厳しい口調でそう言って、ミアーニャはさらに私を庇うように半歩前に出る。

相手の保護者のノックスも、連れてきたこどもたちを庇うように二人の間から半歩前に出てくる。

うーん、お兄ちゃんのお誕生日会とは違った意味で血の雨が降りそうね。

あとなんか宰相の家と母さんに因縁らしきものがある、という余計な情報が聞こえた気がするけど、なにも聞かなかった事にするわ。


「さっきも言いましたけど、うちはべつにローヴィル家の専属っていうわけじゃないんですよ、ミザリー嬢。我々梟の一族は猫のように小狡く立ち回れるわけではないのでね。・・・それに、当代の宰相様がロザリア殿にしたことはよく承知していますが、ロザリア殿もただやられっぱなしだったわけではないでしょう」


目の前に立つ臨戦態勢のミアーニャをあえて無視し、ノックスは私に話しかけてくる。

もちろん、それが余計にミアーニャをイラつかせるとわかってやっているのだろう。

ついでに母さんがやらかした系の情報が含まれていた気がするけれど、私には何も聞こえなかったわ。


「ローヴィル家にはご挨拶にいらっしゃったのかしら?」


とりあえず大体スルーしてしまいたい今までの会話の中で、一つだけはっきりさせておきたいポイントを聞いておくことにする。

もし向こうでも就活してて、万一内内ではすでに採用決定になってるのにこっちからも採用を出す、みたいな事態になったらメンドクサイものね。

現宰相と母さんに色々あるみたいだから私の方は『どんな小さなトラブルも回避できるなら事前回避』を大前提に採用見送りをする方針だけれど、念のために、ね。

ミアーニャの頭越しに会話をする私に気をよくしたのか、ノックスがにこりと笑う。


「近々紹介を、とは考えています。けれどデウクスマキナ家とご縁ができるのであれば、そちらを優先したいものですね。・・・そう思ってロザリア殿に声掛けをさせていただいたところ、本日ご招待に預かったという次第です」


でう・・・?また知らない単語ね。

文脈から判断するに母さんの旧姓かしら。

ほう、であれば目の前の彼は公爵家との縁よりも母さんの実家との縁を望んでるってことになるわね。

それに、今回の件を取り仕切っていたはずのミアーニャが彼らの来訪を把握していなかった謎、招待客リストの一番最後に母さんの字で彼らの家の情報が書き加えられていた謎も解けた。

きっと名前を出すだけでミアーニャに全力拒否されるので、彼女の頭越しに母さんとノックスとでやり取りした結果だろう。

それにしても当日までにきちんとミアーニャにも説明しておくべきだと思うんだけどね。

おかげさまでこの事態、私が収めないといけなくなったじゃないの。

・・・母さん、今夜のお休みのキスは徹底抗戦させていただくわ。


「そう、分かりました。私のために遠路おいでいただいて嬉しいわ。王都からだと本当に遠いものね。ささやかでお恥ずかしいけれど、アシュリーさんとアシュレイさんと一緒に楽しんで行ってくださいね」


定型句でご退場願うと、ノックスは一度苦笑して優雅に一礼し、こどもたちの後ろへと下がる。

アシュリーとアシュレイの姿が再び見えるようになると、去り際アシュリーのほうが小さく私に手を振ってくる。

今の騒動を見たのに彼女の第一志望は変わらず弊社、って事かしら。

ちなみにミアーニャは私から出た定型句で、猫なら全力警戒でぼわぼわに逆立てていたであろう毛がちょっとペタッとしたくらいの落ち着きを取り戻してくれた。

もしあの禁断のセリフ―――君に決めた―――をここで繰り出したりしたら、きっと血の雨が降ったわね。

あーあ、これが画面の前で四択やってる状態だったら一回は遊んでみたかもしれないわ、『君に決めた』。


あ、そうそう。一つ忘れてた。きちんと火消しをしておかなきゃね。


「そうだ、一つだけいいかしら?」


去りかけた彼らの背に声をかけると、アシュリーはぱっと体全体で振り返り、アシュレイは首だけで私の方を見る。

それから彼らの引率のノックスはきちんと私に向き直り、なんでしょうか、と笑みを形作った本心の読めない表情で問うてくる。


「うちの猫たちの事なんだけれど、別に狡いわけじゃないのよ。ただちょっと愛が重・・・ええと、長い歴史を共にする中でお互いにすごく強い絆みたいなものがあるんだと思うの。それは決して悪いことじゃないわ。むしろ、お互いに他に相手を選べる状況なのに、きちんと目の前の相手を見て、ちゃんといいところも悪いところも受け入れて好きになって、自分の好きな人に好きって言えるのってすごいことじゃないかしら。それに、その好きな人の傍に居るためにずっと努力を続けるのも並大抵の事ではないわ。―――もちろん、ローヴィル家の信頼厚いあなた方に今更言うようなことじゃなかったでしょうけど」


