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23.

長い長い説明回です。

お付き合いいただければ幸甚ですが、読み飛ばしていただいても大丈夫なようにします。

朝起きると、私のために冷えてしまった体が心配で無理やりベッドに引っ張り込んだお兄ちゃんはすでに消えていた。

多分・・・お泊りしてくれたと思うのよ・・・ねえ。

起きた時、なんだかいつもより温かかったから。

枕が変わってから久しぶりにぐっすり眠った気がして、寝台の上で大きく伸びをする。


前世の妹とは7つも歳が離れていたので、妹が小さいころはよく私の布団に潜り込んで来たものだ。

一応私も妹も一部屋ずつ個室を与えられていて、それぞれちゃんとベッドがあるのに、小さい子ってなんだかよく分からないけど夜ひとりになると不意に寂しくなったり怖くなったりするみたいで、よく夜中に眠れないからと私の部屋に来ていた。

じゃあ母さんの布団に潜り込めば?って言うと、決まって「あたしもうこどもじゃないし!」なんて返事が返ってきて、行動と裏腹で笑ってしまったものだ。

母さんの布団に潜り込むのはこどもっぽくて嫌だけど、一人で寝るのも怖いからお姉ちゃんの布団へ、って・・・ねぇ?

でもあの子といると温かかった。

狭い布団でくっついて寝ると、冬場は冷えた手足の先があっという間に温もったのを覚えている。

体が冷えていて心配だった、というのも勿論大きな理由だけれど、誰かと眠る温かさを知ってほしかったというのもあって、涙の力とPTSD疑惑を最大限活用し、あの後お兄ちゃんをベッドに引っ張り込んだのだ。

あったかい記憶って、辛いときにふと思い出して支えになってくれると思うのよね。

私がこうして妹の事を思い出すように、いつかお兄ちゃんも妹に頼られて一緒に丸まって眠った事を思い出してくれたらいい。


あの長い長い一日の翌日、私はいつもより少しだけ遅く起きていつも通り身支度し、何事もなかったかのようにふるまいながら朝食を済ませた後、ルーティンワークと言える授業を受けるため先生をお迎えする準備をしていた。

朝食の席で顔を合わせたお兄ちゃんは全くいつも通りで、相変わらずの無表情のため感情を読み取ることはできなかったけれど、少なくとも昨夜の事を不快には思っていないようだった。

あんまり心配させるのも気の毒だし、PTSD疑惑をどうするか追々考えないとね。


昨日色々あって知識不足を痛感したので先生にはたくさん聞きたいことがあったけれど、まず何よりも確認すべき事項がある事に気が付いた私は、どうやってそれを確認するのがいいのか今朝から無い知恵絞って必死に考えている。


のだけれど、やはり無い知恵を絞っても所詮ゼロから1は生み出せないらしい。


有効な打開策はおろか、問題にどう対処しようかという基本的な考えもまとまらないうちに軽いノックの音が聞こえ、控えていたアルマが対応に出てくれるのを見るともなしに見ながら諦めの境地へ入ろうとしていた。


聞きたいことはひとつ。

先生は何者なのか、ということ。



―――そう。


昨日は自分がいわゆる『悪役』だった事とお兄ちゃんの事で相当混乱していてろくに考えも及ばなかったけれど、ここは怪物ランド。

首が取れる変な妖精がいるなら、他にもいろいろいるはずなのだ。

というか怪物ランドは基本怪物しか住んでなかったはずなのよね。

と、いうことは先生もアルマも、お兄ちゃんも父さんも母さんも何かしらの”怪物”であるはずなのよ。


それをどうやって失礼にとられずに聞くか、というのは結構な難問なのではないかしら。

失礼のないように聞く、というのは散々無い知恵絞った結果諦める事にしたわ。

でも聞かずに知らないままでいてデュラハンみたいな急にだとびっくりする怪物だったら困るから、もう直球しかないわよね。

淑女としての評判的なものを自分で守るには、それしかないと判断したわ。




「やぁミザリー嬢、ご機嫌いかがかな?」


部屋にいらした先生が、にっこりと紳士な笑顔を浮かべて挨拶をくださるので、私も慌ててスカートを摘まんで挨拶を返す。


ドレイク・レヴィ・バーラウル先生。

50代半ばくらいの素敵な紳士で、ミルクティー色の髪をいつもすっきりと整え、青碧の目は知恵の泉というのが本当にあればきっとこんな色をしているのに違いない、と思うほどいつも澄んでキラキラしている。

