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最強の魔王と伝説の軍師

 宿場町で数日休むと、そのまま孔明の庵に行くが、また彼の庵の前で小僧が掃除をしていた。


 ジャンヌが尋ねる。


「またきたの。コーメーという人は帰っている?」


 小僧は丁寧に頭を下げると、「帰っています」と言った。

 ただし、と小僧は続ける。


「帰ってはいますが、先生は今、お昼寝中でして。起きるまで待ってもらえますか?」


 その言葉にジャンヌは怒る。


「魔王は忙しい中やってきたの! それも二回も。それをお昼寝ごときで待てだなんて」


 立腹するジャンヌを制する。


「まてまて、ジャンヌよ。人間、まったり寝ているところを起こされるのは厭なものだ。ここは待とう。時間は有限だが、森を愛でるくらいの時間はある」


 と、きびすを返し森を散策した。

 孔明の森はなかなかに美しく、野花や木々が美しかった。

 ジャンヌは野いちごを見つけると次々と口の中に放り込む。

 彼女は野いちごを噛みしめながらこう言った。


「コーメーは無礼なの。あんな無礼なのを仲間にしてもいいことはないの」


「三顧の礼を尽くすに足りる相手だよ」


 と擁護すると、二時間後、孔明の庵に戻った。


 すると小僧は「今、ちょうど先生は目を覚まされました。ですが、喉が渇いているようで、森のイチジクを食べたいと所望していまして」


 今から採ってくるので待ってくれますか? という言葉を言い終える前に、先ほど採取したイチジクを彼に渡す。


 それを見て小僧は驚いているようだ。


「あなたは仙人でしょうか?」


 と尋ねてくる小僧に、

「魔王だよ」

 と返すと、そのまま孔明の家に案内してもらった。


 案内といっても小さな家、玄関を入るとすぐに応接間があった。


 応接間は書斎も兼ねているようで、壁一面に本棚があり、本がびっしり収められていた。


 この辺は伝承の孔明ぽかったが、応接間で本を読んでいた孔明その人はあまり伝承ぽくなかった。


 テーブルの上には無造作に本が置かれており、孔明と思わしき人物は一心不乱に本を読んでいる。


 服は皺だらけ、髪もボサボサだ。

 昼間から酒を飲んでいるようで酒臭い。

 物語に出てくる聖人像は速攻で崩れ去る。


 孔明と思わしき人物は、本から顔を上げるとあと五分ほどで読み終わる、とこちらをちらりと見た。


 本は分厚く、その量を五分で読み終るのは不可能かと思われたが、彼は実行する。

 パラパラとめくりながらあっと今に読んでしまった。

 歳三がいちゃもんをつける。


「読むだけなら猿でもできる。問題は内容を覚えているか、だ」


 その通りであるが、孔明は気にした様子もなく、本を歳三に渡すと、

「適当なページの適当な行を言ってみてください」

 と言った。


 歳三は指示に従い、300ページ目の5行を指定した。


「そこに書かれているのは、戦略についてですな。遠交近攻を持って戦略の根幹とすべし、と書かれている」


「……合っている」


 と土方は顔を青ざめさせる。


「私は本を読んでいるんじゃない『記憶』しているのです。頭に刻み込んであとから読んでいる」


 聞いたことがある。


 超速読の名手は文字を写真のように頭に刻み込み、あとから読むことができる、と。孔明という男はそれができる男なのかもしれない。


 そう考察したが、孔明は急に笑い出す。


「はっはっは、冗談ですよ。そんな化け物みたいなことできるわけがない。そこのサムライに渡すときに折り目を入れておいたのですよ。記憶しているページをわざと開かせた」


 なんだ、そういうことか、と安心する歳三とジャンヌ。

 俺はとあることに気が付いていたが、あえて黙っていると、核心に入った。


「貴殿がかの有名な諸葛孔明に相違ないか?」


「有名かは知りませんが、私の名は諸葛亮、あざなは孔明」


「かの天才軍師に会えて光栄だ。俺の名は魔王アシュタロト、貴殿を是非、配下に加えたく、参上した」


「単刀直入ですね」


 と孔明は小僧にキセルを持ってこさせると、それを吸った。

 トントン、と灰皿にキセルを二回叩くと、俺の顔を見つめ、値踏みしてくれる。


「なかなかに男前の魔王ですね。デカラビアとは違う」


「あのヒトデと同類にされたくはない」


「見事デカラビアを出し抜いたと聞きましたが」


「小細工を使ったがな」


「小細工、大いに結構です。なにも弄さない王よりもいい」


 孔明はそう断言する。俺のことを気に入ってくれたようだが、それでも配下になる気はないようだ。


「なかなかの魔王様ですが、私はしばし、この庵で静かに暮らしたい。お引き取りを」


 と、ここを去るように言われた。


 孔明は窓の外を見る。彼は景色ではなく、どこか遠い場所を見ているようであった。


 俺は窓から見える椿の花のつぼみを指さす。


「もうじき開花しそうですね。あれが咲くころにまたきます」


 孔明は詰まらなそうに手を振ると、また本に目を通した。

 俺たちはそのまま去ったが、道中、ジャンヌが怒る。


「あの態度は酷いの。魔王がわざわざ遠方からきたのに」


「史実通りの性格をしているよ。あまり俗世に興味がないようだ」


「それにしても役に立つのか? 先ほどの本のトリックには驚いたが、あのような詐術、誰でもできるではないか」


 とは歳三の言葉であったが、その言葉を聞いた俺は笑う。


「なんだ、歳三も引っかかったのか」


 と。


「どういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。あの本を見てみたが、あの本に折り目なんてなかった」


「なんだと!?」


 つまり、それは、と歳三は続ける。


「その通り、孔明はあの本を一瞬で記憶していたんだよ。絶対記憶の持ち主だ」


「ば、化け物なの?」


 とは最近、やっと本が少し読めるようになったジャンヌの言葉であるが、たしかに孔明は化け物のようだ。


 是非、彼を配下にし、デカラビア城の城主に据えたかった。

 そのことを歳三とジャンヌに伝えると、また宿場町に戻り、そこで数日過ごした。

 


 その夜、土方はもってきたどぶろくを片手にうなる。


「あの軍師様もすごいが、一瞬でその本質を見極めるうちの魔王様も大したもんだ」


 最強の魔王と伝説の軍師、そのふたりがひとつの陣営に加わればどうなるか。

 歳三は今から楽しみで仕方なかった。

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