聖女様のZ
軍議の間に詰まれる金貨の入った宝箱。
宝物庫に入れなかったのは、本物の金貨と混じって混乱しないようにするためだった。
つまりこの金貨は本物と同等で見分けがつかない、ということである。
それを見た風魔の小太郎は感嘆の声を上げる。
「すごいな。これだけの黄金があれば天下も夢ではない」
「本物ならばな」
と返すと、作戦の子細を告げる。
「これからこの金貨を持って、小太郎には敵地に潜入してもらう」
「ふむ」
「大商人であることを装い。金貨を南方の諸都市に運ぶ、という情報をあらかじめ流せ」
「その情報に踊らされた魔王デカラビアに金貨を奪わせるのだな」
「正解だ」
「しかし、一回に10000枚の金貨は逆に怪しまれるのではないか?」
「まあな、だから3隊くらいに分け、3つのルートを別々に通らせる」
「良い策だ」
「のこのこと襲いかかってきたら、俺の庇護下の商人を襲った罪、という名目で戦争を仕掛ける」
「偽金なのにな」
「それに気が付くのは数週間後だがな。俺はそのタイムラグを利用する。俺が宣戦布告をすれば、相手は慌てて戦力を増強するだろう。人間魔族問わず傭兵を雇いまくるはず。物資を買いまくるはず」
「おぬしの用意した偽金でな」
「その通り。しかし、支払うときはいいが、支払いを済ませたあと、その金が偽金だと分かったら? 突如消えてしまったら? やつの信用はどうなる?」
「がた落ちだろうな」
風魔小太郎は痛快に笑う。
「ああ、雇った傭兵には反乱を起こされるだろうし、物資を買った商人には見限られるだろう」
「そうなれば魔王デカラビアの軍団は大混乱というわけか」
「ああ、混乱に陥った軍隊を倒すほど容易なことはない」
「もしかしたら一戦もせずに領地をかっさらえるかもな」
「そこまでいってくれればいいが、あまり過度な期待は禁物だな。一応、戦争の準備をしよう」
と、君たちを呼んだわけだ、と、軍議の間にやってきたジャンヌダルクを見つめる。
彼女の知謀、理解力はあまり高くないので、今の話を聞いてもピンときていないようだが、俺の謀略によって魔王デカラビアの軍団は弱体化するのは分かったようだ。
「魔王のためならば、がんばるの!」
と握りこぶしを作る。
一方、土方歳三は、
「旦那は相変わらず卑怯だねえ」
と、褒めると部隊の編成について尋ねてきた。
「編成は今までどおり。俺が魔物の部隊。土方は魔物と人間の混合。ジャンヌが人間の傭兵部隊を率いる」
「いつもどおりだね」
と微笑むジャンヌ。
「ちなみに戦力はほぼ互角、俺の謀略が成功すれば、大混乱になり、余裕で勝てるだろう」
「失敗すれば?」
と不吉なことを聞いてきたのは歳三だった。
「そのときは戦争は取りやめ、すたこらさっさと逃げるさ」
「まあ、旦那の謀略は失敗したことがないから、その辺は大丈夫だろうが」
歳三もイヴのように安心しきっているが、あまり過信されるのも困る。
いつも、必ず、絶体絶命の窮地を謀略によって覆すのはあまりよろしくない。
何度も言うが、兵法の基本は多数を持って少数を倒すこと。
これは孫子の兵法にも書かれている。クラウゼヴィッツの戦争論にもだ。
その逆はない。
今回もその常道に沿うだけだった。
同じくらいの戦力の隣国を仮想敵国に選び、はかりごとで弱らせ、戦力を減少させる。
その謀略が失敗すれば、戦わずに逃げ出すのは当然のことであった。
そのことを指揮官クラスに説明すると、ジャンヌは賛同する。
「いつも魔王が例に出す『ソンコ』って人はスゴイの。女なのに、兵法を極めているの」
「ソンコじゃなく、ソンシな、孫子」
偉大な戦略家に失礼なので、訂正すると俺は彼らに部隊の準備をさせることにした。
訓練は普段からやっているので、準備とは戦支度である。
武器、矢玉の用意。
兵糧の確保。兵糧を運ぶルートの選定。
戦争前には兵たちに休暇を与えるのが慣例になっているので、彼らに配る一時金の配布。
正直やることは多い。
しかし、そのような地味な作業が戦争の勝敗に大きく関わってくるのだ。
古来、補給を軽視して勝った英雄はひとりもいない。
有能な王ほど、補給を重要視し、兵たちを飢えさせないのだ。
俺は英雄にはなれないかもしれないが、無能な王にはなりたくなかったので、とにかく、補給だけには気を遣っていた。
幸いなことに我がアシュタロト軍の税収は今のところ潤沢、兵糧にも余裕があり、戦争を遂行するのになんら問題はなさそうだった。
これは俺の手足となり、内政をしてくれているイヴやゴッドリーブの功績でもあった。
もしもこの戦争が勝利に終れば、彼らになんらかの報酬を約束しなければ。
そんなことを思いながら、軍議の終結を宣言すると、ひとり、軍議の間に残る姿を見つける。
金色の髪を持った聖女様。
食いしん坊で甘えん坊の聖女様がなにか言いたげにしている。
一応、軍議のあとであるし、俺も忙しいだろうからと逡巡しているようだが、「なにか話があるのか?」と優しげな声で言うと彼女は駈け寄ってきた。
彼女は笑顔いっぱいの姿でこの前、買い与えたノートを広げる。
「魔王、見てみて! 『Z』まで書き上げたの。この世界のアルファベットすべて習得したの」
それはすごいな、と頭を撫でると彼女は犬のようにとろんとする。
地道に努力し、この世界のアルファベットを習得したジャンヌ。
戦前にはいつも彼女に文字を教えているような気もするが、あるいはこの恒例行事はいくさ前の恒例行事、験担ぎになっているのかもしれない。
そう思った俺は、ジャンヌに文字ではなく、単語を教えることにした。
ステップアップである。
そのことを聞いたジャンヌは、ひときわ可憐な笑顔でこう言った。
「嬉しいの! 魔王大好きなの!」
そう言って抱きついてくるが、彼女の身体の感触はとても柔らかかった。
それにとても良い匂いがした。