笑うと目尻と口元にくしゃっと皺ができて、それがなんとも言えず素敵だ。

わがまま放題で勉強に一切興味のないお嬢様を、それでも見捨てずに教え導こうとしてくださる、まるで聖人のような人。

そして現在は私のトドメの我儘である”最初からもう一回教えてほしい”に付き合って、嫌な顔一つせずまた私に知識を授けてくださっている。


お嬢様のワンマン運転時代からの記憶を探っても彼が怒るのを見たことはないのだけれど、それでもさすがにド直球に「あなたは何者ですか?」とは聞きづらいわよねぇ・・・

私の中で上司にしたい男性ナンバーワン(前世含む)の座を不動のものにしている彼なら、きっと直球で聞いても苦笑いくらいで済みそうなんだけれど、これ以上嫌われたくはないからこそ知恵を絞っていたわけで。

結局無から有は生み出せなかったけど。



「お待ちしておりました、先生。今日もよろしくお願い致します」


軽く膝を折って挨拶を返すと、それをにこにこと見届けた先生が優雅な動作で椅子を引いてくれるので、頑張って優雅に見えるように努力しながらそこに腰かける。

最近はやっと慣れてきたけど、座る時に椅子を戻してくださるのに合わせて腰を下ろすのがちょっと難しいのよね・・・

私が第一の試練を終えたのを見届けると、先生も隣の椅子に腰を落ち着け、書類カバンから教科書にしている大きな歴史書を取り出す。

見た目は重厚な革装丁の本なのだけれど、中には地図やら挿絵やらがたくさん入っていて、こっちの事が何にもわからない私には大変ありがたい教材だ。


「先生、今日はひとつお聞きしたいことがあります」


意を決して声をかけると、読書用のメガネを取り出してかけた先生が手を止めてこちらに向きなおってくださる。

しっかりと体と視線をこちらに向けて、けれど口元に浮かんだ柔らかい笑みと何を聞かれるのだろうという好奇心できらきらした目のおかげで威圧感は感じない。

本当に先生に向いた方よね。

授業がおしても生徒の好奇心は潰さずに、きちんと正面から向き合ってくださるのだから。

さすが私の憧れのオジサマランキング(前世含む)で1位の座をほしいままにしている方だけあるわ。


さあ、いつでもどうぞと言わんばかりのその態度に私は少し安堵して、そしてもう一回無駄にあなたは何者であるか、を失礼でなく聞ける方法を考えてから、やっぱり無駄だったのでそのまま聞くことにした。


「つかぬ事をうかがいます・・・ええとその、聞き方が分からないので失礼だったら申し訳ないのですが、先生はどのような種族の方ですか?」


勇気を振り絞った私の直球質問に、先生は一瞬だけきょとんとしてから、また柔らかく笑って私を安心させてくれる。


「ああ・・・ネルガル公子の件は大変でしたね」


うわっ!誰よ!誰なの!?この素敵な紳士に私とディートリヒとのパンツをめぐる(と公式には思われている)騒動を伝えたのは!?


