13.
翌朝。
さすがに昨夜はお兄ちゃんは来てくれず、父と母が部屋に飾った花のお礼とお土産を渡すという名目で様子をうかがいに来たのをやんわり追い返し、昨夜の夕食と今朝の朝食はみんなで頂いたものの、両親が状況をまったく理解していないため家族の団欒とは程遠い空気感だった。
会話の糸口をつかもうと例の約束に従って両親の部屋に飾った花を大げさに褒めてくれたりしたのだけれど、どちらかと言うとその賞賛を受けるべきは私ではなく花を育てたルークでありガーランドさんであり、飾るのを手伝ってくれたというかほぼ彼女の仕事と言えるアルマね、なんて素で返したものだから、会話が弾まないことと言ったら。
ずっと気まずい思いをしていたであろうお兄ちゃん、ごめんなさいね。
今日の第一回家族会議である程度改善要求するから、一時的に我慢してちょうだいね。
第一回家族会議は朝食後、そのままその場所で執り行うこととして、アルマがみんなに食後のお茶を配ってくれたのち、私は話を切り出した。
「父さん、母さん、お忙しいのは理解しているのだけれど、今から少し時間を頂けないかしら。」
こどもの手には少し大きいティーカップを両手で包み込むようにして持った私がそう声をかけると、一瞬両親は戸惑いを含んだ目で互いを見交わし、すぐにその戸惑いを消した父がうなずいた。
「もちろんだよ、ミザリー。そのために帰ってきたんだからね」
そうよね。そもそも私が帰ってきて時間取ってね。とお願いしたから二人はここにいるのだ。
お願いしないと揃って帰ってきてくれない、というのが問題だとは考えもしないで。
「ありがとう、父さん。お兄ちゃんも構わないかしら?」
隣に座る兄を見ると、私が何をするつもりなのか知らないはずの兄は動じるでもなく、一つこくりとうなずいた。
それに笑みとうなずきを返すと、私たちの様子をきちんと見ていてくれたアルマが、昨日仕上げた提案書をそれぞれに配ってくれる。
「これは?」
アルマに手渡された紙を受け取って、手書きのそれをいぶかしげに見ながら父が問うてくる。
「提案書よ。これから読むので手元の紙を見ていてください。」
私は椅子からぴょんと飛び降りると、手にした紙を掲げてみせる。
みんなの視線がそれぞれの手元の紙に落ちたのを見て、深呼吸。
さて、始めるわよ。
「・・・提案書。わたくしミザリー・フェンネルは父、ベルナルド・レーヴェ・フェンネル、母、ロザリア・フェンネルに以下の通り提案致します。
―――ひとつ、他国および他領との戦争状態、もしくはそれに類する緊急事態、弔辞慶事国事または社交上必要な行事等への出席時を除き、両親のどちらかが家にいることを望みます。上記に当てはまらない例外事項が発生した時は、緊急時を除き都度相談するものとします。
ひとつ、在宅時は可能な限りこどもと過ごす時間を設け、来客・催しなどがない平時または業務に障りのない範囲においては最低限食事は定時に一緒に摂ることを望みます。
ひとつ、これも可能な範囲で構わないので、年に一度は家族でどこかへお出かけする機会を設けていただけると嬉しいです。
―――以上、私からのお願いをまとめて提案いたしました。不明点があれば挙手してご質問ください。」
家族で過ごす時間の確保、一緒に摂る食事、それから年に一回の家族旅行。
こどもが親の愛情を感じながら成長できる基本セットって大体このくらいかしら?
