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02 月詠

 遠く、彼方の山間に無数の誘導灯が見えてきた。

 俺は無線回線を航空管制無線に切り替え、管制官に連絡を取る。


「『オメガ』。こちら、『ルナ』。只今より着陸シークエンスに入る。送れ」

「『ルナ』。こちら『オメガ』。了解、滑走路着陸後、迎えを寄越す。現出(アクティベートを解除し、待機するように。送れ」

「『ルナ』りょ。通信終わり」


 無線送信を切りに変えると、白姫が操る月詠の動作に身を任せコクピット内の背もたれにどかっと身体を委ねると少しだけ目を閉じる。


『マスター、居眠り運転は厳禁ですよ』そう白姫が俺に囁くように話しかける。

「もうやる事ないだろ。俺は白姫を信頼してるからな」


 はいはいと、クスリと笑いながら白姫は返事をした。

 白姫もきっとわかってくれてるのだろう。温子あつこさん以外のエイギア操縦手パイロットと会う憂うつさを。全員が全員そうではないが、本来軍属でもなかった俺が月詠と契約している事が許せないらしい。

 そうやって邪見に俺を他の搭乗員マスターが扱うからか、本来人当たりのいい性格に設定されている白姫ピクシーも絶対零度の態度で他の妖精ピクシーに食ってかかる上、その搭乗員パイロットとは決して話さない。


『マスター、着陸まで残り5、4……着陸、今』


 航空機ならば、ドン、といった衝撃があるがエイギアによる着陸は本当に軽くジャンプしたくらいのものだ。

 少しの揺れを感じた後、俺は一応月詠の計器の異常を点検し、「現出アクティベート解除」と、白姫に告げる。


了解ヤー現出アクティベート解除します』


 一瞬の浮遊感を感じた後、蛍のような淡い光に包まれ俺はゆっくりと地面に落ちていく。

 隣を見ればいつものように俺の手を握る白い髪、白い肌が特徴的な少女、白姫がいた。解除後、白姫がこうやってゆっくりと下ろしてくれなければ俺は地面まで真っ逆さまである。

 確か重力を半分反重力波で打ち消していると聞いたが、俺には原理はさっぱりわからん。

 宇宙空間顔負けの着地を俺果たし(九割九分白姫のお陰だが)、うん、と身体を伸ばした。

 別に月詠が狭いわけではないが、閉鎖空間から外に出るとこうしたくなるものだ。


 周りに未だ誰も居ないからか、人形のような顔立ちの白姫が俺ににこりと笑いかけ、「お疲れ様でした」と、話しかけてくれる。

 この瞬間は普通の少女のようであるのに。

 迎えの小型がこちらに走ってくるのが見える。車長席には温子あつこさんが乗っているようだ。

 その途端、白姫の顔が凍りついた。無表情で何処までも冷たい目をしている。

 それが少し悲しくて俺はポンと、白姫の頭に手を乗せると優しく撫でた。

 横目でこちらを白姫が見てくるが、嫌じゃない事はわかってる。嫌なら嫌というタイプだから。

 小型は俺の目の前で旋回して止まると、車長席から温子あつこさんが降りてきた。

 俺は温子さんに敬礼をし、温子さんが返礼を返し終えたのを見ると敬礼を止める。

 最初の頃はこんな事で他の搭乗員パイロットから馬鹿にされたり怒鳴られたものだが、今はもう慣れた。


「お疲れ様、あきらくん。滞りなく任務が終わったようでなにより」

「わざわざすいません。温子少佐」

「後ろに乗って」


 俺と白姫が乗り込んだのを確認すると、温子さんも小型に乗り、ゆっくりと小型が出て行く。


「あぁ、そうそう。小西こにし帰ってきてるわよ」

「あ、本当ですか。小西こにし大尉は今営内で?」

シャバに行ってるわね。でも営内に尊ちゃんが残ってるし、挨拶してきたら?」


 小西こにし大尉は俺が右も左もわからなかった時にお世話になった先輩だ。

 選民思想――エイギア選民主義せんみんしゅぎ、エイギア操縦手パイロットこそ、選ばれたエリートといった思想に囚われていない人の一人であり、軍人でもない俺を優しく教えてくれた。

 選民思想の奴らはどうあっても俺を認めようとしないし、まず話が合わない。

 しかし、妖精ピクシーを置いて外出って、大丈夫なのか?

 その考えが顔に出て居たようで、温子さんはクスリと笑う。


搭乗員パイロットとしての印象が強いようだけど、元々空挺レンジャーよ。それに拳銃持っててるし、死にゃしないでしょ」

「まぁ、そうですが」

「ま、MP(警務隊)も巡回してるし、治安は平気。アンタも明日出るなら外出届書いておきなさいね」


 チラッと白姫が俺を見ている事に気がついた。

 わかってるって、と俺は白姫に視線を返すと彼女は目を逸らし、窓の外をまた眺める。


「あー。温子さん。明日の月詠のB整備が終わったらハクも連れて行きたいんですが、平気ですかね」

「ん、エイギアを? 何しに行くの?」

「美味しい月餅げっぺいのお店があると聞いたので、一緒に食べに行こうかなと。」

「成る程ね。MP(警務隊)には伝えておくから、構わないわよ」

 