「違っ・・・ええと、その、びっくりしたんです、首が!!ですから、もしも先生もデュラハンだったら、聞いておいたら心構えができますから!」


全力で言い訳したけれど、私を見る先生の目はじゃれる子猫とか子犬とかなんかそういった微笑ましいものを見るようなそれだ。

ああ。羞恥心で死ねる。


むしろあの子の首がスカートの下にあったあの瞬間よりも、その後のほうが延々と恥ずかしいってどうなのよこれは。

そしてこの怪物ランドにいる限り、怪物にびっくりする心理というやつを理解してくれる人なんていないんだな、って改めて思い知らされたわよね。


「それじゃあ今日は種族の事を勉強しましょうか」


先生がにっこり笑って、開いていた本を閉じる。

ぱたん、と柔らかい音を立てて閉じた本は、ふわりと微かにインクのにおいがする風を起こす。

さらりと話題を勉強に変えることで私が羞恥心に悶える時間を短くしてくださったようだ。

心遣いができる・・・大人の男よね。



「さて、ミザリー嬢は建国の七英雄の事は覚えているかな?」


突然話題が転換し、私はこの数か月のうちに習い覚えたこちらの歴史を思い出すべく雑念を払う。


「ええと、始祖ネフィヤールと六人の英雄、ですよね。2000年前に北の大陸から戦乱を嫌ってこの地に移り住んできた、っていう」


先生が笑って頷く。

とりあえず及第点、て感じかしら。

先生の手が再び教科書にのび、最初のほうのページを繰る。

開かれたページには船に乗って海を渡る人々の美しい挿絵。


「では始祖ネフィヤール・サン・リーズの種族はなんだったかな?」


・・・それって習ったかしら?

ああ、でもなんだったか、何かおっしゃってたような気がするわね。

正直な話、先生の授業を最初から受け始めた当時は“いつまでたっても建国神話が終わらない”くらいにしか思ってなかったのよ・・・

ほら、例のやつよ。

どの国にもありがちな、天から始祖が降臨し・・・的な。


「夜・・・夜のとばりの一族・・・?」


教科書の挿絵の、中心に位置している美しい女性、ネフィヤールを見ながらなんとか絞り出す。


「そう、”夜のとばりの一族”は彼女が好んで自称していた名称ですね。けれど、それは一般的にこの国に暮らす我々のほとんどすべてを指す言葉です。一部昼に好んで活動する種族以外は、誰であれ夜のとばりの一族を名乗れる。より狭隘(きょうあい)に・・・より正確に彼女の種族を絞れば、この国の王家の始祖なのだから、種族は―――?」


吸血鬼(ヴァンパイア)、ね」


先生はにっこりとほほ笑み、正解だと告げてくれる。


「そう、彼女は吸血鬼(ヴァンパイア)でした。そして彼女の航海を支え、こちらの大陸への移住を助け、この大陸にもともといた者たちとの交流を促し、やがて建国の礎となった英雄たち・・・彼らの種族はなんだったかな?―――そうだね、まずは北の大陸から彼女と一緒に来た二人の英雄、彼らの事は知っているかな」


先生の指が、挿絵の上を滑ってネフィヤールの両隣に立つ男女を指す。

北の大陸から来たのは始祖ネフィヤールと二人の英雄だったわね。

そして、“海の一族”とやらの力を借りてこの地へ渡り、この地にもともと住んでいた者たちの協力を取り付けて国を立ち上げる。

確か“建国神話”ではそう語られていた。


「北の大陸から一緒に来たのは軍師アマルスと魔女ロザリンデよね。ええと、彼らも怪ぶ・・・じゃなかった、”人ではないもの”なの?確か北の大陸は人が住んでいるんですよね?」


そう、北の大陸にはアンジェラと同じ『人間』が住んでいるはずだ。

その大陸から来たのなら人間だという可能性もある。

しかし先生はゆっくりと首を振って、アマルス・ロザリンデ人間説を否定する。


「彼らもまた、夜のとばりの一族ですよ。我らの中では人間に近い種族ではあるけれどね」


「人間に近い・・・?魔女なの・・・?」


ってそれはあまりにも安直よね。魔女ロザリンデ、って呼ばれてるからって、魔女ってことはさすがに・・・


「ええ、ロザリンデは魔女。それからアマルスは魔術師です。彼らはともに人間に迫害されており、ネフィヤールの渡りに一族を率いて従ったと伝えられています」


まんまなの。

・・・そう。いろいろ考えた私がバカみたいじゃない。


「北の大陸からこちらに来るまでの航海は、順調とは言えないものでした。北の大陸の人間たちの持つ航海術だけでは到底ここまでたどり着けなかっただろうと言われています。そして、その困難な航海を助けたのが、メーア・ラ・メールとその眷属たちでした。彼女らは海をその故郷とし、北の大陸では人間により絶滅寸前まで追い詰められていたものの、ネフィヤールの渡りに同行し、その道すがら近隣の海からたくさんの合流者を受け入れてこの大陸に着くころには一大勢力になっていたと言います」


「ふうん・・・それがラ・メール家の興り、ってことですね。確かその”渡り”の時の功績で近隣の海を領地として賜ったんですよね」


ラ・メール家というと我が家と並ぶ四大公爵家のうちの一つだ。

国の興りから最初の王に従っていたのであれば、国内最古の家柄の一つって事よね。


「そう。海の一族と一口に言っても種族は様々ですが、ラ・メールは人魚の家系ですね。魚人との混血もあったようですが、現代のラ・メール家はどなたも人魚と考えて間違いないです」


人魚、ってあの?