前世の家族を思い出しながら作ったから、そんなに大きくは外してないと思うんだけど。
書類から顔を上げて家族を見回すと、父母は相変わらず何が起こっているか分からないという表情で私と提案書を視線で往復し、兄は妹がずっと書庫で何かやってたのはこれか、という、ちょっと呆れを含んだような視線をこちらに向けてくる。
その兄に向けてにっこりほほ笑むと、ぱっと視線をそらされてしまった。
「これ・・・は、ミザリーが作ったのか?」
手元の紙を軽く持ち上げて、父が当惑を隠せもせずに聞いてくる。
「ええ。私が自分で考えて、一人で作りました。誰の入れ知恵でもないから、アルマや先生に聞いてもダメよ。―――もちろん、不可能なことがあれば妥協点を探る方向で調整させてもらいます。父さんか母さんに家にいてほしいというのは無理なお願いかしら?」
小首を傾げて質問を返した私に、両親は視線を交わす。
その後で父が苦く笑って、首を振る。
「ずいぶん、難しい言葉を勉強しているんだね。驚いたよ。・・・どうやって話せばいいのか・・・ミザリーが生まれる前、隣の国、ステインレスと国境で何度も小競り合いがあったことはもう先生に教わったかな?」
今は綺麗に手入れした顎を撫でつつ、言葉を選んで父が話し始める。
「簡単に説明すると、今みんなが住んでいるこの国、サンレスキングダムと隣の国、ステインレスは昔から折り合いが悪くて・・・ええと、仲が悪くて、本格的な戦争を何度かして、それ以外の時もずっと国境付近でもめ事が続いているんだ」
8歳と10歳に分かるように話そうと努力してくれているのが分かるので、私は椅子に座りなおして斜め向かいの父をじっと見る。
幾分迷いも見えるものの、こども相手でも誤魔化そうとせず、きちんと話してくれようとする父は、とても誠実な人柄のようだ。
「この領地は南側がステインレスとの国境になっていて・・・辛い話になるが、少し前にステインレスから国境を越えて非正規兵・・・ええと、国の兵隊ではない武装集団・・・ええと、武器を持った人たちがたくさんこちら側へ侵入してきたんだ。その時、父さんとエティ・・・レオンハルトの母さんは、向こう側から来た武器を持った人たちと戦って、戦争になる前に追い返したんだけど、それからずっと国境が不安定で、父さんとロザリア母さんはこの領の国境を見回る仕事をしているんだ」
父の海色の瞳を、かすかな痛みが掠める。
それは多分、横に座っている兄にも同質の痛みを与えている、喪失の記憶だろう。
「・・・南側の国境はとっても広いんだ。本当は父さんも、ロザリア母さんにはずっと家にいてお前たちと過ごしてほしいと思っているんだが、なかなかそうもいかなくてな・・・。すまない」
父は躊躇一つ見せず、私と兄に深々と頭を下げた。
隣の母も沈痛な表情を浮かべ、父に習ってこうべを垂れる。
愛情の足りない両親だと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。
「状況は理解しました。いくつか聞いても?」
私の問いかけに、理解力がありすぎる8歳児への戸惑いを押し隠して、顔を上げた父がうなずく。
「父さんには部下がいると思うんだけど、もちろん国境沿いの町ごとに配置しているわよね?通信伝達の手段はどんなものを使っているのかしら?お手紙?」
「ああ、よく侵入されるあたりを中心に、領軍はある程度国境警備に割いている。通信手段については、基本はミザリーの言うとおり手紙だ」
「それは郵便の専門部署があるのかしら?それとも民間委託?」
「ええと、部署・・・?民間委託・・・?本当に難しい言葉を知ってるなぁ、ミザリーは・・・。いや、手紙はその時手の空いている者が届けてくれるな。領軍以外の者の手は借りないよ」
「そう。じゃあ可及的速やかに専門部署をつくって領土全域にネットワークを構築すべきね。情報管理を一元化して得られる利益は大きいわ。手紙を運ぶのに人員は必要だけど駅伝制にすれば一人あたりの負担は減らせるし、多元的に構築したネットワーク上で領内の情報を共有化しておけば万一どこかで手紙がなくなっても、ほかのルート経由で報告が上がるから保険にもなるし」
不便よね、インターネットはおろか電信技術のない時代っていうのは。
手のひらに収まるデバイス一つで世界中のあらゆる情報に瞬時にアクセスできていた私の感覚からしたら、情報を手紙で運ぶというのは信じられないくらいゆっくりしていて不便に感じる。
せめて手紙でも効率的に情報を得られるようなシステムくらい構築しておかないと、と思って提案したのだけれど、ふと自分の思考を離れて家族を見ると、三者三様に驚きの表情でこちらを見ている。
・・・ああ、ろくにモノを知らない8歳のお嬢様だったのに、あまりにもやらかしすぎたかしら。
「あの・・・たくさん本を読んだのよ。父様も母様もいらっしゃらなくて、つまらないから」
ぽかんとした三人に、今更のように取り繕ってみる。
頑張ってちょっと拗ねた表情を作って、上目づかいに家族を見回す。
・・・ええ、分かってるわ。無駄よね。
連載開始から2か月と少し、拙文にお付き合いくださりありがとうございます。
沢山ブックマークを頂き、お気に入りの暇つぶしにしていただいているようで嬉しい限りです。
おかげさまで、増えるブックマークをにやにや眺めるのが日課になりました。
年明けは1/9からの更新を予定しています。
年の瀬で何かと気忙しいですが、皆様、本日もご安全に!・・・違うか。
どうぞよいお年をお迎えください。