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花のようなる勇者さまを

 数日後、風魔小太郎から連絡がくる。

 彼は鷹に文を持たせると、魔王城に送ってきた。

 鷹の足にくくりつけられていた手紙を読む。

 簡潔な文章だった。文体も機械のようである。


「勇者ユーリを捕らえた。今から生きたまま連れて帰る」


 数日後には帰る、とあったが、風魔小太郎は一日で戻ってきた。

 そのとき、風魔小太郎は冒険者風の男の格好をしていた。


 まったく、この男の本当の姿はどれなのだろうか、尋ねたくなるが、それよりも俺がしなければならないのは、勇者と対話することだった。


 イヴに仮面を用意させるとそれを装着する。


 勇者に顔を見られたくない、というよりも少年に向ける顔がなかったという気持ちもあった。


 諜報部隊のコボルトに引きずられてくるユーリ。

 彼は荒縄で締め付けられていた。

 見たところ負傷のあとはない。風魔小太郎は手荒な真似はしなかったようだ。

 わずかに心が慰められるが、本当にわずかだった。

 これから彼に死を宣告する。

 俺は彼の墓碑銘を読み上げるかのように口を開く。


「勇者ユーリよ、汝がここに連れてこられた意味は分かるか」


「分かります。どうやら僕は勇者だったようですね。小太郎さんから聞きました」


「……そうだ。少年よ、お前は俺に対する特効を持った勇者だ。だから、お前に死を与えねばならない」


「ならば僕は恨みようもありません。魔王アシュタロト、僕はあなたの天敵なのだから」


「だが、敵意はないのだろう?」


「今はありませんが、僕は勇者、いつかその使命に目覚めるでしょう」


 実際、とユーリは続ける。


 数日前、予言者の姿をした白髪のおじいさんにお前はこの世界を救う運命がある、と諭され、修行を受けたのだそうな。


 それによって飛躍的に実力がアップしたユーリは、もしや自分は『普通』の人間ではないと感づいていたようで、この出来事はいささかも意外なことではなかったらしい。


 悠然としている。

 それにしても子供らしからぬ態度だった。

 逆にこう言った態度をされると、決断しにくくなる。

 泣きわめかれて命乞いをされるよりも心にくるなにかがあった。

 だが、それでも俺は方針を変えない。



 昔、日本という国に「平清盛」という武士がいた。


 彼は祖父の代までは内裏(だいり)に上がることさえできない身分卑しい家の出であったが、父の代には出世を果たし、頭角を現す。


 自身の才覚と時流を活用し、内戦で功績を挙げた清盛は、やがて人臣としての最高位を極める。太政大臣にまで上り詰め、武士として初めて日本国の頂点にたったのだ。


 だが、栄華を誇った平家も滅びのときを迎える。


「平家にあらずんば人にあらず!」


 そんな栄華を誇った一族も、たったひとつのミスによって滅んだのだ。

 そのミスとは、宿敵の子を殺さなかった、ということだ。


 平清盛は、保元の乱で血みどろの抗争を繰り広げた源氏の統領の嫡男、源頼朝を殺さなかったのだ。


 己の伯父さえ殺した清盛が、たったひとり殺さなかったのが、源頼朝であった。

 自身の義理の母から助命嘆願を受けた清盛は頼朝の命を奪わず、東国に配流するだけにとどめたのである。


 結果、歴史が語る通りになる。


 その後、平家一族の暴政を見かねた以仁王の乱、それに続く、源氏一族の挙兵によって、平家は滅ぶことになる。


 清盛は死の直前、高熱に倒れ、志半ばに死ぬことになるが、最後にこう言い残したという伝承がある。



「頼朝の首を我が墓前に捧げよ!」



 東国で反旗をひるがえし、恩を忘れた頼朝を呪詛した言葉であるが、その数年のちに平家は壇ノ浦で滅ぼされることになる。


 諸行無常、盛者必衰の理である。



 俺は平清盛の二の舞は踏まない。

 最後、宿敵を呪詛しながら死ぬのは現実主義者らしくなかった。

 清盛とは正反対のことをした武将を思い出す。

 その武将の名は「徳川家康」である。

 彼は己の主君、豊臣秀吉から託された遺児、豊臣秀頼を殺す。


 関ヶ原の戦いで勝ち、天下を手中に収めたあと、彼は徐々に主家から力を奪い、やがて主である秀頼を殺した。


 秀頼の居城、大阪城に攻め入ったのである。

 彼には秀頼を殺さず、地方の大名として扱う選択肢もあった。

 だが、源頼朝を尊敬し、彼の事例を知っていた家康は恐怖したのだ。

 やがて秀頼が、その子孫が、徳川の世を脅かすのではないか、と。

 こうして家康は250年にも渡る天下太平の世を作り出したのだ。


 俺もそれにならうべきだ。