ミアーニャへのフォローを忘れていたのでグラウクス家を引き留める形でフォローを入れると、ノックスがわずかに苦笑する。

最後の部分、あなたたちも主人は違えど一緒でしょ、って言いたかったのだけれど、ちゃんと理解してもらえたようね。

アシュレイは私の事を見直したようにわずかに興味を持った表情に変わり、アシュリーはうんうん何度か頷いて、小さな声で「絆、今からだって作れる」とか言っている。

ああ、この子の第一志望は何やったって弊社なのね。

大変心苦しいわ。

けど私はこれからあなたの今後一層のご活躍をお祈りすることになるから、第二志望でもローヴィルに就職してもらわないとね・・・



一応はうちとあまり関係の良くない感じの家と仲いい家だという自覚があったらしく、グラウクス家の面々が私の前に現れたのは最後から数えたほうが早いような順番だった。

なので、彼らの後は一つ二つであいさつ業務は終了した。

ここからはあちこちで談笑する小さいグループをどんどん回っていって個別にいろんな人とお話をして、いよいよこの人がいい、と誰かに絞る段階なんだけど、気が重いわね。

私に巻き込まれて死にそうにない人なんて、あの行列の中に居たかしら・・・?

―――あ。居たわ一人。

フーリー子爵家のナントカ君。

あの子なら、乗ってる船に火が付いたら一目散に逃げそうだものね。


猫一族は何をどうやっても梃子でも動かずに私と一緒に沈みそうだからダメ。

梟はそもそもローヴィル寄りらしいから、母さんと宰相閣下の因縁とやらの詳細を聞かずに傍に置いとくと私に巻き込まれ死じゃなくて向こうの方から私を巻き込んで爆発しそう。御免こうむるわ。

ネズミちゃん、すごく可愛かったけれど、あの可愛い子を巻き込むのは忍びない。

うちでなくても、もっといい奉公先はきっとあるわよ・・・


他の方々も、どの家も使い魔をたくさん輩出している名家と言うことで一旦“お友達”になってしまえば簡単に私を見捨ててくれる感じはしなかった。

多分、それをしちゃうと信用の問題で次からファミリアとして仕えられる魔女・魔術師がいなくなっちゃう、っていうのもあるでしょうけど、そもそもがみんな善良な一市民と言う感じでフーリー子爵に見えていたような打算のようなものがなかった。

・・・駄目だわ、やっぱり今日来ていただいた方々は全員お祈りね。

え?フーリーさんちの息子さん?

いや、アレはそもそもないでしょう。私はお貴族様じゃないからきっと話は合わないし、信用できないと腹割って話せないからお友達にもなれないわ。

人を採用するってホント難しい。

ファミリアは辞めてもらうっていうのがそもそもできるのか分からないから余計に。




「さぁ、ミザリー様ぁ、皆様ともっとお話をなさるといいですよぅ。たとえばぁ、今日決められないのだとしてもぉ、個別に会いたい方の目星をつけておくのも大切なことですからぁ」


個別の挨拶を終えて本来ならどんどんと招待客たちに話しかけに行くべき私が考え込んでいると、背中にそっと手が添えられる。

肩越しに振り返るとミアーニャが微笑んでいた。

もうすっかり怒れる猫モードは解除されたようだ。

・・・よかったわ、私の消火活動もある程度効果があったみたい。


「・・・そっか、別に今日この場で絶対誰かを選ばなくてもいいのね?」


「ええ、これはとっても大切なことですからぁ、皆様もまずは顔合わせと思われてここにいらっしゃるはずですよぅ。今日決まるに越したことはないんですけどぉ、そんな一目惚れみたいな出会いはなかなかないですからねぇ」


ミアーニャの笑顔に、なんだか肩の荷が下りた気がした。

元日本人(今も精神は日本人・・・名誉日本人だけど)としては、断るというのは結構エネルギーがいることで、できるだけ誰も傷つけたくないという気持ちが先行してなんとなく神経が尖っていたけど、顔合わせ会程度に考えていいならずいぶん楽になる。

ほ、と息を吐くと、ミアーニャが微笑して背中に添えられた手に私を勇気づけるようにそっと力がこめられる。

色々な方とお話しして、パーティを楽しんで頂いてお見送り。

それだけでいいならかなり気が楽だ。


「さぁ、いってらっしゃいませぇ。困ったことがあったらぁ、すぐにおそばに行けるようにぃ、ミアがここからちゃぁんと見てますからねぇ。・・・ちなみにぃ、うちの子たちはバルコニーのあたりにいるみたいですよぅ。いきなり知らない人の輪に入って行くのが嫌でしたらぁ、ヴァイスは如才がないので連れて行くとお役に立つと思いますよぅ」


プロパガンダ終わってなかった。

思わず苦笑してしまい、気持ちがほぐれた私は一つ息をつくとミアーニャに小さくありがとうを言った。

そして、彼女の温かい手のひらに励まされて覚悟を決め、初めての社交に望むべく手近な人々の輪へ向けて歩き出した。



評価ありがとうございます!

ブックマークもついに3ケタ!嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