誰もが知ってるおとぎ話。

一目惚れを拗らせて最後泡になって消えるやつよね?

いるの・・・・いるのね、人魚。


北の大陸で“人間に迫害されて絶滅寸前”って言うのはもしかして、八尾比丘尼伝説的なアレなのかしら。

その辺も聞いてみたいところだけれど、これもやっぱり当事者かもしれない人に「永遠の命を得る(食べる)ために乱獲されて減ったんですか?」なんて聞くのは憚られるわね・・・


あ、じゃあもう一つ気になったことを聞いてみましょう。

こっちはそんなに気まずくないものね。



「先生、ちなみに人魚と魚人はどう違うんですか?」


私の疑問に、先生がにっこりと笑う。


「一般的に上半身は人で魚の下肢を持つ者たちを人魚、鱗に覆われた人の体に、魚の頭が魚人と区別されていますが、大きな差は魚人はずっと水中にいられる、という事ですね。人魚たちは定期的に浮上して呼吸をしますが、魚人は浮上の必要はありません。けれどもどちらも共に人の姿をとって地上で活動する事が可能です」


へーえ。

海洋性哺乳類が人魚で、魚人は肺魚って事かしら。


「四大公爵家と呼ばれる他の三家のいずれも、建国の礎となった七英雄の一人に端を発します。ミザリー嬢のフェンネル家の祖もその一人。彼の名前は当然知っていますね」


「ええ。ライオネル・レーヴェ・フェンネルですね」


この質問なら余裕よね、と答えて先生のご褒美スマイルを頂戴したまでは良かったのだけれど、種族・・・知らないわ・・・

つまり父さんやお兄ちゃんの種族って事だけど・・・どうしよう、ほんとに分からないわ。


「ライオネルはもともとこちらの大陸にいた獣人たちをまとめるこのあたり一帯の顔役、のような、いわゆる地方豪族でした。

そして、北の大陸から渡って来た新参者たちといち早く話し合いの場を設け、彼らを受け入れて彼らの国づくりを容認する代わりに、もともとこの大陸にいた者たちの緩やかな自治を認めさせました。


戦乱が続いた北の大陸からの移民であったネフィヤールたちにとって、武力によらず自分たちの国を建国できるというのは願ってもいない事だったでしょう。フェンネル家はそれまで影響力をもっていた広大な土地をそのまま領有することを認められ、王家に臣従、という形はとっているもののサン・リーズ家に絶対服従するわけでなく、フェンネルにつき従う獣人たちに関しては自由裁量で統治できる、ということになっています。


そして、これを見ていたのが隣のネルガル領、そのかつての当主ホロンタナートでした。

ネフィヤールが渡って来た当初、この大陸には国と呼べる明確なものはありませんでした。

係累があちらに一叢(ひとむら)、こちらに一叢(ひとむら)と固まって暮らす小さな集落単位の共同体があるばかりで、特に大きな争いごともなく互いに干渉したりしなかったり、それなりに平和に暮らしていたのです。


そこに現れてそれまでにないような共同体を作り始めたネフィヤールとその一党を警戒とともに見守っていたホロンタナートは、国という明確な形を与えられて少しずつ変わっていくフェンネルの地を目の当たりにし、同じようにネフィヤールに恭順を示し、フェンネルと同じように臣従しながらも自治権もある、それまでの曖昧な線引きによらない明確な領地を手にしたのです」



先生の説明は流れるようで、色々たくさん引っかかる部分はあったものの、それは“前世の私の感覚で引っかかっている”わけで、それを除けばこの国の興りがコンパクトにまとめられて分かりやすいものだった。


