24.
「・・・は?魔女?・・・私?私が?」
柔らかい秋の陽が満たした、趣味のいい上品な調度で整えられた落ち着いた雰囲気の部屋。
その部屋に、場違いで素っ頓狂な高い声が響く。
我ながら間抜けよね、というような声だったけど、母さんがちょっと何言ってるのか分からないんだもの、仕方ない事よね。
あの淑女の下着をめぐる一連の騒動からはや1週間。
私は母に呼び出されて彼女の執務室にいた。
目の前の大きな木製のデスクの向こうには、デスクの上で組んだ両手に顎を乗せて割と真剣な表情でこちらを見ている母さん。
その隣には、彼女の補佐をしているミアーニャが控えている。
母さんの真剣な表情とは対照的に、傍らのミアーニャは嬉しくてたまらないのをなんとか過剰に表情にあらわさないように我慢している、という、真面目さで取り繕った喜色満面な表情だ。
彼女は母さんより二つ三つ若く見える妙齢の女性で、長い黒髪を邪魔にならないようにすっきりとまとめ、補佐という仕事柄頻繁に移動するのにも向くようにか、女性には珍しくパンツスーツのようなものを着用している。
パンツスーツって言っても前世のそういうのではなくて、もう少し飾り気があって優雅なんだけど、私の少ないファッション語彙ではパンツスーツと形容する他なさそうだ。
女の子でもズボンというかスラックスというか、足の形が分かるもの履いてもいいんだ、って彼女を見て妙に安心したので、彼女の素敵かつ(他の女性と比較して)モダンな“働く女性的装い”をうまく伝えられない己のファッション語彙のなさが辛いわ。
髪は黒でスーツも黒の黒づくめの中、瞳の色ははっと目を奪われるような鮮やかな金色で、明るいところから室内に入ると猫のように瞳孔が開くので彼女ももしかしたら獣人と言われる種族なのかもしれない。
そう。種族。
ここの所私の頭を悩ませているファンタジーの暴力だ。
そして、本日さらにその頭痛の種が増えた、というわけだ。
例の事件から1週間。
少しばかり私の周囲が落ち着きを取り戻し始めたと思ったら、突然呼び出されて冒頭の通り言われたわけだ。
『ミザリー、あなたは魔女なのよ』と。
・・・そういえば、今更な話なんだけど。
私、父さんやお兄ちゃんや他の人たちについては何の種族だろうってずっと気にしてたけど、自分自身については何にも思わなかったわね・・・
なんかこう、当たり前に人間だろう、って思ってたわ・・・
・・・魔女、かぁ。
そう、魔女なのね・・・
・・・ん?
「ええと、魔女・・・父さんは・・・?ハイブリッド種?」
優性遺伝とかはもちろんあるけど、基本的には生まれてくるのは雑種よね?
父さんどこいった?
半分は父さんの情報でできてるはずなのに、そんな完全にどっか行っちゃうものなの?
「あなたは母さん似なのよ。父様は人狼で、私が魔女。で、あなたは魔女の血が濃く現れた、って事ね」
「ええ・・・?いやいや、そんな一方的なものなの?満月の夜に狼に変身する系の魔女、じゃなくて・・・?」
前世の知識に基づいて正当に混乱する私と、“満月の夜に狼に変身する系の魔女”と聞いて変な顔をする母。
その間を、うふふふふ~というミアーニャの嬉しそうな笑い声が抜ける。
「お嬢様はぁ、ロザリア様と同じ魔女ですよぅ。魔女の娘は魔女になるって相場が決まってるんですぅ」
一見ビシバシ仕事のできるキャリアウーマン風のミアーニャだけど、口を開くとおっとりと間延びしている。
なかなかのギャップだ。
ちなみに、性格は口調のようなおっとりさんだけれど仕事のほうは見た目通りビシバシできるらしい。
ギャップを煮詰めて固めたみたいな人ね。
「魔女の娘は魔女になるの・・・。何と混ざっても魔女に・・・?」
「そうですよぅ。五代様は魚人とご結婚されましたけれどぉ、生まれた娘様はちゃぁんと魔女でしたからぁ、ミザリー様も立派な魔女になれますよぅ」
魚人と結婚。
先生に教わった限りでは、魚人って確か鱗のある人間みたいな体に魚の頭をくっつけたような不条理生物だったわね。
現物を見てないから分からないけど、それと結婚ってなかなか勇気のいる事なんじゃ・・・
でもこどもができるってことは近縁種って事よね。魚なのに。
というか五代様、って・・・?
うん?もしかして私や母さんの先祖の話だったり・・・する・・・のかしら?
