旅の準備と魔王軍のシェフ
風魔の小太郎が集めてきた情報はこのようなものであった。
デカラビア城の西北にある庵に隠居している男がいる。
その男は神算鬼謀の持ち主である。
かつてデカラビアに魂魄召喚されたらしいが、馬が合わず出奔した。
デカラビアは自分を見限った英雄を始末しようとしたらしいが、その知謀によって三度も追い返し、以後、手を出さなくなったらしい。
「デカラビアに反逆をした男、ということでしょうか?」
イヴは尋ねてくる。
「いや、反逆というより出奔だな。主を見限った、というわけさ」
「まあ、見限られるくらいの狭量な魔王でしたね」
「星のような形はしているが、度量は小惑星よりもちっこいな」
とデカラビアを評すと、風魔の小太郎にその男の名を聞いた。
「名は不明だ。しかし、相当高名な男らしい」
なんでも異世界では最高の軍師と呼ばれていたそうな。
一晩で十万の矢玉を集めたとか、
天変地異を起こせるとか、
彼を配下にすれば絶対、天下を取れるとか、
そんな逸話があったそうだ。
なんとなく、正体が読めたような気がしたが、拙速に考えるのは危険だろう。
ともかく、一度会ってどのような人物か見極めたかった。
そうなるとまた小さな旅になるが、同行メンバーを決めなければならない。
風魔の小太郎は引き続き諜報活動があるらしく、自分から辞退してきた。
助かる。
小太郎まで同行したい病の英雄だったら、混沌が深まるところだった。
ただ、やはり、イヴは、じいっとこちらを見ている。
今回、真っ先に名乗り出なかったのは、デカラビアとの戦いで足を引っ張ったことを後悔しているのかもしれない。
何度も慰め、イヴのせいではないと諭しているのだが、慎み深い彼女はしばらく自粛するようだ。
毎回、イヴを連れて行くのもなんであるし、デカラビア城の内政を任せる人物も必要であった。
アシュタロト城にはドワーフの族長ゴッドリーブがいるが、デカラビア城には誰もいないのである。
そもそも今回の目的はそのデカラビア城を任せられる英雄を探しに行く、というものであった。
彼女には我慢してもらう。
彼女は「しゅん……」としたが、それでもメイドとしての仕事を放棄するような女性ではなかった。
俺の旅支度を始める。
替えの下着、シャツ、携帯食料などを旅袋に詰め込む。
「御主人様は、これは一日目の着替え、これは二日目、これは予備でして」
と細かい説明をしてくる様は、まるで女房のようだ、と評すと、彼女は顔を真っ赤にした。
それでも食料などの説明を最後まですると、そそくさと去って行った。
入れ替わるようにジャンヌが干し肉を食べながら、
「メイドの顔が真っ赤だった。風邪?」
と尋ねてくる。
「イヴも女の子ということだよ」
と間接的に返すと、ジャンヌに説明をした。
「今回の旅はジャンヌと歳三に付き添ってもらう」
「おお、珍しい。土方を同伴するなんて」
「まあな」
どうして? と言われなかったのでほっとする。
本当は同行者はひとりで良かったのだが、ジャンヌを置いていくとすねるし、ジャンヌとふたりきりになると大変なことになる。
なので土方歳三も、ということになったのだが、それは本人には言わないでいいことだろう。
この綺麗な聖女様の気分を害してもいいことはない。
そんな俺の深慮遠謀にまったく気が付かないジャンヌは、干し肉を食べながら、こんなことを言い放つ。
「今回はあのメイドはこないの。ということは食事は私担当?」
「女だから料理を作れ、という考えは好きじゃない」
「私はその考え好き。フランスではそれが普通だった。愛する旦那様のためにご飯を作るの」
「まあ、あの世界ではそんなものか。いや、愛する旦那ではないが。……まあいいか、して、ジャンヌは料理が得意なのか?」
「得意かは知らないけど好き」
「それは食べるのがだろう? 作っている姿を見たことがない」
「それは魔王城では三食昼寝付きの生活だったから。旅をしていたころは自分で作っていた」
「ほお、それは初耳だな。じゃあ、今日の昼飯はジャンヌが作ってくれるか」
「任せて! 私の料理を食べればもうあのメイドを同伴させようとは思わないの。私は戦場でも、寝室でも、調理場でも、あのメイドより上!」
と言い切ると、勇み足で厨房へ向かった。
この城の厨房は、オークの小男シロンという男が取り仕切っていた。
なんでもかつて「魔王軍最強の魔術師」と謳われた男に仕えていた偉大なる参謀の子孫であるらしいが、本人にその才能は受け継がれておらず、料理人となったようである。
オークは食い意地が張っているし、美食家が多いらしいので、天職だと思うが、オークが料理人では、ベーコンやソーセージがあまり出てこないのではないかと尋ねる。
だがそれは誤解だそうで。
「オークと豚を混同する人は多いですが、豚とあっしらを一緒にしてもらっては困りますね。オークは豚の化け物じゃありません」
オークが豚と同じ味がするというのは俗説のようである。
「まったく、失礼しちゃいますよ」
とシロンは厨房にあるベーコンやソーセージを見せてくれる。
「見ての通り、シェフがオークでもこの通り豚肉は潤沢にあります。調味料も一通り揃っているので、なんでもお好きなものを作りますぜ」
その言葉を聞いてジャンヌは、シロンを下がらせる。
「豚の手伝いはいらないの。魔王の料理は私が作る」
と服の袖をまくし上げる。
それにしても白くて綺麗な腕だ。
この細腕で大きな鍋を扱えるとは思えないが、この細腕で剣を振り回すのだから、鍋くらい余裕かもしれない。
そんなことを思いながらジャンヌが調理するのを見守ることにした。