 清盛よりも家康を見習うべきだ。

 そう思った俺は、目をつむりながら、勇者ユーリに死を宣告した。

 彼に最後の言葉を伝える。


「……すまない。魔王とは血塗られた道。いつか、その業を背負うときがくるから、それまで待ってくれ」


 地獄の釜の蓋は俺のような魔王のために開けられているのだろう。

 そう言うと、ユーリも静かに返した。

 どうやら彼は俺の正体に気が付いていたようだ。


「……いえ、『アシトさん』先ほども言いましたが、僕は恨みません。なぜならばあなたがいい人だと知っているから。僕のような味噌っかすの冒険者にすら気を遣ってくれた。あのときは嬉しかったです。それに小太郎さんにこの都市を見せてもらい驚きました。この都市は魔族も人間も亜人も仲良く暮らしている。こんな都市は他にありません。この都市の王の人徳がにじみ出ている」


 そんな王の命令ならば、死ねます。


 と言い切ると、彼は最後にこう言った。


「できれば次の人生では勇者には生まれたくないかな。それとこの都市のような平和で豊かな町に生まれたかった」


 ユーリはそう言い残すと、コボルトたちに連れて行かれた。

 魔王城にある処刑場に。

 午後三時、そこで勇者ユーリの死刑が執行されたと聞いた。


 その現場に立ち会えなかったのは俺の勇気のなさであるが、そのことをなじるものはいなかった。


 こうして俺は現実主義者として、マキャベリストとして、正しい選択をした。





 ユーリの死を確認した風魔の小太郎は、後日、俺のところにやってくると、平身低頭に頭を下げた。


 メイド服の女中の姿をした風魔小太郎は、地に頭をこすりつけると。


「魔王アシトの覚悟、しかと見届けた。ぬしは王の中の王と見受けたり。この風魔小太郎、ぬしのために命を捧げん!」


 と言い放った。


 英雄が忠誠を誓ってくれる様は嬉しかったが、果たして彼は俺が施した細工に気が付いても俺を許してくれるだろうか。


 風魔小太郎が諜報部隊を率いるために、ハンゾウたちのもとへ行くと、入れ替わりのようにイヴがやってくる。


 彼女はぼそりとつぶやく。


「御主人様のご命令どおり、ユーリ少年そっくりの人形を用意しました。処刑されたのはその人形です」


 と彼女は言い切る。

 俺はその苦労にむくいる。


「ありがとう。手間を掛けたな」


「御主人様の命令ならば犬馬の労もいといません。ですが、このまま少年を生かしておいて本当によろしいのでしょうか?」


「よろしいんだよ。ユーリの力は奪った」


 俺は魔法的な処理で少年の力を封印した。

 それに記憶も。

 これで当面、勇者としての力は覚醒しないはずである。


「ですが、いつか覚醒するかも……」


「そのときはそのときだ。そうしたらまた封じ込めばいい。そのために彼を城下に置き、監視する」


「そのために家を与え、仕事も与えたんですね」


「ああ、あの少年は本来冒険者向きの性格じゃないよ。ドワーフの工房で働きながら、手に職を付けさせたほうがいい」


「ムキムキになって脅威になるかも」


「かもな」


 と俺は笑う。イヴのジョークに呼応したのだ。


「それにしても御主人様は本当に慈悲深い王です。助命しただけでなく、仕事まで与えるなんて」


「かの徳川家康は秀頼を攻め滅ぼしたが、秀頼は生き残り、静かに余生を過ごした、という伝承もある」


 秀頼を最後まで守り、死んだはずの真田信繁(幸村)が、実は死んでおらず、秀頼を逃がしたという伝承が残っている。


 その伝承を謳った歌を詠み上げる。



 花のようなる秀頼様を

 鬼のようなる真田が連れて

 退きも退きたり加護島へ



 その歌を聴いたイヴは、目を閉じると、本当に嬉しそうに微笑みながらこう言った。


「素敵な歌ですね」


「ああ、俺もそう思うよ」


 こうして俺の城下町にふたり、住人が増えた。

 ドワーフの工房で働く、鍛冶屋見習いの少年ユーリ。

 もうひとりは風魔の小太郎と呼ばれた戦国屈指の忍者。

 魔王アシュタロト軍団は、徐々に拡張されていく。



 さて、ここで余談であるが、どうやら風魔の小太郎は、俺がユーリを逃がしたことに感づいていたようである。


 後日、今日のことを尋ねたら、彼はこう言い放った。


「無慈悲に少年を殺すような王に仕える趣味はない」


 彼が感服したのは、俺が小細工をしてまで少年を救ったことであったようだ。


 もっともその小細工も一流の忍者から見れば、詰めが甘かったようで、今後はこの手の謀略の準備は自分に一任するように、と彼は主張した。

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