――――やめよう。
自分に魚の血が入ってるのかどうか、この怪物ランドで真剣に考えても不毛だ。
「・・・呑み込んだわ。魔女ね、了解」
もうそれしかしようがないと思って、一つうなずいて自分を納得させる。
とはいえ自分ではまだ自分の事を人間だという意識が強い。
というのももちろん、これまで生活してきた範囲で不思議な事なんて何にも起こらなかったから。
あ、先日の首が取れるこども以外はね。
「で、母さんはそれを話すためだけに私を呼んだの?」
色んな不条理不合理不思議を一旦ぶん投げて忘れ去り、母親の本当の意図を探るべく彼女と視線を合わせる。
母さんはそれまでの真剣な表情を崩して苦笑すると、緩く首を横に振ってから答えをくれた。
「第一は・・・そうね、あなたは魔女だ、ってことを知ってほしかったのよ。でもそれだけじゃないわ。魔女として、正しく力を制御する方法のお勉強を始めたかったの。それが本題」
「魔女修行・・・箒で空を飛んだりとか?」
魔女というと、のテンプレで返すと、母さんはまた変な顔をする。
「あなたのそれは・・・どこから引いてきた知識なの?・・・いや、いいわ。これまであなたを放っておいた私が悪いんだものね。これから一緒にお勉強をするわよ」
「箒で空は飛べないのか・・・まぁ物理法則に真正面から喧嘩売ってるものね。―――じゃあどんな魔法が使えるの?」
前半は口の中で小さくつぶやいて、“じゃあ”以降を母さんにも聞こえる音量にする。
残念ながら、宅急便屋として箒1本で生計を立てる道は諦めなければならないようだ。
「私たちの一族が使える魔法は大体決まっているの。あなたの曾おばあ様――私のおばあ様は水を操らせれば当代随一で、望む場所に望むだけ雨を降らせられたわ。そしてあなたのおばあ様。私の母さんは風魔法では他の追随を許さない魔女だった。そして私はその二人の力を受け継いで、雨と風を操れる。片方ずつ使えれば使いどころも多かったんでしょうけど、残念ながら風雨をいっぺんに起こすことしかできないけれどね」
「ロザリア様は青嵐の魔女と呼ばれておいでなんですよぉ!激しい嵐を呼び寄せてぇ、戦場をぐちゃぐちゃに引っ掻き回すんですぅ!それはそれはすごい力なんですよぉ!」
ミアーニャが己の主を誇るようにうっとりと言うと、隣で母さんがまた苦笑する。
色々引っかかるけど、一番はやっぱり『戦場』よね。
うっすら思ってはいたけれど、やっぱり父さんとの出会いは戦場だったのかしらね。
確かに単独でお天気変えちゃうような人がいたら、練れる戦略に幅が出るわよね。
「ふーん。じゃあ私の力も雨とか風なの?」
縁続きにそんな物騒な人がいて、私もそれに近いものらしいと聞いても全然実感はない。
やっぱり練習とかしないとダメなのかしらね。
そんなことを考えつつ、自分の持つ力について何気なく聞いたけれど、正面にいる母さんの表情が目に見えて曇る。
隣のミアーニャも、それまでの嬉しそうな表情から一転、少しだけ心配そうな表情になる。
―――あら。
これってもしかしてミザリーちゃんはハズレみたいな能力しかない落ちこぼれ、って事かしら。
そういえばゲームの中でアンジェラに嫌がらせしてたあの子、雨だの風だのそういう力は使ってなかったわね。
持ってるなら使ったでしょうに。
ということは。
「あなたの・・・力は・・・母さんとも、おばあ様たちとも違う、わ」
ほら来た。
ミザリーちゃんは落ちこぼれ。
魔女(笑)なんだわ。
私の自分に対する認識は『普通の人間』だから、もしも魔法の使えない魔女だったとしても別に痛くもかゆくもないけれどね。
ただ、魔女(笑)であればちゃんとした力のある魔女ほど商品価値がないでしょうから、公爵家としては嫁に出すにしても戦場に連れてくにしても使いにくいわよね。
でも私はただの製造物だし、何の責任も持てないわ。
そこは製造者の責任でしょう。
「あなたの力は・・・その・・・天からの火、よ」
「うん?」
意を決したように母さんがそう言うと、初めて聞く単語に思わず疑問形の返事が口を突いて出る。
テンカラノヒ?
何かしらそれ?