フェンネル家は獣人、なのね。

獣人って・・・ええと、狼男、的なやつかしら。

父さんもお兄ちゃんも狼男なのかしら。

でも満月の夜に遠吠えしてるところなんて見たことないわね・・・


そのあたりの引っ掛かりを全部無視して呑み込めば、要するに我がフェンネル家のご先祖様は大陸から来たよく分からない一族と戦争をする代わりに柵幇関係になることで平和的共存を試みた、って事よね。

なんで外から来た移民なんかにいきなり従うのか、という疑問も、もともとこっちにあった共同体が集落程度の単位であれば分からなくないわね。


『国』という概念を持った少なくない数の移民がなだれ込んできて、そこに見たこともない巨大な共同体を形成し始めたら、私ならホロンタナートと同じくしばらく様子見をすると思うわ。

そのわけのわからないモノといち早く交渉をして、先住者である自分たちの権利を守りながら巨大共同体から分け与えられる恩恵を受けられる状況に持って行ったのだから、ライオネル・レーヴェ・フェンネルは間違いなく先見の明のある外交強者、ってところね。


「これで四大公爵家のうち三つは出てきましたね。残るのはドラゴラント家。彼らにとって、ネフィヤールたちの来訪や定住、そしてそれにつれて変化していく大陸の先住者たちの動きなど、些末で興味を持つほどの事でもありませんでした。

なぜなら彼らはこの大陸で誰よりも強く、誰よりも長く生きる一族―――竜族だったからです。

ネフィヤール来航から500年ほどたったあたりで、竜族の一人の若者が興味から王都を訪れ、ネフィヤールの子で当時の王だったフレイズと会談をしました。

その竜族の若者には王に従属する気などまるでなかったのですが、彼らが築いた都と各地の町や村、そこに根付いた文化に酷く興味をもったのです。

長く生きる自分たちとは違い、ほんの数百年程度で代替わりしてしまう生き物たち。

竜族にとって、刹那の間にどんどん世代交代していく彼らと積極的にかかわろうとすると変わり者と呼ばれてしまうのですが、彼は間違いなくそんな変わり者の一人でした。


ところで、竜族にも緩やかな自治は存在ました。

国という概念こそないものの、絶対数がどの種族より少ないので家族や姻族、親戚関係のような繋がりはその分強く、他の種族たちのように固まって住むようなことはないものの何かを決めるときは合議制を用いるなど、彼らなりにルールを作って自分勝手にふるまう個体に対しては罰則を与え、一族全体の大まかな方針は共有していました。

国とも村とも呼べないただの横のつながりなのですが、フレイズ王はそんな竜族との不可侵条約、もしくはもう一歩踏み込んだ平和条約を結ぶことを望んでいました。

そして王の元を訪れた若い竜を伝書鳩代わりに竜たちと交渉をし、やがて竜たちが好んで住んでいた峻厳な山々・・・このフェンネル領の北側に広がる広大な山脈一帯を軍事的不可侵の地とし、ドラゴラントと名付けて連絡係になる竜を便宜的にドラゴラント公爵、と呼ぶことに決めたのです。


竜族についてはネフィヤールの一族への恭順など一切なく、どちらかといえば隣りあった別々の国、という様相が強いのですが、ドラゴラント公を置くことで双方望む時に連絡をとれるようにし、人に興味を持つ変わり者がたまに出てくるのでそんな変わり者たちが人と接するときにドラゴラント姓を名乗ることによって無用なトラブルを回避できるようになっています。


そもそも竜族の中でもその意見を重んじられる長寿個体や、大半の竜は今でも人に関心など持っておらず、普通の人々にとってはその生涯で竜に出会うことなどそうないと言えます。

フェンネル領はドラゴラントと一番近い場所にあるため、もしかしたら空を飛んでいる姿を見ることもあるかもしれませんが、普通の竜は人のことなど気にも留めていないのでドラゴラント家に関しては深く知る必要はないでしょう。

いや・・・今のドラゴラント公は若いので、もしかしたらミザリー嬢やレオンハルト君と同級になるかもしれませんね。

竜の扱いに関してはミザリー嬢が学園で接する可能性が出てきたら、もう少し詳しく説明しましょう」


竜、って聞いただけでファンタジーが臨界に達してちょっと頭痛がし始めたけれど、争い事が嫌になって新大陸に来たけどそこには何にもなかったから自分たちで国づくりを始めたら、近所に武力差がえぐい国があったから事故る前に平和条約を結んだよ、という事でいいわよね。