 白姫は視線を外に向けたまま無表情を貫き通していたが、足が少し前後に揺れていて嬉しそうだった。

 犬みたいだな。そう思うが、きっとそれを言ったら彼女は拗ねてしまう事だろう。

 何も言わずに俺は白姫のその様子を楽しむのだった。


✳︎


「頭痛え……」


 水門基地に帰ってきた途端、報告を終えると温子さんに捕まった俺は温子さんの部屋で焼酎を飲まされたのだった。

 恐らく年下好きであろう温子さんは俺に良くはしてくれるが、正直飲み会の度に服をはだけさせるのをやめてほしい。

 多分わかっててあの人はやってる。自分の胸が大きめで俺がついつい見てしまうのもわかっててやっている。

 ボディタッチも多いし。

 俺も健全な男の子だ。背中から這い寄る魔物の意思を捻じ曲げるのは酷く疲労を要した。

 もし、魔物に負けてしまえば、白姫の絶対零度の視線が俺に向く事だろう。

 何故だかわからないが、白姫は俺に好意があるらしい事はわかってる。勘違いだったら嫌だし、特に言及もしないが白姫の事を俺も悪く思っては居ない。

 友達未満、相棒以上、恋人未満、そんなあやふやな関係だろうか。


 温子さんをベッドに寝かしつけ、俺は自分の部屋に戻る途中だった。

 不意に小西大尉の部屋の電気が付いている事に気がついた。挨拶くらいはしようと思いノックをし、「第零零機人兵だいぜろぜろきじんへい連隊。第二中隊 早乙女中尉入ります」と、声を掛けると、どうぞ、中から女性の声が聞こえた。

 みことちゃんかな、と思い扉を開け中に入るとやはり黒髪の短髪の妖精フェアリーであるみことがベッドの上で寝ながら本を読んで居た。


「お疲れ様〜。昭くん。今こにたんは外出中だよ〜」

「もう帰ってるかなって思ったんだけど、外泊か」

「任務終わって一週間くらい休暇取ってるからねぇ」


 一週間か、いつ帰ってくるかわからないな。

 黒いタンクトップと短パンで寝転んでいる彼女は普段はこんなんだが、戦闘となれば『武甕雷たかみかづち』というエイギアを現出アクティベートさせる。

 その機体性能は非常に極端ピーキーであり、機動性、瞬発火力は全ての機体を差し置いてトップの性能を持つが、一切火器を使用できないという制限を持つ。

 ただ、近接攻撃の火器管制を搭載しており、恐らく月詠ですら近距離で闘えば二回攻撃を貰えば戦闘不能に陥る。


 なんの本を読んでいるのかと、ふと背表紙を見てみると、読んでる本は最近アニメ化された少女マンガのようだった。


「あ、そういえばハクちゃんは?」

「帰隊してすぐ疲れたのか部屋で寝てるよ」

「んー、少女漫画貸したげよあと思ったんだけど、なら明日にするー」

「いっつもごめんな、尊ちゃんにまでハク冷たいし」

「ん? いや、でも私とは結構会話してくれるし、それに、私も、こにたんをあんな扱いされたら怒るからなぁ」


 あんまり邪魔するのも悪いし、そろそろお邪魔するかと「それじゃあまた」と言うと、尊ちゃんは漫画から顔を上げこちらを見てきた。

 どうしたのかと目を合わせると、



「昭くん、あんまり浮気しちゃダメよ? ハクちゃんオコだよ、オコ」

「浮気って、付き合ってもないし。それに別に温子さんともそんな関係じゃないぞ」

「またぁ、ハクちゃんが昭くん好きな事わかってるくせに、それに首元、口紅付いてるから落としたほーがいいよ」


 うっそぉ!? 俺は急いで尊ちゃんが指差す首元を手で拭うと、べっとりと紅色の塗料が手にこびりついた。

 今俺は自分でもまさに渋柿を口に入れたような顔になっていると思う。


「あの人は――、ありがとう。ハクがヘソを曲げるとこだった」

「本当に何もしてないの?」

「神に誓ってしてねぇ」

「まぁ、いいけど。ほんと、あんまりほかの女にうつつ抜かしたらダメよ〜」


 漫画に視線を戻しながら尊が言う。

 俺は「はいはい」と彼女に苦笑いを返すと扉を閉めた。

 ――浮気って、兵器エイギアと人間が恋ってどうなんだろう。

 そんなことを考えながら俺は部屋に戻る。既に消灯時間まであと30分もなかった。

 部屋の電気が付いている。あれ、ハクが寝てるから消したよな、などと思いながらがちゃりと扉を開けると、ハクが布団に潜りながら携帯電話を弄っていた。

 俺がかえって来たことに気がつくと、携帯電話を切り、こちらを向く。

 そして、少し拗ねたような顔でポンポンとベッドの横を叩いた。

 待っていたのか、なんて言えば多分明日一日中機嫌が悪い。だから俺は、


「ありがとう、もうちょっとまってて」


 そう告げると急いでシャワーを浴び、部屋着に着替えると、電気を落とす。

 シングルベッドだが、ハクに添い寝すると、ハクはキュッと身体を擦り付けながら目を閉じる。

 いちいち動作が犬みたいだ、などと風情にもない感想を抱きながら俺もハクの頭を撫でて目を閉じた。

 ――兵器と人間の恋ねぇ。

 眉を顰めながらどうなんだろうと、悶々と考えて、いると考えがまとまらぬまま俺の意識は闇に堕ちていった。

 

 



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