知ったかぶりもできないのでただきょとんとしていると、私がさっぱり理解していないのを正確に見抜いた母が、一瞬ミアーニャと視線を交わしてため息をつく。
「天からの火・・・初代様と、三代様がお使いになられていた特別な力で、以降は七代様がその力を持っていたそうだけど、七代様には使いこなせなかった力でもあるの。・・・正確に言うと、自在に使いこなしていたのは初代様だけだったそうよ」
「・・・テンカラノヒ」
母さんはどことなく苦い表情で説明してくれたけれど、そもそも私にはテンカラノヒ自体がよく理解できないので、使いこなすのが難しい力だって言われても全くピンとこない。
「天からの火っていうのはぁ、神鳴りの事ですよぉ」
ちょっとおっとりテンポでミアーニャがフォローを入れてくれて、やっと母さんが言っていることを理解する。
雨・風・嵐と来て雷。
つまりは荒天セットのうちの一つって事なのね。
へぇー。魔女の魔法は一族によって系統があるってわけね。
なかなか興味深いじゃない。
それにしても雷か。
正直そんなに静電気溜めこむ体質じゃないし、雷の魔法が使えるなんて言われても相変わらずピンとはこないわね。
「雷を落とせるの?私が一人で?」
理解できたことを確認する意味で聞いてみると、母さんとミアーニャはまた視線を交わす。
母さんはどう説明すればいいのか悩むような表情で。
ミアーニャは母さんを励ますような表情で。
なんだかこの二人って、母娘である私と母さんよりもよっぽど近しい家族って感じよね。
・・・あら、皮肉だったかしら。
「ええと、だからね?それはとっても難しい力なの。この国建国以来、唯一その力を自在に使いこなしたのは初代様だけ。ほかの系譜の魔女たちには・・・風や雨を使う家は他にもあるけれど、天からの火の力を授かり、かつ単独で発現させたという記録はないの・・・だからその、これからゆっくりお勉強していきましょう。母さんやミアと一緒にね」
「なるほど。つまり端的に言うと私の力は珍しいけど高確率で使いものにならないって事ね。理解したわ」
すとんと腑に落ちて、これまでの私の経験とも相反しなかったので素直に「納得した」と言葉にしたら、目の前の大人たちが一気に慌て始める。
「そ、そんなことないですよぅ!初代様は一種の圧倒的才能を持った天才だったのでぇ、初代様ほどとなると難しいですけれどぉ、三代様みたいに雲のある日に天からの火を呼ぶことならきっとできますよぅ!!」
「そ、そうよ!それに、母さんがいるわ!母さんが嵐を呼べば、雲も一緒に来るんだから!そうしたらきっとあなたの力で火を降ろすことはできるはずよ!」
あら、なんか別にショックでもないのに慰められてる感じね。
・・・魔女にとってはデリケートな事なんでしょうね、きっと。
あいにく私はそもそも魔女っていうのがよく分からないから別段なんとも思わないけど。
「そう。分かりました。・・・あ、でも母さん、どうやって私の力が雷だって知ったの?私が知らない間に検査とかしたの?」
魔女として使い物になろうがなるまいが別にどっちでもよかったので適当に返事をし、ついでに一つ疑問だったことを聞いてみる。
母さんとミアーニャは私の淡白な返事にすらショックを受けたようで、お互い表情を曇らせて視線をかわしてから気を取り直して答えてくれた。
「あなたは、その、覚えてないと思うけれどね。あの、ディートリヒ公子が来た日に神鳴りが落ちたのよ・・・裏庭の木に。あの日は晴れていて、雲すらなかったから最初は信じられなかったんだけど、最初の発現っていうのは唐突なことが多いし、特にあの時あなたはショックを受けていたから、瞬間的に魔力が高まって制御できないまま無意識に天からの火を呼んだんだと思うの」
あ。
言われてみれば、あの生首事件で気を失う寸前に雷が落ちるみたいな音を聞いたような気がするわ。
あれ幻聴じゃなかったのね。
「なるほど。理解したわ」
「だからぁ、ミザリー様はきっと雲さえあれば自在に天からの火を呼ぶ三代様のような立派な魔女になれますよぅ!雲がない時に火を降ろしたのは初代様でも数えるほどだったって聞いてますぅ!もしかしたらミザリー様にはすごい才能があるのかもぉ!」
淡白な私の返事に、ミアーニャがフォローを入れてくれる。
最後のほうは目がキラキラしていて、フォローというか彼女の願望が多分に入っている気がするけれど。
母さんよりも彼女のほうがかなり楽天的に物事を見るようね。
「とにかくお勉強は必要だわ。明日からさっそく、先生の授業が終わってから私かミアが魔法について教えます。いいわね?」
母さんのその宣言に、私は一つ頷いて了承を伝えた。
どうせ雷なんて使いこなせないだろうけど、魔法とやらの知識も得ておいて損はないだろう。
自由時間が減っちゃうのはちょっと残念だけれど。
10時に覗きに来てくださった方にはごめんなさい、手動更新始めました。
ストックがちょっとあれなのですが、平成一杯は目指せ!水曜更新!でいかせていただきます。
定時更新ではないですが、良ければ来週も覗きに来てください。




