表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/52

18. Hello again, world!

―――妹の声が聞こえる。


「だぁからぁ!マジ面白いの!モンプリ!お姉ちゃんもやってみなよぉ!」


懐かしい声に、思わず笑みを浮かべる。

あまりにも日常的だったその声は、もはや遠い世界のものになってしまった。

笑みを形作っていた唇が震え、泣きそうになる。

それを遮るように、今度は前世の私の声が返事をする。


「・・・ネコの餌の話?面白いの?」

「は!?何聞いてたの?モンプリだよモ・ン・プ・リ!ネコの餌の話なんてしてないし!」

「え・・・?モンプチ・・・?」

「ちーがーう!モンプリ!これだよこれぇ!」


今やはっきりとその姿を見ることができるようになった妹が、ちょっとだけ拗ねたような顔をして唇を不服そうに尖らせ、彼女の前に立つ姉・・・かつての私に何かを差し出す。

まるで映画を見ているようだ。

記憶の断片。

近くて遠い、ここではない世界の話。


妹がずいっとこちらへ押し付けるように見せてきた長方形の薄っぺらい箱には、少女マンガのようなやたらキラキラしい筆致で数人の登場人物が描かれている。

中央に女の子が1人いて、それをパーソナルスペース!!と言って押し戻したくなるほど近くで囲む数人の男の子たち。

そして、その絵の上にはなんだかポップな字体と色使いで書かれたタイトルが踊っている。


「・・・怪物王子・・・私、普通の女の子だけど怪物の国の女王様になります・・・?」

「そう!!でも怪物王子じゃなくって、モンスタープリンスって読むの!だからモンプリ!!」


やっと事態を理解したとみた妹が、きらきらした目でこちらを見、ちょろそうなネズミを見つけたネコのようににんまり笑う。

急転直下の状況に、まだ何も理解できていないけれど、とにかくちょっとでも情報をとりこんで妹に怒られないようにしよう。

そう思って、さらに箱を観察する。


「・・・怪物ランド・・・で、女王様になるの・・・?」

「ダッサ!!なにそのランド!腐った夢の国みたい!!怪物ランドじゃなくて、常闇王国≪サンレスキングダム≫!そこに住んでるモンスター男子と、光の国≪ステインレス≫から来た女の子がね!」


常闇王国にステンレス(金属・・・?)のほうが怪物ランドよりよほどダサイと思ったけれど、そんなことを言ったらまた妹を怒らせるだけだ。

とりあえず、お姉ちゃんちゃんとお話し聞いてるよ、ということを分かってもらおう。


「女王様になるのよね?男の子たち全部隷属させて・・・叩いたり、貢がせたり?それ、ホントに面白いの?」

「ちっがあああうぅぅ!!お姉ちゃんマジで喪女!!」


マジで喪女ってなんか語感がいいわね、なんて思っていると、妹は一人でヒートアップしていく。

この子は私と違って性格が明るく、容姿も可愛いしオシャレに手抜きをしない。

友達も多く恋人もいる、いわゆるリア充キラキラ女子というやつ。

けれども本当はゲームやアニメが好きなのだが、それは絶対に外では公言しない隠れオタクだ。

そして、本当に好きなゲームやアニメの話ができる友達がいないため、何かにハマるたびに私のところへ持ってきて、私にもさせようとしてくる。

けれど困ったことに私では妹の趣味を100%は理解できない。

努力はしているけれど、こんな齟齬は日常茶飯事だ。


「もうっ!女王様ってそういう女王様じゃないから!!光の国から来た女の子がプレーヤーで、常闇王国の王子様とか、他にもたっくさんカッコいい男の子たちが出てきて、恋愛するんだよっ!おススメはアルベールルートかな!ホントにアルベールがエロくってカッコよくって、マジやばいんだから!!とにかくやって!早く!!」

「え、でもこれ、箱に暴力表現注意マークが入ってるけど・・・女王様・・・」


箱を観察した結果得られたその情報からの推察は、妹に完全に黙殺された。



急きたてられて流れるようにPCの前に座らされ、勝手にゲームをインストールされた揚句、ゲームを起動して万全にお膳立てしてから、妹はこれでいいでしょ!と続きを促す。

ゲームなんて別にしたくなかったけれど、仕方がないので妹の監視が外れるまでは、と適当に選択肢を選び続けたら、妹は結局隣で食い入るように画面と私の反応を見守り続け、数時間後に主人公の光の国の女の子が誰ともどうにもならずにお友達をたくさん作って自分の国へ帰っていくと、さっそくお説教を開始した。

ハッピーエンドで何一つ文句のなかった私にはよく分からなかったけれど。



それからも、大学終わりやバイト帰り、休みの日に私の部屋へ来ては2周目3周目の進捗状況を確認してくるので、あれでもだいぶ徳が積めたと思う。


「ちょ、お姉ちゃん、またお友達エンド!?」

「は?ナニこれ、どうやったらこんなお友達ばっかり量産できるの?だから喪女なんじゃん!」

「・・・親密度って知ってる?それ上げれば友達以上にくらい普通になれるんだけど。」

「てかなんでこんな均等に親密度上げてんの?え?一人も落とせてないのにハーレム狙ってんの?」

「まず一人落としなよ。標的(マト)絞って、他のは全部無視でいいから、集中して狙うの。とりあえず王道の王子狙ったら?吸血鬼の王子様。ハッピーエンドほんと泣けるし」


などなどなど。

ちなみに、どれも何を言っているやらよく分からなかったんだけれど、特に一番最後のが分からなくて、「え?標的?え??標的を吸血鬼に絞って狙うの??・・・どこかに十字架とか聖水とかトネリコの杭って売ってるの?村を救うの?」と聞き返し、すかさず「ヴァンパイアハントすなっ!!泣けるハッピーエンドは村救うとかじゃねぇわ!!」と怒られたのはいい思い出だ。


―――うん?