それで、たまに軍事要塞ばりの火力と防御力を備えた一個人がこちらの国をうろつきたがるから、国民が事故らないように移動式軍事要塞(ドラゴラント)―――触るな危険(ドラゴラント)って名札を付けることにした、って事なのよね。


最後のほう、なんかもう飽和状態であまり聞いていなかったのだけれど、私がこれから行く予定になっている―――そしてそこでアンジェラ(主人公)とアンジェラを囲む会と出会う―――学校に竜がいるかもしれないとかなんとか。

ただでさえ学校に行き始めれば毎日が地雷原でしょうし、その地雷飽和地帯に竜。

私、前世で何かしたのかしらね。

・・・いや、27年よ?

普通に生きてたし、そんなに因果を溜める間もなかったから、前前世以前からの累積赤字が爆発したのかしら。


あら。


意外と解脱って遠いのね。




「さて、聡明なミザリー嬢ならもうお気づきかもしれませんが」


私の頭痛に耐えかねたような表情を見て空気を変えるためか、先生が少しいたずらっぽい笑みを浮かべてそう切り出す。

私もとりあえずファンタジーの暴力を一旦忘れる努力をし、気を取り直して先生に向きなおった。

それを認めた先生はまたにこりと笑ってから続ける。


「もともとが種族単位で固まって住んでおり、今もその源流を正しく受け継いで国の形を成しているわけですから、初対面の相手に種族を確認する簡単な方法があります」


――――あ、なるほどね。

そういう聞き方するのね。

確かにそれなら失礼じゃないわね。


「先生、ご出身はどちらですか?」


たった今教えてもらった通りに質問をすると、先生は目尻に皺を寄せて惜しみのないご褒美スマイルをくださる。


「そう、その通り。それが一番無難な種族の聞き方です。フェンネル領なら獣人、ネルガル領なら妖精、ラ・メールなら海の一族で、王都と返事があればネフィヤールと一緒に渡って来た一族の末裔である可能性が高い。

もちろん100%ではありませんが、かなりの確度で出身地から種族が絞れてしまいます。

他にもこの地名ならこの種族、と覚えておいて損はないですから、これから一緒に勉強しましょうね」


「はい。・・・じゃあ、魔女や魔術師は王都に多い、ということでしょうか?確か、アマルスもロザリンデも領地を与えられ・・・なかったはずよね」


今日新たに知ったこととこれまで教えてもらったことを引き比べてみると浮かんでくる疑問。

それが、北の大陸からネフィヤールとともに渡って来たものの、決まった領地を与えられてない二人の英雄の事。

元々この大陸に住んでいた人たちを元々のリーダーに委ね、全体を緩やかにまとめる形で国として成り立ったこの国において、他所から来た者たちの唯一の領地と言えるのが王都とその周辺だ。

そこは小分けせずにいわゆる天領の状態で置いて、主に大陸からの移民たちで形成されたその天領からの収入は王家にとっての揺るがない税収となっている。


ならば、アマルスとロザリンデはどこへ行ってしまったのか。


「ええ。確かにアマルスもロザリンデも領地を授かることはありませんでした。しかし、それは彼ら自身が望んだことなのです」


「わざわざ海を越えて新しい大陸までついてきて、国を立ち上げるお手伝いをしたのにお礼は何も受け取らなかった、ということですか?」


「厳密にいうと全く何も褒章を与えられなかったわけではないのですが、アマルスは北の大陸時代からネフィヤールのそばに侍り、相談役のようなことをしていました。そして、その一族は今もその地位にいます。歴代の宰相を輩出しているローヴィル家はご存知ですね?」


「つまりローヴィル家の興りがアマルスって事かしら」


「その通り。領地こそ持ちませんが、王家から絶大な信頼を寄せられて国を動かしている巨頭です。歴代秀でた者たちを多く輩出しているのは事実ですが、ローヴィル以外の苗字を持つ宰相など数えるほどで、それも大体が次期ローヴィル当主の準備が整うまでの繋ぎです。この国は実質ローヴィル家に掌握されていると言っても過言ではないでしょう」


