19.
彼女の話によると、現場は一時騒然としたらしい。
公子の生首と目が合って、叫んでぶっ倒れる私。
それをすかさず庇うお兄ちゃんのファインプレー。
ほぼ同時に父さんの執務室の窓ガラス数枚が内側から爆発するようにはじけ飛び、「どうしたミザリー!!!!」とか叫びながら鬼の形相で窓ガラスを突き破って飛び出してくる父さん(3階の執務室から・・・どうかしてるわよね、父さん。ちなみに無傷で着地したそうだ)。
父さんが着地するまでに、私を丁寧に横たえたお兄ちゃんが事の元凶――――公子の首を蹴り上げ、どこかへ飛んでいく首。
そして、わたわたと起き上がって吹っ飛ばされた首を求めヨロヨロ歩きはじめる公子(本体)。
それらのことがほんの数秒の間にコマ送りのように連続発生し、だいぶ遅れて髪をふり乱した母さんが猛ダッシュで玄関から飛び出してきたらしい。
「・・・だって、まさか首が・・・ねぇ?」
私一人で引き起こした事態がなんだか想像以上で、頭を抱えたまま思わず言い訳してしまう。まさかちょっと悲鳴あげただけで執務室のガラスが数枚駄目になるなんて思いもしないじゃない?
たいしてアルマはうんうん、と何度もうなずいて共感を示してくれる。
「そうですよね!仕方がないですよ!事故とはいえ異性に下着を見られてしまったら気絶だってします!」
・・・は?
え?待って、なに?私、パンツ見られたから気絶したと思われて・・・?
・・・パンツじゃ!! ない!!!
あんなふんわりパンツなんていくら見られたって私の尊厳は傷つかないのよ!!
逆にパンツ見られたくらいで気絶する女だって思われるほうがッ!!!
痛い!いろいろ痛いわ!!
なにこれ辛い!転生したことに気づいた時より辛い!!
そういえば目が合ったあの子、妙に赤面してたけど、あんなパンツで赤面するなッ!
あんなもの、股引って言うほうがしっくりくるようなセクシーさのかけらもない下着なのよ?女子があんなの履いてたらむしろがっかりしてよ!なにひとつ嬉しくないヤツでしょ!?
あの子の履いてた膝丈ハーフパンツと変わらないでしょうが!
っあーーーー!何でこんなパンツ連呼しなきゃならないのよぉーーーー!!
「下着はいい!下着はいいのよ!!問題は首!なんでとれるの!?とれちゃダメなやつでしょ!?」
思わずアルマに詰め寄ると、私の圧に押された彼女はじり、と後退する。
けれども私が言っていることもちゃんと理解できたようで、落ち着いて座りなおしてから私の疑問に答えてくれた。
「ああ、そういえばミザリー様、デュラハンにお会いになるのは初めてでしたっけ?」
でゅらはん・・・?
―――えっと、確かアイルランドかどこかの神話に出てくる死神っぽい妖精のこと、よね?
首のない馬に乗って、片手に自分の頭を抱え、近々誰かが亡くなる家を訪ねてくるのだとか。
もしくは、誰かの死の予言をし、1年後にまた現れて予言を実行するのだとか。
「え?でゅらはん?え?ネルガル公子って・・・?え?」
「あ、はい。ネルガル公爵家は皆様デュラハンですね。だから首がとれても平気なんですよ」
にっこり笑って当たり前のことのようにアルマが言う。
また世界線変わったのかしら?ちょっと何言ってるんだか分からないわ。
不意に、脳裏に妹の声が響く。
―――最近あたし、黒騎士好きなんだよね!アルベールが本命だけど、ディートリヒもかわいくって!・・・ところでお姉ちゃん、まだ誰ともお友達脱出できてないわけ?
「あぁ・・・黒騎士のディートリヒ、ね。お友達脱出どころかお友達すらいないわよ」
小さくつぶやくと聞き取れなかったらしいアルマが小首を傾げてこちらを見てくるので、私はガンガン鳴りはじめた頭痛を無視するように弱く笑って、お茶を頼むことにした。
「あったかいお茶を1杯もらえるかしら。色々あってびっくりしちゃったから落ち着きたいの」
アルマはすぐにご用意します、と言ってさっと立ち上がると、私の様子を改めて丁寧に観察してから出て行った。
ぱたんとドアが閉まる音がして、私は大きく息をつく。
なんでアイルランド神話に出てくる変な妖精の事なんて知っていたのか。
神話の類は読んだけど、北欧やギリシャ・ローマの有名なヤツ、もしくは我が国の神話くらいしか知らなかったはずだ。
アイルランド神話なんてマイナーなものについて自ら進んで知識を得ようとするほど読む物に困ってたわけじゃないし、答えは妹が持ってきたゲームだ。
あれに出てきたから、きっと調べたのだろう。
「うん?・・・ネルガル第二公子ディートリヒ、は、デュラハンで、ここは怪物ランド――常闇王国で、隣の国はステンレス」
え?