なんだろう。

なにか、大事なことを思い出した気がする。

懐かしい妹の声。

あの子との、ごく些細な日常の思い出。

それだけじゃなくて、なにか。なにか大切なこと。


あの子は言っていた。

常闇王国≪サンレスキングダム≫―――それから、光の国、ステンレス。

聞いたことが、ある。

確かに、聞いたことがある。

今の私の、暮らす国は――――


「怪物ランドっ!!!!」

「ひぁ!!?」


叫んで飛び起きると、枕元にいたアルマらしき人が驚いてひっくり返るのがうっすら見えた。

半覚醒の目をこすって、頭を振って意識をはっきりさせる。

と、横合いからどかんと衝撃が来て、私は何か柔らかいものに包み込まれた。

なななに?ちょっと待ってまだ頭がはっきりしてないのよ!寝起きはやめてよ!!


「ミザリー・・・!!よかった!!!」


耳元で女性の―――この世界での母の声がする。

ああ。

夢だったのね。

どちらかと言うと27歳の“マジで喪女”が公爵令嬢になる夢を見ていた、というオチがよかったんだけれど。

こっちの母さんのほうが現実だったかー・・・

ぎゅうぎゅうと抱きしめられてそろそろ苦しいから、技を決められたレスラーが降参する時するように、自由になる手で母さんの背中をぽんぽんぽんと叩く。

それでやっと己の胸で娘が圧死しそうなのに気が付いてくれたようで、母さんが体を放してくれる。

ふう。やれやれね。日本人の慎ましやかなそれと違って、暴力的な胸だこと。


「何があったか覚えてる?ちゃんと記憶はある?痛いところは?」


娘を物理的には解放したものの、まだしばらく傍にいることにしたらしい母は私の頭を撫でながら矢継ぎ早に聞いてくる。

ちょ、待ってってば。こっちは寝て起きて締め落とされそうになって解放されたところなのよ。


「・・・よく分からないわ」


3つもいっぺんに聞かれてちょっと混乱したままとりあえず素直な感想を述べると、相対している母がまた心配そうな表情になる。


「ミザリー様はネルガル公子のお出迎えをされて、ちょっとした事故があって気絶されたんですよ。兄君が庇ってくださったから頭を打ったりはなさってませんけど、混乱されるのも無理ないです」


いつの間にかベッド脇にアルマの姿が戻っており、沈痛な表情でそう教えてくれる。

えーと、そうそう、確かお兄ちゃんとネルガルの第二公子をお出迎えして。

コルセットが苦しくて。

それで、えーと、コルセットがきつくて・・・?

あれ?コルセットのことしか覚えてない・・・?

一生懸命思い出そうと頭を抱えていると、ふふ、と母が笑う気配がする。

顔をあげるとベッドに腰掛けた母が心配が溶けて少し安堵したような笑みを浮かべて私を見ていた。


「あなたももう立派な淑女になったのねぇ。知らない間に大きくなっちゃったわ。・・・ずいぶん、もったいないことをしちゃったみたい。―――でも、もうこれからはあなたの成長を傍で見ているからね」


少しだけ寂しい笑みを浮かべて、それから母はまた私を抱き寄せる。

今度はきちんと力加減されていて、不覚にも居心地がいいと思う程度の抱擁だった。

でもこれは多分接吻されるわね。

我慢、我慢よミザリー。一つ積んでは母のため。


しばらく私を抱きしめて、母は予想通り私の額に口づけると、そっと私を解放してくれる。


「さて、私のかわいいお姫様は無事ってあなたの父様と兄様にお伝えしてくるわね」


母は今度こそ不安も寂しさもない笑みを浮かべて私の頭をひと撫ですると、するりとベッドから降りて去り際にまた笑みを寄越し、部屋を出て行った。

ぱたんとドアの閉まる軽い音が響いて一拍。

ふう、とアルマが息をつく。

これまであまり家に居なかった奥様だから、同じ空間にいると多少緊張するようだ。


「それで、何があったか詳しく教えてもらえるかしら?」


アルマに向き直って問うと、彼女も私が平常運転に戻ったのを認めてかすかに安心したように笑う。

心配してくれてたのね。

・・・まぁ、たとえば好きじゃない相手でもいきなりぶっ倒れたら心配するわよね、人の心があれば。


アルマは私が身振りで勧めると遠慮がちにベッドに浅く腰掛け、私と目線の高さを近くしてから語り始めた。

私が気絶してからのことを。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