なるほど。

じゃあロザリンデもそういう風に政治の中枢に食い込んでいるのかしらね。


「一方のロザリンデはというと、しがらみや拘束を嫌って王都を出奔してしまいました」


私の思考などお見通しなのか、先生の目がいたずらっ子のように光る。

私がそれに降参の苦笑で答えると、説明の続きが始まる。


「彼女が国に望んだのは静かで自由な暮らしでした。国はそれを受け入れて、魔女は領主もしくは周辺の法治官・地元住民たちとの話し合いにおいて認められればどの領地のどこに住んでもいいことになりました。

高い創薬技術を持つ魔女たちを邪険にするような領主などそういませんから、実質望めばどこにでも住めるのです。

以降魔女たちはネフィヤールによってまとめられたこの国で、ネフィヤール以前のように自らの一族だけで小さな集落を作り、周辺の町や村との細々としたやり取りで糧を得る静かな暮らしをしています」


なんだか七英雄の中で唯一地味というかパッとしないというか何の利益も得ないのをあえて選んだのが魔女ロザリンデ、ってことね。

戦乱、逃亡、入植、建国と続いてちょっと疲れちゃったのかもしれないわね。

そういうことなら分からなくもないわ。


「思ってたよりもかなりふんわりした感じなのね、この・・・国は。ホントにこれでよく治まっているものだわ」


思わずつぶやくと、先生がおや、という顔をする。

・・・そういえば時々こどもらしくないことをうっかり呟くものだから、もう何度かこの表情を見ているわね。

よく気を付けないとキツネ憑き疑惑の上で火炙りよ、ミザリー。

うっかりで他殺されたらたまったものじゃないわ。


「それでその、先生のご出身はどちら?」


私は先生の疑念を打ち消すように、笑って見せてから話題を変える。

先生はきっと私の思惑などお見通しでしょうけど、疑念を引っ込めてふむ、と顎に手をやって考え込むような仕草をなさる。

ひとしきり考えて私に向き直った先生は、いたずらをする少年のようなきらきらした瞳で私に笑いかけると、楽しそうに口を開いた。


「ミザリー嬢。あなたが学園へ出発される時まで、私の種族の事は秘密にしておきましょう。ですが推測するのは自由です。直接的な質問や出身地は答えられませんが、他の質問の答えから推測する、というのもこの先きっとあなたには必要になるでしょうから、その練習としましょう」


確かに、この先出会う人たちみんなに出身地を答えてもらうわけにはいかないだろう。

先生はそういう時に相手の種族を推測する方法を実地で教えてくださろうとしているわけだ。

でも、今の私にはどうしても聞いておかねばならないことがある。


「ええとその、分かりました。でもあの、首・・・は、とれないですよね?」


勇気を振り絞って再度したその質問に、はははは、と心から楽しそうな先生の笑い声が応える。


「・・・ふふ、これは失礼。ええ、私はデュラハンではないので心配はいりませんよ」


楽しそうに細めた目で私を見ながらそう答えた先生は、私が次にどんな質問をするのか楽しみで仕方がない、という風だった。

多分生半可な質問ではきれいにはぐらかされるでしょうね。

きっちり確信を突いて、逃げ道のない質問を考えるか、外堀を埋めるみたいにたくさん情報を集めて推測するしかなさそうだわ。

どうもこれは・・・骨が折れそうね。



「ミザリー嬢が学園へ行くまで、まだ時間はたっぷりあります。私と以外でも練習する機会はきっとたくさんありますから、焦らずゆっくり進めましょう。―――さて。他に知りたいことがなければ、昨日の続きに戻っても構いませんか?」


先生が教科書をぽんぽんと軽くたたいて私の注意を引き、私に今一番必要な事―――勉強の続きを提案してくださったので、私は軽く顎を引いて了承の意を伝えた。

先生はそれを相変わらず愉快そうな表情で見て、教科書に視線をやると昨日の続きの講義をはじめ、私は慌ててノートを広げたのだった。


とにかくこうして少しでも知識を得るしかない。

この、わけのわからない世界と怪物ランドについて、ここで平和裏に生きていくために。



お疲れ様でした。

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