ちょっと待って、なんでそんなにあのゲームとの共通点があるの?
これはゲームじゃない。
せいぜい4つくらいの選択肢を延々選び続けるだけの世界なんかでは断じてない。
きちんとみんな、喜んだり悲しんだり怒ったり笑ったりしながら、ここで生きている。
「・・・つまり、ゲームの中と同じような世界が、私がいた世界と並行して存在して、いる」
転生は、必ずしも未来に向けてするものではない。これは私の記憶が戻ってすぐに気が付いた。
そして、同一の世界線上だけにするものではない、と言うことか。
ここは大昔に私の前世の世界と枝分かれした並行世界のどこかなのだろう。
あのゲームは・・・もしかしたら私と同じようにこちらの世界からあちらへ転生した誰かが、取り戻した前世の記憶をもとに作り出したものなのかもしれない。
そしてその“誰か”は今より未来のことを知っていた。
私は大急ぎでベッドから降りると、窓際の明るい場所にある机に飛んで行って鍵付の日記帳を出し、白いページを見つける。
思い出せる限り思い出して、忘れないように書き留めておくために。
あのゲームはどんな内容だった?
確か―――そうね、ステンレス・・・光の国から女の子がやってくる。
そこから始まったはず。
ここは怪物ランドで、現在の状況としては隣国ステンレスとはいつ戦争になってもおかしくないくらい緊張している。
ならなぜ隣国の人間がこちらの国に来る?
ゲームの冒頭部分で何か言っていたはずよ。
妹がぴったり隣にいて最初の1回は読み飛ばせなかったから、何か思い出せるかもしれない。
「・・・学校に入学する。そう、学校に入学するシーンから始まってた。でも、隣の国にも学校くらいあるでしょうに。・・・交換留学?軍事的に緊張してるのに?それじゃ人質と変わらない・・・」
『―――わたし、アンジェラ!みんなはアンジェって呼ぶわ。今日からお隣の国、常闇王国≪サンレスキングダム≫の学校に通うことになったの!
文化も風習も、住んでる人たちも私の国≪ステインレス≫とは違うから、ちょっぴりドキドキするけど、たくさんお友達ができるように頑張らなくちゃ!』
不意に妙にかわいらしい声が脳裏によみがえる。
あのゲームの冒頭シーンだったはずだわ。
そうそう、確かアンジェラ。アンジェラって言ったわ、あの光の国の女の子。
ちょっと足りない子っぽいのよね。
怪物の住む国にやられて友達ができるかどうか心配するより、無事生きて帰れるか心配しなさいよ、って思った覚えがあるわ。
と言うかそもそもあなたは何でこっちの国に来ることになったのよ。
停戦協定でも結ばれるのかしら?
けど今も一応は休戦中のはず。
それでも国境で領土侵犯が繰り返されてるんだから、数年以内に交換留学が実現できるほど関係改善なんてできるものなのかしら。
・・・国の事は一旦置いておこう。
ついでにアンジェラの事も一旦置いておいてゲームのストーリーだけでも思い出さなきゃ。
あれはアンジェラ視点だったけど、起こることはすべてこの国の事だった。
しかも選択を間違えると何かとんでもないことが起こっていたような気がする。
片手間でテキトーにやってたからすんなり思い出せないわね、もどかしい。
でも私はアンジェラじゃないわけだから、思い出したって何かできる・・・?
―――待って、混乱してきた。
一旦落ち着かなきゃ。
・・・駄目だわ。思い出そうにもろくに物を考えられないし、そもそもこの世界について圧倒的に知識が不足してる。
聞かなきゃならないことが多すぎる。
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いきなりのファンタジー展開でお気に入り減るかな、と思ってたんですが、ちょっと安心しました。
引き続きお付き合いくだされば幸いです。